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追放聖女は、サンドイッチを買いに行く  作者: m


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白い花の祈り


 かさりと、手元で乾いた紙の音が響く。

 昼下がりの店内は、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。


 使い込んだ木製のカウンターにもたれ掛かり、アステラからの手紙を片手に、マールはぬるくなったエールを飲み干した。



 昼の片付けがようやく終わり、夜の仕込みも粗方終えたところだった。


 従業員達は一度家に戻ったり、店の裏で煙草を吹かしたり、思い思いに過ごしているだろう。

 マールも簡単な賄いを肴に、樽の底に残っていたエールを飲みながら一息入れていた。


 手紙の最初に記された、自分の名前の文字を見返す。

 大陸共通語で書かれた文字はそれなりに整っているが、その文章はどこか辿々しいものだった。


 十八という年齢にしては些か幼さを感じるアステラからの手紙は、それでも文面から、不器用で真面目な、彼女らしさが伝わってくる。

 

(初めての手紙が私宛だなんてさ)


 この国を富ませ、守り、導いてくれた偉大なる聖女。


 そんな彼女の最初の一通が自分宛だなんて。

 それはなんとも、光栄なことだった。




「お邪魔しまーす」


 聞き馴染んだ声が、静けさを掻き分けて耳に届く。


「ノックくらいしな、ジノ」


「ノックって!その肝心の扉がないのに無茶!」


 勝手口は開け放ってあるから、いつでも誰でも自由に出入りすることが可能である。

 そこから姿を見せたのは、ひょろりとした体躯の、取り立てて特徴のない男だった。

 焦茶色の髪を頭の後ろで緩く束ね、へらへらとした笑みを浮かべている。


「それで?あの子の様子は?」


「せっかちだなぁ。その手に持ってる手紙、昨日届けた、その聖女様からでしょ?近況だって書いてあるんじゃないの?」


 そう言いながら勝手にカウンターの席に腰を下ろし、適当なグラスを取ってエールを注ぎだす。


「ジノ、早く言いな」


 この男が飄々としているのはいつものことだが、些か逸る気持ちで先を急かす。


「はいはいっと。街のカフェでね、楽しそうに働いてるよ。カフェの店主は見たところ元冒険者っぽい。ざっと調べた感じだと、経歴に後ろ暗いところはなさそうかな。まぁその辺りは殿下がちゃんと調査してると思うよ。特に行動を制限されたりもしていないし、周囲に不穏な様子もなかったよ」


 薄い唇からすらすらと紡がれる内容は、概ね満足のいくものだった。 

 言い終えたジノは、何か食べる物ない?と、きょろきょろとカウンターの向こうを物色し出している。


 けれど聞きたいことはまだあった。


「それで?降ったんだろう?」


 問いかけるマールに、ジノがにやりとした笑みを寄越す。


「そう、雨ね。降ったよ。それは見事なスコールがさ。王宮内だったから直接は見ていないけど、概ね間違いないと思う」


「そうかい」


 皮肉にも、アステラの力が真実のものであったことが他国で証明されたのだ。 

 それにはきっとエルシャハルの王子も、喜んだのに違いない。


 なのにジノの報告や、アステラ本人の手紙を信じるなら、聖女であることを強制されてはいないらしい。


 それは何よりの顛末であった。

 アステラが新たな地で、ラヴィリエでの生活よりも窮屈な思いをすることがないように、それが一番気掛かりだったのだ。


 

「ただの雨ではなかったことに気付いた、勘のいい者がちらほら、いるみたいだったけどね」


 つまみ用の、スパイスを絡めたナッツの缶を勝手に開けて、口に放り込みながらジノが言う。

 どういうことかと視線で先を促した。


「オアシスの水がさ、枯れないんだよ。そもそもあれだけの水量が流れ込んで、どこも決壊しなかったことが奇跡だった」

 

 エルシャハルは砂漠地帯の気候に違わず、ごく稀に、季節によってはスコールが降ることもある。

 けれどあの日降った雨は、いつものスコールとは違う、百年に一度かという規模のそれだった。


 井戸の水を繋ぐための水路や、スコールをオアシスに引くための灌漑施設はあれど、それはあくまで日常的に使う程度の規模のものである。

 あれだけの水の量を受け止められるような許容量など、本来なかったはずなのだ。


「今は乾季なのにさ、あの雨の日以来、水不足の話はどこからも聞こえてこないし。何かが違うって、気付いている人もいるんじゃないかな」


「そうかい」


 枯れないオアシス……それはきっと砂漠の民達にとって、神の慈悲かと思うほどの奇跡だろう。

 

