第四話 Floor B2
翡翠迷宮──今回アディン達が挑むことになったダンジョンの地下一階、そこの階層主を楽々打ち倒し次への階段へと彼らは足を踏み入れた。
階段ではモンスターが現れることが無いと聞かされていた三人は、ゆったりとした足取りで一段一段降っていく。
経た時間は数分。
そして彼らを迎え入れたのは、一層とはうって変わって紫の光が灯る洞窟であった。
蠢く不快音はより強くなり、支障は無いほどではあるものの、つい不満を口に出してしまいそうになる。
空気を悪くすることを恐れ、誰が言うでもなく進行し始めた。
「…………ジャスミン」
「何よ」
どれくらい歩いたか、唐突にカイトが彼女の名を呼んだ。
警戒を怠るわけにもいかないため、振り返ることなく応答する。
「不安、感じてるんだろ?」
「………いつから気づいてたのよ」
人の機敏に鋭いのだろうか、カイトは私の心の内に秘められた些細な感情を読み取っていた。アディンは肯定したことに驚愕を隠せず瞠目している。
完全に失礼な反応だが、自身の普段の言動を省みれば仕方ないと割り切れた。後で小言は我慢してもらわなくてはいけないが。
対して、カイトは私胸に刺さった刺を優しく取り除こうとしてくれている。
「ちょっと踏み込ませてもらうが、森、だろ?」
何故分かったのだろうか。
恐らくその戦慄が顔にも出ていたのだろう、カイトは肯定と見なして話を続けた。
「不安、恐怖、孤独、ジャスミンは森の中でそんな感情を抱いてたんじゃないか?。だから孤独が当てはまらないこの状況でもそのときと同じ様に不安を感じている。違うか?」
「そうだけど……」
「俺らを頼ってくれればいいんだ。お前が森でどんな想いをしてきたかなんて俺らに図れるわけがない。でもな、心配することはできるんだ。アディンは気付いてないみたいだったが、まあ気付いてても言わなかっただろうが、そんな沈んだ気持ちじゃこのあとに響く。それはわかってるだろ?」
辛辣。
そう言われても仕方ないと分かっていながら、彼は止めない。それは私のために、強いては仲間のためにならないことだからだ。
「この三人で一番自分が弱いことを自覚している。だからこそ焦っている。アディンには召喚に加えて強力な強化魔法がある。俺には無尽蔵の武器を生み出し遠近どちらも対応できる魔力がある。だが、自分には?。魔法もアンナに及ばない、剣もレオに及ばない、中途半端。そんな風に自分を責めるなよ」
普段の気の短い反応、それは他ならぬ自己防衛。
完全に見透かされていた事実に羞恥、そして同時に感謝を胸に宿す。
顔が熱い。
胸が痛い。
鼓動が煩い。
でも彼の言葉を、想いを振り払うことなどできようもない。
「いきなりだが、この際に言っておかないといけないと思ってな」
恐らく、三人きりなるこの時間を好機と見たのだろう。
閉鎖的な空間と、周りには他人が一切排除された状況、この二つにより互いの言葉が届きやすい。
奇しくも森での孤独を思い出してしまったが、そんな不安定さに気づいたカイトはまたと無い機会だと感じ、胸に秘めていた想いを伝えたのだろう。
「ありがと、焦らない、頼る、それでいいでしょ?」
「十分だ」
見えない。
しかし確かに繋がれている絆がそこにはあった。
「ほら、アディンも何か言えよ」
「え、俺?」
完全に蚊帳の外だと高を括って壁をほじっていたアディンが寝耳に水とばかりに目を見開いた。
私とカイトのジト目が突き刺さる。
「あー、まあ、そうだな……」
出てこない出てこない。
さらに視線が強くする。
「…………まあ、俺らって家族みたいなもんだろ?。細かいことは無しに寄りかかれば、誰かが支えてくれるだろうよ」
「「……………」」
二人の沈黙。
それを自身の言葉が間違ったと悟った彼は、自嘲気味に嗤って、気まずくなりそそくさと歩き出した。
後頭部を左手で掻く少年の背中を見据える二対の瞳、次には互いに合わせ共に弓なりに歪めた。
「驚いた」
「やればできんじゃん」
ちゃんと彼に聞こえないよう呟かれた言葉は、何故か迷宮の壁を反射することなく消え行くのであった。
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「【魔球】【魔槍】【竜巻】」
「【我が身を喰らえ】」
「【ウエポンバースト】」
阿保の一つ覚えのように繰り返される魔法の数々。
どんなモンスターが現れようとも、パターン化されたその連携を前には何者も長らえることはできなかった。
幾多の魔法が降り注ぎ、続く斬閃によって容赦無く切り刻む。
これまでのお遊び感覚の攻略とは違い、着実に進行していった。
