第20話 鉢合わせの玄関
馬車が止まった。
兄であるアレクサンテリの緊張が伝わってくる。
「着いたね。実家に帰ってきたのに、全然安心できないけど」
「キュー」
わたしは膝の上で伸び上がり、兄に声をかけた。
「……かわいいですね」
「……かわいいですな」
兄の向かいに座るのはカプリコルン公爵がつけてくれた、法律に強い方々である。
アイベックス獣人のレークスと、バイソン獣人ネゴティム。
どちらも筋肉がしっかりついていて、本当に文官だろうかと思うような青年たちだった。
目尻を下げてこちらを見ている。
オコジョに優しいのはありがたいけど、カプリコルン公爵、信じて大丈夫ですよね……?
「——カプリコルン公爵家の馬車とお見受けいたしますが、当家にご用でしょうか」
馬車の外で、うちの門番が対応している。
馬車のまわりをとりまいている護衛たちが、緊急の知らせがあるためにカプリコルン公爵家の者が来たと伝えた。
馬車の中からも、山羊ツノを生やしたレークスが窓を開けて口上を述べた。
「——このたびは前触れもなく訪れて申し訳ないのだが、内密で急ぎの用件がある。城の中の者たちには伝えず、通していただきたい」
カプリコルン公爵の名代である証の徽章を見せると、門番は礼儀正しく挨拶をして門を開けた。
兄は詰めていた息を、ふぅと吐き出した。
「アレクサンテリ様、大丈夫ですよ。私たちがついてますからね」
「そうですな。落ち着いていきましょう」
「……情けないところをお見せして申し訳ない。もっと強くならなければならないのに」
「事情は聞いております。手にかけられるなど……そんなことがあれば、恐ろしく思うのが当然ですよ」
「そうそう。アレクサンテリ様はまだまだ若いのです。存分に年上に頼りなさいませ。ところで、妹御の婚約者などはもう……?」
「ネゴティム殿、抜け駆けですね?」
「とんでもない誤解ですな。レークス殿。ちょっと聞いてみただけですよ」
助っ人のふたりに励まされ冗談を言われ、兄も少しだけ笑った。
馬車は玄関前につけられたが、中の者たちは気づいてないらしく誰も出てこない。
というか、なんか揉めてる声が聞こえるような……? 帰るとかまだ帰らなくてもとかなんとか。
ちょっと違和感があったものの、護衛の騎士が先導して玄関を開けた。
すると、玄関の一番近くにいてくるりと振り向いたのは、黒髪黒目の貴公子リステアードだったのだ。
え、なんで⁉︎
「キュッ⁉︎」
「……え、あれ? オコジョちゃん? っていうか、その男誰。なんで知らない男の肩に乗ってるの」
リステーアードの目の光が消えたような気がした。
いやだな……闇落ちみたいじゃない……?
気のせいだと思い込もうとして、わたしはリステアードから視線を逸らした。
その向こうにいたのは父だった。
「お、おまえたちはなんだ! 勝手に入ってきてどういうつもりだ!」
「侯爵、少し黙っていて————オコジョちゃん、なんでいるのか知らないけど、こっちにおいで」
「失礼ですが、どなたでしょうか。私はここの家の者です。うちの妹に触らないでいただきますか」
父とリステアードと兄。
一瞬、沈黙が落ちた。
「ここのうちの者だと……?」
「————ここの家の者の、妹…………? オコジョちゃんが…………?」
「父上、アレクサンテリです。ただいま戻りました」
というか、なんでリステアードとライノアがうちにいるのだろう。
リステアードが恋人にプロポーズしに行くって言ってたっけ————。
「リステアード様……! 帰られるなんて嘘ですわよね……⁉︎」
玄関ホールにある階段の二階から、悲しげな声が降ってきた。
急いで降りてくるのはスィリリヤだ。
相変わらず可憐な姿を見せている。中身は真っ黒だというのに。
————ああ、そうか。
リステアードはスィリリヤに会いに来ていたのか。
「……キュゥ」
趣味悪い。見る目ないな……。
舌打ちのひとつでもしたいところだった。
兄はその姿を見てビクリとし、動揺を飲み込んだ。
「————スィリリヤ、久しぶりだね。三年半ぶりだ」
「————————まさか、アレク兄様⁉︎ 死んだんじゃなかったの⁉︎」
「そ、そうだ! うちの息子は亡くなった! おまえは誰だ、ニセモノめ!」
「父上、それは無理があるでしょう。母上から聞いた隠し通路でも披露しましょうか?」
家族の久しぶりの再会だというのに、ギスギスした空気と揉め事しかない。
リステアードとライノアは呆然と立ち尽くしていたが、ひとまず壁側に退き、傍観するようだった。
「さて、ご家族同士の再会の挨拶はもうよろしいですかな? カルッパ侯爵にご挨拶申し上げますぞ。わたくしどもはカプリコルン公爵から遣わされた法律官と政務官でございます。お見知りおきを」
ずずっと出てきたネゴティムとレークスは目を細め、うさんくさい笑顔を浮かべた。
違う種族だというのに、兄弟のように似ている。
ガタイのよいふたりがずいとふたりに近づいた。
「さっそくですが、カプリコルン侯爵におきましては、領主家における薬品保存法についての違反が疑われております。お話をお聞きしたいのですがよろしいですかね?」
否とは言わせない迫力。
父とスィリリヤの顔色が変わった。
頼もしくも恐ろしい法律官と政務官の笑顔は、ますます濃くなった。
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