第10話 ケルピーは蹴らない
あっという間に二十階層まで来た。
ここからは階段主としてケルピーが出る可能性がある階層だ。
水魔が出るとあって、やはり湿った空気が流れている。
リステアードの足音も水を含んでいる。
「うーん、どうしようかなぁ。階段主討伐を狙うならメイン階段を降りるべきなんだけど、森林エリアに行くなら苔柱階段を降りた方がいいし……。オコジョちゃん、どうしたらいいと思う?」
「キュー」
初めて来た地下迷宮でそんなことを聞かれても。
一応は考えてみるけど、どっちの方がいいのかさっぱりわからない。
森林エリアの湖に多く出現するっていうなら、そちらを目指す方がいいのかなぁ?
「キュキュキュゥ?(森林エリアかなぁ?)」
「森林エリアって言ってるような気がするね。よし、じゃ苔柱階段を目指そう」
地下迷宮は本当に迷宮だ。
階段がたくさんあって、行き先が多岐に渡っている。
迷宮横断して他の大陸に行く人たちは、この中から正解の道筋を辿るのだ。
なかなか大変そうだけど、ヘヴィゲーマーとしてはメモを片手に片っ端から調べてマップ作って攻略したい。燃える。
軽いステップで飛ぶように移動していくリステアードは、すっかり知り尽くした自分の庭のように移動していた。
すごいことを何気なくやっているのが、なんかシャクだよね。でも、ちょっとだけ憧れる。
その肩に乗っているだけで、苔柱と呼ばれている柱まですぐに着いた。複雑な模様の太い柱が、苔むされている。
この先にある階段でも階段主討伐があるらしい。
ああ、そうか。階段それぞれに階段主がいるから、階層主じゃないんだと今さら気づいた。
うっそうとした木々の真ん中に、小さな古池がある。
先に待っていたパーティは一組だけだった。
「やあ、いっしょに通らせてもらうよ。階段主には手を出さないから」
リステアードはいつものようにそう言うと、少しうしろへ下がる。
若い探索者たちは笑顔で請け負った。
「ああ、いいぜ。きっとビッグフロッグだろうしな。階段主は俺たちに任せておいてくれ」
これまでに何回も見た、探索者同士の軽い挨拶が交わされる。
一瞬、黒い霧のような嫌な風が吹いた。
全員が身構えた。
今までそんなことなかったのに、リステアードもだった。
次の瞬間。
古池の大きさよりも大きい白馬が、水飛沫を上げながら飛び出した。
「……ケルピー……⁉︎」
ゾウよりも大きい。上半身は馬だけど、下半身は長い魚のようで、尾ヒレがついている。
待って、池の直径より太いよね? どうやって出てきたの。地下迷宮、自由すぎない⁉︎
「なんでこんなところにケルピーが出るんだよ‼︎」
「無理だ! シド、下がれ! 逃げるぞ!」
「でも、ここまで来たのに!」
ザバーンとド派手に登場したものの、池の縁にたたずむケルピーは、寝起きのようにぼーっとしている。
その間に若い探索者たちは逃げた。
「あー……。二十階層でケルピーって、とんでもない確率だもんねぇ。出るとは思わないよねぇ」
なんとなくケルピーも、出されるとは思わなかったみたいな雰囲気である。
リステアードが背に回していた右手を前に出すと、長い剣が握られていた。バックパック型の魔法鞄から取り出したのだろう。
グリップも刃も長い両刃のそれは、バスタードソードだ。魔力が纏って黒い粒子が舞っている。
何これ! 厨二心くすぐりまくりですよ!
めっちゃかっこいい武器の登場に、ゲーマーのわたし歓喜!
「オコジョちゃん、しっかり捕まっていてね」
軽い感じでそう言いながらも、片手でわたしを肩に軽く押さえた。
そして腰を小さく落とした瞬間、跳んだ。
大きいケルピーに向かっていく。
眠そうな顔の魔物が間近に迫る。
————ひぇぇっ、魔物でかっ————‼︎
ひらりと舞うように視界を横切った黒刃が、ケルピーの首を刎ねた。
「…………キュ…………」
木の根元に白馬の首が転がった。
一流探索者と檄レア階段主の戦いを特等席で見てしまった。
っていうか、何、あの剣の動き。
舞のように華麗な剣技。本当に美しかった。
リステアードはただの軽薄事案マッド貴公子じゃなかったのだ。
ケルピーの死体は消えていった。多分、最後まで何が起こったかわからなかっただろう。アスラン神の尾に導かれて眠りたまえ。
池の縁に落とされた小さな宝箱は、そのまま持ち帰れるようだ。
リステアードは持ち上げて開けると、ヒューと口笛を吹いた。
「いやぁ、オコジョちゃんって本当に豪運だなぁ。階段主でケルピーが出るし、ちゃんとドロップ品にたてがみ入っている」
「キュッ!」
これでブロンブランに人化薬を作ってもらえる!
