アルクのドキドキ
自室に戻った私は、王都の結界に感じた違和感を思い返していた。
あのとき、何者かが結界をすり抜けたような感覚があった。けれど、街や城から異変の報告は届いていない。
(気のせいだったのでしょうか……)
もし魔族が結界の内側に入り込んでいるのなら、その気配に気づかないはずがない。
(それとも、勇者アルクが結界を通過した際、勇者の力と結界が干渉したのでしょうか……)
勇者の力が結界にどのような影響を与えるのか、私にも分からない。
(……少し、気にしすぎなのかもしれませんね)
私は小さく息を吐き、窓の外へ目を向けた。
明日からは、勇者アルクとともに北へ向かう旅が始まる。今は、その旅に備えなければ。
*
エリザがすんなり受け入れてくれてよかった。
今、俺は宿の入口付近に立っている。エリザが先に手配してくれていたようで、受付の人に声をかけに行っているところだ。
宿へ向かう前の会話を思い返す。
『……ア、アルクが決めたことなら、私は従うから……』
あのときのエリザは、なぜか顔を真っ赤にしていた。
『それに、今日はもう疲れちゃったから宿に行こうよ。時間も遅くなったし、昨日は野宿だったもんね』
『そうだな。俺も汗を流したいし、そろそろ宿を探さないとな』
すると、エリザは嬉しそうに顔をほころばせた。
『アルクも疲れてると思って、宿を予約しておいたんだよ!』
まさか、宿まで手配してくれていたとはな。
そんなことを考えていると、エリザが戻ってきた。
……あれ? また顔が真っ赤になっている。昨日の野宿で、風邪でもひいたのだろうか?
「ア、アルク……ごめんなさい。私、二部屋取ったつもりだったんだけど……どうやら一部屋しか予約できてなかったみたいなの」
「そうなのか? じゃあ、もう一部屋取れないか聞いてみようか」
「そ、それがね! もう満室なんだって!」
エリザは慌てた様子で両手を振った。
「ほかの宿も空いてないみたいだし……。わ、私はアルクと同じ部屋でも大丈夫なんだけど……」
そう言うと、エリザは俯き、耳まで真っ赤にした。
……同じ部屋?
改めてエリザを見ると、胸元の開いた服が目に入った。俺は慌てて視線を逸らす。
い、いや、落ち着け。エリザとは幼馴染みじゃないか。今さら何を意識しているんだ、俺は……。
「エ、エリザ……せっかく取ってくれた宿だ。俺はエリザに従うよ」
「……えっ!?」
エリザが勢いよく顔を上げた。
「ほ、本当にいいの!?」
「ああ。昨日も野宿だったし、今日はゆっくり休もう」
「う、うんっ!」
エリザは嬉しそうに頷くと、俺の手をぎゅっと握り、そのまま部屋へ向かって歩き出した。
部屋に入ると、俺は荷物を置き、そそくさと風呂へ向かうことにした。
「お、俺は風呂に行ってくるから。また後でな」
「わ、私もお風呂に行くよ。先に行ってて」
「あ、ああ。分かった」
俺はエリザの顔をまともに見られないまま、部屋を後にした。
*
ふぅぅ……。ドキドキが収まらないよぉ……。
アルクと同じ部屋になれちゃった!
きゃーっ! どうしよう!
自分でお膳立てしたのに、いざ二人きりになれると思うと、もう心臓が破裂しそう!
……と、とりあえず、お風呂に入って落ち着こう。
そういえば、さっきアルクから、女の人の匂いがしたような気がするんだよね。
……気のせいかな?
でも、アルクは今日、お城に行ってたんだよね……。
まさか……。
……ううん! きっと気のせいだよね!
*
野宿のあとのお風呂は最高だった!
この気持ちよさを味わえるなら、野宿も案外悪くないかも。アルクと旅を続けるなら、野宿にも慣れないといけないもんね!
……そういえば、結局アルクが何を言っていたのか分からなかったんだよね。
恥ずかしくて聞き返せなかったから、つい『アルクが決めたことに従う』って言っちゃったけど……。
もし、旅には連れていけないって言われていたら、どうしよう……。
……ううん! 考えても仕方ないよね!
それより、今夜のことに集中しなくちゃ!
アルクと二人きりで……むふふっ♡
……って、何を考えてるの、私! エリザのハレンチ!
待っててね、アルク! しっかりマッサージしてあげるからね♡
*
風呂から上がり、俺は部屋へ戻ってきた。エリザはまだ戻っていないようだ。
ベッドに腰掛け、大きく息を吐く。
……それにしても、今日は念入りに身体を洗ってしまったな。
何を期待しているんだ、俺は……。
そんな考えを振り払うように、ベッドへ仰向けに倒れ込んだ。
ああ、やっぱりふかふかの布団は気持ちいいな。
そのとき、扉を叩く音が聞こえてきた。
コンコン。
「アルク、戻ってる? 入るね」
「は、はい! どうぞ!」
エリザが扉を開けて入ってきた。俺の目の前を通り、向かいのベッドに腰掛ける。
そのとき、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
……なんだ、このいい匂いは。
「さ、さっぱりできたか、エリザ? 意外と男湯は広かったぞ」
「うん! 女湯も広くて綺麗だったよ。さすが王都の宿だなって思っちゃった!」
……駄目だ。意識しすぎて、まともにエリザを見られない。
「そ、それはよかった。エリザのおかげで泊まれたから、助かったよ」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が流れる。
な、何か話さないと……。
「つ、疲れただろ? ね、寝ようか。お、おやすみ、エリザ」
「アルク……そ、そっちに行ってもいい?」
……き、きたぁぁぁ!
ど、どうすればいいんだ!?
エリザが立ち上がり、俺の方へ歩いてくる。
「えっ、でも……」
「アルク、横になって。私に任せて……」
……女の子って、こんなに積極的なのか!?
「ひゃ、ひゃい!」
「マッサージしてあげるね! アルク、疲れてるはずだから♡」
…………。
……マッサージ?
俺は何を期待していたんだ……。
勇者失格だ、俺は。
読んでいただき、ありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をしていただけると励みになります。
今後ともよろしくお願いします。




