第9話 ダンジョンを行く
順調に下層へと進んでいく。
わたしが乗っている肩の持ち主、黒曜石の貴公子リステアードは油断がならない人だった。
これだけ魔力で弾いているのに、また手を伸ばしてくるのだ。
「チチッ! チチチチッ!」
「オコジョちゃん、こんな顔に近いところで白いフワフワがチョロチョロしていたら、ひと撫でしないわけにはいかないものだよ?」
「シャーッ!」
何を人のせいに、いやオコジョのせいにしているのだ。
「まったくオコジョちゃんは手厳しいね、ハハハッ」
じゃないんだよ、ハハハッじゃ!
顔はいいけど、中身は油断のならない人だ。けれども、凄腕の探索者なのは、たしからしい。
とにかく移動の速度は速い。
しかも地下迷宮に出てくる魔物をほとんど感じさせない。
わたしに何も感じさせずに討伐しているのか、無視して進んでいるのか。
大蛇も軽く蹴り一発で沈めていたもんね。
っていうか、さっきの大蛇はオコジョ視線では大蛇だったけど、獣人姿だったらそんなに大きく見えなかったかも。わたしは蹴り一発では倒せないけどさ。
そしてわかったことがある。
宝箱が湧く時は違和感を感じるけど、魔物が湧く時はわからない。
魔力が満たされた場所に、その魔力でできた魔物が湧いてもわからないってことかな?
地下迷宮十七階から十八階へと降りた。
相変わらず、階段主討伐は新人探索者に譲っているから、遠巻きに見ているだけだ。
倒された後に開いた穴を降りるだけなので、ちょっと悪い気もしないこともないけど、倒したい人が倒す方がいいのだろう。
階段下はどこも広いホールになっている。
「オコジョちゃん、今日はここで休むよ」
「キュ」
「次の階段主討伐の後にまた人が降りてくるから、端に避けておかないとね」
リステアードはそう言って、フロアの一番端の少し窪みがあるあたりへ移動した。
周りを見回すと、バスケットコートくらいのフロアに、何組かのパーティがそれぞれ固まって座っている。
もしかしたら魔物が出ないセーフティエリアなのかもしれない。大昔のゲームならセーブポイント的な。
リステアードは背中にかけていた革のバックパックを開けて、木製の小さい椅子とテーブルを引っ張り出した。
あ、これ、魔法鞄だ。
軽装だなと思っていたんだよね。中が空間庫になっている魔法鞄を持っているなら、それもそうだろう。
それにしても魔法鞄って初めて見たよ。
わたしが空間庫を使えるくらいなのだから、他にも空間魔法を使える人がいて、こういう鞄を作っているのだろうけど。
魔法鞄は近づいても魔力を感じたりしないし、普通のバッグにしか見えないのが逆にすごいなと思った。
「オコジョちゃんにはベーコンがあるし、僕もいっしょに食べようかな」
小さい椅子に足を持て余して座ったリステアードは、魔法鞄から植物で編んだバスケットを取り出した。
この貴公子は多少なりとも料理ができるらしい。
カッティングボードの上で危なげなくベーコンを切って、それぞれのお皿に載せた。
貴族みたいだし、料理なんてしないように見えるけど、探索者ならそれくらいできないと地下迷宮には潜れないよね。
テーブルの上で見ていた私の前に、お皿が置かれた。
「キュキュー」
「お礼かな? 妖精って礼儀正しいんだね。気にしないでいいからね。足りなかったらまだあるから」
ベーコンやっぱり美味しい!
炙ってないから硬めだけど、こういうのも悪くない。
脂の甘みにうっとりしていると、向かいで食べているリステアードの目も細くなった。
「ん〜、美味〜。これは香りが軽いチップを使っているね。アンナさんがオコジョちゃん用に選んでくれたのかもしれないよ。あ〜、シードル欲しいなぁ。いやでも、だめだ。仮眠しかできないし、水で我慢しておこう。せめて発泡水でも持ってきていればよかったな。あ、オコジョちゃんにも水あげるね」
「キュキュ」
気持ちはすごくわかる。やっぱりシードル欲しくなる。
辛口の白ワインでもいいよね。
このベーコン、オリーブオイルで炒めてニンニクと鷹の爪入れちゃったりして、小松菜とかほうれん草とか加えてもよさそう……。
「……なんかオコジョちゃんを見ているだけで、二倍美味しくなるよ」
そう言うリステアードは、ベーコンといっしょにパンもちぎって食べている。
いいなぁとは思うものの、この口にはあの硬い外側のクラストは無理な気がする。
なんて思いながら見ていたら、リステアードが少しちぎってくれた。
しかも柔らかい中のクラムの部分だ。
「肉食って聞いてるけど……食べる?」
「キュキュー!」
オコジョは肉食だけど、わたしはただのオコジョ獣人なので、なんでもいただけます!
