第12話 ◆出会い
クイズの答え……
黒髪黒目の青年、リステアード・ミッテ・ドラーフは、ブロンブランの店を出るまで何度も振り返った。
カウンターの上には、白くて小さいヒョロっとした生き物がちんまり座っている。ほんのり銀色に光っていて完全に妖精。
丸い黒い目は、リステアードが最後に振り返った時もこちらを見ていた。
従兄であり側近のライノア・ドラーフと歩きながら、リステアードはため息をついた。
「……オコジョちゃんもいっしょに行けたら、楽しかっただろうになぁ」
「浮気だな」
「は……はぁ⁉︎ なんだよ浮気って! 小動物の妖精だよ⁉︎ 誰だって可愛いに決まってるじゃないか!」
「あの子は獣人だ。動物は薬代を払わない」
「払う賢い子だっているかもしれないよ?」
ライノアは鼻で笑った。
◇ ◆ ◇
そのオコジョと出会ったのは、昨日のことだった。
地下迷宮から戻ってきたばかりの帰り道、妙な魔力を感じて立ち止まった。
嫌な感じはしない。ただ不思議な、気にかかるような魔力。
その魔力は、前から急ぎ足でやってきた三人組から感じた。
三人は耳もツノもしっぽもない。どうやら常人族のようだ。そして一人が手に布に覆われた箱のようなものを持っていた。
怪しいと思って後をつけたところ、案の定騒ぎを起こした。というか、勝手に騒ぎ出して、三人組は警邏隊に囲まれた。
口々に何もしてないと言いはる常人たちに、リステアードは檻を指差した。
「何もしていないというなら、その檻を見せてみなよ」
「見ればいい! なんもないぞ!」
やけっぱちのような言葉に、布をめくると出てきたのは金属の無骨な檻。
その中に目をやれば、白い愛らしい顔の生首が浮いていた。
「キュ————ッ!」
生首が鳴いた。
常人たちは完全に我をなくし、あっけなく警邏隊に捕まったのだった。
その後、何もない場所からヒョロリと這い出てきたのは、小さい動物だった。
ライノアがイタチだと言い、のちに、地下迷宮管理組合の職員クーノがオコジョだと教えてくれた。
そのオコジョは、小さいが体も首も長い。本当にヒョロリという言葉がぴったりだった。
毛皮は銀色帯びた白で、しっぽの先だけ黒かった。
神々しいと言えるくらい輝きのある毛皮だが、顔は丸く、耳も丸く、さらにまん丸の黒い目がきょとんとしていた。
美しいのに、どうにも可笑しさがあって————可愛い。
だが、驚きなのは魔法を使ったことだった。
どこか怪我でもしてないかと思って「体、見せてごらん」と触ろうとしたら、魔力で手を弾かれたのだ。
パチンと赤い光が瞬いた。
————なんだ、これ。
手を弾かれた時、リステアードにはたしかに、額に浮かぶ赤い宝石のようなカットを施した石が見えたのだ。
『カーバンクル』
小さな燃える炭という意味の言葉で、妖精の名前でもある。
昔から不思議なことが大好きだったリステアードは、妖精のことが書かれた書物も片っ端から読んでいた。
カーバンクルはいろんな伝承が残っている。
猫の姿だの犬の姿だのリスの姿だの、魔物だの。それはようするに、いろんな動物が妖精カーバンクルになっているのではないだろうかなどと思っていたりもした。
————この子はきっと、カーバンクルだ。
リステアードの中でそれはもう確定事項だった。
ただ妖精というのは、動物の突然変異ではなく、獣人の突然変異だ。
ということは獣人であるはずなのだが、ピアスがない。獣化した時に何かあったら困るから、獣人にとってのピアスは身分証明にとても大事なものだ。それがないというのは獣人だとしたらかなりおかしい。
それに獣人姿に戻ろうと思えば戻れるはずである。
常人族なんかに捕まって、檻に入れられている必要がないではないか。
とすると、魔法を使う賢い動物の妖精か、なんらかの事情でピアスを失くし、さらに人化できなくなった獣人の妖精か。
けれどもやはり、ピアスがなくて人化できなくなった獣人というのはなかなか考えられない。