「すごいことだよ、あれが本当にあの聖女様の力なら。団長はさ、あの奇跡が何なのか見当ついてるんでしょ?」


 あれは何だと、いつも飄々としている瞳が、珍しく真剣な色で問うてくる。


「丁度あの王子様からの手紙にも、そのことについて書いてあったよ。そのお陰で概ね、結論が出た気がするよ」


 アステラの手紙が同封されていた、こちらは流麗だがやや崩し方に癖のある、品の良い紙の手紙をジノに渡してやる。

 封筒には、いつぞや送り返したはずの黒髪が一房、共に同封されていた。


 この度、兄王の即位に伴い王弟殿下となったジアードからの手紙には、アステラの近況に加えて、このラヴィリエの聖女の力に対する、彼なりの見解が綴られていた。


「ジアード殿下直筆の手紙すげぇー……えーとなになに、“幸運値”?」

 

「そう、聖女は“幸運値を上げる存在”じゃないか、って言う意見で一致した」


「ん?どういうこと?」


 ジノの訝しげな顔を見やりながら、マールは自分のグラスに水を注いだ。


「でかいダンジョンに潜る前には必ず、占術師に占ってもらってたのを覚えているだろう?あれは運の良い日をみて貰ってたんだ」


 大きな仕事を請け負ったり、魔物が巣食うダンジョンに潜る前に、吉日を占ってもらう冒険者は、マール達だけではなかった。

 大きなパーティや、一国の為政者にだってお抱えの占者がいるのはよく聞く話で、それこそ戦いの前には、僧侶に祈りを捧げてもらうのも珍しいことではない。


 それは魔物にエンカウントする確率であったり、怪我をした時にたまたま、腕の良い薬師がそばにいたりするような、要するに“運が良い”という日や状態は実際にあるのだ。

 達人と呼ばれるような戦士ほど、その地の気の流れや、自分のツキには敏感な者が多いものだった。

 

「ああ、それは分かるよ。団長の運の良さのお陰で、俺達のパーティは今生きてると思ってるし」


 マール自身、自分の運の良さは自覚している。

 自身の剣の師匠ほどではないが、マールにはツキを引き寄せる天性の勘があった。


 野党の襲撃や、ダンジョンでの分かれ道など、ここぞという時にその勘が外れたことはない。

 自分の冒険者家業を支えてきたのは、剣の腕や、集まってくれた仲間の力だけでなく、その勘に従って来たのが大きかったと思っている。

 

 移住者が店を持つのがほとんど不可能に近いこの国で、それもこの城下に店を構えることが出来たのは、そのツキを嗅ぎ分ける勘のお陰だった。


「アンタも大概悪運が強い方だとは思うけどね。それよりジノ、団長は止しな。もうパーティも無くなって随分経つんだ」


「じゃあマーガレッ、何でもないでーす」


 マールの本名を呼びかけたジノが、マールの視線に言葉を飲み込む。

 その名前は似合わない自覚があるので、冒険者だった頃も今も、専らマールで通っている。



「聖女の力はさ、この地の運気を……こう、丸ごと引き上げているんじゃないかと思うのさ」


「成程?つまり聖女様はラッキーアイテムってことか」


 “聖女とは、ただ居るだけの神輿”。

 それはアステラの後見だった、見目ばかりが良い金髪の王子が彼女に吹き込んでいたことだった。

 けれどそれは、強ち間違いではなかったのではないかと思う。


 この国では、農地に降って欲しいタイミングで雨が降るのは、珍しいことではなかった。

 都市も畑も、災害に見舞われることはなく、特にこの王都では、街中で小さな諍いはあれど、悪しき者たちは何故か居付かない。


 病が蔓延することもなく、傷を負った兵士は、丁度良いタイミングで腕の良い医者に巡り合う。

 まるでこの国そのものが、とてつもない強運の星に守られているようだった。

  

