第4話 イケが飽和中
空のない地下世界なのに、地下迷宮都市には時を知らせるかのように黄色帯びた明かりが差していた。
檻を抱えてくれている人が、覗き込んで見下ろしている。
黒曜石のような瞳が、おもしろいものを見つけたというようにキラキラしていた。
通りすがりの見知らぬお方、助けてくれてありがとうございます!
「キュ! キュキュ!」
よく見ると大変なイケメンだった。びっくりしてカッとなった目がヤケドするレベル。
切れ長の目に長いまつ毛がが影を落としている。
すっと通った鼻筋は高すぎず低すぎず、絶妙なラインを描き、大きめの口を縁取る唇は薄い。
完璧な場所に配置された整った顔が、ふっとかしげられた。瞳と同じ黒曜石のように艶やかな黒髪が、さらりと揺れた。
「————どうしたの? どこか怪我してる?」
その口から流れる声まで、艶やかな低音のヴァイオリン。
さっきから怒声に紛れて、えらい美声が聞こえると思っていたのだ。
上品で高貴なお顔立ちは、貴公子という言葉が恐ろしいくらいにぴったり。
なんだこのイケメン。
顔もよくて声もいいとか、ステータスバグってる。
きっとスタイルもいいに違いない。
黒曜石の人の横から覗き込んでいる人も、イケメンである。
「礼を言ってるんじゃないのか? ——白イタチか。小さいな」
「へぇ。この子、イタチっていう動物なんだね」
この檻まわりのイケ率が160%くらいある。飽和している。
わたしのことを白イタチだと言った人は、濃紺色の長めの髪を首のあたりで無造作にまとめている。ワイルドな雰囲気。
やはり目は切れ長で、青色の瞳が覗いている。意思の強そうなはっきりした眉が印象的だ。革のブレストアーマーから、がっちりとした肩が出ている。
騎士というより傭兵っぽい、精悍イケメンだった。
そして、ふたりとも頭上に控えめなツノがある。まっすぐに左右二本、後ろに向かって伸びていた。
獣人族か竜人族か。まぁどちらも、種族としては獣人族である。魔人のツノはもっと大きいから違うと踏んだ。
黒曜石の貴公子は片手で檻を下から支え、上部の蓋を開けた。
「体、見せてごらん」
体見せてごらんんん⁉︎
手が伸びてきたので、とっさに魔力で空間を弾いた。
スリングショットのゴムようにパチンと、赤い光がその手を跳ね返す。
「痛っ! 何すんの!」
「シャーッ!」
体を見せろとか、年頃の女子に何言うですか‼︎
「リステアードがいきなり触ろうとするからだぞ。かわいそうに、怯えている」
「かわいそうなのは痛かった僕だよね⁉︎ ねぇ君、体見てみないと怪我してるかわからないんだけど?」
「イタチにそんなこと言っても通じないだろう」
「これ普通の動物じゃないよね。今、魔法使ったじゃないか。さっきこの子の生首が浮かんでいたのも、多分、空間魔法だ。なんか妙な魔力の気配がすると思ってあの三人を尾けたんだけど————この子の魔力だ」
「キュ?」
リステアードと呼ばれた黒曜石の人に、さらに覗き込まれている。
切れ長の目のイケメンにじっとりと見られて、ジャイアントスネークに睨まれたオコジョ状態だ。
自然と首をすくめてしまう。檻の蓋がないから、大変心許ない。
なんというか、マッドなんちゃらな香りがする。マッドサイエンティストとかマッドドクターとか。
つままれたら最後、体の隅々まで見られて解剖されてしまいそうな雰囲気を醸し出している。
相方の傭兵イケメンがどうにか納めてくれることに期待するしかない。
「ねぇ、イタチちゃん。『何か用?』みたいな顔してるけど、面白い魔法使うよね? 何者なの」
そんな風にじっとり見下ろされても、何も出ませんけど。
面白い魔法ってなんですか?