そうして、早くも辿り着くこと四階層──地下三階。
二階層前と同様に階層主が大空間の中心に佇む。
頭部から生える禍々しい二本の角。
ドクドクと脈打つ緑の体躯。
無数の杭が打ち込まれた巨大な棍棒。
黄色の眼光と口元から垂れる涎にテラテラと光る鋭い牙。
アディンが瞠目する。
『───グゥガアアアアアァァァァァアアアアアァァァァァアアアアッッッッッッ!!!!!!!!』
強烈な咆哮。ビリビリと肌を打つ刺激に三人の相貌に驚愕が宿る。
「まじ、かよ……」
今まで共に戦ってきた。
背を任せてきた。
自分が召喚するモンスターの中で最も縁のある相手。
「『鬼人』………」
ジャスミンの掠れた声が嫌に響いた。
何度も、幾度も喚んできたアディンには分かる。
対峙する彼の鬼の目には理性の光はない。
だが、明らかに通常の鬼とは異なる力を感じる。
「おい、ヤバいぞ」
圧倒的な質量。
圧倒的な力。
圧倒的な威圧感。
「あれ、本当にカテゴリー Ⅱ 、なの……?」
三人とも、その歴然とした力を前に驚きが隠せないでいた。
まあ、勿論───
「【テンスブラスト】」
「【我が身を喰らえ】」
「【付与】」
──勝てないからではない。
十振りの武器から放たれる砲撃がその巨大な体躯に殺到し、身体能力を向上させた紺と深緑が疾駆、両腕を斬りつける。
目眩ましと着実なダメージを与えた砲撃に忌々しさを感じた鬼はその標的を前方の少年へと定める。動きに支障がないかとは明らか。自分の腕に残った傷は浅く、張った筋肉によって既に止血されているためだ。
地を蹴らんと一歩踏み出し屈伸、血の華を咲かせてやろうと肉薄を掛ける。
それが罠だと気づかずに。
突貫した鬼の目の前に現れたのは数振りの槍。自身の勢いもありこのまま食らえば深い負傷をしてしまうかもしれない。
咄嗟に真横に飛び退き、それを利用して壁を殴りながら、急激な方向展開により生じたエネルギーを全て突進に注ぎ込む。
そしてそれが仇となった。
「【砲撃】」
背後から放たれる魔法。直撃を許し、怒った鬼はその術者を撲殺せんと振り返ろうする。しかし、全力に加え砲撃の勢いまでも上乗せされた突貫は止まらない。
無理に振り返ろうとしたことも合間って体勢が崩れ、ほぼ倒れ込むように少年へ迫った。
そんな好機を、彼が見逃すはずもない。
擬態に出現させていたハリボテの剣を消し、新たに大剣を生む。
何の装飾もない白刃の大剣を大きく振りかぶり、体勢の崩れにより生じていた重心のズレを見抜いて一閃。
巨体は凄まじい砂塵と轟音を立てて転がった。
『──グ、ガァ…』
ジャスミンが与えた傷より深い一撃を食らった右腕からはドクドクと緑の血液が流れ出している。
「あら?、大剣ちゃんと研いでるの?」
「いや、魔力だから…。意外にも耐久は高いみたいだな」
「ジャスミンは無駄にマナを使うなよ、〈魔力治癒〉がなけりゃ自然回復もままならないみたいだからな。【我が身を喰らえ】」
二段階目の強化を自身に施したアディンが、棍棒を落としている鬼の首目掛け地を蹴った。
背後から迫る気配を知覚するも、時既に遅し。首は瞠目したまま撥ね飛ばされる。
「お見事」
「アディンも段々剣上手くなってきたじゃないの」
パチパチと、居合い斬りを果たしたアディンに拍手が送られる。
「結構努力してんだ、当たり前。それに刀な」
「あんまり変わんないわよ」
「にしても、狼、オーガときて次がマッドデヴィルなら俺は笑えるな」
「いや、流石にないだろカイト…」
「こいうのってフラグって言うんだっけ?」
「ジャスミン、お前言葉覚えられたのか……?」
「何よっ!──失礼ね、私は教養を森に置いてきたの。けどアンナとレオから新しく教えて貰ってるんだから!」
「ああごめんごめん、そうだな、ジャスミンだって頑張ってるんだもんな」
「何よ!」
「あーもうほらほら、落ち着け。……ったく、またこうなるのかよ」
わんやわんやと口喧嘩をする二人に呆れが止まらない。
階層主を倒した直後故に何の障害もないものの、これが進行中でのことなら魔法でも使っていたところだ。再度カイトはため息を、更に大きくもう一度嘆息した。
それを聞き付けたのか、二人の言い合いがピタリと止まる。
「はいそれで終わりな、次行くぞ。四階層───カテゴリーはここから Ⅲ だ。油断するなよ」
「流石のジャスミンもな?」
「そういうアディンこそ」
「んじゃ二人とも、次は魔法を使う相手だ。しっかり気を引き締めて行くぞ」
「「了解」」
和気藹々とした空気は一瞬でガラリと変わり、迷宮を攻略せんという意志が立ち上る。
真剣な眼差しを眼下に注ぐ三人は、ユラユラと肌を這う怪しげな気配に目を細めるのであった。




