第七話 最深部
翡翠迷宮七階層。
そこはこのダンジョンの最下層であり、最も強力なモンスターが産まれる場所。
カテゴリーⅣという位階に達した怪物は異能を行使する。
六階層よりカテゴリーⅣのモンスターが出現していたが、それよりも上位の力の気配が漂っていた。
通路を彩る光の色は緑。
彼の場所に挑戦している侵略者の耳朶を震わす不可解な不快音は強まり、精神を脅かしている。
ダンジョンは生きているという言葉を壁や足下から鈍重な重低音を響かせていることから体現し、更なる恐れを彼らに抱かせる。
先頭を進む少年の眼差しは通路の先を鋭く見据えている。
殿を努める少年の意識はどんな不測の事態に陥ろうともすぐに対処できるよう張り巡らされている。
そんな二人の間を歩く少女は英気を養うかのように静けさを纏い、決然とした相貌を燐光に照らさせている。
アディン、カイト、ジャスミン。
彼らが所属するギルド 《蒼の双星》の団長アンナ・ハリスによって三人はこの迷宮に送り込まれた。
絶望の淵に立たされたあの瞬間には呪ってやりたいという暗い感情が渦巻くことはあったが、そんなものは当の昔に消え、今では心身を緊張させ精神を削り立ち向かう気概を学ばせてくれたことに感謝までしている。
彼らは最奥まで目前で、最終難関の迷宮主の討伐という役目をジャスミンが担い、彼女が勝つことでこの迷宮攻略は果たされる。
ダンジョンという場においてより強くなった三人の絆はどんな稀少金属よりも固い。
二人はジャスミンが迷宮主を倒すことを信じているし、彼女も自分が役目を終えるまで生きてくれると信頼している。
互いを信頼し合い行方を委ねて繰り広げられる連携は凄まじく、特殊な力を使って襲いかかってくる怪物達をものともせず進んでいく。
どれだけのモンスターを屠ったか。
神経を磨り減らす三人の中の一人、森で鍛えたであろう視力をもって通路の奥、恐らく大空間──つまり迷宮主へと続く扉を守る門番の役割を担っている階層主がいる場所だと残りの二人へ伝える。
「ここは慎重に行こう、アディン。流石に瞬殺なんて甘くないはずだ」
カテゴリー Ⅰ・Ⅱ は特に大差無く、しかしカテゴリーⅢからが鬼門と呼ばれている。その訳は言わずとも知れた魔法を使用し始めるのがこの段階からだからだ。
そして、壁と呼ばれるのが今アディン達が居る七階層のモンスターのカテゴリーⅣである。
今までには遭遇したことの無いほど、下手すれば人類よりも強力な異能──スキルを使う個体もいるのがこのカテゴリーⅣなのだ。
『個体』という言い方をしたがこれは間違いではなく、カテゴリーⅣから複数存在しない、つまりこの世に一体しかいないモンスターの可能性が出てくるからである。
確認された新種のカテゴリーⅣ以上は報告が義務化されており、情報の共有は成されてはいるため、自分が発見したカテゴリーⅣ以上相当のモンスターが唯一の存在だと思っていても別個体が確認されるということは実際ある。
長々とした説明だが纏めると『強い』ということだ。それも超一流の冒険者によって鍛えられた者達にとってであっても。
故に、三人は六階層でも張っていた気を更に詰めた。
ダンジョンのモンスターは下へ進むほど強くなるという法則に例外などないからだ。
「───と、ここだな?、ジャスミン」
「ええ、無駄に広いけど抜け道はないわ。前にある扉だけね」
「さて、本音はジャスミンに突っ込ませたいが向こうはそれを許さない。三人で固まっていくしかねぇぞ」
「取り敢えず不意打ちだけは気を付けるわよ」
今までの階層主が座していた場所と同じ半球型の大──巨大空間。
相違点は広さである。
そして入口の真っ直ぐ正面、荘厳な翡翠の巨門が聳え立っていた。
ダンジョンの格に比例して迷宮内の構造が変化することから、この翡翠迷宮の力の程は容易に察しがつく。
そんな相手にジャスミン一人を向かわせることがどれほど酷かは想像もつかないが、二人は致し方ないと割りきっている。封器の都合上試練には単独挑戦しか許されていないのだ。
三人全員がその身を全て空間内に収めたときだった。
既に聞き慣れた、これからの日常生活にも支障がきたされるかもしれないないほど何度も何度も耳朶を震わせた、あの音が鳴り響く。
「来たか──」
「これは──」
「──ねぇ、音、大きすぎない……?」
これまで耳にしたどれよりも振幅が大きく、数が膨大だった。
───生まれ落ちる───
───生まれ落ちる───
───生まれ落ちる───
───深淵から這い出て来る───
骨、骨、骨。
カラカラ、カラカラ、と髑髏が輪唱し始める。
そして最後にカツン、と。
黒色のローブを纏った骸骨がゆっくりと降下し、携える醜杖の先が地面に触れた。
「うそ、だろ……」
カイトから恐怖の掠れ声が上がる。
「そんな……」
ジャスミンから絶望の呟きが落とされる。
最後にアディン。
彼は四階層にて遭遇した大群の時に遡ったかのような表情を見せ、次には叫んだ。
「何でっ、何でここで『骸骨』何だよっ!?」
一から六階層まで一度も遭遇することのなかった骸骨達が彼らの前に立ち塞がった。
