第17話 2ニョロ
兄は暗い顔で言ったのだ。
「スィリリヤは恐ろしい子だ。動けない僕を見て、『こんな風になるのねって』って笑ってた。まるでちょっと試してみたかったという風だった」
「……どうして……」
「ルミアーナは気づいてなかったと思うけど、あの子は小さいころから底知れないものがあったよ。僕は臆病だからさ、スィリリヤとは距離をとっていた。多分、うちの中で僕が一番警戒していただろうから、気に入らなかったんじゃないかな」
「全然気づかなかったよ……。言ってくれたら、わたしも気をつけたのに」
「僕の主観を押し付ける気はなかったんだ。ごめん。でも、距離をとっていても結局これだ。メイドが持ってきたお茶に薬が入ってるとは思わなかったんだ。ご丁寧にピアスを耳から引きちぎって窓から捨てるとか、本当に十四歳の少女とは思えない所業だったよ」
聞くだけでゾクっとした。
従兄の耳からピアスを引きちぎるって……どうしてそんなことができるんだろう。
「お兄様、耳はけがしなかった……?」
「したけど、さすがにもう塞がったよ。大丈夫」
「——スィリリヤは、どうやって薬を手に入れたのかな」
「断言はできないけど、あの時、薬の交換時期だったんだ。薬は未開封でも時間が経つと劣化するだろう? だから定期的に新しいものと交換するんだ。その廃棄する古い獣化薬を使ったのだと思っている」
「知らなかった……」
「たしか三年だったかな。入れ替えるって母上から習ったよ」
そうだ……兄は母が亡くなっていることを知らないんだ……。
どうしよう。兄が行方不明になってから弱って、事故で亡くなったなんて、言えないよ。
「あ、あのね、お兄様。その……」
「ルミアーナもスィリリヤに薬を盛られたのか?」
「あ、うん……。ピアスもだまされて外しちゃったの。疑いもしないなんて、愚かだったなって」
「違うよ。ルミアーナは悪くない。だます方が、陥れる方が悪い。獣化薬を使うなんて、普通は思わないんだからさ」
兄が行方不明になったころに入れ替えがあって、それから三年が経っている。
獣化固定薬の交換なんてした記憶はない。
わたしは領主じゃないから知らなくてもおかしくはないんだけど、領主業のほとんどをやっていたのに。
その仕事だけ、本当の領主がやっていたと?
執務はほとんど母がやっていたと聞いている。
生きていてくれたなら、わたしも教わっていたのかな。
「お兄様、お母様は…………キュ!」
「ん————チチッ⁉︎」
わたしたちはほぼ同時にオコジョ姿へと戻ったのだった。
◇
「ちょっとぉ⁉︎ なんで二匹に増えてんのよ⁉︎ 分裂したっていうの⁉︎」
調合薬店に来たわたしと兄アレクサンテリを見て、ブロンブランが悲鳴をあげるのも無理はない。
わたしたちは兄妹なだけあって、わりと似たオコジョなのだ。
でも分裂するわけないって。よく見れば色も違うし。
「キュー」
「チチッ」
兄は後ろ足だけで立ち、ペコリとおじぎをした。
わたしが空間庫から空の小鉢をふたつ出すと、面倒見の良い魔人オネェ様は眉をひそめた。
「……そっちの子も動物じゃなくて獣人なのね? アナタの領地って、そんなに獣化薬飲まされる人が多いの? ちょっと物騒すぎないかしら〜?」
物騒なのは、うちの従妹だけである。
「まぁ、一匹も二匹も変わらないわ。食事していきなさいよ」
本当にお世話になって申し訳ない。人に戻ったら十分お礼をしないと。
わたしと兄は揃って深々とお辞儀をした。
次の日は二匹で地下迷宮へ向かった。
地下迷宮管理組合のカウンターに載ると、クーノが飛んできた。
