第19話 ◆狡猾な薄紅色
カルッパ侯爵邸の玄関。
スィリリヤは眉尻を少し下げ、周囲に儚げで美しいと噂されている顔を見せた。
「おかえりなさいませ、リステアード様。無事に戻っていらしてよかったです」
「……この領内で僕に危険があるように見えないけど?」
「ですが、ルミアーナお姉様は行方不明ですし、悪い者がいるかもしれません」
「たとえいたとしても、僕たちは強いから心配いらないよ」
「そうですか……。さすがリステアード様、強くて素敵ですわ。お茶の用意ができてますので、歓談室までどうぞ」
黒髪黒目の美青年は肩をすくめ、従者とともにスィリリヤの案内に従ったのだった。
スィリリヤがルミアーナを窓の外に捨ててから、半月が経とうとしていた。
行方についての情報はない。
獣化固定薬でオコジョ姿になった従姉のことを、わかる者はいないだろう。
獣化したまま亡くなると、獣化の魔法が解けて獣人の死体に戻るとスィリリヤは聞いている。
獣人は人である。動物として無事に生きられるとは思えない。
野生のオコジョだって、年々数を減らしているのだ。にわかオコジョが生き抜けるわけがない。
あとは死体が出てくるのを待つばかりなのだが、あの従姉は抜けているようで案外図太いらしい。
いまだ死亡の知らせは来ていなかった。
お茶の席には、高価なお茶に領内でも有名な菓子店の焼き菓子、それに料理長自慢の野菜とローストビーフを挟んだパンなどが並んでいる。
竜人は肉が好みと聞いているため、ここ数日は肉の多い食事と軽食をそろえていた。
スィリリヤの魅力でリステアードを落とすまで、帰せない。
相手は高価な装飾品や珍しい花にまめな手紙、それらを頻繁に贈ってくる金持ちで一途で情熱的な竜人。顔はすこぶる整っているし、振る舞いは優雅。
竜人族の者たちは一度この人と決めたら執着が強く、そこもいいとスィリリヤは思っている。
この男をルミアーナから奪ったら、どれだけ気分がいいだろう。
だからお茶から食事から居室まで、手を抜くわけにはいかないのである。
竜人族の第四王子であるリステアードがカルッパ侯爵家にやってきたのは一週間ほど前のことだった。
かねてから求婚していたルミアーナに会いに来たのだ。
だが、ルミアーナはいない。
行方不明になったと告げると、リステアードはすぐに帰って捜索隊を出すと言ったが、遠くまで戻るのは大変だろうと滞在してもらっている。
そしてカルッパ侯爵領の領兵たちを捜索に使ってもらっていた。
彼らが探すのは侯爵令嬢のルミアーナである。オコジョではない。見つかるわけない。
苛立っているような竜人王子は、口をきつく結んでいる。
「申し訳ございません、リステアード様。ルミアーナお姉様がご迷惑をおかけしてしまって……」
スィリリヤが眉尻を下げると、リステアードは切れ長の目を細めた。
「ルミアーナ嬢がご迷惑かけたってどういうこと? 誘拐されたのかもしれないんだよね? それなら拐かした方が悪いわけで、彼女のせいじゃない」
「ですが……実はお姉様はいなくなる前に、ずいぶん思い悩んでいる様子だったのです……」
「それは、ルミアーナ嬢が出奔したと?」
「わかりません……。お姉様はわたしには何も言いませんから。ただ、リステアード様のお名前を聞いて、思い詰めた顔をしていらしたような気がして……」
「僕と会いたくなくて、家を出たと言いたいの?」
「……お姉様、ひどい……。リステアード様がおかわいそうです……」
スィリリヤが涙ぐんで見せるとリステアードは冷ややかな視線を向けた。
かわりに従者のライノアが身を乗り出した。
「失礼だが、スィリリヤ嬢。あなたはルミアーナ嬢と仲がよくないのか?」
「……それは……わたしは使用人のようなものですから……。仲がよいなんて図々しいことですわ。お姉様に叱られてしまいます……」
「そうなのか……」
「いえ、ライノア様、お姉様は悪くないのです。わたしがちゃんとできないから……」
「そうだ、おまえが悪い」
言い捨てるリステアードに、スィリリヤの喉奥が「ひっ」と鳴った。
「お姉様お姉様と言っているが、おまえはルミアーナ嬢の何なの? 実の妹ではないんだよね? 使用人がお姉様と呼ぶなど分をわきまえてないよ」
「おい、リステアード。紳士の仮面を脱ぐな」
「うるさいな。もう我慢がならない。侯爵もこの女もまったくルミアーナ嬢を心配してないんだよ。心配しているフリくらい上手にやればいいのに」
ここまでスィリリヤを邪険にする男は初めてだった。
カルッパ侯爵とともに参加する夜会でだって、こう言って悲しげな顔を見せればみんな優しくしてくれた。
竜人はやはり獣人とは感覚が違うのだろう。同じ獣人の仲間と言っても、上の存在だと感じる。
やはり、諦められない。
「わ、わたしは……ルミアーナお姉様の従妹ですわ。侍女をするように言われて、こちらに住んでおります」
「侍女ね。やっぱり使用人じゃないか。お姉様と呼ぶのは不敬だよ。ルミアーナ様かお嬢様と呼ぶべきだね」
「……お姉様は優しいから、不敬だなんて言いません」
「使用人のようなものだから叱られるって言ってなかった? もうおまえたちの話は矛盾ばっかりだよ。行方不明だとか出て行ったとか誘拐されたかもしれないとかなんなの。ルミアーナ嬢の侍女っていうのも嘘だよね? おまえの方がいい服着てるじゃないか。いつも上空から見るルミアーナ嬢は、作業服みたいな服だったよ」
整った美貌はただ冷えており、切れるように鋭い視線を返している。
何を間違えた? どうして通じない?
スィリリヤの思考はすごい速さで回転するが、今日のこの状況で出る最適解は見つからなかった。
◇
次の日、捜索に出ていたリステアードが帰ってきたと、メイドが告げに来た。
スィリリヤは薄紅色がかったオコジョ耳をぴくりと動かした。
「帰る……ですって?」
「ええ。今しがた外から戻ってこられて、ご主人さまにそろそろ帰るとおっしゃってました」
報告するメイドに詰め寄る。
「伯父様はなんて? まさかはいそうですかって帰してないわよね⁉︎」
「はい、まだよろしいではないですかと引き留めていらっしゃいましたが……」
伯父は甘いし都合よく使えるのはいいのだけれども、頼りにはまったくならない。
絶対に引き留めなくてはならない。
まだ全然リステアードを落とせていない。
金も権力も美貌もどれも持っている男。簡単に諦められる相手じゃない。
スィリリヤはすごい勢いで部屋を出た。
どうせ、オコジョのルミアーナは生き延びられないのだ。
死体が見つかるまで引き止めればいい。
あとは悲しむリステアードを優しくなぐさめ、そこから恋へと変わるのを、スィリリヤは待てばいいだけなのである。




