六十六の巻 先方の思惑
[六十六]
幸太郎と四津谷の前に、貴堂通商なる会社の常務取締役とやらが現れた。
2人の様子を見るに、かなり権力を持つ奴のようじゃ。
どこぞの自虐ネタのように、戸締り確認の役職ではないじゃろう。
まぁそんなアホな事はさておき、四津谷は恐る恐る、男に話しかけた。
「も、申し訳ございません……貴堂通商の常務殿とは思いもしませんでした。今日はこの地の視察に参られたのでございますか?」
貴堂清十郎という男は、そんな四津谷を見て、人の良さそうな笑みを浮かべた。
というか、人相がそこまでよくないから、あんま人が良さそうには見えんがな。
「ああ、そんなに畏まらなくてもいい。今日は沙耶香さんの道師である君達を見に来ただけだから」
ほう……これは面白いのう。
お家騒動絡みのやつじゃな。
四津谷は少し顔が引きつっておるわい。
じゃが、幸太郎は渋い顔で明後日の方向を向いておるのう。
多分、関わり合いになりたくないんじゃろう。
まぁ無理じゃがな。ほほほほ。
「え? 我々を……ですか?」
「ああ、そうだ。君達は確か……土地調査部の四津谷副主任と、新しく入った三上君だろう?」
「は、はい、そうです。私が四津谷で、彼が三上で間違いありません」
四津谷は手振りを交えながら、慌ててそれに答えた。
するとそこで、つば広帽子の女が前に出てきた。
帽子も服も全身黒尽くめじゃから、まるで葬儀帰りのような着こなしじゃわ。
女は腰に手を当て、気取った仕草で頭を傾ける。
そして幸太郎に視線を向けた。
肩より長い艶のある黒髪で、かなり美人じゃが、性格は悪そうじゃのう。
上背は幸太郎より低いから、視線は見上げておるが、その瞳は見下すような感じじゃ。
また面白そうな女子が出てきたわ。
「へぇ……貴方が噂の三上幸太郎さんですか。なんでも……沙耶香さんの肝煎りとか聞きましたよ」
「え、肝煎り?」
幸太郎は奥歯に物が挟まったような、困った表情をしていた。
何と答えてよいか迷っておるんじゃろう。
「仰られる通り、私は三上幸太郎です。ですが……肝煎りではないと思います。何もわからない新人ですので」
うむ、とりあえず、無難な受け答えじゃ。
嘘ではないしな。
続いて女は、見定めるように、幸太郎の周りをぐるりと回った。
「あらあら……謙遜して。道師の検定結果を拝見しましたよ。凄い優秀な成績でしたから驚きました。貴方……一体何者なのですか? ただの呪術者ではなさそうですね。宗厳翁も、貴方の事をえらく気に入っていると噂で聞きますし……」
素性を探りに来ておるのう。ほほほ。
さて幸太郎、これにはどう答える?
すると幸太郎は、そこで白々しく、ポンと手を打った。
「ああ、検定の事ですか。でしたら、まぐれと言いますか、機器の故障か何かだと思いますよ。あれは何かの間違いなのでは?」
男と女は顔を見合わせ、首を傾げた。
「はぁ? 何を言ってるんだ。そんな事あるわけないだろう。授法院の検定機器は最新の上に、日々のメンテナンスも欠かさず行われている。しかも念入りにな」
「万が一という事もありますんで、検定の機械をチェックされた方が良いかもしれません。私自身、あの結果は出来過ぎだと考えておりますので」
女はクスリと上品に笑った。
「突然、何を言うのかと思えば……お見苦しいですよ」
「いやぁ……それがですね。私、なかなかの不幸体質でして、よく機器の誤作動とかがあるんですよ。その様子ですと……私の防衛大時代の騒動をご存じないようですね」
おお、なるほど、そういう事か。
嘗てあった不幸事実を元に、切り抜けるつもりじゃな。
「大学時代の騒動? ああ、スパイ疑惑の件かい? それなら調査済みさ。結局、何ともないそうじゃないか。疑いは晴れたのだろう?」
「まぁ一応そういう事になってます。ですが……実は私が電子機器に近づくと、なぜか妙な挙動を起こす時があるのです。私もよくわかんないんですけどね。ま、不幸体質の賜物なんだとは思いますが」
「何を言うのかと思えば、不幸体質ですか」
女はそう言うと、幸太郎の背後で立ち止まった。
そして、つば広の帽子に手を掛けたのである。
ほほう……霊力を練っておるわ。
何かするつもりじゃな。
じゃが、うまく行くかのう。
「うふふ、惚けるおつもりのようですね……え?」
幸太郎はそこで女に振り帰り、爽やかに微笑んだ。
「やめましょう……そういうのは」
勘のいい幸太郎はすぐに気づいたようじゃな。
ほほほ、逆に女が真顔になっておるわ。
「へぇ……噂通りのようですね」
女は目を細め、清十郎という男の方へと移動した。
「お兄様……あの検定結果は恐らく本当だと思います。私の呪術行使直前に、ありえない速度で反応しましたから」
すると男は腕を組み、困ったように溜め息を吐いたのじゃった。
「サクヤがそこまで言うとはね。では……本題と行こうか」
「本題? 何の話でしょうか?」
