第3話 敵は外にもあり
————生きてた!
窓から従妹によって捨てられたわたしは、城の敷地内を流れている川に落ち、体が動かないまま気を失った。
そして気づくと檻の中にいたというわけである。
生きてはいたけど、まったくもって油断がならない。
檻を囲んでいるのは[常人族]の男たちだった。
耳としっぽがないし、魔力の質が違うからわかる。前世のわたしと同じ普通の人だ。
この世界の普通の人間は、常人族と呼ばれている。わたしたち獣人のような加護の魔法は持たないが、魔力は持っていて魔術を操るのである。
派手髪な三人が、わたしを見て卑下た笑いを浮かべていた。髪色が赤、青、緑って、光の三原色トリオだよ。
「いやぁ楽な仕事だった! アーミンを獲りに行こうと思ったら、川でマヌケなのが寝ているんだもんな!」
そんなまぬけなアーミンどこにいるの——って、ここだ。わたしだ。
オコジョは常人族にアーミンと呼ばれている。冬毛のオコジョだけがアーミンらしいから、大変嫌な感じである。この白い毛の価値が高く、特別な呼び方が用意されているということなのだろう。
それにしても、前世日本人だった身としては、獣の耳を持たない常人族が見慣れた姿でついうれしくなってしまう。密猟者だし、まぬけとか言うし、本当どうしようもないけど。でもそんなところも含めて人間って感じがする。
わたしたち獣人族が住むリーマニア大陸には常人族の国がない。基本的に、獣化できない者には住民権がないのである。
なぜなら、加護を持たない者は動物を密猟するから。
獣人は獣の加護を持つわけで、その動物をとても大事にしている。なのに、密猟とか許すまじ。
国交を閉じてはいないので、常人族がいることもあるし、一時滞在できる場所くらいはある。
そういう獣人国の気遣いを踏みにじるような行いを、この者たちはしているのだ。
でもさすがに密猟者だって、獣化した獣人を捕まえるのは重犯罪だと知っているだろう。
密猟と誘拐。毛皮目的なら殺人罪までついてくる。リーマニア大陸の法では軽くて処刑、重ければ所属国にまで責任が及ぶ。
だからその前に獣人だと気づいてもらえるように、わたしたちは獣耳に魔法石入りのピアスをつけてい————ない。 わたし、今、ピアスつけてないよ‼︎
「キュィ————ッ‼︎」
「さ、騒ぐな! 周りにばれるじゃないか!」
「暴れるんじゃねぇ! 傷がついたら高く売れないんだからな!」
詰んだ。
【悲報】ルミアーナ・コルト・カルッパ、終了のお知らせ。
やられた……スィリリヤはだからわたしにピアスを外させたんだ……。
本当に、わたしという存在を抹消するつもりだったのだ。
悔しい。悲しませないようになんて思わなければよかった。あの従妹にそんな可愛げなんてなかったよ。
ああ、城の三階から落とされても生きていたのに、毛皮となって終わってしまうなんて!
あ、いや、毛皮にもなれない。
死んだとたんに魔法は解ける。残るのは素っ裸なわたしの死体である。せめて服を着たまま獣化したかった! サイアクだよ‼︎
絶望するわたしをよそに、檻に布が被せられ、移動が始まった。
揺れる檻の中で考える。諦めるのはまだ早いかもしれない。
ここは魔素の感じからすると、まだリーマニア大陸の地上にいる。
この後、地下迷宮へと潜るのだろう。
大陸から大陸へ移動する場合、もちろん海を船で渡ることもできるが、主流は地下迷宮を行くことだ。
この世界には地下世界という多重空間層が存在する。
よくわからない謎空間で、地上世界とは空間の理が違うのだ。
地下なのに空があるし、わたしがまだ足を踏み入れたことのない地下迷宮には、海もあるのだとか。さらにその階層の下に砂漠が広がっていることもあるらしい。
地下、自由すぎるな。
そんな謎空間では、船で一ヶ月かかる大陸間移動が、徒歩の迷宮横断で一週間だったりするのだ。
危険なのは海も地下もいっしょとなれば、近い分みんな地下迷宮を行くというもの。
その地下世界でなら、わたしにも十分勝機がある。
布に遮られているが、耳と鼻を使って周りの様子をうかがった。
町は結構な賑わいである。
多分ここは、我が領に隣接したカプリコルン公爵領の領都カプラ。
地下世界へは境界の扉という穴を下っていくのだが、うちの領の近くで誰でも通れるのは、カプラのものだから。
常人族の男たちは、賑やかな街を抜けて境界の扉をくぐった。
一瞬、鼓膜がペコンとなるような感覚があり、すぐに戻る。
階段を降りていくと、魔素が濃くなっていくのを感じる。
徐々にまた喧騒が聞こえてくる。地上よりもほんの少しだけ、音がこもっているようだ。獣化した時じゃないと気づかないくらいの、ささいな違いだけど。
