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第61話 祈りと命の融合、星のオーロラ

 ――ズガガガガガガガガッ!!


 異形の天使が放つ無数の光刃が、容赦なく降り注ぐ。

 それは一つ一つが、分厚い城壁を易々と貫くほどの威力を持っていた。


『ぐおおおおおッ!!』


 トムさんが雄叫びを上げ、王家特製の大盾でそれを受け止める。

 だが、限界は近かった。

 鋼鉄の盾はひしゃげ、表面はドロドロに赤熱している。

 トムさんの太い腕の血管がちぎれんばかりに膨張し、足元の金属床は完全に陥没していた。


『トムさん! もう下がって! 盾が溶けちゃう!』


 リゼルが叫ぶ。

 このままでは、盾ごとトムさんが焼き尽くされてしまう。


『馬鹿野郎……! ここで俺が退いたら、誰がお前たちを守るんだ!』


 トムさんは血の滲む歯を食いしばり、一歩、前に出た。


『俺は……フェルナ村の男だ! 村の先生と、ちっこい新入りに背中向けて逃げるような……ダサい真似ができるかよぉぉッ!』


 ギリリリリッ……!

 トムさんの気迫に呼応するように、盾の裏側に刻まれたルーンが淡く光る。

 だが、敵は冷酷なシステムだ。

 感情の爆発など、計算上の誤差でしかない。


『無駄な抵抗だ。防御層の崩壊まで、残り三秒』


 天使の六枚の機械翼が、さらに強大なエネルギーを充填し始めた。

 次の一撃が来れば、トムさんは消し飛ぶ。


『やらせるかぁぁぁッ!!』


 トムさんはなんと、防御を捨てて盾を前方に構えたまま、天使に向かって突進した。


『トムさん!?』

『シルフィ! 俺が壁をこじ開ける! その隙間を撃ち抜け!!』


 トムさんの意図を察し、シルフィが瞬時に弓を構えた。


 ズドォォォォォンッ!!


 天使の極太のレーザーと、トムさんの大盾が真正面から激突する。

 盾が半ばから溶け落ち、トムさんの体が吹き飛ばされる。

 だが、その決死の突撃は、完璧な絶対防御シールドに、ほんの一瞬――わずか数センチの「亀裂」を生み出した。


『風よ……! 私に、神を穿つ牙を!』


 シルフィは息を止め、全神経を指先に集中させた。

 人工的な空間。無機質な空気。

 だが、その奥底に流れる「星の呼吸」を感じ取る。

 風は、どこにでもあるのだ。


 ピィンッ!


 弦が弾かれた。

 放たれた矢は、竜巻のような螺旋の風を纏い、トムさんが命懸けでこじ開けたシールドの亀裂へと吸い込まれる。


『――エラー。物理貫通兵器の侵入を許容』


 無機質な声が響いた直後。

 矢は、天使の六枚の翼の根本――シールド発生器のジョイント部分を正確に撃ち抜いた。


 バキィィィィンッ!!


 凄まじい火花が散り、強固なエネルギーシールドがパリンと音を立てて砕け散る。

 天使の胸元にある、ドス黒く脈打つ「コア」が完全に無防備になった。


『リゼル!! 今よ!!』

『頼んだぜ、船長……!』


 吹き飛ばされて床に倒れ伏したトムさんと、弓を下ろしたシルフィが叫ぶ。


『……ええ。絶対に、外さない!!』


 リゼルは、足元から立ち昇る大地のブルーを両手に集束させていた。

 だが、コアの放つ瘴気はあまりにも濃密だ。

 大地の力だけでは、相殺されてしまうかもしれない。


(もっと……もっと強い光が要る……!)


 リゼルは目を閉じた。

 自分の中に眠る、もう一つの力に手を伸ばす。


 それは、システムから与えられた「聖女の奇跡」。

 人々を管理するための、偽りの白い光。

 あの力を憎んでいた。自分を縛り付けていた鎖だと思っていた。


 ――でも、本当にそれだけだっただろうか?


