表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒龍のヴェンデッタ・ルード  作者: 陽下城三太
第三章 エメラルドラビリンス
30/195

第五話 迷宮の悪意


 割れる──割れる──割れる。

 崩れる──崩れる──崩れる。

 荒れる──荒れる──荒れる。

 

 どうしてこうなった。

 これはなんだ、どういうことだ、意味がわからない。

 どこで間違えた、何がいけなかった、犯した過ちは何だ。

 

 無数に浮かぶ紅玉。

 幾多の脚が踏みしめる土。

 共鳴し迷宮に負けない不快音を生み出す羽音。

 地面を荒々しく削る爪牙。

 

 彼の怪物達が産声を上げた壁面からはパラパラと破片が舞い落ちる。

 退路さえも潰され、目の前には大群が蔓延る。

 絶望を象ったその光景に彼らは戦き、そして少しずつ後退る。

 自信を隠すことのなかったジャスミンは相貌を恐怖に染め、冷静沈着であったカイトは視線を右往左往させ、唯一動揺に呑まれていないアディンは目前の大群(パレード)を鋭く睨んだ。

 

「逃げるぞ、正面突破だ」

 

 経験したことのないモンスターの膨大な数を前に怯む二人を叱咤し、アディンは自身に強化を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 

 

 時は遡り、四層への道を塞ぐ『鬼人(オーガ)』を倒したアディン達はその先へと到達していた。

 青、紫ときて四層の灯りは赤だ。

 赤──色だけで言えば危険なものを示すものだが、彼らが感じ取れたのは迷宮特有の不快音が強くなったことだけであった。

 警戒を怠ることなく通路を進む。

 

 ──ピキリ。

 

 初めて遭遇する、モンスターが産まれる瞬間であった。

 そう、ダンジョンでは壁や床からモンスターが現れるのだ。既に産まれたモンスターは徘徊しているが、侵入者──つまり餌となる相手の目の前に産み堕とされることもある。それをある種の揶揄を込めて堕胎と呼び、迷宮へ挑戦する者からすれば忌諱するものなのだ。

 壁面に亀裂が入り土片が床に落ちる。

 デュルゥとスライム状の粘液を纏いその姿を現した。

 この粘液は揮発性で、怪物が産み落とされると同時にダンジョンに吸収される。

 そして、誕生の瞬間からモンスターはその意識を侵入者へ向ける。

 

『ガアァァァァァァァァァ!!』

 

「───っ、カイト!」

「わかってる!」

 

 嫌悪感の生まれる光景に立ち竦んでいた三人は早々に立ち直ったアディンの声で起動する。

 手始めに繰り出されたのは炎だった。

 それを即座に生み出した盾でカイトが防ぐ。

 熱波に顔を歪めるも、背後に守る存在へ視線を向けた。

 

「【来たれ火炎の剣、炎を呼び起こせ】──【武器召喚『火炎剣』】!」

「【付与(エンチャント)】!」

「くらえ!」

「ぶっとべぇー!」

 

 アディンの振り抜いた赤色の長剣から火の玉が吐き出され、ジャスミンが火の粉を纏うモンスターに飛び蹴りを見舞う。

 更に斜めから蹴られたことでモンスターは壁に衝突した。

 

「【ウエポンバースト】」

「【森の矛、蔓延る悪の殲滅者、怒りをもって罰せよ】──【大枝槍群(バウスピアパイク)】」

 

 それしかないのかと言わんばかりに、どの戦闘でも繰り返し用いられるカイトの武器爆破の魔法。威力が高く使い勝手がいいのに起因しているのだろう。

 対してジャスミンの放った魔法は無数の木の枝を刺のようにして放つものだ。

 

「お前、魔法使うなって言っただろうが!?」

「何よ!、倒せたからいいじゃない!」

「封器んときに残しとかねぇといけないだろ!?」

「はぁ!?、私の好きにさせて頂戴よっ!」

「だーかーら──黙れ!!」

 