境界の扉近くの地上から近い階層は、魔物も出てこないので町になっている。
その名も[地下迷宮都市]。
迷宮探索する者や迷宮横断する者、そしてそれを相手する者の町である。
その町を急ぎ足で通り抜けようとする密猟者たちは、最短で地下迷宮まで行くつもりらしい。
町の中で騒ぎを起こして助けてもらおうと思ったのに、檻がぐらんぐらん揺らされて何もできない。
これでは檻にぶつかってしまうよ。毛皮が大事だというなら、もちょっと丁寧に運んだ方がいいと思うの。
まぁ、痛いのはいやだから、体の中を巡る魔力をちょっと外に出して、体を覆っておくけど。これぞ本当のエアクッション。
それにしても外は見えないし揺れるし、前世のわたしなら絶対に吐いてる。今世の体が乗り物に強くてよかったよ。
「おい、この下が関門だぞ」
「わかってる、慎重にいくぞ」
「おう」
揺れがやっと収まったなと思った時には、魔素はすっかり濃密になっていた。
下へ下へと降り、地下迷宮に近づいたのだ。
地下迷宮へ入れば魔物が出てくるから、スピードが落ちると予想していたのだが————チャンス到来。
わたしは思いっきり鳴いた。
「キュ————————ッ‼︎」
「うわっ! 突然なんだ!」
「お、おい! 騒ぐな見つかる‼︎」
騒いでいるのは三原色トリオの方である。慌てて布をめくり、檻の中を覗き込んできた。
よしよし、思う壺である。
密猟者たちが地下へ潜れば安心と思うのと同じで、わたしも魔力が濃い地下が好都合だったのだ。
イタチとは地中で穴を掘るもの。
鉱山で掘る。地下迷宮で掘る。どんな壁でも掘る。壁がなくても掘る。地中であるならば、空間だって掘るのだ。
それが神から賜ったオコジョ獣人の加護だからだ。
立ち止まってくれてよかったよ。
穴が掘りやすいから。
わたしは前足でシャシャシャシャッと空間を掻いた。
そして空間に小さくできた穴に、顔を突っ込んだ。
中は白と黒のちょうど半分といった灰色の世界。下には、わたしが鉱山で少しずつ溜め込んだ鉱石が敷き詰められている。
これはいわゆるゲームの魔法鞄とかインベントリというやつと、同じものだと思うんだよ。
「お、おい! アーミンの顔がなくなっていくぞ‼︎」
「何をわけのわからんことを」
「そんなわけ……あるじゃねーか! こらアーミン! おまえ、顔どこやった⁉︎」
どこにもやっていない。
ちょっと空間を掘って開けた異空間に、頭を突っ込んだだけだ。
空間穴をさらに掻いて広げて、前足も入れ、後ろ足もいれ、先端だけが黒いしっぽもちゃんとひっこめた。
穴の向こうから、「オレたちのアーミンがいなくなった!」「どこに行ったんだ⁉︎」「二千万ミュンツがパーだ!」と騒ぎが聞こえていた。
本当はいなくなってなどいないんだけど。
わたしが今隠れている場所も、結局はこの檻の中の空間に付随している、少しずれた場所。
見えないというだけで、檻を動かそうが何しようがその檻の中にいる。
まぁ、もともとあなたたちのアーミンではないからね。
いいかい、悪い大人たちよ。
こういうのを、取らぬイタチの皮算用というのだ。
寝ていたオコジョを拾うだけの簡単なお仕事で得るあぶく銭なんて、泡となって消えるものなのだからね。今後はまともに働きたまえよ。
何が起こったのか把握できない密猟者たちの絶望の喚き声が、穴の向こうから聞こえている。
「————そこの常人たち! 今、二千万ミュンツがパーだとか言っていたね? 密猟者か!」
「その手にしている檻には何が入っているんだ! 中を見せろ!」
誰かが気づいてくれた!
地下迷宮都市の警邏隊か、迷宮攻略者か。これできっと助かる!
「ち、違うんだ! アーミンがいなくなったんだ!」
「おい、いらんこと言うな! 俺たちは何もしてないぞ!」
「何もしていないというなら、その檻を見せてみなよ」
常人族の男の声に、よく響く声が応えている。
「見ればいい! なんもないぞ!」
布がぱっと取り外される気配がしたので、空間穴から顔をちょっと出した。
「キュ————ッ!」
「いる⁉︎」
「顔だけ⁉︎」
「化け物‼︎」
完全に取り乱した三人から、革鎧を着たふたり組が檻を取り上げた。
「密猟者だ! 取り押さえろ!」
その号令とともに、周りにいた人たちがわっと三原色トリオを捕縛した。
控えていたのは警邏隊だったらしい。
縄でぐるぐる巻きにされた密猟者たちは、呆然とした顔ですっかりおとなしくなっていた。
「そいつらは地下迷宮管理組合の取り調べ室に拘束ね」
檻を持った人がそう言うと、警邏隊は「はっ!」と返事をして三人組を引っ張っていいった。
とりあえず助かった。
空間庫からひょろりと這い出たわたしが顔を上げると、覗き込んでいた綺麗な黒曜石の瞳と目が合った。




