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迷宮都市はオコジョびより 〜窓から捨てられた侯爵令嬢は、早く人に戻りたい〜  作者: くすだま琴


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第1話 敵は身内にあり

新連載です


 鉱山の横穴から外に出たわたしは、陽の光に目を細めた。

 イタチ系の獣人は光に弱い。

 オコジョ獣人のわたしも、少しだけ苦手だ。

 獣人というのは動物の加護がある人間なので、オコジョの血が入っているわけではない。

 けれどもオコジョの加護のせいで、急な光はよりまぶしく感じるのだ。


 今日は次期女侯爵として鉱山の視察をしつつ、現場で働く者たちに声かけし、ついでにちょっとだけ採掘となんやらかんやらをしてきたところだった。

 なんやらかんやらというのは、なんやらかんやらチョロチョロである。

 次期領主にも、やることがいろいろとあるわけよ。


 白銀の長い髪と頭上の白いオコジョ耳を撫でて、軽くほこりを落としていると、声をかけられた。

 坑道入り口横に建てられた小屋で作業をしていた、現場の責任者だった。もちろんオコジョ獣人である。獣耳に汚れがついている。


「ルミアーナ様、いつも現場を気にかけていただきありがとうございます。中の者たちも喜んでいたでしょう」

「こちらこそ、怪我がないように目を配ってくれてありがとう」


 魔石鉱山は、領の大事な収入源である。

 働いてくれている者たちも大事な宝だよ。


「おや、今日も迎えの馬車は遅いですね」

「そうみたいね。私が早かったのかな」


 何か言いたげな現場責任者の視線は無視して、着ている物のほこりを払った。

 あまりにちょくちょく馬車が遅れるから、心配してくれているのはありがたいよね。でも、どこで誰が何を聞いているのかわからないから、口を開かせないのが安全なんだよ。

 服のほこりを払ったけれど、見栄えは変わらない。

 軽装といえば聞こえはいいが、質素このうえないセパレートの外出着は、もはや作業着と呼んだ方がしっくりくる。

 鉱山へ視察に来る服にお金をかけられないのだから、仕方ないよね。

 その作業着のうしろの合わせから出ている、先だけ黒い長いしっぽを振ってほこりを払っていると、向こうから馬車が現れた。


「——ルミアーナお嬢様、遅くなって申し訳ございません!」

「大丈夫。焦らないでゆっくり止めてね」


 よく見れば、来る時に乗っていたカルッパ侯爵家の紋章入りの馬車ではなかった。

 何かが起こって、遅くなったのだろう。

 御者は遅くなった理由を言うだろうけど、なんだかとても聞きたくない気分でいっぱいだよ。

 ゆっくりと停まった後、慌てて御者台から降りてきた御者は、深く頭を下げた。


「行きに使った馬車の車輪に泥がかけられており、動かなかったのです……。急遽、整備中だったものを使用いたしました。申し訳ございません」

「朝、帰りに泥にはまった?」

「そんなことはありませんでした。泥の道などなかったのです。それに泥だけでしたらあんな風に動かなくなることもないのですが……」


 御者の頭のオコジョ耳が、警戒するように立っている。

 なんとはなしに聞いていた鉱山の現場責任者も、不安そうに眉をしかめた。

 核心に迫る話になる前に、わたしは笑った。


「……ああでも、乗る前に気づいてよかった。アスラン神のお導きね。事故なく迎えにきてくれてありがとう」

「とんでもございません。しかし、こうたびたび起こるのは……」


 わたしは眉をしかめ、自分の唇に人差し指をあてた。

 一度表に出してしまうと、口は緩むもの。

 侯爵家の領主城の中でもそんな話をしたら、危ない。仕事を失くしてしまう。仕事ならまだいい。下手したら命が——ね。

 前世の世界にあったことわざだけど、「口から出れば世間」である。「口は災いの元」となり、「死人に口なし」なのである。



 ◇ ◆ ◇



 わたし、ルミアーナ・コルト・カルッパは、オコジョ獣人で侯爵家の一人娘だ。

 そして前世日本人の記憶がある。

 記憶が蘇ったのは三年ほど前、兄と母を立て続けに亡くした後のことだった。

 薄情な話だけれど、家族を亡くしたショックで前世を思い出したのではない。

 父が執務を放棄して、わたしが領地管理の仕事をしなければならなくなったからだった。


 家族が亡くなり悲しくてどうしようもなくても、時は進む。

 税収の計算はしないとならないし、自然災害はやってくるし、国からの税の取り立てもやってくるのだ。

 侯爵領の半分を実質治めてくれている代官の叔父だって、領都のあるこちら側まではなかなか手がまわらない。

 やり慣れない執務をこなすのに、休みなし徹夜の日々。わたしの目の下のクマは絶好調で堂々と存在を主張し、家令の胃と髪は瀕死。

 わたしたちは領地管理業務に追われる家畜、領畜だった。


 そして、疲れているのに妙にぐるぐると回る脳が、似たようなことが前にあったと思い出させたのだ————似たような、社畜だった前世を。

 もしかしたら、毎晩祈りを捧げていた獣人たちの神、アスラン様が、かわいそうに思って助けてくれたのではないだろうかと思うのだ。


 前世の記憶で一番役に立ったのは、『焦るな落ち着け、仕事を失敗したくらいで会社は潰れない。潰れたところで死にはしない』という限界社畜が得た開き直りの精神だった。

 実際にそう思ったら落ち着いたし、落ち着けばどうとでもやりようはあったのだ。

 自然災害の対応は一番に、あとのものはちょっと遅れたところで致命的ではなかった。国だって締め切り延長のお願いをしたら、特別対応で待ってくれた。


