第8話 魔物討伐(ウソ)
運良く宝箱がポップアップするタイミングばかりに、行き当たるわけではない。
低層階でもその宝箱を目当てに、同じフロアばかりを周回している人たちもいるらしいから、競争率は高いだろう。
その稼ぎ方は効率いいかもしれないと思ったけど、通りがかった現場では宝箱を前に大人数がものすごく揉めていた。
「キューキュー」
「止めないのかって? 地下迷宮内は助けを請われない限り、手をださないのが約束だからさ。揉めごとは自分たちで解決するのが基本なんだよ。横取りだとか言いがかりをつけられないためにも、他パーティとの関わりは気をつけないといけないよ」
人と人の関わりはむずかしい。
それは身に沁みてわかった。
たとえ従姉妹であっても殺し殺されるような関係なこともあるのだ。
そうかと思えば、見ず知らずのオコジョのために、イケメンがケルピーをどうにかしに向かってくれることもある。
人間関係はむずかしいけど、時々とってもうれしくなるようなこともあるから、世の中捨てたもんじゃない。
スルーして通り過ぎていくけど、うしろからは「うちのお宝だって言ってるだろー!」「オラたちが先に見つけただー!」とかなんとか聞こえてきていた。
「あんなとこで揉めてないでもっと下層階に行けばいいと思うけどね。下層に行けば行くほど宝箱は多く出るし、いい物入っているんだからさ」
そう言う黒曜石の貴公子はかなり強そうだ。だからそんなことを言えるんだと思うよ。
魔物はいまだ見ていない。
多分、わたしの目につく前にどうにかされているんだろうな。
地下十一階。
ここで初めて階段主と出会うことになる。
リステアードの説明によれば、階段主を倒さないと、そこにある階段を通れないらしいのだ。階層主とは呼ばないみたい。
遺跡のようなタイルの壁や床は徐々に土になり、洞窟といった様相を見せた。
若干湿った空気が辺りを満たしていき、おどろおどろしさを漂わせている。
ゴクリと緊張して、肩に掴まる手が強くなった。
「大丈夫だよ。この辺はたいした魔物が出ないから。階段主だって、せいぜいビッグスライムってところだし」
ビッグスライムがどんなものかわからないけど、初めてボスらしきものに会うのだ。緊張しても仕方ない。
他にも階段主エリアに向かう人たちがいる。
「あれ、リステアードじゃないか」
「やあ。いっしょに行っていい? 手出さないから」
「もちろん。ってか、俺たちも新人に譲るぞ」
階段主エリア前でたむろってる探索者たちは、階段主が出てくるのを待っているらしい。
それで誰が階段主を倒すかで譲り合っているんだ。
話し合いの結果、若い新人パーティが倒すことに決まった。
他にもいた新人らしきパーティは次の階段主に挑むということになった。
「めんどうなだけだからさ。若い子にやってもらうよ」
なんて年寄りみたいな余裕の発言である。
そういうリステアードだって、すごく年上って感じはしないけど。せいぜい二十代半ばくらいなのに。
気づくといつの間にか階段主は現れていて、知らない間に倒されていたようだ。
よくやった! などと褒める声だけが聞こえてくる。
人の群れの向こうのできごとで見えなかったよ。
周りも騒がしくしていたから戦闘の音も全然聞こえなかった。
見えないうちに戦闘が終わっていたと呆然としていたら、リステアードが軽く笑った。
「次の階段でまた階段主討伐あるからね」
「……キュ」
手が伸びてきたので、魔力で弾いておいた。
「痛っ! なぐさめたかっただけなのに!」
まったく油断も隙もない。
人垣の向こう側で、ゴゴゴと鈍い音がした。
自然と避ける人の向こうに見えたのは、洞窟のような岩っぽい床が、崩れるような音を響かせながら下へ開くところだった。
音が止むころ、そこには馬車二台分くらいの穴がぽっかりと空き、下り階段が姿を現した。
「開いた開いた。行くぞ」
「お先に」
ぞろぞろと下っていく列に、リステアードも加わった。
短い階段の先はバスケットコートくらいの広さのフロアだった。
真ん中に穴が空いていて、みんなが次々と飛び降りていく。
下の階へ降りるのに、二段階になっているのだ。
結構な高さの穴を飛び降りれば、十二階層である。
床は柔軟性のある素材のようで、ケガをしている人はいないみたいだった。
下から穴を見上げるけど、背の高い人がジャンプしても届きそうもない。
これは完全に一方通行なんだな。
しばらくすると、空いていた穴はまた戻っていった。
「イタチくんは、あちこちよく見ているね」
「キュ」
物珍しいのです。
だって地下迷宮だよ。古のRPGのメインステージだし、ゲーマーの血が騒ぐよ。
「よい迷宮探索者になりそうだね」
リスてアードの言葉に心躍る。なんという楽しそうな職業。
さっきの宝箱は本当にうれしかった。
あんな発見、また何回でもしたい。
けれども、そういうわけにもいかない。
人化薬をつくってもらったら、獣人姿に戻って家に帰って、あの従妹をどうにかするのだ。
どうにかってどうするのかまだ考えていないけど、とにかくどうにかしないと、いつか家を潰される。
執務の方はだいぶマニュアルを作って整えたから、すぐにどうこうはならない。
わたしが新しく雇った執務官と家令が、しばらくの間は保たせてくれるはず。
でもずっとそのままってわけにはいかないし。
父には譲位してもらわないと。
スィリリヤには悪いけど、あなたを侯爵令嬢にはさせないよ。いや、悪いけどとか思っちゃダメだ。自業自得なんだから。
ふんと自分に喝を入れると、その横で軽く笑う気配がした。
◇ ◆ ◇
順調に進んでいくものだから、だんだん何階層めなのかもわからなくなってくる。
十四だったか十五だったか、とにかくいくつめかの階層を(肩に乗って)進んでいる途中、また空間の歪みを感じた。
何かがこの空間に生じた。
「キュー!」
ひと声鳴くと、リステアードは飛んでいたのをすっとやめた。
「また何かあった?」
「キュキュ」
さっきのようにタンと肩から飛び降りて、先を急ぐ。
空間の異物感が消えてしまわないうちに、感覚を追わないと。
さっきより少し湿った感じがする床を駆けていく。
突然、目の前の床から黒い禍々しい気配が盛り上がった。
「————チッ⁉︎⁉︎」
とっさに飛び退くと、みるみる間に行く手を阻む大蛇になった。
わたしの前に高くそびえ立ち、鎌首をもたげている。
ひぇっ‼︎
こんなのが出るのか!
