第7話 いざ地下迷宮!
とうとう憧れの地下迷宮にやってきた。
階段を下って見えたのは、いかにも古代遺跡の迷宮といった風情の通路だった。
壁には等間隔で光るタイルが埋め込まれていて、薄暗いながらも先が見渡せる。
床も使い込まれたタイルが敷き詰められており、いつなんどき罠が発動してもおかしくない雰囲気を醸しだしていた。
これだよこれ。これが地下迷宮だ。ゲームの中で勇者や商人が潜り続けた、経験値とお宝の宝庫。
とうとうわたしも冒険者になった。
いや、この姿だし、冒険獣である。冒険オコジョ。
うれしくてリステアードの肩でヒョロヒョロ動いていると、手が近づいてきたので魔力で弾いておいた。
「痛っ! オコジョくんは手厳しいよねぇ」
「チチッ!」
「ちょっと撫でるくらいよくない?」
「チチッ! チチッ!」
まったく油断も隙もない。気安く触られても困るのだ。
抗議してから、前方へと視線を向けた。
通路は微かに風が通っており、どこかに通じているのがわかる。
遠くから人の声が響いて聞こえている。何人もの人がこの階層にいるようだ。
地上にも古い遺跡はあるが、こちらの方が魔力の量が圧倒的に多い。
このタイルの向こうってどうなっているんだろう。
普通に地下であれば土なのだろうけど、地下世界は下っていくから地下と呼ばれているだけで、実際は地下ではない。魔法でできた領域のようなものなのだ。
ではこのまわりにある土台はなんなんだろう。
魔力の壁か何かになっているとか。
リステアードは知っていたりするのだろうか。
話ができないのは不便だ。
聞きたいことがたくさんあるのに。
「この階層はたいした魔物は出ないから、心配いらないよ」
「キュ」
「グッ……何それかわいい……早く抜けたいから少し急ぐけど、ちゃんとつかまっていて」
落ちないように、革のブレストアーマーから覗く服をぎちっとつかむ。魔力でもつかんでおく。
ゆるゆると移動していた速度が、ぐんと上がった。
走っているというか、これ、半分飛んでない?
片足ずつうしろに蹴って進んでいるのだけど、滞空時間と進む距離が長いのだ。
そしてスピードが速いから、ステップを踏むごとに強い風が向かってくる。
これはきっと加護の魔法。
ジャンプする動物の加護を持つ獣人なのかもしれない。
たいした魔物は出ないという言葉通り、ほとんど見ることができなかった。
きょろきょろしていたせいか、リステアードがガイドのように説明してくれる。
「階層の通路は、あちこちに通じる階段があるんだよ」
「キュ」
「向こうには初心者向けの草原フィールドに行く階段がある。反対側には火山エリアに続く階段もあるよ。ダンジョンの魔物は倒すと消えちゃうけど、フィールドの魔物は消えないから素材にできるんだ」
「キュー!」
だからフィールドのケルピーを倒せば、確実に手に入るということだ。
通ってきた中にも分岐がいくつもあった。
たくさんの通路があって、階段もいくつもあって、それぞれいろんなところに繋がっているということだろう。
これはやみくもに動いたら迷う。
「ケルピーは二十階層くらいから階層主として現れることもあるけど、とても確率が低いんだよね。めったに出会えない強い階層主ってこと。二十階層自体はすぐなんだけど、本当に珍しいから、湖がある森林エリアに行くことも考えているよ。討伐すればほぼドロップするから」
「キュー」
「ケルピーのたてがみは宝箱にも入っているんだよ。低階層だと出現率は低いけど、できれば狙っていこうか。やっぱり地下迷宮の楽しみは宝箱だしね」
宝箱!
その言葉が嫌いな人なんていない!
ゲームの中でだけでもめちゃくちゃうれしかったのに、実際に見られるとは。異世界転生した甲斐があるってものだ。
お金、宝石、アクセサリー、武器防具、魔法道具。
うわぁ、想像するだけでたまらない!