『私が大聖堂で祈っていた時の気持ちは……嘘じゃなかった』


 リゼルの脳裏に、病に苦しむ子供たちの顔が浮かぶ。

 「助けたい」「生きてほしい」。

 その純粋な願いまでもが、システムの作り物だったわけがない。

 力は偽物だったかもしれない。

 でも、あの祈りに込めた「愛」は、私自身のものだ。


『神様が作ったシステムなんかじゃない。……これは、私の祈りよ!』


 リゼルが目を開く。

 その瞬間、彼女の胸の奥から、まばゆい「純白の光」が溢れ出した。


 左手には、大地から借りた「青き命の光」。

 右手には、リゼル自身が紡ぎ出した「白き祈りの光」。


『命と祈り……交わりなさい!!』


 二つの光が、リゼルの胸の前で一つに融合する。

 それは、青でも白でもない。

 虹色に輝く、極彩色のオーロラのような光だった。


『な……なんだ、その光は……!』


 初めて、システムの天使が狼狽ろうばいの声を上げた。

 計算外のエネルギー。

 管理された奇跡でも、自然の力だけでもない。

 人間の心が生み出した、無限の可能性の輝き。


『これが、人間の力よ!!』


 リゼルは、星のオーロラを纏った両手を、まっすぐに天使のコアへと突き出した。


『――【星天の祈り(スターライト・ブルーム)】ッ!!!』


 放たれたオーロラの奔流が、空間そのものを塗り替えるように広がっていく。

 それは破壊の光ではない。

 システムという機械の理を、命の温もりで包み込み、強制的に「還す」ための光。


『理解、不能……。我は、神……人類を、導く……』


 オーロラに飲み込まれた天使が、ノイズ混じりの声を上げる。

 コアを覆っていたドス黒い瘴気が、次々と美しい光の粒子へと変換されていく。


『私たちはもう、導かれなくていいの!』


 リゼルは最後の一歩を踏み込み、全ての力を解き放った。


『自分たちの足で歩くから……おやすみなさい、偽りの神様!!』


 カァァァァァァァァッ……!!


 ドーム全体が、目を開けていられないほどの光に包まれた。

 天使のコアにヒビが入り、そこから眩い光が漏れ出す。


 そして。


 パリンッ、という小さな、しかし澄んだ音と共に。

 星の命を何千年も縛り付けてきた機械の心臓は、完全に砕け散った。


 *


 光が収まる。

 広大なドーム内にあった機械のパイプや装甲は、まるで風化した砂のように、サラサラと崩れ落ちていった。

 中央に浮遊していた天使の姿は、もうどこにもない。


『……はぁっ……はぁっ……』


 リゼルは膝から崩れ落ちた。

 全ての力を使い果たし、指一本動かせない。

 だが、胸の奥には、確かな解放感があった。


『……やった、か?』


 ボロボロになったトムさんが、シルフィに肩を貸してもらいながら近づいてくる。

 シルフィの顔は、すすと汗で真っ黒だ。


『ええ……。終わりました、全部』


 リゼルが微笑むと、トムさんはへナヘナとその場に座り込んだ。


『ははっ……マジで神様をぶっ飛ばしちまったよ、俺たち』

『最高の風が吹いたわ、リゼル』


 シルフィがリゼルの隣に座り、そっとその肩に寄りかかった。

 三人は、瓦礫の山となったシステムの残骸の中で、静かに勝利を噛み締めていた。


 ゴゴゴゴゴ……。


 だが、その余韻を破るように、島全体が不気味に揺れ始めた。


『な、なんだ!?』

『システムが崩壊して……この島自体が、沈もうとしてるのよ!』


 シルフィが叫ぶ。

 星の命を無理やり繋ぎ止めていたコアが消滅したことで、この人工の島は自重に耐えきれなくなり、海へと崩落を始めたのだ。


『マズいぞ! このままだと俺たちも海の底だ!』

『でも、走る体力が……!』


 床が次々と割れ、海水が噴き出してくる。

 絶体絶命かと思われた、その時だった。


『――我が背に乗れ、勇者たちよ!』


 瓦礫を吹き飛ばし、白銀の竜が突入してきた。


『竜様!!』

『早く乗るのだ! 島が沈むぞ!』


 トムさんがリゼルとシルフィを小脇に抱え、強引に竜の背中へと飛び乗る。

 竜が翼を羽ばたかせ、崩壊するドームから間一髪で大空へと飛び出した。


 眼下で、巨大な機械の樹が、海の大渦に飲み込まれていく。

 そして、数分後。

 絶海の孤島は、完全に海の藻屑と消えた。


『……沈んだな』


 トムさんが安堵の息を吐く。

 リゼルは竜の背から、空を見上げた。


 世界中を覆っていた、あの不気味な「黒い亀裂」。

 それが今、嘘のように塞がり、美しい青空が戻ってきていた。


『終わったんですね……本当に』


 リゼルの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 偽りの奇跡は消えた。

 これからは、本当の意味で、人間たちの時代が始まるのだ。


(第61話・終)

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