いなり寿司が食べたい
前回のあらすじ
誠志郎が、キャンプ地の護衛長を任せられる。
少し時をさかのぼり、キャンプ地生活3日目の朝食を食べ終わった頃、きねが空に向かって魂の叫び声を上げた。
「いなり寿司が、食べたいのじゃーーーっ!!」
ニャゴ丸の料理は絶品で素晴らしい。だが、この世界には味噌や醤油が無く、当然ながら和食は存在しなかった。
大好物のいなり寿司を食べられない事でストレスが限界突破して、きねは暴走する。
無いのなら、作れば良い。と考えて、嫌がるレイを無理やり説得し協力を頼むと、きねは味噌や醤油、マヨネーズ、酢などの調味料を作り出し、豆腐と油揚げを完成させた。
そして今、きねは足取り軽く、完成したいなり寿司を持って誠志郎のもとに向かう。皿の上に盛られたキツネ色の至宝から、食欲を刺激する甘酸っぱい匂いが香り立つ。
(くふっ、くふふふっ、なんと素晴らしい香りなのじゃ! 苦労したが、遂にいなり寿司を食べられるのう。ふむぅ、つまみ食いをしても…………いやいや、ダメじゃ、ダメじゃ! ご主人様よりも先に食べるなどと言う、意地汚いことは出来ん。ぐぬぬっ、もう少しの辛抱、我慢、我慢…………)
つまみ食いの誘惑に耐え、きねは朝食を誠志郎のいるテントの中に運び込む。テントの中には、ベルが作成した無駄に豪華な食卓テーブルが置かれている。
ベルが言うには、材料が少ないので彫り物に力を入れたらしい。裏側まで、薔薇の絵が彫られていて、貴族の部屋に似合う豪華な作りであった。しかしながら、ここはキャンプ地であるため、場違い感が凄い。テント内で、強烈な違和感を放っていた。
食卓テーブルに、本日の朝食いなり寿司と麻婆豆腐、味噌汁を配膳すると、誠志郎と仲間たち全員が集まってくる。席に座り、全員揃った事を確認した後、誠志郎が元気よく声を出す。
「それじゃあ、いただきます! きね、今日もありがとう。凄く美味しそうだね!」
「うむ、みんな遠慮せずに食べるのじゃぞ! お代わりもあるから、安心するが良い。あぁ、それとな、こっちの皿にあるいなり寿司は、かやくご飯を詰め込んでおるのじゃぞ」
「う~ん、昨夜の角煮も美味しかったですけど、このいなり寿司も絶品ですわね。甘さが丁度いい感じ────あっ、ワンコさん、醤油はどこですの?」
「はぁ、貴女の目の前にあるじゃないですか? …………やはり、異世界でも醤油が食べられるのは、ありがたい。きねに感謝しないといけませんね」
「くっはっはっ、褒めるで無い。苦労して作ったが、本物と比べてちっと味が劣っておるのじゃ。まあ、直ぐに改善するから待っておれ」
「あの、本当に苦労したのは私ですよ? 精霊の力を使って、発酵食品を作るのは大変だったなぁ~」
「へぇー、そうだったんだね」
「はい、ご主人様。そうですねえ、例えば針に糸を通す事を24時間ずっーーと、やり続ける感じと思ってください」
「我は、レイの苦労を忘れておらん。非常に感謝しておるのじゃ。なにしろ、こうして再びいなり寿司を食べれ、えっ!? おい! ドラコ、何をしておるのじゃ!!」
「マーボーいなり丼!」
食事中のきねが、突然立ち上がり大声を出すと放心状態になり固まった。この世の終わりを見た、と言った感じで顔を引きつらせる視線の先に────いなり寿司を麻婆豆腐に放り込み、ぐちゃぐちゃにして食べるドラコがいた。
その様子を見て、誠志郎は思った。
ヤバい! きねがブチ切れる。
場の空気は凍り付いているが、ドラコは気にしていないので、誠志郎が慌てて声を掛ける。
「ドラコ! そのマーボーいなり丼を飲み込め! ペロッと早く!」
「ほえっ? は~い」
声を掛けられたドラコは、少し不思議そうに首を傾けるが直ぐに言われた通り、マーボーいなり丼を飲み込んだ。危険物が無くなった事を確認した後、誠志郎は放心しているきねの肩を揺すって大声を出す。
「もしもーし! きね、しっかりして!」
「────えっ、おぉ、ご主人様? 我はいったいどうしたのじゃ?」
「えーっと、さあ、ほら食事が残っているよぉ~」
「…………あっ、そうじゃ! ドラコがいなり寿司を────」
「それは夢! 幻覚を見ていたんだよ。ほら、変な食べ物は無いでしょう?」
「ふむぅ、確かに、…………変じゃな」
(ダメかぁー、やっぱり無理だよな。どうしよう、このままじゃ不味い。えーっと、えーっと)
口に手を当てて考え込むきねに、誰も声を掛けられずにいると、テントの中に救世主が入ってきた。
「やあ! おはよう。突然ですまないが、タケノコ取りの仕事を────」
「フレア、良く来てくれた! さあ、一緒に朝食を食べよう。あっ、きね早くフレアの分を用意して!」
「んっ? あぁ、うむ、分かったのじゃ。フレア殿、今日の朝食は自信作なのじゃぞ。それとな、煎餅と言う菓子を作ってあるのじゃが、良かったら食べるか?」
「はい、喜んで!」
きねとフレアが楽しく盛り上がっている様子を見て、誠志郎は上手くごまかせたと思い、ほっと胸をなでおろす。
だが、フレアが持ち込んだタケノコ取りの仕事で苦労するとは、この時誰も想像していなかった。
次回予告、 ベルとレイ
「ベル、家具を作ってくれるのは嬉しいですけど、見えない所まで彫り物をしなくてもいいのでは?」
「おほほほ、見えない所で手を抜かない、それこそ本物の職人魂ですわ!」
「そう、ですかぁ。コホン、次回予告、タケノコ取りに行きます」