「でもさ、君、動物の妖精だと思うんだけどねぇ? 人化薬いらないんじゃない?」
まだ言ってるなぁ。
獣人なので人化薬が必要なんですよ。
とにかく戻って薬をお願いしないと。
帰りは入り口までワープなんてものはなく、ちゃんと足で戻らないとならなかった。
けれども、帰りの上り階段には階段主がいなかった。ギリギリで戻る人には助かる作りだよね。
地下迷宮は、階段は一方通行に作られている。
上り階段は、上る段数が多く作られていて、一旦上ってから床まで飛び降りるのだ。
上り階段も下り階段も、階段の後は飛び降りることで、逆走ができなくなっている。
ねずみ返しっぽい構造だし、その付近は大理石のような滑りやすい材質でできているので、ロッククライミング的なのもむずかしそうだった。
地下迷宮は自由なわりに、そういうところはちゃんと設計されていて、本当に不思議な場所である。
◇ ◆ ◇
リステアードの超特急肩便で、迷宮都市まで戻った。
調合薬店に戻ると、ブロンブランは「すぐに作るわ」と店の奥へ消えた。
待っている間に、リステアードはケルピーからドロップした宝箱をカウンターに出して、その中にいろいろ詰めて、わたしにくれた。
「これがオコジョちゃんの分だよ」
「キュキュ……?」
なんとなく、宝箱の中身やドロップしたもの全部が入ったような気がするんだけど……。
こんな時、意思疎通できないって本当に不便だ。
こんなにもらっていいんですか? と伝える手段がない。
わたしはぺこりとお辞儀をして、宝箱を空間庫にしまった。
そのうちにライノアが来て、階段主にケルピーが出たなんて話をしているうちに、人化薬が出来上がったようだった。
「できたわよぅ」
ふたたびカウンターに戻ってきたブロンブランは小瓶を手にしている。
わたしは空間庫から柘榴石を出してブロンブランに差し出した。これで足りるかな。
「キュキュー」
オネェ様な魔人はなんともいえない顔をして、石を押し返した。
「んまぁ……。小動物が気を使わなくていいのよ? 人に戻ったら払ってちょうだい————はい、どうぞ」
ご丁寧にも小鉢のような器に、人化薬のポーションを入れてくれる。
「動物の妖精なんだから、人化薬は意味ないと僕は思うんだけどね〜」
「薬代を払う動物なんていない。この子は獣人だろう」
相変わらず妖精を主張するリステアードに、店にいたライノアが反対意見を述べている。
視線が集まる。
わたしは目の前に出された薬に口をつけようとして、はっと思い出した。
————そういえば、獣人姿のわたし、すっ裸。
あっぶな‼︎‼︎
うかつに飲んでいたら、とんだ事故を起こすところだったよ!
いや、でも、人化しないと、なんにもできない。
けど!
ここで!
戻るわけには!
人には戻りたいけど‼︎
逡巡することしばし————————。
わたしは器をそっと空間庫に入れた。
「……片付けたわね……」
「どういうこと? ねぇ、オコジョちゃん。それどういう意味? 人化薬が意味ないってわかって、しまったってことだよね? ほら、やっぱり動物の妖精なんだよ」
「リステアード、もういいだろ。その獣人……動物かもしれないが、それぞれ事情があるんだ。おまえ、結婚の申し込みに行くんだろう?」
————結婚の申し込み。
思わず、リステアードを見た。
困ったような照れたような笑みを浮かべる貴公子がいた。
もしかして、地下迷宮に行く前に言っていた『約束があるわけじゃないからさ』って、それ……?
「……キュ……」
そんな大事な用より、わたしの人化薬を優先してくれたのか。
うれしいと喜んでしまった。
けど、申し訳なかったな……。
すごいイケメンだもんなぁ、そういう相手くらいいるだろう。年齢的にも結婚していないのが不思議なくらいだもの。
「ちょっと、大事な用事じゃないのよ! けど、リステアードにそんな相手がいたなんて知らなかったわ」
「まだ婚約もしてないんだぜ。地下迷宮の王子も恋愛には臆病なんだよな?」
「ああ、もう、うるさいなぁ。違うって、なかなか返事をもらえないから、話をしに行こうと思ってさ————あ、そうだ。オコジョちゃんもいっしょに行かない?」
「キュゥ」
それは行かないでしょう。女子を連れて恋人の家なんて行っちゃだめだよ。ドン引きだよ。
それにわたしは獣人姿に戻るまで、地上は遠慮しておくよ。また密猟者に見つかったら困るし。
首を横に振ると、リステアードの顔が曇った。
「そう……? じゃぁ戻ってきたらまた遊ぼうね」
「キュ」
リステアードとライノアは出ていった。
最後まで振り向いて、こちらを気にしていたけど。
「で、アナタはどうする? うちにいてもいいけど?」
「キュキュー」
前足で扉の方を指すと、ブロンブランも扉を指差した。
「どこかに行くのね? それならいい? 下の方を見て。この町の建物の扉には、ネズミを獲る猫用の扉があるのよぉ。ほら、下の方に小さい出入り口が付いているでしょう? これで出入りできるってことよ」
「キュー!」
なんて便利なシステム!
この後は獣人姿に戻るから、戻ったら使うことはないと思うけど。
「キュキュ!」
「じゃぁね、またいらっしゃい〜。人に戻ったら薬代払ってちょうだいねぇ」
早く薬を飲みに行こう。
わたしは張り切ってカウンターから飛び降り、小さな扉から店の外に出た。