 ビクゥッと肩を跳ねさせる二人。

 

「何回言えばわかるんだ、ここはダンジョンだ。無駄にデカイ声出してモンスターどもを引き寄せるわけにはいかないんだよ!。もうここはカテゴリー Ⅲ の領域、これまでの階層なら不測の事態でも対応はできた。だがな、遊んで攻略できるレベルをもう過ぎてんだ。わかるか?、今二人がしてるソレに何の意味もないことが」

 

 まくし立てられ、閉口する他ない。

 

「返事は?」

「ごめんなさい…」

「すまん…」

 

 ド正論。

 いつもの喧嘩を状況を考えずにしてしまうという醜態を晒した。自分達の愚かさに口をつぐんで視線を下げる。

 

「まあ恐らくだが、この音のせいだろうな」

「音だと?」

「あ──」

「気づいたみたいだな」

 

 流石野生児というべきか、すぐにカイトの言う音について気づいた。

 

「違う、違う音がする!」

「アディンも耳を澄ませてみろ、多分俺達の気分を害してる奴の正体だ」

 

 言われてアディンも瞑目し耳に神経を集中させる。

 そして聴こえてくる耳鳴りに似た反響音。

 確かに、意識してみれば聞かされていた迷宮の音に比べて不快だ。いや、もしかすると不快に感じていたのがこの反響音かもしれない。

 

「つまりこれは……」

「ああ、罠だな。俺達を仲間割れでもさせようっていう魂胆なんだろう。モンスターの仕業だ」

「………そんなに高い知能のモンスターが居るっていうの?」

「ジャスミン、それだけじゃない。近くにいれば俺達はわかるはずだ。それが音しか察知できないとなれば──」

「──遠距離、しかも不快に感じたのは迷宮に入ってすぐだった。俺らが険悪になってるのもそいつがいる下に降りてきてるからだろな。これはアディンの考えが正しそうだ」

 

 つまり、恐らく最下層にいるであろうそのモンスターは何階層もの壁を越えてアディン達に影響を及ぼすほどの力を使っていた、とあうことになる。

 カテゴリー Ⅲ は確実、下手すれば Ⅳ、更に上を行く Ⅴ かもしれない。そうなるとダンジョンは最悪十階層存在するということだ。

 未だアディン達が居るのは四階層、残り六もある。

 ただの推測とは言えどそれを知ってしまった、気づいてしまったアディンはとうとうそれを口に出してしまった。

 

「戻る、か…?」

 

 いつもなら猛反対するはずのジャスミンでさえ沈黙し、端からダンジョンへ潜ることに気が乗らなかったカイトは帰還という選択肢に賛成しているようだ。

 二人の反応を見てアディンも目を伏せる。

 

「俺は、どっちでもいいと思う。戻っても異変を伝えれば良いだけだし、理由を説明すればアンナ達も大して何も言ってこないだろう。俺達にとっては屈辱的なことだが、人間挑まなくてもいい時があると思うんだ。……二人はどうしたいんだ?」

 

 問いかけに答えるものは、いない。

 

「封器の心配は、しなくていい。この音に気づかないのはよっぽどの馬鹿か苦ともしない強者に二極化するからな」

「俺は………戻るべきだと思う。不確実なことはしたくないっていう性分もあるからだが、この攻略は元から博打みたいなもんだった。こんな得体の知れない場所、すぐに立ち去るべきだ………と思う」

 

 ようやく口を開いたカイトから出たのは帰還の提案だった。彼自身も決めあぐねているのだろう、他の二人に決定を委ねるかのような曖昧な言葉で濁した。

 沈黙を続けるのは残りあと一人、ジャスミンだ。様々な葛藤が胸の内で渦巻いているのか、彼女の相貌は晴れず顔をしかめている。

 

「ジャスミンは?」

 

 自分から破るのは気が引けるかもしれない、と普段のジャスミンを前にしていたら絶対しないような心を配った。すると、それが功を奏したのか、瞼を伏せがちのまま恐る恐る言葉を紡いだ。

