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追放聖女は、サンドイッチを買いに行く  作者: m


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2/3

麦の献身


「本日をもって、お前を国外へ追放する」



 小謁見の控えの間で、この国の王子が聖女にそう告げるのを、ジアード・ディエ・エルシャハルは聞いていた。

 

 国に献身を捧げた偉大なる聖女を捨てるというのであれば。

 有り難く、エルシャハルで貰ってしまおうと思いながら。




 砂漠では他者に自分の水を分け与えることは、時に死を意味することもある。


 だから決して砂漠の民は、他者の献身を軽んじたりはしない。


 ジアードが生まれ育ったエルシャハルは、そんな砂漠の地を治める国だった。 

 周囲の国々よりも優に三倍はある国土のほとんどを、草木の生えぬ、赤い砂で覆われている。

 

 雨など降ることは滅多にない。

 日の照りつける不毛の地に降り注ぐのは、来る日も来る日も、赤く乾いた砂粒だけ。

 

 それでもジアードは、自分の国を愛していた。

 

 枯れた地で逞しく生きる、浅黒く日に焼けた朗らかな民達。

 いずれ兄が王となり治める、美しく広大な赤のエルシャハルを。


 

 

(あの王子は、何を考えているのだろうな)


 金色の髪の、ジアードよりも年若い王子は、それでももう成年に達している歳だろう。

 その王子よりも若い小柄な少女を地に伏せさせたまま、居丈高に話し続けている。


(あれが次代の王だとは)

 

 この追放が後ろめたいものであるのは、ここが小謁見の間であることからも知れる。

 父王が外遊でいない時を見計らい、この茶番を整えたのだろう。


(そう、茶番だ)


 国の守り手である少女を、あのように愚弄することのどこに義があるのか。

 側近達に唆されたのか、王子自らの思いつきなのかは知らないが、いずれも愚かなことだった。


 白く分厚い法衣に身を包む少女の顔は、この控えの間からは見えない。

 さっき入り口を通った時に見た彼女の顔は、そばかすの散った、どこにでもいそうな少女だった。


 けれどこの少女こそが。

 数百年、この地を守り通してきた奇跡に連なる、今代の聖女アステラなのだった。



 そろそろ国を継ぐつもりだという兄からの知らせを、ジアードは旅の空の下で受け取った。


 王子という立場に纏わりつく様々な思惑を国に残して、旅に出てからもう数年になるだろうか。

 大陸の端から端まで、一人で、時に影にいる警護の者に共をさせ、気楽な旅を続けてきた。


 ふと手紙から薫った、赤く乾いた砂の匂いが懐かしく感じられて、兄の継ぐ国を見るのも悪くないと、一途に、帰路を辿ることにしたのだった。


 そして帰る前にどうしても、ジアードには見ておきたいものがあった。



 その国は、周辺国からは奇跡の地と呼ばれている。

 そしてその奇跡を、数百年に渡り守り続けているのが、その地で生まれる聖女という存在だった。


 この地は数百年もの間、大きな災害に見舞われた事がないらしい。

 周辺国に残っていた文献を繋ぎ合わせた結果、この平穏は少なくとも三百年は続いている。

 何よりも驚嘆すべきは、その間一度も、作物の不作がないという事だった。


 この国に入った旅人の目を最初に奪うのは、街と街の間を埋め尽くす、どこまでも続く金色の麦畑。


(素晴らしいな…これ程とは)


 遠くから近づいて来た黒い雨雲が、白いベールのような驟雨を降らせ、あっという間に遠くの空へと流れていく。

 再び顔を出した太陽が、切れ切れの雲の合間から光の筋を落とし、波打つ金の穂に虹をかけた。


 この国の豊かさを象徴するその風景に、一人、涙が出そうな程の感動を覚える。



 突然の雨に立ちすくむジアードに、麦畑の側の休憩小屋の屋根を提供してくれた農民が、嬉しそうに語ってくれる。


「この国は昔、荒れた何もない所だったのを、一人の聖女様が雨を降らせてくださったんだよ。それからずっと、歴代の聖女様達が守ってくださっているんだ。お陰で今年も豊作だよ」


 この土地の幸運を、単に天候や地理的に恵まれているのだという者もいるだろう。

 ジアード自身、この地に平和が続いたのは、偶然に過ぎないのではと思っていた。

 

(何百年も続く偶然、か)


 目の前にかかった虹は、端までもがくっきりと見える見事な半円で。 


 今、目に映る全ての美しさに。

 この国の聖女の奇跡を、信じてみたくなったのだった。



 