「キュ! キュ!」
「オコジョちゃんも好きだねぇ」
リステアードの手が伸びてきたから、魔力で弾いておいた。
そろそろ学習していただきたい。
◇ ◆ ◇
おそろしいスピードで進む黒曜石の貴公子に任せておけば、十階層まではあっという間だった。
話によれば、宝物がポップアップするのは十階層かららしい。
ただやはり低確率で、三十階層、四十階層と高階層へ行くに従って湧く個数が増えていくのだとか。
リステアードが十一階層に降り立ち、ゆるゆると動きだした時、何かがピンときた。
肩の上で立ち上がると、綺麗な顔がこちらを見た。
「どうした? 何か気になる?」
宝箱の気配というよりは、異物の気配だった。
基本的にこれまでの階層では古びた遺跡風の通路で、天井、壁、床、そして歩いている人たちしかいなかった。
元々存在する動かない外側と、その中で流れるように動くもの。それがこの階層の中でいつも100を作っているとして、101になる空間の歪み。
無理に生まれた何かを感じた。
それは徐々に空間に馴染んでいくようで、今度は101が常になり100になるのだ。
少し押された空間によって、どっちの方向で歪みが生じたのかがわかる。
わたしは徐々に消えていこうとする異物感に焦って、リステアードに訴えた。
「キュキュー!」
「どうした?」
「キュ! キュ!」
まぁ、訴えたところで通じるわけがないのだが。
肩から飛び降りて、空間の無理な動きがあった方の通路へと進んでいく。
「オコジョちゃん!」
「キュー!」
リステアードが早足でついてくるのを確認して、先へと駆けた。
わたしだって走るのはなかなか速いのだ。
消えてしまいそうな感覚をなんとか追って走っていき、角を曲がると。
行き止まりの壁の前にはなんと、バーンと宝箱が置かれていた。
ちょっと小ぶりだけど、上部にアールがついており木製で縁だけ金属でできている、いかにも宝箱な箱である。
「キュッキュー!」
思わず歓喜の声を上げる。
人間の姿であったなら、ひと踊りしていた。
いや、オコジョ姿でも躍る。くるくるんと二回ターン。
宝箱だ。
地下迷宮に、宝箱。
異世界バンザイ!
「……宝箱だね」
「キュー!」
宝箱といえば、罠だ。
わたしだってゲーム中では何度も開けたことがある。
開ける時の振動で罠が発動したりするのだ。
矢が飛び出したり、ガスが出たりね。
前世で学生時代にやっていたMMORPGでは、まず罠を外していた。
わたしは近づいて頭を低くしてから、宝箱に向かって魔力を思いっきり弾いた。そしてすぐに宝箱から離れる。
魔力が、スパンと勢いよく宝箱に当たった。
振動で罠が作動して、プシャーッと煙を吐いた。
「おお……罠解除したなぁ……」
鍵解除はできないな。
なんなら錠前を壊しちゃってもいいんだけど。
うしろを振り向くと、じっとりとした目でリステアードがわたしを見ていた。
けれどもわたしの視線に気づいて、優雅な足取りで宝箱に近づいた。
腰のポーチからピッキングツールを取り出し、錠前に向かっている。シリンダーに針金おような細長いものを突っ込んで、こちょこちょして。
カチリ。
素晴らしき音がした。
蓋はもったいつけられることなく、さっと開けられた。
いや、もっとこう、期待を煽る開け方があるんじゃないかなと思うんだよ。まったく風情がない……じゃなくて、そんな勢いよく開けたら危ないのではないだろうか。もうちょっと気をつけて開けてもいいんじゃないかな。
わたしの気持ちをよそに、さっさと中を覗き込んだリステアードが、中身を教えてくれた。
「薬草が入っているよ。あとは銅貨と魔石——待って、底の方に指輪入ってる。すごい、こんな低層階ではめずらしい豪華な宝箱だよ」
指輪見たいな。宝箱に入っていた指輪ってどんなのだろうと思っていたら、手が差し出された。
手のひらには鈍く金色に光る指輪が載っている。
「魔法の指輪。低層階のものだから、たいした効果はないと思うけど」
アンティークな風合いの指輪は、石は入っていない。
代わりに、シグネットリングのように文字が入っていた。
文字というか、これは魔法陣だ。魔導具の中に書かれている、よくわからない文字や図形。
これを身につけたら魔法が使えるってこと?
「キューキュー!」
「うぐっ……単純可愛い……こ、これはオコジョちゃんにあげよう。初宝箱の記念だよ」
「キュー!」
「うぐぅ……なんて初々しいんだ……今どき、初心者探索者を連れてきたってこんな喜ばないよ……」
うれしい!
……って、どこにつけようかな。
しっぽはなんか違うよね。
いや、わたし、なんでずっとオコジョ姿でいるつもりなんだ。
人に戻ったらつければいいのである。
ケルピーのたてがみを見つけて戻ったら、ブロンブランが薬を作ってくれる。それで獣人姿に戻れるのだから、そしたらつければいいのだ。
差し出された指輪を両手で掴んで、さっと空間庫にしまった。
「片付けた……そうだね。大事なものはちゃんとしまっておかないといけないもんね。オコジョちゃんはよくわかっている。他のものは帰ってから分けるから、一旦、僕が預かっておくよ」
「キュ」
初の獲得品は大事にとっておこう。
「まんまるの目が半月に細まってる……。よっぽどうれしかったんだねぇ」
宝箱は見ている間に少しずつ薄くなって消えていった。
地下迷宮に出現するものは、魔物なら死んだら消えていくし、宝箱も開けられたら消えていくと聞いていたが、本当だった。
これが地下世界の理なのだろうね。
役目を終えたら、また地下迷宮に戻っていく。それは地上の生物のサイクルに、似ているような気がした。




