夢のつづき
白い花々に囲まれて、小さな墓が二つ並んでいる。その前に、一人の女性が静かに佇んでいた。
60をいくつか超えているのだろうか、髪にも顔にもそれ相応の年輪を刻んだ婦人は、けれどもそれを感じさせぬほど凛とした美しさを湛えている。
救世主と崇められた両親から、ただ一人生まれた娘は、長じて王家に嫁ぎ皇妃となった。
美貌と絶大な魔力を誇った彼女は民からの人気も高く、長く王を支え続けたが、夫が息子に帝位を譲ると2人そろってあっさりと田舎の館に引っ込んでしまった。
以来、滅多に表舞台に姿を見せることはなく、両親の墓を守りながらのんびりと余生を過ごしている。
そして、彼女は今日も墓前で静かに両親と語らうのだ。
「ねえ、ヒナちゃん。私今度、ひいおばあちゃんになるのよ?信じられないわよねぇ…」
身分や立場を鑑みると、とても砕けた口調と茶目っ気たっぷりの表情で、墓石にウインクする。
「あんな大罪の引き金を引いてしまった私達だけど、びっくりするくらい幸せなの」
過日、小さな誤解と小さな恋が、広い世界を破壊しそうになった。それはもう、百年近く前の出来事ではあったが各地に残った爪痕は今も色濃い。
やっと緑が茂るようになった山や、僅かに生き残って子孫を増やし始めた鳥獣、疲弊した国民を全身全霊をかけて守り慈しんできたのは、贖罪の念からであるがそれはきちんと息子と義娘にも受け継がれている。
帝国は善政を引く帝王のもと、もっとも平和な国であるとは、周辺諸国で囁かれるここ最近の評価であった。
「きっと…あの子たちの魂にも、消せない罪が刻まれているのだと思うわ」
やっと、己の腹で産んでやることのできた息子は、引き寄せられるように同じ娘を選んだ。
前の世でつかめなかった幸せを噛みしめながら、けれど国のために惜しみなく身を削るのは互いが許しがたい罪を負っていると意識の底にあるからなのではないかと、彼女は考えていた。
切なくなるほどの献身、だがどれほどの犠牲を払っても、ともに歩める時間に引き換えられるものではない。
「でもね、だからこそ私は、もう一つの罪を忘れないわ。一生、貴女に謝り続けて生きていくの」
突然、世界の命運を背負わされた少女に。
突然、全てを奪われた少女に。
誰もが称える『夜の娘』は、生贄の娘だ。
見知らぬ世界にその身を捧げよと、強要された娘。
そうさせたのは身勝手な『命の魔女』アリアンサ、彼女一人の咎なのだ。
「貴女はいつも、幸せそうだったけれど…やっぱり、ごめんなさい…」
愛する夫と、親代わりの宰相と、何かと構いたがる王や、仲間たちに囲まれて楽しそうに笑っている顔ばかり思い出す───母に───自分がアリアンサだと伝えることはできなかったが。
「誰もが貴女に幸せをもらったわ。ありがとう」
誰もが知る、お伽噺になった『夜の娘』に。
限りない感謝を。
長らくお付き合い、ありがとうございました。