「オコジョさん⁉︎ なんでオコジョさんとオコジョさんが⁉︎ どういうことです⁉︎ 胃が痛くなるようなことやめていただいても⁉︎ あー、また伯父に報告しなきゃ……」
「キュー」
嘆き節はスルーして銀貨を出して、恨めしさ満開の顔を向けられる。
「……ふたり分の使用料を払うということは、本当にそちらも獣人なんですね……。なんてことだ……。地下迷宮都市の動物の何割かは獣人なんじゃないかって気がしてきましたよ……」
探索者登録すると、兄も魔法陣の光りの洗礼を受けて、「ヂ————ッ‼︎」と叫んでいた。
あの眩しさには心構えが必要だよね。
はりきって地下迷宮一階層へ向かうと、兄は遠慮がちにわたしのうしろについてきた。
昔、子どものころに庭で獣化して遊んでいたのを思い出す。
振り向くと兄がいて安心してまたチョロチョロ進んでいたな。
兄は小さいころから思慮深くて慎重派だった。
「キュー?(地下迷宮初めて?)」
「チチッ」
なんとなく肯定されたような気がする。
言葉も通じたかどうかもわからないけど、雰囲気でそうかなと。
行き先も何も言わずに連れてきちゃったけど、よかったかな。
二階層で行く手にジャイアントラットが出た。
宝箱狙い……じゃなかったケルピーのたてがみ狙いなので、魔物は眼中にない。
ジャンプとダッシュで通り抜けようとしたのに、兄はぴたりと止まってしまった。
「キュー!(先に進もうよ!)」
呼んだけど、兄はじっとジャイアントラットを見ている。
見つめ合うオコジョとジャイアントラット。
もしかして初魔物に怯えてしまった? 足すくんでる?
と思ったら、なんとオコジョの死のダンスを始めたではないか!
ピョンピョンと飛び跳ねて『やんのかステップ』を踏む、兄。
ジャイアントラットは魅了魔法か催眠術にかかったように動かない。
わたしも唖然として兄を見ていた。
死のダンス。獲物がそれを見て目が離せなくなっているところに襲いかかって勝率を上げるオコジョの技。
本当に目が離せなくなるのを、身をもって知った。
「シャ————ッ‼︎」
ジャイアントラットは兄の爪に倒れた。
思慮深かった兄、しばらく会わないうちにワイルド系に路線変更していた模様。
でもいちいち倒していたら進めないので、低階層はダッシュで通り抜けたいなぁ……。
五階層を駆け抜けていた時。
空間の違和感、宝箱が湧く気配がした。
「キュー!(行くよ!)」
「チチッ⁉︎」
今まで以上のスピードで、空間が動いた方向へ走る。
曲がり角を曲がると——あった‼︎
「キュキュッ!」
「チーッ⁉︎」
兄を少し離れたところまで押してから、宝箱に近づく。
触れるギリギリのところで身にまとった魔力をゴムのように引いてから弾いた。赤い光が舞う。同時に宝箱から離れる。
——プシューッ。
宝箱は紫色の怪しい煙を吐いた。罠解除成功。
「ヂヂッ⁉︎」
兄が怪しい煙に驚いている。
魔力を何回か弾くと煙は霧散してなくなった。
もう一度近づいて、鍵穴に前足を置き魔力を流しこんでいく。
カチャリと解錠する音が響いた。
そうなれば、あとは本体と蓋の間の細い隙間に魔力を差し込んで、跳ね上げる!
「キューッ!」
歓喜の声をあげ、開いた宝箱にダイブした。
魔石と銅貨と薬草。魔石が多くて当たりの宝箱だ。
全部、空間庫に回収。
外に出て、兄の前に魔石を置いた。獲ったものは山分けだよ。
兄は困った顔でわたしを見た。
「……チッ?」
「キュ?」
言いたいことがなんとなくわかった。
これ、どうすれば……? みたいな雰囲気。
もしかして、兄は空間庫が使えないのかも……。
オコジョ獣人はみんな普通に空間庫が使えるものだとばかり思っていたけど、違う?
もしかしてわたし、普通じゃないのでは————?