 焚き火が爆ぜる音を聞きながら、その向こうで静かに寝息を立てているアステラの様子を伺う。


 慣れない馬上での移動で、身体は疲れ切っているだろう。

 初めての野宿にも関わらず、深い眠りに着いているようで、済まなく思う。

 馬での移動も野営も、王都から出た事がない彼女の為には、避けるべきなのは分かっていた。

 

 けれど万が一、追放処分が取り消され、国境の門を閉められでもしたら厄介になる。

 この国を出るまでは、最速で駆け抜けるつもりだった。



 あの王子は本当に平和呆けしているのだろう。

 異国人であるジアード一人に、国境までの監視を真実、任せるつもりだったようだ。

 影の一つも、ついてきてはいない。


 一旦、王子の指示通りに、追放先であった北の国境へ向かい、隣国に抜けてから、エルシャハルへ舵を切る。

 ここから直接向かう方が速いのだが、仮にも他国の王族が元聖女を攫うのだ、追放が完了した、という事実が残る方がいい。



 そして疾うに、この旅路に気付いている者がいる。


 王都の外門を離れた頃からずっと、付かず離れず、自分達を追ってくる馬影があった。

 王家の影とは明らかに違う彼らは、旅慣れた冒険者達だった。


 思い当たるのは、アステラが食料を買い求めた、あの「雲雀亭」という食堂の、赤毛の女主人。


(あの伝説の冒険者が、あんな所にいたとは)


 鉄のフライパンを軽々と、両手それぞれに振るっていた大柄な女の姿を思い浮かべる。

 赤髪の二刀流は彼女の二つ名だった。

 この大陸で、その名を知らぬ冒険者はいない。


 おそらくアステラを心配した彼女が、監視のために人を寄越したのだろう。



 だからさっき、アステラが寝入ったのを確認してから、彼らに接触して手紙を持たせ、送り返してある。

 手紙には、ジアードの髪を一房、切って同封した。

  

 ジアードの正体に気付いていた様子の彼女なら、その意図に気付くだろう。

 決して彼女達の聖女を、蔑ろにはしないという誓いを。


 エルシャハルに落ち着いたら、アステラに、手紙を書くように勧めるつもりだ。

 そうすれば赤髪のマーガレットも、きっと安心するだろう。


 

 少し風が出てきたかもしれない。

 アステラは、王都を出る前に買った外套を被っているが、それだけでは寒そうだった。

 支給されたこの国の騎士服の上から羽織っていた、自分の外套を外してかけてやる。


(街に立ち寄りたくはないが…旅装は必要だな)


 居住していたはずの神殿を辞したアステラが手にしていたのは、草臥れた小さな鞄一つだった。

 

 おかしいとは思っていたのだ。

 王宮から街へ向かう為に脱いだ法衣の下も、見窄らしい着古したワンピースだった。

 いくら清貧を美徳とする神殿だとしても、彼女はこの国で、民の崇敬を集める聖女なのである。



 アステラを虐げていたのは、あの態度を見る限り、世話役の王子で間違いないだろう。

 

 影が掴んだ情報では、次の聖女は、見目麗しい公爵家の姫君らしい。

 アステラは元平民だというから、これ幸いと、挿げ替えを急いだに違いない。

 

(自分の見目を飾る装飾品、くらいに思っていそうだ)


 砂漠では水は金よりも重い。


 この地に齎される雨粒の一粒だって、本来、人が願って手に入れられるものではない。

 その祈りが齎す奇跡が、どれほど尊いものであるのか、この国の者は誰も知らない。


 あの王子の前で、顔を上げる許しのないまま、地に伏していた聖女を思い出し、感じたのは怒りだった。

 

 彼女を虐げてきた王子と神殿。

 その祈りの尊さを真に知らぬ、安穏とした国民達。 

 

 そして一人の少女の献身を蔑ろにする、この国への怒り。



 けれどそんなジアードの義憤が拍子抜けするほど、実際に話してみたアステラは、飄々とした少女だった。

 生まれ育った国を追放されるというのに、自分の運命に嘆く様子など微塵もなく、かといって諦めているという訳でもない。 


(聖女が単なる職業か何かだと、そう思っていそうな節もあったな)

 

 ジアードの国へ向かう事も、仕事先が変わる程度に思っていそうだった。



 代替わりした聖女達は、探し出した記録によれば、この国に留まるものが多かったようだ。

 その献身を労われ、望みのものを得て。

 本来であればアステラも、そうなるはずだったのだろう。


 新たに生まれた聖女の話を聞いてから、ジアードにはずっと疑問に思っている事がある。

 

(代替わりしたら、彼女達は聖女ではなくなるのだろうか)

 

