<ジェムの正体>
ゴンベは少しの間、玄関ポーチ前で黒猫のジェムと話していたが、ジェムの声は表面的には「にゃあにゃあ」と猫の鳴き声にしか聞こえず、会話はゴンベの頭に直接届いていた。
ゴンベは頭に響くと思っていたが、実際は頭では無く、ゴンベの魂に念話として直接届けているらしい。
人間の場合は、魂に届いても、認識するには一旦脳を経由するらしく、その関係で頭に響いてくるように錯覚するそうだ。
だが、そんな不思議な会話光景は、傍から見たら「変な爺さんが黒猫に一人で話しかけ続けている」としか見えないであろう。
その事にハッと気づいたゴンベは、
「なあ、ここだと変なジジイって見られてしまうから、よかったら家の中に入らないかい?」
と言ってみた。
ジェムは少し首を傾けて考えているようであったが、
『分かった。本当は飼い主の家以外には入りたくないのだが……まあゴンベの家なら良いだろう。お邪魔するニャン』
と言って、立ち上がってくれた。
ゴンベも立ち上がると玄関ドアに戻って、ドアを開けて中へ招き入れた。
玄関のたたきに入ったところで、玄関に置いてあった雑巾を使い、ジェムの足を軽く拭いてから、上に上がるように合図する。
ジェムも慣れたもので、黙って拭きやすいように交互に足を上げ、拭き終わると軽やかに玄関の駆け上がりを上がった。
ゴンベはそのまま、普段生活している2階のリビングへと進む。ジェムもゴンベの後ろを器用に階段を上がって着いてくる。
リビングに入ると、中央に置いてあるテーブルの上へとジェムを抱き上げて運んで下ろす。
ジェムはテーブルの上で、再び玄関前に居た時と同じように座った。
「何か飲むかい?」
ゴンベが聞くと、ジェムは少し考えているようであったが、
『少し喉が乾いたニャン。ぬるま湯でも有ればもらいたいニャン』
「分かった。俺の家には猫用の飲み物は無いからね。変なものはやはり飲ませられないよね」
そう言いながらゴンベは、魔法瓶からお湯を少し深い皿に入れてから、キッチンで水を足して温度調整をしてジェムの前に置いた。
ジェムは少し匂いを嗅いだ後にお湯を一舐めした。
『うむ。まあまあ良い湯加減だニャン』
そう言うと、本当に喉が乾いていたようで、ぴちゃぴちゃと音をたてながらぬるま湯を飲んでいる。
その間にゴンベも別の保温ポットから、朝煮出しておいた健康茶を湯呑に入れて飲み始めた。
『ゴンベは何を飲んでいるニャ?』
ジェムが興味深そうに覗き込んできた。
「これは十二健康茶と言う、健康に良さそうな薬草のお茶だよ。多分猫さんには合わないと思うけどね」
そう言いながら、小さな容器に少しだけ入れて、ジェムの前に置いた。
ジェムは容器に鼻を近づけて、また匂いを嗅いだが、すぐに顔をそむけた。
『臭い!臭い。我が家の主も似たような物を飲んでいるが、人間はなぜ、そんな酷い匂いの物を好むのだ?俺には理解できないニャン』
「あははは。そうだろうね。人間も好んでいる訳では無いよ。ただ、体に良いと思うから、我慢して飲んでいるだけさ」
ゴンベは再び愉快そうに笑った。
ジェムは一頻りぬるま湯を飲むと、落ち着いたのか、あらためてきちんと座り直して話し始めた。
『俺はジェム。アステリア星雲のジェムと言う』
体を少しそらすように、胸を張ってジェムは再び名乗った。
「アステリア星雲?」
ゴンベは意味が分からず、思わず聞き返した。
『そうだニャン。俺の故郷の星雲だニャン。と言っても、人類が知らない、遥か彼方の星雲だニャン』
「なるほどね……って、ジェムって、もしかして宇宙人なのかい?」
ゴンベは急に驚いたように声を張り上げた。
『なんだ、今頃気づいたのか?猫が話しかけた時点で、気づきそうなものだがな』
「いや、気づかんだろうよ。まあ普通の猫では無い事は分かったけどな」
『その割には、ゴンベは一向に驚いた様子が無いから、てっきり俺の正体が分かっているのかと思ったニャン』
「分からないさ。まあ、妖怪猫又とか霊界人のような精神生命体が、猫に宿っているとか、そんな事は少し考えていたけどな」
ゴンベの言葉を聞きながら、ジェムは思わずお湯を飲むのをピタッと止めて、ペロリと髭を濡らした舌を引っ込め、驚いたように目を丸くした。
『妖怪……そう思っていて、良く平気な顔をして俺を家に招いたな?』
「うん。何となく悪意は感じなかったからね。それに一応顔見知りだしさ」
そう言うとゴンベは、軽くウィンクして微笑んで見せた。
『ははは。以前から少し思っていたが、やはりお前は変人だな』
「ありがとう。褒め言葉と受け取っておくよ。で、その宇宙人様が、何か俺に話が有るのかい?」




