第11話 話が違う
薬を飲むために、裸になっても大丈夫な場所に行かなければ。
ということで、ブロンブランの店を出たわたしは、地下迷宮都市を中心街に向かっていた。
道の端っこを踏まれないようにヒョロヒョロと進む。
カプリコルン公爵領の領都カプラにある境界の扉から、地下迷宮管理組合の地下迷宮入り口までの最短道のりが、一番のメインストリートである。
通路も階段の幅も広い。大きい商会が店を出し、行き交う人も多い。
そこまでは戻らない。
大きなニワトコの木が吹き抜けに立っている一角へと辿り着いた。
そこにわたしの家があるのだ。
正確にはカルッパ侯爵家名義の家だけど。誰も使ってないからわたしの家とした。
どうせ父は書類なんか見ない。ここのことも知らないかもしれない。
地下迷宮都市に家を持っている貴族は多い。
商売するにしても、取引するにしても、便利だからね。別荘にしていたり、お忍びで遊びに来る時用の家も結構あると聞いている。
グレージュの建物が並ぶ中、扉横にあるフットライトにわたしの印である雪の結晶マークを確認した。これ、間違えたら不法侵入になるから気をつけないと。
地下迷宮都市の建物の扉には、猫用の小さいものもついているとブロンブランは言っていた。
うちの扉にもちゃんとあった。
鼻先と頭で扉を押して入る。
低い位置からの視線でいつもと見え方は違うけれど、間違いなくわたしの家だ。
「キュ——……」
やっと気を抜ける。
疲れたからオコジョ姿のままだけど、ぺちゃっと床に伏して、オコジョの開きになった。
なんでこんなことになったんだろうとか、ぐるぐる考えた。
スィリリヤはわたしのことが気に入らなかったのだと言っていた。
侯爵の姪より、侯爵令嬢の方がよかったと。
姪だって貴族籍があるのだし、叔父様は仕事ができるしいい人だし、お金だって貴族家当主ほどじゃないけど、ある。
本家の長女より気楽でいいと思うのだけど、それは隣の芝生は青いってやつなんだろう。
わたしの代わりに侯爵令嬢になっても、女侯爵になる気概はないだろうな。婿養子に侯爵を名乗らせて、侯爵夫人になるつもりなのかな。
まぁそれならそれで、いいのかもしれないね。
わたしも本当は女侯爵なんて柄じゃないし。迷宮都市で気楽に過ごしている方がいい。
でも、スィリリヤに侯爵夫人なんてつとまるのだろうか。
婿養子に来てくれた人がまともならいいけど、まともじゃなかったら皺寄せは領民にくる。
スィリリヤと父が選ぶ相手————とても、まともな人だとは思えない。
だめだ。早く家に戻ろう。
わたしはむくりと起き上がり、空間庫から人化薬入りの小鉢をオコジョの前足で慎重に出した。
顔を近づけて、舐める。
ふわっと一瞬気が遠くなり。
次の瞬間には、人の姿で倒れていた。
「ああ、よかった! 戻っ————キュー⁉︎」
すぐにオコジョ姿になってしまった。
ああ、薬が少なかったからか!
幸い、薬はまだ残っている。
薬を舐めて人に戻ったら、すぐに全部飲むことだ。
あと、クローゼットの前に行っておこう。
小鉢を空間庫にしまい、奥の部屋のクローゼットの前へ行く。
そしてもう一度小鉢を出した。
人化薬を舐める。
人になる。
すっ裸のまま、すかさず薬を全部飲む! よし、これで安心!
クローゼットを開けて、下着を身につけ、ブーツを履き、ひとりで着ることができる簡単なドレスを着ている途中で、クラリと気が遠くなった。
「——……キュー⁉︎」
なんで⁉︎
薬を全部いっぺんに飲めなかったから⁉︎
幸いだったのは、ドレスが足元になかったこと。着用と判定された模様。
獣人姿に戻っていられたのは、体感で四半時刻《15分》くらい。
わたしはブロンブランの店へまた駆けた。
◇ ◆ ◇
「ちょっと、人に戻ってないじゃない。どうしたのよ。やっぱり動物なのかしら」
「ギュー!」
動物じゃないんですぅ!