 そして何より、手紙に書かれていたアステラの“祈り”だ。


「最近大通りの方で、老舗の商会が古くなった倉庫の建て替えを始めてね」

 

「ああ、丁度通ってきたよ。冒険者向けの保存食やなんかが得意な商会でしょ?」


「そこから鼠が街中に広がって、ちょっとした騒ぎになっているんだよ」


 古い倉庫に居着いていたのだろう、結構な数の鼠が、その寝ぐらを失って街中に拡散してしまったのだった。


「そりゃ大変。ん?でも裏口いつも通り開けっぱなしだったけど」


「そう、うちにはね、何でか流れてこないんだよ」


 鼠が夜行性だとはいえ、日中のみならず、店が盛り上がる深夜近くまで、勝手口は開けっ放しだった。

 我ながら、運が良いにも程があるとは思っていたのだ。


(アステラのお陰だったとはねぇ)


 幸運値を引き上げているのが、聖女の存在そのものなのか、その祈りによるものなのか……今回のことで、そのどちらでもあることが分かったのだった。

 

「確かに今回さ、エルシャハルの街に滞在中、珍しくスリに合わなかったんだよねー。何となく治安が良くなったような気はしてたけど。その代わりに、ラヴィリエの国境では久しぶりに置き引きに遭いかけたよ」


 ジノがグラスを手の中で弄びながら、得心したように頷いている。  


 数日前にもこの店で、常連客が嘆いていた。

 彼は城壁のすぐそばに農地を持っている農商で、曰く、以前は降って欲しいと思う日に降った雨が、最近では三回に一度くらいは外れるのだと言う。



「それがあの聖女様の力なら、よく国外に連れ出せたよね。マールが王様に手を回したのは聞いたけど、もっと血眼で奪取するくらいの大事じゃない?」 


「まぁ次代がすでにいるからだろうね。それに本来、引退した聖女にはその献身に報いて、望みのものを授けるのが慣例なんだ。それが例え国外移住でも、国に止める権利はありやしないよ」


 つい先ごろ、次代の聖女の誕生と、その後見として第二王子が立つことが発表された。

 城のバルコニーで手を振る豆粒のような彼らの中に、その兄である金髪の王子の姿は見られなかった。


 新しい聖女の祈りによって、この国の運気はすぐに上向いていくだろう。

 何百年もの間、この地に降り注いできた幸運の蓄積が、そう易々と失われようはずもない。

 たった一人の聖女が引退後に国外に出るくらいで、揺らぐものではないはずだ。

 

 そのことをやんわりと、ギルドを通じて王には釘を刺しておいた。


 大掛かりな国軍を持たないこの国にとって、有事の際に冒険者ギルドを頼れないのは死活問題となる。

 冒険者を引退してもなお、その名を轟かせているマール共々、関係を悪化させたくはないだろう。


 マール自身は自分の名声にさほど興味はないが、昔から、使えるものは使う主義である。


「聖女アステラの献身に報いたい民は、想像以上に多いのさ」


 アステラはそのことには、まるで気付いていない様子だったが。



 いくら深窓の聖女とはいえ、その周囲にいるのは、何も教会関係者ばかりではない。


 祭りや儀式の際に護衛につく騎士達や、教会に出入りする商人達、そして目通りが叶った貴族とその使用人達。

 城下にあるこの店に、そんな彼らも数多く出入りしているのだった。


 聖女が共も連れず、一人で気軽にこの店に出入り出来たのは何故か。

 偉大な聖女が、他国民と共に国境門を通過出来たのは何故か。

 

 何よりもこの追放を、あの愚昧な王子が推し進められたのは何故か。


(本当はもっと早く、何かしてあげられたら良かったんだろうけどね)


 全てがこのタイミングになったのは、ひとえにアステラがそれを望んでいなかったからだった。


 教会と王子の愚行に気付いていながら、それでも黙って、自分たちの偉大な聖女の苦境を見守ってきたのは、アステラ自身が然程それを苦にしていないことが大きかったのだ。


 この国の孤児達がそうするように、アステラもただ、自分に合う仕事を見つけ、それを淡々とこなしているといった風で。

 そんな無欲な聖女に、世話係の者達に言い含め、せめて週一の外出日を確保してやるくらいのことしか思いつかなかったのだった。



 けれど、と今マールは思う。

 