なので、リステアードはこのイタチはとても珍しい動物の妖精なのだろうと結論付けた。
ふと見れば、小さくてヒョロヒョロと不思議な動き、かすかに輝きを帯びた白銀の毛はフワフワとしている。
「キュ」
と見上げる姿は、見る者の目尻を下げさせる。
これは妖精。間違いない。
それでも獣人であるという可能性もゼロではないから、リステアードは人化薬を買いに調合薬店へ向かったのだ。
馴染みの店は、ブロンブランという魔人が店主をやっている。店主は顔色がいつも悪いが、調合の腕はいい。
しかし、人化薬がないのは想定外だった。
世にも珍しい動物の妖精のはずなのに、なぜかイタチは気落ちしている。
その姿がかわいそうだったので、人化薬の材料を採りに行くことにしたのだ。
そしてリステアードがわかったのは、やはりこの子は妖精なのだろうということだ。
宝箱がわかる、鍵をあけられる、蓋もあけられる。
そんな野生のイタチがいてたまるか。
宝箱の中でヒョロヒョロと喜んでいる姿を見たら、がまんできなかった。
背中に羽がついていたりしないだろうか。変わった何ががあるのではないだろうか。ちょっといろいろ見てみたい。
お宝類のついでとばかりに、オコジョを摘み上げた。
首根っこを摘んで、お尻の下から支えて持ち上げる。
怪我が気になっていたので、体に傷がないか確認する。
背中に羽らしきものはないし、出てきそうな気配もない。妖精に性別があるかわからないが、女の子だろうか。
耳にピアスはやはりないし、ピアスホールがあるかどうかは小さくてわからなかった。
ひととおり見て肩に置くと、オコジョはめちゃくちゃ怒っていた。
「シャ————ッ‼︎」
と毛を逆立てて、肩の上でピョンピョン跳んでいる。
まぁ、怒ったところで可愛いだけなのだが。
リステアードとしては、どう転んでも得しかなかった。
その後、怒っていたわりにはなんの警戒もなくぐっすり寝ていて笑った。(もちろん、ちょっとだけ撫でた。毛は思ったよりしっかりしていた)
途中、どう見てもオコジョが丸呑みされるサイズのブラッドスネークに、謎のジャンプを披露し、襲い掛かろうとした時は心臓が縮んだものだ。
結局やめたアレがなんだったのかよくわからないが、おおむね有能な探索者——探索獣になりそうに思えた。
このままずっといっしょのパーティでいられるような気がしていた。
だから、いっしょに行かないと言われて、リステアードは自分でも驚くくらいショックを受けたのだ。
◇ ◆ ◇
オコジョには同行を断られたが、彼女に会えるのは楽しみだった。
前から結婚を前提としたお付き合いを申し込んでいたのに、その家から来た返事はまだ未成年の子どもなので約束できないというものだったのだ。
いくら手紙を送っても本人からの返事はないし、何回か家へ行ったけれども不在だとかで会わせてもらえず。
遠回しのお断りなのかとも思ったのだが、諦めきれなかった。
ちゃんと成人になる日も家令に聞いて、それを過ぎたからお祝いとともに向かっているである。
「獣化して飛んで行けば一時刻かからないんだけどなぁ」
「だめだ。馬車だ」
他の兄弟たちなら、獣化して飛んでいくことにも反対はされなかっただろう。
リステアードとライノアは竜人族である。
その中で黒竜として生まれた自分だけは、人の多いところで飛んではいけなかったのだ。
竜王国の端の方の、人の住まない高い山のあたりだけ、飛ぶことが許されていた。
そして、出会った。
山脈を挟んだ向こう側で、飛ぶリステアードに地上から手を振る女の子に。
屈託なく笑う顔を見に、何度も行った。
あきらかに彼女は竜の姿を見て喜んでいたけど、リステアードの方こそその笑顔に救われていたのだ。
やっと会える。
心は急くが馬車はゴトゴトと、カルッパ侯爵領へと向かうのだった。
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