アルクの覚醒
(この魔獣だけは絶対に許さない……! 村長、村のみんな……どうか無事でいて)
先に動いたのはバールだった。
巨体からは想像もつかない速さで突進してくる。その勢いで足元の石畳が剥がれ、砕けた破片が宙を舞った。
次の瞬間、バールは残像を残すほどの速さで両腕を振るい、左右から鋭い爪を繰り出してきた。
私は左右の手を伸ばし、迫り来る爪をそれぞれ掴み取った。
「なっ……!?」
そのままバールの巨体を持ち上げ、勢いよく石畳へ叩きつけた。
轟音とともに石畳が砕け、無数の破片が辺り一面に飛び散った。
「ガハァッ!」
バールは口から血を撒き散らした。だが、鋼のような体毛に覆われた身体には、傷一つついていなかった。
バールはよろめきながら後ずさった。その表情には、明らかな焦りが浮かんでいた。
私は片手をバールに向けて掲げ、魔法を唱えた。
「ダークフレアー!」
足元の石畳が凄まじい熱で蒸発し、漆黒の炎が渦を巻きながらバール目がけて襲いかかった。炎が通過した場所の石畳は、次々と溶けていく。
「グアアアアッ!!」
バールが雄叫びを上げると、周囲の魔獣たちが次々とその前に飛び出した。魔獣たちはバールの盾となり、漆黒の炎に呑み込まれて焼き尽くされていく。
魔獣たちを焼き払い、わずかに勢いが弱まった炎に向かって、バールが凄まじい咆哮を放った。
その衝撃で炎の進行が一瞬止まった。しかし、漆黒の炎は再び渦を巻き、バールへと迫っていく。
「ぐっ……!」
バールは間一髪で身をかわした。
標的を失った炎はそのまま突き進み、王都を囲む防壁に激突した。凄まじい熱によって石造りの防壁が瞬く間に蒸発し、大きな穴が開いた。
「チィッ、なんて奴だ……。勇者になりたてのはずだろうが!」
(このまま魔法で戦ったら、街にも被害が出てしまう。だったら、接近戦で決着をつける!)
私は自分自身に強化魔法をかけた。
「プロテクト、オーバーソウル!」
身体に力がみなぎる。私は地面を蹴り、バールとの距離を一気に詰めようとした。
しかし、バールは地面に向かって凄まじい咆哮を放った。
衝撃で石畳がめくれ上がり、砕けた破片と土埃が辺り一面に舞い上がる。視界が遮られ、バールの姿が見えなくなった。
(目くらまし……?)
次の瞬間、鈍い破壊音が響いた。
土埃の向こうに目を凝らすと、バールが近くにあった見張り塔の下部を拳で殴りつけていた。
塔全体が大きく揺れ、石造りの壁に亀裂が走る。やがて塔はゆっくりと傾き始めた。
(あれが倒れたら、被害が大きすぎる……!)
私は倒れかけている塔とバールを交互に見た。
(……仕方ない。乗ってやるか)
すぐさま塔のもとへ駆け寄ると、両手を突き出して傾いた塔を受け止めた。
そのまま塔を持ち上げ、元の位置へ戻すと、地面に向かって勢いよく押し込んだ。
ドンッ!
重い音とともに塔の土台が地面へ沈み込み、傾きが収まった。
だが、その瞬間――。
背後から、バールが迫っていた。
塔を支えるために両手が塞がっている私の背中目がけて、バールが巨大な爪を振り下ろした。
鋭い衝撃が背中を走り、私は大きく弾き飛ばされた。
「くっ……!」
石畳に叩きつけられ、身体が地面を滑っていく。背中には大きな爪痕が刻まれ、傷口から血が滲んでいた。
(……やってくれたわね)
身体を起こそうとした、そのときだった。
「エリザ!」
聞き慣れた声が響いた。
振り向くと、アルクがこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
アルクは私のそばに膝をつくと、慌てて身体を抱き起こした。
「エリザ! なんで一人でこんなところにいるんだ!? 怪我までして……大丈夫か!?」
「アルク……」
アルクは私の背中の傷を確認すると、表情を険しくした。そして、ゆっくりと立ち上がり、バールに向かって剣を構えた。
(……アルクが怒ってる)
その横顔を見て、私は思わず息を呑んだ。
(こんなに怒っているアルク、初めて見た……)
「なぜ街を襲う? 何の関係もない人たちを傷つけて、何がしたいんだ!」
アルクの声が響き渡った。
そのとき、アルクの右手の甲に刻まれた勇者の印が、強い光を放ち始めた。
印が広がるように大きくなり、複雑な紋章が浮かび上がっていく。
やがてアルクの身体を蒼い光が包み込み、手にしていた剣も、それに呼応するかのように同じ色に輝き始めた。
私はその光景を、ただ見つめていた。
アルクは剣をバールに向け、静かに言い放った。
「貴様を倒す」