 記録上は、彼女達の在位期間が被った記述はない。

 聖女と呼ばれる者は、いつの時代もただ一人だけ。

 

 けれど、実際のところはどうなのだろう。


「聞いてもよいか。その力は、託宣を経て宿ったのものなのか?」


「うーん…正直に言うと、そういう実感を持ったことは一度もなくて」


 日がある内にと急いだ所為で、遅くなってしまった夕食をとりながら、アステラに尋ねてみる。

 ついさっきまで、「まだ馬の揺れを感じる」と言って青い顔をしていたのが、少しマシになったようだった。


「ぬか喜びさせるかも知れないけど、」


「どうした?」


「力が消えたような気もあんまり、しないんですよ」


 サンドイッチを頬張る少女は、十八と聞いた年齢よりも随分幼く見える。

 この国の豊かな木々と同じ緑の目が、焚き火に照らされて揺らめいていた。


 王都で買ったサンドイッチを、ジアードにも分けようとする彼女に、最後の味だろうと、当初は断ったのだ。

 それを思いの外強引に押し切られ、半分渡されてしまった。

 この聖女は、見かけ以上に逞しい。


「私が今も聖女なのかどうか、正直、わからないですね」


 そのことに、アステラ自身が悲しむ様子はまるで無かった。



 聖女の力とは、そもそも代替わりするものなのだろうか。

 “元”聖女となり、この地で生きた数多の少女達の力は、失われてしまっていたのだろうか。

  

(それは俺の…願望だろうな)

 

 このまま、アステラの力が失われずにいて欲しいという、儚い望みかもしれない。


 乾いた赤い砂が覆う、ジアードの懐かしい故郷。 

 多少の雨水が降ったところで、あの乾き切った大地には焼け石に水かもしれない。

 けれど、アステラの協力が得られるのであれば、試してみる価値はある。


 この国だって数百年の時をかけ、あの麦を実らせてきたのだから。



 もし、アステラがすでに聖女の力を失っていたとしても。


 このままエルシャハルに連れて行くと、ジアードはもう決めている。

 

 一つにはアステラを虐げてきたこの国への怒りがある。

 でもそれ以上に、


「奇跡は人には起こせない」


 王都の外れで話した時、そう言い切ったアステラの目は、自分など大した事はないと本気で語っていた。

 その目には、自分がその祈りで守ってきた、あの美しい金色の平原を、映したことすらないのだろう。


 王都の門を出てすぐに、その眼前一杯に広がった麦畑を、馬上から魅入られたように見つめていた。


 マーガレットの店で、餞別にかけられた感謝の言葉一つにも、目を潤ませていたアステラ。


 お前がずっと守ってきたものは、そんな言葉一つでは足りない程に素晴らしいのだと。

 地平線まで続く広大な麦畑は、お前が守り育んできたのだと。

 このまま国中を駆けて、言ってやりたい。

 

 アステラの祈りが、あの農民の手にした、麦の一粒にも宿っている事を。


 それを知らぬまま、この少女は、ここから永遠に追放されるのだ。



(その献身に報いる者がいない国など、こちらから捨ててやればいい)

 

 住む所と働き口くらい好きな物を選べば良い。

 労働に見合う対価を渋るなど、互いの命の重さを知っている砂漠の民なら決してすまい。

 

 他国で用済みになった聖女を保護してはいけないという法もない。

 

(娶るのは嫌がりそうだな…叔父上辺りの養子がいいか)


 火に照らされた寝顔は、子供のようにあどけない。

 灰色だと本人が言った髪は、よく見ればくすんだ銀髪で、手入れをすれば輝きそうだった。



 ジアードの手元には、アステラをこの国から追放をする旨を記した指示書がある。

 言葉が分からない体を装って書かせたもので、そこには確かに、あの王子のサインがあった。


 いつかこれが役に立つ日が来るだろう。

 この地から永遠に失われる、偉大な聖女の未来を守る為に。 




 辿り着いた懐かしのエルシャハルで、アステラが、雨を呼んでみたいと言った日。


 王宮の庭で、百年に一度かという土砂降りの雨に降られて。

 自分が呼んだ雨の下、呆けた顔のアステラを力一杯掻き抱いて。


 ジアードは、湧き上がる数多の感情と衝動に任せ、勢いで求婚した。



 滅多に取り乱さない放蕩王子の感情的な様子に、歓喜に沸いていた周囲も呆気に取られていたし、無論アステラも、腕の中で固まっていた。


 水が滴る銀の髪から覗く、アステラの緑の瞳の中に。

 赤から緑へと変わっていく、美しいエルシャハルの姿が見えた気がした。



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