第2話 敵は身内にありあり
ランクインしてるらしい⁉︎ ありがとうございます!
父の部屋から出て、重い気持ちのままスィリリヤの部屋へ行く。
部屋の中のメイドに迎え入れられると、悲しそうな笑みを浮かべた従妹がソファに座っていた。
「おかけください、お姉様」
「スィリリヤ、ごめんね。鉱山の視察に行きたかったなんて知らなかったの」
「いいんです……。わたしが本家の馬車に乗るなんて、図々しいことですもの。お姉様が嫌だと思っても仕方ないことですわ」
それは本当に思いもしないことだった。
というか、今まで何回もいっしょに乗っていて、そんな風に言ったことなどなかったのに。
けれども前からたびたび、身に覚えのないことを事実のように言われることがあった。
「本家の馬車とか特に決まってないから。スィリリヤも好きな馬車に乗ってね」
「伯父様がお姉様に無理を言ったんですよね……? いいんです、使用人用のもので。わたしは侯爵家の子じゃないですし」
「えっ、家の馬車は二台あるし、空いていたら好きな方を乗って? その方がお父様だって喜ぶし」
「やっぱり伯父様が言ったからですね……お姉様に本意じゃないことを言わせてしまうなんて……」
そうではないって言っても、悲しげにうつむかれてしまう。
スィリリヤの部屋にいたメイドが眉をひそめた。
わたしがなんかおかしいのかなぁ。どうしてこんなに話が通じないのか、ため息をつきそうになる。
「あっ、ごめんなさい、お姉様。わたしったらお茶も出さずに……。今、用意しますね」
「あっ、これから仕事が……」
「わたしったら本当に図々しいですよね……。お姉様がお茶をごいっしょしてくれるなんて思ったりして……」
スィリリヤに悲しい顔をさせずに断る言葉が、思いつかなかった。
一瞬の間の後、打ち消すようにわたしは首を振った。
「ううん、そういえば仕事は大丈夫だったかな。お茶をいただいていい? スィリリヤとお茶できたらうれしい」
「よかった! さっき伯父様にいただいたロイーズ産の最高等級があるんです」
はにかんだような笑顔を向けられたけど、気持ちがガサリと音をたてた。
その茶葉は伝手を辿って、年に一度ほんの少しだけ手に入れている、わたしのものだ。
今日届いたわたし宛の荷に入っていたのだろう。
別に父やスィリリヤが飲んでも構わないけれども、わたしになんの断りもないというのは、宝箱を勝手に荒らされたようなものだよ。
父は自分の家にあるものは自分が好きにしていいと思っているのだ。たとえわたしのものだとしても。
スィリリヤだって悪くないし、悪い子じゃない。
それでも、ふたりを好意的に見ることはできなかった。
ティーキャビネットの前でお茶の用意をする後ろ姿を、ぼんやり眺める。
小柄な体に薄紅色を帯びたオコジョ耳としっぽが揺れている。
この従妹とは、たびたび話が噛み合わない。どこを掛け違えたのかわからないボタンのようだ。
気持ちはただ重く、もやっとした。
「わたしの淹れたお茶ですみません」
鈴の音と称されるスィリリヤの声で、現実に戻った。
カップに顔を寄せると、甘い香ばしい香りが立ち上っていた。
「ありがとう。とってもいい香りね」
今年のロイーズ産の秋萌芽は少し酸味があるようだ。夏摘みみたいな味がした。
わたしは改めてスィリリヤに馬車のことで誤解させていたと謝り、今度視察をいっしょに行こうと約束した。
お茶を飲み終わって立ち上がると、スィリリヤが「あ」とわたしの頭上を見た。
「お姉様、ピアスが汚れています。鉱山で何かしたんですか?」
「え、う、ううん、なんにもしてないけど? 汚れてる?」
なんにもしていなくはない。
それは鉱山だし、やることがいろいろある。
汚れる心当たりしかない。
手でほこりを払ったと思っていたのに、やっぱりちゃんと鏡を見てやらないとだめだな。
わたしはごまかすように横を向いて魔力を緩め、魔力ピアスを外した。
「お姉様、わたしが拭いておきます。侍女の仕事ですもの。こちらに置いてください」
たしかにスィリリヤは行儀見習いで来たわけだから、わたしの侍女としてこの城にいる。
でも実際は侍女の仕事はしていないし、待遇は侯爵令嬢そのもの。執務をこなすわたし以上に、深窓の侯爵令嬢である。
わたしも困っていないし、侍女の仕事をしなくてもいいのにね。
「でも、悪いしそのくらいは自分でするから」
「そうですね……お姉様のピアスを触らせてもらえるわけないですよね……」
そう言われたら、どうしても自分でとは言えない。
スィリリヤが差し出したハンカチの上に、ピアスを載せた。
「ありがとう。それじゃ、頼むわね」
「わたし、装飾品を磨くのが好きなんです。綺麗になってキラキラしていくのって楽しいですよね」
その気持ちはわかる。
わたしも装飾品は大好き。特に宝石が好きだった。
鉱石はいい。採れたてフレッシュなのもいいし、カットされ洗練されたのもいい。
それらが自分の手でキラキラしていくのは本当に楽しいんだよね。
「磨き終わったらお姉様のお部屋に持っていきますね」
笑顔のスィリリヤにうなずいて、部屋を出た。
侯爵令嬢とは名ばかりのわたしには、専属メイドも護衛もいない。いつのまにかみんなスィリリヤ付きになっていたので、供は誰もいないのだ。
部屋に戻りひとりで着替えをしていると、なんだか視界がぼんやりしてきた。
疲れているのかと思ったけど、違う。
頭がくらりとして、目の焦点が合わない。
疲労か貧血かと思っているうちにだんだん力が入らなくなり、世界が遠くなっていく————。
一瞬、世界が暗転した。
そして気づくと天井が遠くなっていた。
倒れたわけじゃない。それよりも天井は遠く。
この視界の見え方は知っている。
これは獣化した時の視界である。
「……チ……?」
気づくと山になった服の真ん中に埋もれていた。
近くの姿見には、うっすら銀色がかった白毛のオコジョが横たわって見えている。
え、わたし、なんで獣化してるの?