加護で使える魔法に、おもしろいもおもしろくないもないと思う。
オコジョの加護による普通の魔法である。
貴公子リステアードに、傭兵イケメンは呆れている。
「リステアード、普通の動物は魔法を使わない。使うとすれば、それは獣化した獣人だ」
「キュー!」
それです、それ!
そう、普通はそう思うのだ。魔法を使う動物は、獣化した獣人だって。
傭兵イケメンは常識人と認定。
だというのに、貴公子はあごに手をあてて真剣な顔で言うのだ。
「もしかしたら、妖精かもしれないよ」
「キュッ⁉︎」
わたしの中で妖精といえば、前世のイメージで羽があるマジカルラブリーファンタジーな存在なのだ。
そんなものにわたしが? 騙されてオコジョ姿になってるだけの地味な獣人ですよ?
「妖精がその辺にいるわけないじゃないか。妖精は希少な突然変異体。能力は未知数、見た者を幸運にすると言われている奇跡の生き物だ。こんなところで檻に入っているわけがないだろう」
そうそう、そのとおり。わたしが妖精なわけない。
わたしと傭兵イケメンは断然「妖精アリエナイ一派」だが、リステアードは反対意見のようだ。
不満そうに目を細めている。
「希少っていったって、実際に西南部州にはギャラク・ローがいるじゃないか」
たしかに、ギャラク・ローはわたしでも知っている、すごい有名な猫獣人だ。
その正体は妖精ケット・シーらしい。
魔法を使って消えたり現れたりするとかで、しょっちゅう新聞の紙面をにぎわしている。チェシャ猫みたいだね。
この世界の妖精は、人の突然変異なのである。
前世でも、西洋の方の妖精は、大昔は人間と同じくらいの大きさだったって話だった。もしかしたら似たような存在だったのかもしれないよね。
傭兵イケメンはリステアードの言葉に呆れている。
「ギャラク・ローは結局獣人だ。妖精は、獣人の突然変異。動物ではなく獣人だぞ」
そう! それなのです!
動物じゃなくて妖精じゃなくて、獣人です!
「キュ! キュ!」
頭をぶんぶんと縦に振る。
わたし、オコジョ獣人なんです。北部州カルッパ侯爵家のルミアーナ・コルト・カルッパと申します。不本意な状況に困っています!
「イタチちゃん、なんで反応してるの。獣人なの? それならなんで獣人の証の魔力ピアスないのさ?」
「それに、本当に獣人であれば人化できるはずだよな。できないということは動物なのか……? だが魔法を使う……妙な存在だな」
妙な存在と言われた。
ピアスはない、人化もできない、でも魔法を使う。獣人なんだか動物なんだかわからない、おかしな存在。
まったくもってその通りである。
————ピアスさえ外さなければ、獣人だとすぐに気づいてもらえたのに…………。
うなだれるしかない。
黒曜石の貴公子リステアードが、しんなりとしたわたしに手を伸ばしたので、また魔力で弾いておく。いつものように赤い光とともに手を防いだ。
「————痛っ! ええ? ねぇ、ちょっとくらいよくないか? 生意気可愛いね」
「チチッ! チチッ!」
よくないです!
わたし、一応年頃の女子なので。気安く触ろうとされても困ります。
「動物のしたいようにさせてやれ」
「キュ」
「うわ、憎たら可愛い。ライノアと僕とで態度違わない?」
濃紺の傭兵イケメンはライノアというようだ。動物を尊重してくれるいい人だね。
わたしの魔力に気づいて助けてくれたリステアードは、命の恩人様。ありがたいし、お礼はしたいと思う。
けど、それとこれとは話が別ですよ。
貴公子は不服そうに目を細めると、また上部の蓋を閉めた。
「ライノアは密猟者の取り調べの方に顔出してきて。僕はブロンブランのとこに行ってるよ」
「……仕方ない。無茶なことするなよ」
ライノアの言葉に、貴公子はふふんと鼻で返事をした。




