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黒龍のヴェンデッタ・ルード  作者: 陽下城三太
第二章 黒
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第十話 乱入者


「じゃあ、今度こそ死んでね?」

 

 そう嗤うのは、木の上に立つ確実に殺したはずの黒魔導師だった。

 目算を誤ることなどあり得なく、女の左肩から右腰まで刃は通り抜けたはずだ。その感触もこの手に残っている。

 おかしい。

 もしこれがアンナ達の危惧していた邪剣とやらの能力だと仮定するならば、絶対に一人では対処できない。

 一瞬で回復しているのか命が複数あるのかは知らないが、どちらにせよ自分の手に余る存在だ。回復魔法の心得、というより魔力自体が不適合なのだが、使えない自分は必ず不利に立たされる。

 

「【ディヴィタリーズ】」

 

 一度も聞いたことのない魔法。

 一体何が起こるのかと身構えていると、予想の斜め上、最悪の状況に追い込まれることがすぐにわかってしまった。

 辺りの草花や木々が急激に枯れ始め、マナやマインド──精神力が可視化して黒魔導師へ流れ込んでいく。

 そして器を超える量が装填されたのか、女の華奢な肉体が徐々に膨れ上がった。

 血液が沸騰しているのだろう、皮膚が泡立ち着込んでいた衣類は至るところが破れ、夥しい蒸気が高熱の発生を教えてくる。

 

「────ァァァァァァアアアアアアアアア!!!!!!!!」

 

 『黒』が恐ろしいと言われる一面を今垣間見たような気がする。

 力を得るためならば人間を捨て、異形の姿になろうとも殺戮を止めない執念。

 何よりも、同情すること自体が世界に離反していることと同じになるのかもしれないが、女性がなってしまったあの異形の怪物が痛々しい。

 全身の肉は膨れ上がり、肌は鬱血して黒く染まり、右目は飛び出て原型を止めていない。

 辛うじて女性とわかる少しの胸の膨らみと長い髪が余計に悲惨さを醸し出していた。

 

「シネェェ!」

 

 口も喉も腫れ上がっているのだろう。

 迫り来る豪腕を前に俺は刀に魔力を込めた。

 

「【【【【【我が身を喰らえ】】】】】」

 

 一度の詠唱で複数回の効果をもたらす強化や付与のみが行える重複詠唱。

 度々詠唱するより時間効率はいいが、肉体と精神への負荷が桁違いに大きいことが欠点であるそれを行使し、息つく間もなく紡いだ。

 

「【来たれ老兵、汝は最後の砦なり】【召喚──『砦鎧騎士(フォートレスナイト)』】」

 

 大盾を持ち大剣を掲げる全身鎧(フルプレート)の騎士が産まれた。白銀の輝きを放つ彼は、黒魔導師の一撃を少し後退るだけで受け止めることに成功する。

 それにより生まれた猶予は俺が魔法を使うのに十分な時間をくれた。

 

「【来たれ飛竜、汝は空を疾駆せし炎なり】【召喚──『飛竜(ワイバーン)』】──【来たれ竜兵、汝は守護者なり】【召喚──『竜騎士(ドラグーン)』】」

 

 跳躍と同時に出現した飛竜に跨がり、続いて姿を現した竜騎士──鎧を纏った人型の竜と共に空へと舞い上がる。

 今まで何度も使ってきた占空戦術、巨体のせいで跳躍できない黒魔導師にとって十二分な脅威となる。

 動きを止める怪物に、二匹の竜から炎が吐き出された。

 通常の『ワイバーン』は空を飛ぶ蜥蜴だが、召喚によりアディンが付与したのは『炎』、攻撃の届かない場所から魔法を放つ移動砲台となるのだ。

 得意の高速飛行で急降下しアディンが手に持つ刀で斬りつける。少し動きが単調であるが、『竜騎士』も怪物の背中に一撃を見舞った。

 

 

 そうやって何度も何度も炎と斬撃を繰り返しダメージを積もらせていった。

 しかし、目に見えて火傷や裂傷が増えようとも、分厚い皮膚が邪魔をして決定的な一撃を与えることができない。

 決定打に欠けていた。

 魔力の性質上、一撃必殺というような強力な攻撃を持ち合わせていないのが現状だ。

 召喚したモンスターにもマナは存在するため、そうバカバカと炎を吐き出させるわけにはいかない。となると有効な攻撃手段は接近ということになるのだが、鈍重な怪物の一撃はそう何回も食らうことができない威力だ。空という安全圏を得ている優位を捨て去るのは不作であるし、何より仲間が近くにいないため、接近の線は排除だ。

