第15話 もう一匹のオコジョ
町に現れるという、わたしに似たニョロちゃん。
本物のオコジョならそれはそれでいい。地下での暮らしに慣れてしまったら、山に放っても生きていけないかもしれないし。
でも——地下迷宮都市に、野生のオコジョが住んでいるだろうか。イタチならともかく、オコジョは繊細な生き物だ。
わたしのように密猟で捕まって、地下で逃げて図太く生きているというのも、なかなか考えづらい。
そうすると、獣人かなと思ってしまうんだけど、女の子の話にピアスはまったく出てこなかった。
女子たちはもちろん獣人だから、ピアスがどういう役割でどれだけ大事なのか知っているはず。
なのに話題に出なかったということは、ニョロちゃんはきっとピアスをしていない。
どういうことかと思うよね。
いや、今現在、ピアスをしてないわたしが言えたことじゃないんだけど。
次期カルッパ侯爵として仕事をしていたわたしのところには、領民が行方不明になったなどという知らせは入ってきていなかった。
獣化したまま戻れない者がいるという話も入ってきていないが、獣化したまま戻れないのは病気の一種とされているから、基本的には領主の耳に入るものじゃない。
行方不明者に関しては、各町の町長や衛兵幹部あたりには上がってきているのかもしれないけど、即時報告はできないだろう。
この現世でも、事件性があるものなのか、自発的な家出なのかは、デリケートかつ判断しずらいことだと思うし。
それに。
もし領主のところまで報告が来ていたとしても、気まぐれに書類を眺め紛失してしまう本物の領主もいる。まったくもって油断がならない。
考えたくはないけど、まさか領主城でもこっそり行方不明者がいたりしないよね……?
本当に信用がならないんだよ。うちの父と従妹は。
女子探索者パーティは薬草採取をメインに活動しているらしく、草原で採取をしてあまり遅くならずに戻った。
捜索隊は出されずに済んだ。地下迷宮管理組合で、出口の魔導具に手を置くと、クーノが安心したような不審そうな、なんとも言えない顔をしていたな。
女の子たちが草原で採取していた時に、薬草談義を小耳に挟んだりして、二種類の薬草を見つけられるようになったのはラッキーだった。手ぶらで戻っていたら、地下迷宮使用料がもったいないことになってたよ。
掘るのは得意だけど、引っこ抜くのはできなくて、しっかり根っこまで全部掘り出してから空間庫にしまってある。ブロンブランにおみやげだ。
地下なのに時間がわかる空は、日が落ちて夜の入り口といったところ。
四人は仕事後の開放感で声が弾んでいる。
「——夕食どうする〜?」
「屋台のソーセージ! ニョロちゃん見に行く!」
「ええ? ニョロちゃん、見つかるかわからないわよ?」
「アタシは帰るよ。また明日な。ニョロちゃんによろしくー」
ひとりが横道に曲がっていったので、残りの三人の後をつける。
暴力的にいい匂いの屋台が並ぶ通りは、たくさんの人で賑わっていた。
焼肉の匂いはけしからん。なんかソースの焼けた匂いもする。
買えないし食べられないし、拷問。スィリリヤへの憎しみがふつふつと湧きあがる。嗚呼、許すまじ我が従妹!
早く人に戻らなければ、闇堕ち寸前だよ。
ソーセージを買った三人は他にも屋台で買い物をして、喧騒から離れた少し静かな通りへと向かった。
集合住宅が並び、干しっぱなしの洗濯物がはためいており、生活の匂いがする。
「わりとこの広場あたりで見かけるの」
「ニョロちゃん、どこかな〜、ソーセージあるよ〜」
「こんな場所あるの知らなかった! ベンチもあるしいいねぇ。ここで食べない?」
通りの真ん中には木陰を作るちょうどいい木があり、囲むようにベンチが置いてあった。水が常に流れている水場もある。
猫もオコジョも暮らしやすそうな一角だ。
うちとブロンブランの店からはちょっと離れているけど、来れないほどの距離ではなかった。
今日、ニョロちゃんとやらに会えなくても、また探しに来ればいい。
物陰に隠れ、わたしもブロンブランお手製のお弁当を出して、むっちりとした黒パンを食べていると————歓声が上がった。
「あら、ニョロちゃん」
「わぁ! 本当だ! いた! ほらっソーセージだよっ!」
「へぇ、たしかにさっきの子よりワイルドだねぇ」
来た!
パンを片付けて、三人が座っているベンチの方を見た。
うれしそうな女の子たちの前に、チラチラと白い存在が見えた。
たしかにオコジョだ。
一般的なイタチよりも小さくて、白い体に黒いしっぽの模様が見える。
そして毛色がわたしよりも柔らかい白色だし、毛並みも悪そう。
ここからじゃ、本物のイタチなのか、獣化した獣人なのかわからないな——って近くにいってもわかるとは限らないんだけど。
ううん……何も考えずに来てしまったな……。
獣人かどうか会えばわかるってなんの根拠もなく思っていたよ。
よく見えるところに移動すると、女子たちの手に持ったソーセージを食べるオコジョ。
オコジョはオコジョだよ。
外から見た限りじゃ、さっぱりわからない。
ピアスも近くに行かないとわからない。
みんな楽しそうだし、放っておいてもいいのかななんて思ってしまう。
獣人だったとしても獣化姿でいることを自分で選んでいるなら、わたしが何か言うのは違う。
ただ、人化したくてもできないなら、助けてあげないとだし。
オコジョになってしまったら、人化薬を入手するのも困難だから。
わたしは本当に運がよかった。
ふと、脳裏を黒曜石色の貴公子が横切る。
今ごろ、プロポーズしてるのかな。
イケメン貴公子だけど、色恋沙汰が想像できない。
恋人には甘かったりするのだろうか。
ちょっとだけ気分がシュンとした。
他人様の恋路がうらやましく感じるお年頃かもしれない。
今日はアクション起こさなくていいかと立ち去ろうとした時、女の子のうちのひとりがこちらを見た。
「あれ⁉︎ もう一匹ニョロちゃんがいる!」
女の子たちと、ニョロちゃんもわたしを見た。
ソーセージを掴んだまま後ろ足で立つオコジョと目が合った。
ちょっとくたびれた感じがするベージュ帯びた毛色で、顔もわたしよりシュッとしている気がする。
っていうかどこかで見たことがあるような…………。
人の姿の時よりも、動物姿は成長による変化が少ないのだ。
————あれ、兄では…………?
わたしたちは同時に丸い黒い目を、カッと見開いた。
多分、お互い把握した。
そして————兄は逃げた。
脱兎のごとく。脱鼬である。
あまりの早技にわたしは呆然と見送るしかできなかった。