 手紙に、“憧れていた”と書いてあった。

 トマスやリンや、マールの働く様子に。


(冒険者だった頃の話くらい、どれだけでも話してやれば良かったのにさ)


 聖女という立場では叶わぬ外への憧れを、下手に煽ってはいけないと思っていた。


 いつだってカウンターの席で楽しそうに、店を見渡しながら、サンドイッチを頬張って笑っていた。

 サンドイッチなのは、量も自慢の一つであるこの店の料理の中で、一番持ち帰りがし易いからだった。

 初めてランチの定食セットを目にした時の、目を白黒させていた表情を覚えている。


 もっと早く。

 もっと早く、気付かせてやれば良かったのかもしれない。

 

 この国の外にだって、きっとアステラにしか出来ない仕事や居場所が、どれだけでもあるのだということを。

 その為の道筋を用意することくらい、自分にも周囲にだって、きっと簡単なことだったのに。



 けれど結局は、聖女交代のこのタイミングしかなかったのかもしれないとも思う。

 

 自分に出来たのは、たまたま王都に立ち寄っていた他国の王子に、聖女交代の噂を流すことくらい。


(あの国の者なら、きっと食いつくだろうと思っていたさ)



 手紙を読む限りではジアードに、その辺りを気取られた様子はなさそうだった。

 スムーズな出国や、未だ何も言ってこないラヴィリエの王家に、何かしら感じるところはあるかもしれないが。

 今となってはもう、全て瑣末なことだろう。




「でも良かったのマール?大事な聖女様、この国から出しちゃってさ」


 ずっと見守ってきたんでしょ。 

 

 そう言って幾分気遣わしげな視線でジノが問うてくる。

 以前同じパーティを組んでいた彼は、昔から斥候や諜報活動が得意で、何かと重宝する男だった。

  

 今回も外門から彼らを尾行するはずが、早々に見つかって伝言係になったものの、ジアードからの信を得て、アステラからの手紙を託されているので、かえって良かったとも言える。


「そうだねぇ。でも結局、それを決めたのはアステラだからね。今の所、あの国を楽しんでいるようだし。それ以上望むことはないよ」


 他国の王家の者に託すのは、確かに博打ではあった。

 各地を放浪する西の国の弟王子はそれなりに有名で、噂に聞く高潔な人柄を見込んでのことではあったものの、それでも、国という権力に、アステラが搾取される危険は大いにあった。


 けれどラヴィリエという国から逃れるには、それに対抗できる力を持つものでなくてはならなかったのだ。


 あの時も今も、もしアステラが拒むのであれば。

 その時は全力で、彼女を保護するつもりだった。



「多分ジアード殿下なら、心配いらないんじゃないかな。聖女様の嫌がることはしないと思うよ」


「何だいその根拠は」


「マールの勘が外れたことはないしさー。それに毎日、カフェにご本人が迎えに行ってんだよ?曲がりなりにも王弟殿下だよあの人。それもなんかさ、逃したくないからってより……ふつーに楽しそうなんだよね」


 その光景を思い出したのだろう、にこにこと笑みを浮かべて、盛ってあったオレンジに齧り付いている。


「そういえばあんたも、あの辺りの出身だったかい」


「そう、エルシャハルじゃないけどね。だから聖女様のお陰で水に困らなくなるんなら、それは本当にすげー嬉しい」

 

 エルシャハルの日差しでより浅黒さを増したジノが、人好きのする笑みで笑っている。

 諜報向きの特徴のない顔が、歳よりも随分若く見えた。



 この国に来た時、その清廉な気の流れにマールは驚いた。

 特にこの王都の、緑の濃さと、咲き誇る花々の美しさ、行き交う人々の満ち足りた様子と、どこか清潔ささえ感じる石畳の通り。

 

 そして店を構えてしばらくした頃だろうか、ふらりと現れた一人の少女の姿を見た時、それらが全て、この聖女のお陰だということが分かったのだ。


 アステラの見た目には、何も特別なことはなかった。

 そこいらを駆け回ってる孤児と同じ、手入れのされていない灰色の髪と、そばかすの散った顔、そして痩せた手足。

 そして真っ直ぐな、美しい緑の瞳。

 