ブロンブランの言葉に半泣きで鳴いた。
カウンターの上で、わたしは柘榴石と空の小鉢を差し出した。
「キュキュー……?」
もう一本売っていただけないでしょうか……?
オネェ様の魔人は、見上げるわたしを見て眉尻を下げた。
「こぼしちゃったのかしら。やだ、そんなうるうると見られたら、もう一本出さないわけにいかないじゃないのよぅ」
ブロンブランは今回は柘榴石を受け取って、人化薬を小鉢に注いでくれた。
わたしは一口舐めるて、カウンターから飛び降りた。
その間に人に戻ったので、すかさず残りの薬を飲む。
「——ああ、戻った! ブロンブランさんどうもありがとぅぅうう!」
「ええ⁉︎ やっぱり本当に獣人だったのね⁉︎」
「はじめまして。ルミアーナと申します」
慌ててドレスを直してからお辞儀をした。
ブロンブランは呆れたような安心したような顔を返した。
「はじめましてではないけれども、調合薬師のブロンブランよ」
「助かりました……と言いたいところなんですけど、さっき一度薬を飲んで四半時刻で戻っちゃったんです!」
「姿が戻った? 薬が悪いってこと?」
「わかりませんけど、これで戻らなければいいんですけど」
「人化薬は、人の姿になるのを助ける薬よ。一度人の姿に戻れば、そのままのはずだわ。ちゃんと獣人に戻っているのだから、薬は正しく作られているってこと」
「じゃぁなんで……」
「というか、なんでアナタは獣化していたのよ? 魔力抜き? 人化できなかった心当たりある?」
獣化薬と思われるものを盛られ、侍女にピアスを預けたこと。それ以来、人化できないことを話した。
ブロンブランは悪い顔色を、ますます悪くさせた。
「……嫌な情報しかないわ。獣化薬って、獣化して魔力を抜かなければならないけど、上手く獣化できない人が使うでしょ。獣化をちょっと手伝う薬なの。時間が経てば自然に薬の効果は切れるのよ。獣化を保てる人なら動物のままだし、保てない人なら人に戻るわね。もちろん、人に戻ろうと思って阻害されることもない」
「でも、わたしは戻ろうと思っても戻れませんでした」
「そう、だから嫌な情報よ。つかぬこと聞くけど、侍女がいるってことはアナタ貴族かしら?」
「……はい」
「そう……。あなたのそれ多分————」
「は————キューッ‼︎」
「んまぁ……本当に動物に戻ったじゃない……」
「……キュ……」
ブロンブランは、告げづらいことを告げる医者のような顔をした。
「…………使われているのは多分……獣化固定薬ね。おもに獣化刑に使われるやつよ。貴族の家なら領内の裁定用に準備してるでしょう」
「ギュ————————‼︎」
うわぁぁぁぁああああ‼︎‼︎
スィリリヤぁぁああああ‼︎‼︎ どぉしてくれようか‼︎‼︎‼︎‼︎
っていうか! 獣化固定薬高いのに‼︎ 金庫にしまっておいたのに‼︎
ちゃんと領主の家で準備しておかなければならないのに、こんなことで使っちゃう⁉︎
あまりのことに、やんのかステップしてたよ!
「まぁ、待ちなさい。獣化固定薬だって、獣化を固定しておく薬というだけで、動物になる薬じゃないわ。それに過去の文献で、人化固定薬で中和したということも書かれているの。使った例が少ないから、はっきりしないけど、多分いけると思うわ」
「……キュ……」
「ただね……やっぱり人化固定薬も在庫がないの」
「……ギュゥ……」
「大丈夫よぅ。人化固定薬も作ったことあるから。材料があればすぐ作れるから。ね? さっそく地下迷宮管理組合に、材料の依頼しにいきましょう」
魔人のオネェ様のたくましい肩に乗せられて、地下迷宮管理組合へと向かった。
次回 【幕間】リステアード視点




