六十五の巻 妙な2人組
[六十五]
賑やかな通勤を終えた幸太郎は、朝礼の後、沙耶香に別室へと呼び出されていた。
そこは小規模な会議や商談に使われる部屋のようじゃ。
全体的に白く綺麗な部屋ではあるが、机と椅子とホワイトボードだけという、かなり殺風景な所じゃった。
ちなみに、この部屋にいるのは2人のみ。
それもあり、2人はともに肩の力を抜き、話をしているところじゃ。
沙耶香も、邪魔者がいない今は、落ち着けて話ができる事じゃろう。ほほほほ。
「さて、それはともかく……今日は総帥から何も指示がないから、いつも通り、三上君は斉木主任の元で仕事をお願いします」
「はい、わかりました」
「それと三上君、耶摩蘇村の件だけど……あれは普通の土地調査の案件です。なので、誰かに聞かれてもそのように答えておきなさい。これは部長としての命令です。いえ……総帥からの命令と考えてください」
「はい、勿論です。そのように私も認識しております」
「よろしい」
幸太郎の模範解答に、沙耶香は満足そうに微笑んだ。
「それはそうと部長……あの話は本当なのですか? あの御伽噺の事です」
「ええ……本当よ。私もそういう風に聞かされて育ってきたからね。で、それがどうかしたの? できれば、この件については2人だけの時にしてほしいのだけど……今日は特別に聞いてあげるわ。で、何かしら?」
幸太郎は周囲をチラ見すると、小声で訊ねた。
「古代中国の司馬遷が書いた『史記』の巻百十八……淮南衡山列伝をご存じですか?」
沙耶香の眉がピクリと動いた。
「ええ、知ってるわよ……三上君の言いたい事もわかるわ。例の御伽噺と似ていると言いたいんでしょ?」
「はい、あの話を聞いてから……ずっとそれが引っかかていたので」
そういえば、幸太郎は昨夜、言っておったな。
竹取物語と史記に出てくる徐福の伝承はある部分で、共通点があると。
それは不老不死の霊薬についてだそうじゃ。
しかも、日本側の徐福の伝承では、その不老不死の霊薬に関して、ある山に共通点があるとも言うておった。
こ奴は意外と知識量が凄いからのう。
狸爺の話を聞いていて、すぐにそれが出てきたと言うておったわ。
「三上君は鋭いから、すぐそこに辿り着くと思ったわ」
「以前、部屋でタオの流れを整えている時、部長は徐福の事を聞いて、意味ありげに言っていましたからね。だからです」
「まぁね……で、三上君はどう思ったの?」
「総帥は一族の忘れ物を探していると仰ってました……もしや……」
幸太郎は言葉を選んで、慎重に話しておるのう。
狸爺が言うてたのは、鬼道家の長年の謎を解きたいという話じゃったからな。
我も色々と根掘り葉掘り聞かれたからのう。
まぁ我は、何言うてるのかチンプンカンプンじゃったがな。
「さぁね……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。私にはわからないわ」
「そうですか。でも疫病神に、なぜあんな事を訊いたのかがわからないんですよね」
「三上君……その辺にしておきましょうか。これ以上話したいなら、2人の時にね」
沙耶香はそう言って入口の扉に視線を向けた。
幸太郎も言わんとしてる事に気づいたのか、頷いた。
そして沙耶香は忍び足で扉へと近づき、一気に扉を開いたのじゃった。
すると、バランスを崩した日香里が雪崩込むように、部屋に入ってきたのである。
ほほほ、なるほど。盗み聞きをしておったか。
「わ、とと………え?」
そこで日香里は苦笑いを浮かべた。
沙耶香はそれを見て、溜め息を吐く。
「北条さん……こんな所で何をしてるんです。持ち場に戻って下さい。貴方はまだ、土地開発事業部の筈よ」
「違います、貴堂部長。そうではありません、土地開発課の神谷課長が探しておられました。なんでも、昼の会議の件の打ち合わせだそうです。それで、お呼びしに参った次第です」
沙耶香はそれを聞き、ハッとして頷いた。
「それがあったわね……わかりました。ありがとう、北条さん。すぐに行くと、神谷課長に伝えておいてください」
「はい」
「そういう事ですので、三上君も、自分の所属する調査部に戻りなさい」
「はい、ではこれで、失礼致します」――
*
沙耶香との密談の後、幸太郎は本来の業務へと戻った。
今日の幸太郎の業務は、とある土地の調査だそうじゃ。
とはいえ、どちらかというと、今日の業務は運転係といったところじゃな。
そんなわけで幸太郎は今、貴堂不動産と書かれた会社のミニバンとやらを運転中である。
今の時刻は昼前。
猛暑のせいか、道が歪んで見えるわい。
外はくそ暑いんじゃろうな。
そういえば巷では、暑くて死人が出とるそうじゃ。
くわばらくわばらじゃな。
まぁそんな事はさておき、今日の仕事は勿論、幸太郎1人だけではない。
隣の助手席には、ある人物が乗っておる。
それも以前、巫蠱師にやられて病院送りにされた四津谷という神主の男がの。
右手をギプスで固定しており、痛々しい姿じゃわい。
どうやら毒だけでなく、骨折もしたようじゃ。
そりゃ運転できんわな。
ちなみに見た目は、短髪の穏やかな風貌の男じゃ。
中肉中背で眼鏡をかけており、知的な感じもするのう。
事実、車内での会話で、その片鱗を見せておるわ。
幸太郎に負けず劣らず、なかなか物知りな奴じゃ。
我は親しみを込めて、こ奴の事を眼鏡君と呼びたいところじゃが、やめとこう。