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「俺らで道を拓く、ジャスミンは早く門の中に入れ!」
眼前に広がる膨大な骨から目を離すことことなく、アディンはそう彼女へ指示した。
頭の中にある情報から骸骨系のモンスターの特色と種類を捻り出す。
分かる限りのことを分からなくてはならない。
確か──
「アディン!、『骸骨隊長』が三体、『骸骨魔導師』が十体、『骸骨騎士』『骸骨弓士』『骸骨兵』は約三十体程度、『骸骨人』は無数だっ!。中心のは墓王、『骸骨兵』以下は全部カテゴリーⅢ相当だ!」
おおう、とんでもない情報量。
順に説明しよう。
『骸骨隊長』はカテゴリーⅢの骸骨で、自身よりも下位の骸骨系の身体魔力を強化する性質がある。これをスキルと定義するかどうか議論されることもあったが、このモンスター自体は強くはないためカテゴリーⅢに留まった。
『骸骨魔導師』はカテゴリーⅢの骸骨で、氷と闇の魔法を使用する。
『骸骨兵』『骸骨騎士』『骸骨弓士』はカテゴリーⅡの骸骨で、順に長剣、剣と盾、弓を使用する。
『骸骨人』はカテゴリー Ⅰ のただの骸骨で、武器も魔法も持たない打てば壊れる。
最後に『墓王』はカテゴリーⅣの火や氷、雷と闇の魔法を使用する。浮遊し魔法に対する高い抵抗力と使用可能な四属性の魔法を同時行使できる魔導師である。
まあ端的に言うと雑魚、剣、盾、弓、魔法、強い魔法となる。
これを相手にやることは一つ。
「【焼き尽くせ】」
燃やすことだ。
骨は燃えないが、炎熱によって引き起こされる熱波が骸骨達の動きを著しく低下させ、激しい炎波が脆い部分を砕く。
次の瞬間、背後からタンッと軽い音が聞こえた。
躍り出る深緑。
発走から疾走へ。
疾走から疾駆へ。
疾駆から肉薄へ。
敵を穿たんとする一矢は一陣の風に押されて加速する。
「【テンスブラスト】!」
進行方向を物量で塞ぎ込もうとした骨を消滅させる。
だが足りない。
やはり足りない。
どれだけジャスミンが速くとも、どれだけ俺が砕こうとも、どれだけカイトが消そうとも。
圧倒的数の前ではどうにもならない。
まるで軍隊蟻に群がられる雀のようだ。
「カイト!」
「ああ!、取って置きだ、食らえ!」
残していた最後の切り札。
「───【神器転成】──吹き飛べぇ!」
カイトのスキル、生み出した武器に一時的に神格を付与し、絶大な力を発揮するという強力な技だ。
勿論元の神器に比べれば威力も効果も低いが、それでもカテゴリーⅢ程度では話にならない。
神器の破壊力を携えた片手剣はジャスミンのすぐ側を通過し、魔法の詠唱を始めていた『リッチ』の左肩に着弾、籠められた力を解放し『リッチ』の半身と大量の骸骨を消し飛ばした。
だがそこで、二人の相貌に絶望に染まる。
「──なっ」
その漏れ声は誰のものだったか、『リッチ』の右手、そこに魔力光が灯っていた。
左半身を消されてもなお魔法の手綱を手離さない精神には天晴れと称賛を送るしかないが、それは怪物であるからこそ為せた業だろう。
そして、その右手が翳される先はジャスミン。
───避けられない。
───加速を果たした彼女は止まれない、曲がれない。
───絶対絶命。
───こちらからは窺えない彼女の相貌はどんな表情を浮かべているだろうか。
───自分達の時間が引き伸ばされているのと同様に、ジャスミンも一瞬を長く感じているのだろう。
───『死』を与える闇が放たれる。
───一瞬、こちらに視線を向けた気がした。
───動けない。
───間に合わない。
───助けられない。
体感時間が極限まで伸びていたからだろうか、肌にそよ風が、いや歴とした風が吹いているのを感じ取れた。
あり得ない、洞窟で風など。
だが、確かに吹いている。
その風が向かう先は───ジャスミン。
押している。
加速している。
───風が──────吹いた。
それは一瞬だった。
誰も捉えられることはなかった。
全てを風が穿った。
轟音を響かせて巨門を貫いた風。
全ての時が止まり、残された者達は呆けていた。
───ジャスミンが、抜けた。
その事実を理解するのにどれだけ掛かっただろうか。
或いは一瞬だったかもしれない。
だがそんなことはどうでもいい。
ただただ、為し遂げたことを喜ぼう。
「アディン、あとは生き残るだけだ。どうやら奴らは俺達だけでも食らうつもりらしい」
いや、あわよくば完食を狙っているのだろう。
迷宮主まで通してしまったが、任せておけば分断という戦略に成功したと後付けできる。
「カイト、行けるか?」
「神器転成はあと一回は大丈夫だ、それ以降は賭けになるがな」
「そろそろ後ろからも追い付いて来るだろうから、氷を召喚するが?」
「まずはここを制圧、回復した状態で迎え撃つ、か。それならさっさとしよう、時間が惜しい」
カイトが肯定を示す。
そして互いに頷き合い、両者共に得物を構える。
「ジャスミンがあんだけ減らしてくれたんだ、楽に終わるだろ」
未だ膨大に残る骸骨を前に、アディンは不敵に嗤って言った。
タイトルの意味ってわかりますかね?、ヴェンデッタが血の復讐、ルードが十字架です。