元に戻ろうと魔力を巡らせて放っても、人の姿に戻れない。
獣化は、本人の意思と魔力を使うことでできる。元に戻るのも本人の意思と魔力だ。
なのに、戻れない。
それどころか麻痺したように動くこともままならない。
え、どうして?
わたしは魔力が多く、時々、魔力を抜くために獣化することがある。
でも、一度もこんな風になったことはない。
時々、魔力の不調や何かの拍子で獣化・人化がままならない時があるって聞くけど、それだろうか。
治療や罪人に使う[獣化薬]というものも存在するけど、そんなものは飲んでいないし。
…………何が起こっているの…………?
相変わらず獣人姿に戻れないし動けない。
わたしの部屋にはメイドも誰も入ってこない。
誰がいつ気づいてくれるだろうか。
どうしよう……怖い……。
誰か…………!
「——お姉様、いますか」
スィリリヤ!
ガチャリと扉が開く音がして、天からの助けが部屋に入ってきた。
そして獣化した姿のまま絨毯の上でぴくぴくしているわたしを見下ろした。
よかった! 家令か誰かを呼んできて!
薬品庫に常備している、人化薬を持ってきてもらわないと!
「……チ……チ……」
「なぜここに野生のイタチがいるのかしら」
ええ⁉︎ わたしルミアーナ! ノー野良イタチ! オコジョわたし!
オコジョ獣人なんだから、獣化したらオコジョになるよね⁉︎
スィリリヤは冷たい目で見下ろしながら、悲しげな声を出した。
「わたしの作業が遅かったから、お姉様は執務室に行ってしまったのね……のろまでなんてだめなわたし……」
いや⁉︎ そんなこと思ってないし、外出着の真ん中にいるオコジョだよ⁉︎ それって外出着を着ていたオコジョ獣人の、獣化した姿に決まっているよね⁉︎
そんな斜め下の解釈する⁉︎
「それにしてもこのイタチ、病気かしら」
「……チ……⁉︎ ……チッ……! ……チッ……!」
「怖い! 病気のくせにこんなに威嚇してくるなんて……! お姉様が帰ってくる前にどこかにやってしまわないと」
怖いと言ったくせに、スィリリヤは顔色ひとつ変えず手を伸ばしてくる。
怖いのはスィリリヤの方だ。
どうしてそんな考えになるのか、わたしにはもう理解不能だ。
動けないなりに必死で訴えたし避けようとしたけど、首根っこを掴まれてしまった。
こんな風にぶら下げられたら、もう抗議もできない。
つまみあげられたわたしは、スィリリヤの唇が綺麗に弓なりの弧を描くのを見た。
「……なぁんてね。お姉様は成人したから、伯父様から爵位を奪っちゃうかもしれないでしょ? だからそろそろ出ていってもらおうかと思って。伯父様は養女にしたいって言ってくれているし、うちのお父様が侯爵になってもいいし、どっちでも侯爵令嬢になれるの。女侯爵の従妹になるより絶対にいいわよね?」
今まで見たこともないくらい楽しそうな顔だった。薄幸の美少女の外面を脱ぎ捨てた表情。
なるほどそうか、あの話が通じないキャラはわざと演じていたのだ。すごいな。オコジョアカデミー賞をあげたいくらいである。
なんか噛み合わないというか、話がずれていく感じがしたのは、意図的にずらされていたからだった。
悲劇のヒロインは作り上げられたものだったのだ。
まさか家の中でそんな頭脳戦を仕掛けられているとは思わなかったよ。
そして気づく。
これはようするに————薬を盛られたのだろう。
わたしのお気に入りのあのお茶に。
「元々、ものすっごく気に入らなかったのよね。何もかも持っている侯爵令嬢が。やっと全部あたしのものになる。立場もお金も宝石も、あの人も。ふふっ、長かったわ。あとは、ちゃんとあたしが侯爵令嬢になるから安心して?」
楽しそうにわたしを覗きこむ目は、坑道よりも真っ暗な闇だった。
首根っこをつままれたまま、開けた窓の外にぶら下げられた。
冷たい外気が体を撫でる。麻痺していても冷たさって感じるものなんだななどと、妙に感心した。
どうやらここまでのようだ。
いつか旅立ちたいと思っていた。
あの飛竜のように好きなところに飛んでいけたらって。
前世で浴びるように摂取していた異世界ファンタジー。せっかくの剣と魔法の世界。そんなところに転生したのだから、もっと冒険したり楽しく暮らしたいと思っていた。
この後生き延びることができたら、その時はオコジョ女子の華麗なる冒険とスローライフを——————。
「それじゃぁね。その汚いイタチ姿で二度と戻ってこないでよね」
わたしはそのまま声も出せずに城の三階から落下していった。
作者フェレットを飼っていまして、その動作等からニセオコジョを書いております。
本物のオコジョとは違いますが(そもそもイタチはあんまり鳴かないのですが、それだと物語にならないので……)魔法でオコジョ姿になっている獣人ということで、ご了承くださいませ……。
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評価・ブクマありがとうございます‼︎(久しぶりの投稿なのに!うれしい!(大泣))