「イタチちゃん……うしろに下がっ————」
リステアードが何か言ったような気がしたけど、わたしは高く跳び上がった。
身をくねらせひるがえし、蛇の視線を奪った。
わたしが無意識のうちにやっていたこれが、『オコジョの死のダンス』だった。
オコジョが本能的に持つ能力である。これを踊り、そして見ているものを油断させるのだ。
何度もジャンプして大蛇が見入っている隙に、近づいて魔力を弾いた。
張り詰めたゴムのように弾かれた魔力で、スパンと蛇はうしろの地面へと飛ばされた。
これで、急所に噛み付く————!
クワッとひと際高く跳び、噛みつきに行こうとして、ハッとした。
————蛇になんて噛みつきたくない。
「キューッ!」
「シャーッ!」
口を開けて威嚇した大蛇の前で、バックステップした。
戦略的撤退である。
リステアードの後ろへ駆けた。
「…………オコジョちゃん…………」
なんとなく呆れたような声が聞こえた気がした。
リステアードは向かってきた蛇に軽く蹴りを入れ、蛇は壁に叩きつけられ倒れた。
「キュッキュー!」
「君は小さいんだから、無理しなくていいからね。いや、正直、僕の心臓に悪い。見ててくれる方が助かるなぁ……」
「キュ」
わたしはさっき感じた空間の歪みを探るが、もう気配は残っていなかった。
けれども記憶を辿って、その先へと跳びながら駆ける。
すると、あった。
またもあのいかにも宝箱な宝箱である。
「キュ、キュ」
近くへ行き、魔力を放って罠解除。噴射音とともに煙が吐き出された。
罠は解除した。鍵は壊してもいいけど——と振り向くと、リステアードがあごに手をあてている。
「オコジョちゃんさ、空間魔法を使えるなら鍵も開けられるんじゃない? 低層階の鍵はたやすいよ」
そんなことできる気がしないけど……。
でも、一応試してみることにする。
「中の空間がどうなっているか、わかる?」
「キュ」
宝箱の前に後ろ足で立ち、錠前に近づく。
魔力を中に流し込むようにして、意識を穴の中に向けてみる。
ふむ。これは、鍵で開く錠前。
鍵穴に鍵を入れてぐるりと回してロックを外して開けるという、簡単で単純な仕組みだった。
だからそのロックを回してあげればいい。
魔力で手を弾くのと同じように、錠の中に入れた魔力を軽く弾いた。
カチリ。
解錠された小気味よい音がした。
「素晴らしいなぁ!」
興奮するような声を背中で聞きながら、錠を魔力で弾いて外した。そのまま本体と蓋の間に魔力を差し込む。そして、魔力を跳ね上げて蓋を開けた。
「キュー‼︎」
ジャンプ!
宝箱にダイブ!
自ら開けた宝箱、最高‼︎
低階層だからか中身はスカスカだけどね。
着地した箱の底には銅貨が数枚、薬草が二種類、魔石が数個、短剣が一振入っていた。
「やっぱり低層階にしては豪華だね。オコジョちゃんの運がいいのかな」
運がいいオコジョは窓から捨てられないし、捕まらないと思うのよ。
リステアードが回収するのを箱の中で眺め、最後に摘んで出された。
油断していた。
「——ふーん、こうやって摘めば触らせてくれるんだね」
細められた黒曜石の瞳の前にぶら下げられている。
首根っこを摘まれて垂れ下げられると、何もできない。
お尻の下をもう一方の手で支えられて、お腹から背中からあちこち確認された。
「怪我はなかったようだし、普通の動物に見えるね。でもこれが妖精か。妖精の印とかないかな。羽は生えてこないみたい? ピアスの穴は————よくわからないな。耳が小さくて確認できないか」
なんということ‼︎ 年頃の女子の体を隅々までくまなく見るなんて‼︎
妖精じゃないって言ってるのに! ライノアもブロンブランも妖精なんているわけないって言っていたよね⁉︎
猛抗議したいところなのに、摘まれていたら声もあげられないじゃないか。
散々見られた挙句、リステアードの肩に乗せられた。
「シャ————ッ‼︎」
信じられない‼︎ イケメンがとんでもないことをします! いやらしいです‼︎
「チチッ! チチッ‼︎」
「そんなに威嚇する⁉︎ ちょっと怪我とか見ただけなのに」
怪我だけじゃなかったですよね⁉︎ 妖精とか羽とか言って見てましたよね⁉︎
肩の上で、やんのかステップ踏んだね。ピョンピョン跳んだ。
あれって、本当に自然に出るものなのだ。
「そんなとこで怒ったって可愛いだけだよ?」
手が伸びてきたので、弾いた。いつもより強かったかもしれない。
「ぐ、痛っ! そろそろ僕に慣れてくれてもいいと思うけどねぇ……」
ぼやいても知らないですよ!
リステアードが手をさすっているのを見て、ちょっとだけ気が済んだ。