 

「私、は……諦めるとかしたくない。やれるところまで全力で行きたい…」

「そうか、なら──」

「──でも! 私のわがままで二人までいなくなるのが、怖い……。そんなの………絶対イヤ…」

 

 そう吐露した彼女の姿を見て苦渋の決断だったのだろうと悟った。普通ならば理性と感情のせめぎあいの中で下すはずのものを、感情と感情の葛藤に陥っていたのだから。

 自分、カイト、この二人とは別物の意志を尊重しなければならない。

 決定だ。

 

「よし、なら帰るぞ。何が起こるかわからん、すぐに出る」

 

 返事はなかった。

 しかし確かな了承を感じ取った。

 決まれば行動は早い。

 

「じゃあアディン、ジャスミンも強化しとけよ。帰るなら何も気にしないでいいからな」

「はいよ、【我が身を喰らえ】」

「りょーかい、【付与(エンチャント)】」

「いく───」

 

 ─────ズン。

 ─────ズン。

 ─────ズン。

 

 ~~~~~~~~~~~~!!!!

 

 

「───ぞ……?」

「おい、何だこれ…」

「………どうすんのよこれ…」

 

 三人とも開いた口が塞がらない。

 いざ帰還しようと振り返ったその時に、視線の奥、さらにその奥の暗闇から現実逃避に走ってしまいそうになる『音』が届いた。

 あり得ない。

 あり得てはならない。

 そんなの、まるでダンジョンが意思を持っているかのようではないか。

 

「くそが…」

「ヤバい…」

「どーすんのよこれっ!?」

 

 彼らも、明らかな異常事態に悪態をつく他ない。

 まるで逃がさないと言わんばかりに、無数の足音と羽音が聞こえてきていた。

 

「逃げるぞ、帰るのは……無しだ。アレを抜けるなんて帰るより死ぬ」

 

 アディンの慄然とした声音で下した指示に二人は無言で頷く。言葉など発している余裕などないのだ。

 迫り来る怪物達に背を向け、三人は全力で地を蹴った。

 

 

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 

 

 どれくらい走っただろうか。

 複雑に別れる迷宮を乱雑に駆け、自分達を追いかけていた足音も今は遠い。

 疲労も溜まり、どこか休憩できる場所を探すことになった。

 そして探索すること十数分。

 ようやく見つけたのは見渡しの効く大空間であった。

 戦闘になっても大きな立ち回りも出来、最適の場所である。

 食事も採らなければいけない。

 

「ここで休もう、流石に引き離してるはずだから飯もここで食うぞ。次いつ休憩出来るかわかったもんじゃないからな」

 

 勿論座って休むなどという無防備を晒すことはないが、ずっと張っていた気を弛め束の間の休息に落ち着いた。

 

 

 のなら本当によかった。

 

 

 

「───あ─」

 

 ボトリと、唐突にジャスミンがその手から携帯食のパンを落とす。

 

「どうしたんだジャス────っ、嘘だろっ」

 

 怒りともおぼしき形相で振り返り大空間を見回した直後───

 

 

 ───ビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキ───

 

 

 耳をつんざくような破砕の調べが満たした。

 

 蒼白、彼女の相貌はそれに尽きる。

 咄嗟に理解したアディンも歯噛みし、拳を白く染める。

 遅れたカイトも同様に瞳が飛び出んばかりに見開く。

 

 割れる──崩れる──荒れる。

 粘液と眼光と牙と爪と武器と羽と。

 

「ふざけろっっ」

 

 次々と産まれ落ちるモンスター。

 膨大な量の粘液が揮発していき、独特の臭気と陽炎が揺らぐ。

 

「ふざけんな……ふざけんじゃねぇっ!!」

 

 狂乱した酔っ払いのように刀を振り回し叫喚するアディン。

 戦慄と恐怖の入り交じりをもて余す三人。

 絶望に相貌を染める彼らに、迷宮の悪意が牙を剥いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