 早めの報告やお願いは本当に大事だ。報連相は偉大だ。

 偉大なる獣人の神、アスラン様。日本のブラック企業で社畜をしていた自分を返してくれてありがとう。



 ◇ ◆ ◇



 元社畜の侯爵令嬢を乗せた馬車は、山のふもとの集落を抜けて領都へと帰っていく。

 護衛もメイドもいない、ひとりきりの馬車の気楽さにもすっかり慣れてしまった。

 窓ガラスにおでこをつけて外を眺めても、誰に何か言われることもない。

 社畜だったとはいえ、平民であった前世の気楽さを思い出してしまえば、お供なんていなくていいくらいだ。


 車窓に、暮れかかっていく空を飛んでいく鳥が見えた。

 最近は飛竜を見かけないなと、ふと思う。

 大きな体が悠々と飛ぶ姿は、憧れていたファンタジーの世界そのものだ。

 頼りにできる者もほとんどなく、ただ仕事をこなしていたわたしに、ひとときのドキドキとわくわくを与えてくれたし、町を越えていく姿に勇気ももらったものだ。

 あの悠々と旋回する姿をまた見たいな……。

 さみしいような物足りないような気持ちのまま、馬車は侯爵家の城へと到着した。


 エントランスホールに入るやいなや、出迎えてくれた家令は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「ルミアーナお嬢様。おかえりになったばかりのところ失礼します。だんな様がお呼びです」


 家令にこんな顔をさせる父にため息をつく。

 わたしはオコジョ耳と白銀の髪のほこりをもう一度ていねいに払い、しっぽもひと撫でして、粗末な外出着のまま領主の私室へ行った。

 豪華な調度品が並ぶ部屋で、たくさんの絵画や壺に囲まれ座っていた父が顔をしかめている。

 どことなく不健康にくすんだオコジョ耳が、不機嫌そうにピクリと動いた。


「——戻りました、お父様。お呼びと聞きましたが」

「ルミアーナ。おまえばかり出かけて、なぜスィリリヤも連れて行ってやらないのだ」


 スィリリヤ。

 同じ年の従妹。

 叔父が代官をしている西部地区から、行儀見習いとして城に来た。こちらに来て四年になる。

 前に「鉱山なんて怖い」と言っていたから、声をかけたことがなかったのだけど——スィリリヤの言葉をそのまま伝えても、父には信じてもらえないだろう。

 わたしの四年の経験がそう判断した。


「おまえは侯爵家の馬車に、家族でもない者を乗せられないと思っているのだろう? なんてひどい娘なのだ。スィリリヤだって家族だというのに」

「——そんなこと思っていません。スィリリヤに鉱山のような足場の悪いところを歩かせられないと思ったのです」

「それならば護衛に輿でも担がせればいいだろう、気が利かない。それでも我がカルッパ侯爵家の後継になるというのか」

「……申し訳、ございません……」


 父は息子と妻を立て続けに亡くしてから、現実を見なくなった。

 元々、母がかなりの執務を受け持っていたらしい。その母がいなくなってどうにもならなくなった執務を、すべて放棄したのである。

 叔父に領主を譲ることもよしとせず、家令が執務官を雇うことを進言したのも却下。仕事をしないくせに、仕事ができないことを他に知られるのも嫌だし、侯爵という地位を失くすのも嫌なのだ。

 それで、まだ若く仕事もろくに覚えていないわたしに押し付けた。

 本人は、妻と息子を亡くした悲劇の主人公として、気が向いた夜会にだけ出向き、嘆き悲しむ姿を見せている。

 かわいそうな自分は何をしてもいいと思っているのか、高価な絵画や美術品を心の慰めだと言って買い漁る。

 そして、そんな父を慰めてくれるスィリリヤをかわいがっている。


 わたしだって兄と母を失って、悲しくてどうしたらいいかわからなかった。それでも父が放棄した仕事を、やらなければならなかったのだ。

 前世の記憶を思い出さなければ乗り越えられないくらい、大変だった。


 母が亡くなってからもうすぐ三年。

 わたしも十八才になった。

 まだ結婚は早いなんて前世の感覚では思うけど、この世界ではそんなことはない。

 父が仕事を放棄しているのなら、早めに私が継ぐべきなのだ。継ぐことができる年齢になったのだから、いつ代替わりするのか話し合わないとならない。

 けれども、父は話し合いからは逃げる。うやむやにする。逆ギレする。

 侯爵でなくなるのが嫌なら、働けと思うんだよ。できないなら、補佐を雇えと。


 きっとそろそろ国から早く代替わりするよう求められると思う。

 これまでは領主である父が心労で仕事ができず、後継が成人していないため、特別に締切の期日などを伸ばしてもらっていたのだ。

 後継が成人したのなら、代替わりして普通に治めるのが当然だ。


 あと少し。

 国から引退の勧告をされれば、父は退かざるをえない。

 今や役に立たず、浪費をするだけの父には、別邸で隠居していただく。

 わたしの思っていることを知るわけがないだろうが、父はいつもよりも深いため息をついて嘆いた。


「ああ、こんな冷たい娘ではなく、アンナとアレクがいてくれたらよかっただろうに……。もういい、下がれ。泣いていたかわいそうなスィリリヤに謝っておくように」

「……はい」


 わたしが従妹に謝らないとならない理由なんてないと思う。

 でも、波風を立てずにいるしかない。

 あと少し、騒がず無難にやりすごすのだ。






数年ぶりに投稿します……。

警備嬢っぽい、お仕事&ラブコメになります。

どうぞよろしくお願いします〜!

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