第九話 一騎討ち
「【魔球】」
対話を試みようとした俺への随分な挨拶は、魔法だった。
「【我が身を喰らえ】」
刀に手を添えて強化魔法を発動する。
そのまま抜き放ちながら左手を突き出し唱える。
「【召喚──『白鬼』】」
「変な魔法を使うね、それに召喚魔法もか。危険な香り。やっぱり殺さなきゃ!」
──女?
仮面を着けていて素顔は見えず、声もくぐもり、分厚いローブを身につけているため判明しなかったが、素早い動きで一瞬見えたローブの中身が女性に近い丸みを持っていたため、そう思った。
「黒魔導師を前にしてその余裕、随分と自信があるみたいだねぇ!」
レオで慣れてるのだ。遅い斬撃に慌てるほど腐っちゃいない。
余裕があるのは事実だが、油断はしていない。
『黒魔導師と戦うな』という二人の言い付けは守れなかったが、注意深く観察することは怠っていないからだ。
「自信はないが余裕はあるな。お前の動きはレオより粗い」
「はは、馬鹿なの?」
「ぁあ?───っ!?」
気づけば、背中を斬られていた。
「その師匠とやらはあまり君に期待してなかったみたいだね。何も教えなかったかい?」
ああ、本当に馬鹿だ。
つもりだった。
油断してしまっていた。
「【我が身を喰らえ】」
回復魔法は使えない。
せめて身体能力を強化することしか俺にはできない。
「じゃあ死んでよ──【魔槍】【魔斬】【魔矢】」
三連続で放たれる魔法。
どうにか避けるも最後の【魔矢】を肩に受けてしまう。
「なかなかやるね、でもこれはどうかな?──【砲撃】【竜巻】【光線】【黒雨】」
「──っ【我が身を喰らえ】ぇ!」
三重目の強化。
しかし、向上した身体能力であっても避けきることはできなかった。
「──か、はっ……」
魔力弾が雨のように降り注ぎ、体を滅多打ちにされる。
吐血。
全身打撲。
肋の骨折。
ざっと顧みてもそれだけの負傷を感じた。
召喚したモンスターもいつのまにか消えていた。
身体中が痛い。
手に力が入らない。
膝が崩れそうになる。
通用しない。
倒れる。
勝てない。
負ける。
それすなわち───『死』。
今のままなら。
「へっ………おたく、そんな悠長に構えてて大丈夫か……?」
「挑発のつもりかな?、そんな死に体で何をほざいてるんだい?」
相手は油断している。
俺を舐めている。
自分が絶対的優位だと信じて疑わない。
ならそれを利用するまでだ。
「いやな、俺が手の内を晒してないことに気づかないのなってな」
「手の内?」
「ああ、まさか俺が召喚と強化魔法だけでこれに参加すると思うか?」
「いや思うけど……、というより時間稼ぎかな?。それなら無駄だよ。僕は今から君を殺すからね」
ははっ────掛かったな。
「時間稼ぎか、なら何でこっちに来ない?。何か警戒してるんじゃないか?。俺が隠してるんじゃないかと」
「もういい、黙っておきなよ」
寒い……毒でも塗ってあったのだろうか。
「俺は一回も魔法を使ってないよなぁ?。おかしくないか?。召喚が使えて魔法が使えないわけないよなぁ?。それに気づいてるんだろ?、俺の刀の力に」
「黙れ、黙れ!。死ねっ!」
よかった、沸点の低い奴だったらしい。
激昂して大振りでこちらに迫ってきた。
「【我が身を喰らえ】」
四重の強化。
油断、止め、怒り。
全て視野が狭くなる要因だ。
だから気づけない。
背後から迫る俺の仲間に。
「──がっ……」
「【我が身を喰らえ】【我が身を喰らえ】──」
追加で唱えることその数──五。
初めて行う三を超える重複強化に、多大な負担が身体を襲う。
だが、代償を払った見返りは大きかった。
「──はっ!」
一瞬で加速し肉薄。
黒魔導師を袈裟に斬りつけ抜き去る。
背後に置き去りにした黒魔導師はドサリと音を立てて崩れ落ちた。
「──はぁ……」
強化を解き、大きく息を吐く。
ホルスターから二本の試験官を具現し、片方は飲み干し、もう片方は背中に撒いた。
「──っ…」
傷口に染み込んだ薬液が軽い痛みを引き起こす。
ただそれが効いている証拠だと確認すると共に、使用した試験官をホルスターに戻した。
せめて自分が殺した相手の姿を見ようと、振り返った。
「なっ…」
しかし、そこに死体はない。
「僕をお探し?」
───無傷。
あり得ない。
致命傷だ。
いや、確実に心臓ごと斬ったはずだ。
何故。
いや、どうやって?
「怪訝な顔してるね~。流石に僕も驚いたよ。だから、本気を出そうと思うんだ。ごめんね?」
木々がざわめいている。
自分には魔力探知及び魔力感知ができない。
けれども、分かる。
今は奴の魔力は周囲に影響を及ぼすほど高まっているのだと。
「じゃあ、今度こそ死んでね?」
三年前のあの時より、濃厚な『死の気配』が俺を蝕んでいた。