 そこに佇んでいるだけで、彼女は聖女だった。

 息をして、ただ笑っているだけで、清廉な気が周囲に満ち満ちていくのが、研ぎ澄まされた剣士の勘で、マールには分かったのだった。


 そんな聖女に守られる、このラヴィリエが好きだった。


 この店に来る常連客と従業員、そして木のカウンターと沢山の鍋、時折やってくる小さな聖女が集うこの店を、マールは心底愛している。


 と。

 そう、思っていたのだが。



「あっ、こんちはジノさん」


「久しぶり!トマス」


 夜の開店の時間が近付いて、家に戻っていたトマスが帰ってきたようだった。

 

「おかえりトマス。あんた最近、二人目が生まれたんだろ。家の方は大丈夫なのかい?」

 

 この街で生まれ育ったトマスには幼馴染の伴侶がいて、つい最近、二人目の子供が生まれたと聞いている。

 休憩時間にマメに家に帰っては、何くれとなく家族の世話をしているようだった。


「そうなの?それはお祝いしないとだね」


「ありがとうっス。大丈夫です。道向こうに義理の両親がいて、今も来てくれてるんで。俺はむしろ邪魔しかしないって、毎日怒られてます」


 そう答える青年は、それでも幸せそうだった。 


「あんた確か、自分の店を持ちたいって言ってたかい?」


「そうっスね、いつかはこの、雲雀亭みたいな店が持てたら最高ですけど」


 その言葉にマールは満足して頷いた。


「二人目の祝いに、この店を譲ってやるから好きにしな。忙しすぎるようだったら、ギルドに言って人探してもらいな」


「え、はい。ってえええええぇ……?!」


「店辞めんの?マール」   

 

 狼狽えるトマスの横で、一つ口笛を吹いたジノは楽しそうな表情を浮かべている。


「ああ、もう長いことここにいたしね。たまには旅に出るのも悪くないだろう?」


「いいねぇ!とりあえず、行き先はエルシャハルでしょ?」


 アステラがこの国を去ってから、この王都の空気がどこか違って感じられるようになった。


 いつも通り、正常な気が流れる、住み心地も変わらないはずのこの街が、どこか余所余所しく感じられてきたのだった。

 同時に、元々自分の中に流れている冒険者の血が、沸々と湧き立ってくるのも感じていた。


 アステラの手紙を読んだ時から、自分の勘が、旅に出るべきだと告げている。


「エルシャハルって……あの、アステラが行ったっていう国ですよね」

 

「そうだよ、元気にやっているか、見てくるのも悪くないかと思ってね」


「成程。それで」


 この店で顔見知りだった者達には、アステラの行き先は告げてあった。

 その返答に、妙に納得した様子のトマスに、ジノが不思議そうに問いかける。


「何トマス?めっちゃ頷いてるけど」


「あー、いえ、その」


 ちらりとこちらを見遣りながら、微妙に言いにくそうに、


「ほら、マーガレットの花言葉って『真実の友情』じゃないっスか。なんかそれ思い出したんで」


 

 その後の微妙な空気といったらなかった。


 とりあえず、大笑いするジノを蹴り飛ばし、店の外に追い出してから。

 戻ってきたリンとコック達と、夜に向けて開店の準備を進めている。

 

「ジノ、明日エルシャハルに発つんだろ。明日の朝、もう一回店に寄んな」


「それだってマールの依頼なの忘れてない?何か荷物?」


「そう、手紙を頼むよ」


「りょうかーい。じゃまた明日」


 そう言ってジノは暮れていく街に溶けていった。

 おそらく定宿に帰って、馴染みの者達と呑みに繰り出すのだろう。

 明日の朝遅れたら、もう一度蹴ってやろうと思っている。


 仕事が終わったら、アステラに手紙を書かねばならない。

 いずれ近い内に会いにいくとはいえ、それはそれ、これはこれだった。  


 手紙を書くのが初めてなら、手紙をもらうのだって、きっと初めてに違いない。



 この国で唯一の友人として、してやれることがまだあることを。


 マーガレットの花でも添えて、この地に根差す数多の奇跡に、感謝したい気分だった。



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