 またモンスターを召喚すればいいと言われそうだが、そういう訳にもいかない。

 実は、この怪物あんな姿になっても魔法を使うのである。厄介極まりない。まだ詠唱中に移動する──これを平行詠唱という──鍛練はしていないし、アンナ曰く本来は必要ない技術だそうだ。大体の魔導師はゆったりと歩くだけできれば十分らしい。

 『ワイバーン』に乗っているから大丈夫なのでは、という意見にも背反がつきまとう。

 詠唱、つまり魔法を準備している間だが、その際平行詠唱の訓練をしていなければ詠唱が破棄されるのだ。これは魔法を発動するのに使用したマナはその空間に留まるという性質故で、平行詠唱というのは、その留まる先を自身の身体に指定する技術、となる。

 つまり、『ワイバーン』に移動を任せている間魔法が使えないのだ。

 彼から降りれば接近戦。

 このまま続ければ決着がつかない。

 選ぶのなら後者しかない。

 ただ、自分が持ちうる手段にこの戦況を変えるものが一つだけある。それが心に余裕をもたらしていた。

 ただ、何が起こるかわからない、命の危機に晒されているという状況でもないためその『切り札』を使うという思考は一切なかった。

 半ば思考停止で攻撃を続けていたときだった。

 

「──っ!?」

 

 一瞬の浮遊感を味わう。

 何事か、と眼下の竜を、長い間交戦している怪物を見るも、変化はない。

 気のせい、集中しなければ、と思考を変える。

 そのとき気づいた。いや、失念していた。

 『モンスターにも疲れがある』ということを。

 駄目だ、これで増援を待つこともできなくなる。

 そして、焦り出した俺はその攻撃に対応することが遅れてしまった。

 

「『ガァァァァァァァァァァァァァァァァァ』ッッッッ!!!!」

 

 自身に掛けられた強化、召喚したモンスター、それら全てが一瞬で無と化したことを理解したのは、豪速で振り抜かれた巨拳に殴り飛ばされ、幾つも木々をへし折り、盛大な音を鳴らして大木に衝突したときだった。

 ベチャリと地面に崩れ伏せる。

 ゆっくりと巨体が近づいてくるのが、負傷に響く重低音で判る。

 六次元鞄(ヘキサホルスター)から回復薬(ポーション)を取り出す力さえ残っていない。勿論殴打(インパクト)の際に手放してしまった刀を取りに行くことなど出来ようもない。

 

「ゲッゲッゲッ、オマエモコレデオワリダ!」

 

 まだ距離はある、しかし自分を殺すあの巨腕から逃れる手段は………ない。

 まだ刀さえあれば……。

 ───それにしても不思議なものだ。

 『死』を前にしても感情の昂りは訪れないし、あまり恐怖もない。

 『死にかける』体験を幾度となく乗り越えていた者はその恐怖を克服すると聞くが、自分はほとんどない。あって三年前の迷子であろう。

 ならば何故、今これほどまでにも冷静でいられるのだろうか。

 可笑しなもんだ。

 ───。

 ……………。

 ………立ち上がれる気がしてきた。

 

「───?」

 

 繋がっている。

 届いている。

 刀の力が使える。

 立てる。

 戦える。

 後は口にするだけだ。

 逆転を呼び起こす『切り札』の呪文を。

 反撃の時が来た。

 散々見下してくれたその面、ぶった斬ってやる。

 お前の敗けだ。

 

「【リリ──】」

「────ガッッ─」

 

 (───え?)

 

 いざやり返そうとした俺を迎えたのは、怪物が誰かをなぞるように吹き飛ばされる光景だった。

 自分はまだ使っていない。

 それどころか行使されかけた魔法は、直接相手に効果を及ぼすものではない。

 

 (なら、今更応援か?)

 

「酷い怪我だ、よく頑張ったよ」

 

 子供の声だ。

 

「後は僕に任せるといい、何、すぐに終わるさ。──あぁ、先にこれを掛けておこうか」

 

 その声の主だろう、全身に回復薬(ポーション)らしき液体が振りかけられる。

 

「これで動けるだろう?、ほら、後はこれを飲んでおきなよ」

 

 その人物はまたもや高価な筈の魔道具を目の前に置いた。

 視線を上げる。

 決して逞しくはない背中。

 紫の短髪、低い背、そして何よりも存在感を放つその武器。

 死神を想起させるような巨鎌だ。

 身の丈に合わのちぐはぐさが余計異様な雰囲気を醸し出している。

 

「安心するといいよ、これでも大人だからね。僕はジャック、また後でね」

 

 どこまでも余裕を崩さない少年──ジャック。

 彼は何気なく、ただ当たり前のように巨鎌を振り抜いた。

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