お礼を言って、パンを頬張る。
ん〜、ベーコンの塩味を中和するような、穀物の香り。全粒粉なのかな。力強い風味。
そしてモチッとして小麦の味がする。
美味しい〜。
「キュ〜ゥ」
「うれしそうだなぁ……可愛い……。オコジョちゃん、慌てないで食べるんだよ」
「キュ」
「……また目が細くなって半月になってる……超絶可愛いなぁ……は! 見入ってしまいそうになってた! しかし、本当に妖精の生態はおもしろいなぁ。こんなに表情豊かとは思わなかった。いつまでも見ていられるよ」
リステアードはなんだかぶつぶつ言いながら食べている。
お水とかいいながら、お酒飲んでるのかな。
パンは前世のふわふわとは違う、弾力のあるパンだ。
噛めば噛むほど味が出てくる。
「妖精がよく噛んでる…………かわいすぎる……。いけない、だめだ。本当にどうなっているの。僕をこんなに惑わすとは、もしや、妖精が使う魅惑の魔法……」
ひとりごとが多い貴公子である。
さっき体を見られたのはまだ許してないけど、しゃべれるなら話し相手になるくらいはやぶさかでもないんだけど。
ベーコンとパンをよく噛んでたいらげた。
大変満足でした。ごちそうさまです。
探索に便利な魔導具があるらしく、リステアードは薄く光る香炉のようなものをみっつ取り出して、周りの三方に置いた。
なんとなく、わたしが弾いたりして使っている魔力に似ている。となり同士の道具に魔力を渡して、張っているような感じ。
床に置かれた魔導具に近づいてしげしげと見ていると、声をかけられた。
「オコジョちゃん、これ、気になる? それとも何かわかる?」
「キュー」
聞かれたから答えるけど、端の魔導具を手で指し、次に真ん中の魔導具を指し、その間に線を引くようにジェスチャーした。
リステアードは目を丸くしたのち、ぐっと顔を近づけてきた。
綺麗な顔が大きくなる————いや、近いな!
「妖精って魔導具もわかるんだ? ねぇ、本当にどうなってるの。絶対に普通の動物じゃないよね」
「キュ——!」
ですから、獣人なんですよ!
顔を手で追いやって遠ざける。
いや、もう、食べられちゃう(物理)ような距離だよ。口が大きいから。シャレになんないんだよ。
「ハハハ。まったくつれないなぁ。そう、オコジョちゃんの考えであってると思うよ。これはね、結界の魔導具。攻撃とまではいかないけど、これに触れたら僕が気づくようになってるからね。触れると少し痛いから、魔物や初心者の探索者なら痛みでびっくりして逃げるかもしれない。だから安心して眠っていいよ」
やっぱり空間魔法系の魔導具なのか。
ということは、わたしが魔力で弾くのと同じような仕組みのものだ。
魔物はともかく、探索者が襲ってくるのはいやだな。
わたしがそう思ったのがわかったのか、顔を覗き込んでいたリステアードは眉を寄せて困ったように笑った。
「大丈夫だよ〜。僕は強いからね。ちょっと寝てたくらいで、そのへんの生き物には負けないって」
強いのはまぁなんとなく感じられるんだよ。魔力も多そうだし。
でもそのへんの生き物には負けないってすごい自信だなと思ったけど、わたしを安心させようとしたのかもしれない。
「キュー」
お礼っぽいことを言ったら、手が伸びてきたので、魔力で弾いておいた。
ごはん食べさせてくれてありがたかったけど、それとこれとは話が別ですから。
「くっ……ねぇ、オコジョちゃん? ちょっとくらい撫でさせてくれてもよくない?」
ぶつぶつと恨みがましい目で見ていたリステアードだったが、寝袋を魔法鞄から出して中に潜った。
そしてこちらに腕を伸ばして、流し目をよこした。
「オコジョちゃん、おいで?」
「シャ————ッ‼︎」
イケメンならなんでも許されると思うな‼︎
余計にタチが悪くて、いかがわしいよ! おまわりさん、この貴公子です!
こちとら彼氏ない歴二人生分だ。少女ゲーでしか聞いたことのないセリフに、顔を赤くするスキルもないのだ。
「……このカゴ使っていいよ……」
しょんぼりとした顔の貴公子は、パンが入っていたバスケットにタオルを敷いてくれた。
最初からそれでお願いしたかった。
「チチッ、チチッ」
「威嚇しても可愛いだけだって……あー、ごめんごめん。それじゃね、おやすみ。オコジョちゃん。おやすみのチュウくらい……あ、なんでもないよ……」
長い一日だった。
わたしはタオルの上であっという間に眠りに落ちた。
さてクイズです
貴公子は何もしないでしょうか……?
(答えは数話後)