眼鏡男なんぞ、巷に沢山おるから、わけがわからんようになるぞよ。
「この辺ですかね」
「ああ、ここだよ。悪いね。本当はもっと早く調査に行く予定だったんだが、だいぶズレ込んでしまった」
幸太郎はナビの案内通りに進み、そこで車を減速した。
「では、この辺で路駐しときますね」
「ああ、そうしてくれ。駐禁は大丈夫そうだから」
どうやら、目的の場所に着いたようじゃ。
ここは都心からかなり離れた郊外。
野山と市街地が混ざり合うような地域じゃった。
一言で言うならば、ド田舎……という所じゃろうな。
車を道路脇に寄せ、幸太郎は外に出た。
四津谷もそこで車から降りる。
「すまないね、三上君。こんな遠いところまで運転させてしまって」
「いえ、構いませんよ、四津谷さん。いや……現場では四津谷副主任といった方が良いですね」
「今までどおりでいいよ。そんな大層な役職でもないから」
四津谷は副主任という肩書もあり、幸太郎の上司でもあるのじゃ。
とはいえ、主任や副主任レベルじゃと、まだまだ現場業務がメインのようじゃ。
なもんで、四津谷や斉木も、基本は現場業務だそうである。
ちなみに、その上に係長もおるが、その者は道師ではないそうじゃ。
所謂、普通の一般社員というカテゴリーなんじゃろう。
また、基本的に幸太郎のいる土地調査部は、道師とそれ以外とで、やる仕事が違うのだそうじゃ。
そして斉木達の上となると、神谷という課長職の者が直接の上司に当たるとの事であった。
ようわからん会社である。
「斉木主任に無理を言って来てもらったよ。須藤君と指宿君に来てもらおうかとも思ったんだが、この間の事もあるんでね。それに向こうは別件の調査があるから」
「ええ、話は聞いております。今日はよろしくお願いします。ところで……サッカースタジアムの建設候補地と聞いたのですが、本当にこんな所を先方は候補地にしてるんですかね」
幸太郎はそう言って、周囲を見回した。
奥には背の低い山があり、その手前には田園や原野が広がるといった光景であった。
但し、交通の便が悪そうな地域だそうじゃ。
高速道路や国道も通ってないらしい。
まぁ要は、あまり人が寄り付きにくいところなんじゃろう。
「らしいね。だが……それは先方が考えている事だ。我々はそこにはタッチしないから、考えなくてもいいよ。我々は陰の業務を遂行するだけさ」
「まぁ確かに……そうですね」
「さて……では、車から調査機材を出してくれるかい」
「わかりました」
幸太郎は後ろのドアを開け、頑丈なケースに入れられた機材を幾つか降ろした。
これは四津谷の指示で、今朝、幸太郎が積み込みした物じゃ。
なんでも、地中の霊力を精密に調べる機材らしい。
今の世は色んな物があるのう。
「四津谷さん、降ろすのは、これだけで良いですかね?」
「ああ、これだけでいいよ。さて……始めるか。この辺りは少々、曰くがある土地なんでね」
「そのようですね。地相的には東と南に開けてるんで良さそうな感じですが……地面の下に嫌な気配を感じます。もしかすると、良くない龍脈の流れがあるのかもしれませんね」
幸太郎はそう言って、北東の方角に視線を向けた。
所謂、鬼門の方角じゃ。
ま、迷信じゃから、あんま関係ない事じゃがな。
それはともかく、幸太郎の言葉を聞き、四津谷は嬉しそうに手を叩いた。
「流石だね……霊的感覚がS判定なだけある。噂は本当なようだ。実は俺も霊的感覚はS判定なんだよ。他は大した事ないんだけどね。まぁそれはともかくだ。そう……この地は三上君の言う通り、悪い龍脈の流れがあるんだよ。だから……ン?」
四津谷はそこで道路へと視線を向けた。
すると、1台の赤い車がこちらへと近づいていたのじゃ。
音もせず近づいてくるとは……面妖な。
さては、電気自動車とかいうやつじゃな。
しかも、すぽーつタイプとかいうやつじゃろう。
ドアが2つしかないからな。我も勉強したぞよ。
その高級車は幸太郎達の前で停車した。
幸太郎と四津谷は、そこで顔を見合わせる。
「赤いポルシェ……地元の方ですかね?」
「そうかもな。ん、降りてきたぞ」
運転席のドアが開き、今からゴルフにでも行きそうな、身なりの良い男がそこに降り立った。
年は30代くらいか。やや鋭い目つきをした強面の男じゃ。
黒髪を後ろに流すヘアスタイルの所為か、一瞬、その筋の者に見えてしまう風貌をしていた。
続いて助手席からは妙齢の美しい女が出てきた。
年は男と同じか、少し若いくらいじゃ。
こちらは黒いワンピース姿じゃが、女優が被ってそうな、つば広ハットを被っているせいか、どことなく気取った感じのする女じゃった。
ふむ、何者じゃろうな。
とはいえ、コイツ等からは面白そうな気配がするぞよ。
「君達は……沙耶香さんのところの道師かな?」
幸太郎と四津谷は眉を寄せ、少し後ろへ下がった。
すると、男は笑みを浮かべた。
「ああ、そう構えなくていい。ちょっと挨拶に来ただけだ」
男はそう言うと、胸から名刺入れを出し、2人に差し出した。
幸太郎と四津谷は名刺を受け取る。
そして、目を大きくしたのじゃった。
「言っておくが、俺は怪しい者じゃない。我々も貴堂グループの一員なのでね。ご紹介が遅れたが、俺はこういう者だよ」
「貴堂通商株式会社……常務取締役、貴堂清十郎」
四津谷はゴクリと生唾を飲み込んだ。
ほほほほ、また面白そうな奴らが出てきたわい。