「三上君だっけ……君さ、天主帝釈霊戦技大武會の件は聞いてるのかい?」
その言葉を聞き、四津谷は目を大きくした。
この顔は知っておるな。
というか、代診されておるんかものう。
「ええ、聞いてはおりますよ」
幸太郎は興味なさそうに淡々と答えた。
「へぇ、聞いてるのか。なら話は早い。君さ……できれば、大武會から辞退をしてほしいんだがね。それか……」
清十郎はもったいぶったように、そこで間を開けおった。
つうか、はよ言えや。
「それか、何でしょう?」
「単刀直入に言おう。我々のチームに加わらないか? 報酬はたんまり弾むよ」
「要するに、沙耶香さんを裏切れという話でしょうか?」
「まぁ……有り体に言えばそうなるね。どうだい? 参加を辞退してくれれば、1億払おう。そして、我々のチームに参加してくれれば、前金で1億。大武會を制したら、更に10億は出すよ。どうだ、悪い話じゃないと思うがね」
おお、太っ腹じゃのう。
じゃが、幸太郎は受けんじゃろうがな。
「じゅ、じゅ、10億!?」
四津谷が目をひん剥いておるわい。
「へぇ……辞退で1億、貴方がたに加われば、計11億円ですか。確かに、すごい大金ですね」
「そうだろう。ま、我々からすれば、大した金額ではないがね。それに君も、色々と要り様なんじゃないかい?」
「どういう意味でしょうか?」
幸太郎の眉がピクリと動く。
清十郎はそれを見て、ニヤッと嫌らしく笑った。
「君の家庭事情も調べさせてもらったよ。なかなか大変なようだね。家が火事で燃え、両親は少ない稼ぎで君と妹を養ってきたのだから。そういえば……妹の葵さんは来年、大学受験のようだね」
むぅ、そういう事か。
幸太郎の身辺は相当に調査されておるようじゃ。
とはいえ、幸太郎もそんな事は既に想定しておるじゃろうがな。
「よく調べておられるのですね」
「まぁ俺も立場というものがあるんでな。悪く思わないでくれ」
「存じておりますよ。貴堂グループ総帥の次男である貴堂宗矩様の長男……貴堂清十郎様。そして……その妹である貴堂朔耶様、でしたか」
ほうほう、この2人がそうじゃったか。
以前、沙耶香が言うておった奴等じゃな。
狸爺の次男と三男が、騒動を大きくしておると言うておったからのう。
「その様子じゃ、君も我々の事をそこそこは知っていそうだね」
「ええ、多少ですが……」
「まぁいい、なら話は早い。で、どうする? 返事を聞かせてもらえるだろうか?」
幸太郎は清十郎と朔耶をチラッと見る。
そして、首を横に振った。
「ありがたい申し出ではありますが……お断りさせて頂きます」
「そうか……では、辞退をしてくれるのかな?」
「私としては、辞退したいところではあるのですが……もうそういう段階ではないようです。なので、沙耶香さんの元で参加という事になるでしょう」
清十郎と朔耶はそこで目を細めた。
「それは残念だよ。悪いが……考え直すなら今だと思うがね。数日前……貴堂総帥の元に、霊戦技大武會運営事務局から通達があったのだ」
「通達?」
「まぁ何れ……君達にも連絡が行くだろうが、ここで言っておくとしよう。運営からの通達は1つ……同門からは2組までにして欲しいとの事だそうだ」
「それがどうかしたのですか?」
「わからないか? 貴堂家からは4組がエントリーしている。つまり……辞退してもらわねばならない組があるという事さ」
「そうですか。ですが、私にそんな権限はございませんので、どちらでも構いませんよ。貴堂部長が出ないと判断されるなら、それを尊重しますので」
幸太郎の言葉を聞くなり、朔耶が挑発的な笑い声を上げた。
「アハハハ……何を言ってるのです。これはつまり、同門で戦って決めるという事ですよ、三上幸太郎さん」
おお、同門勝ち抜きバトルとな。
これは面白いではないか。
「朔耶の言うとおりだ。今日あたり、沙耶香さんにも話が言ってる筈だろう。つまり……辞退してくれないなら、君達は我々の敵という事になる」
「そうなる……のですかね」
幸太郎は煮え切らない表情じゃのう。
清十郎は強い霊力を練り上げ、有無を言わさぬ、射抜くような視線を2人に投げた。
ほほう、これは幸太郎に迫るくらいの強い霊力じゃ。なかなかの使い手じゃな。
その迫力に、四津谷はゴクリと息を呑んでおるわ。
じゃが、幸太郎は平然としとるのう。
流石は理不尽な不幸に慣れた苦労人じゃな。ほほほ。
「悪いが……手加減はしない。言っておくが、こちらも相当な戦力を揃えているから覚悟するんだな」
「同門同士の戦い……ですか。なんでそんな事をするんですかね。同門同士、手を取り合って、大武會とやらに出れば良いのでは?」
「は? 何を言うのかと思えば……今回の件はそんな単純な話じゃない」
幸太郎が男の言葉に被せるように、ボソリと呟いた。
「後継争い……だからですか?」
「ほう……沙耶香さんから聞いてるようだな」
「ええ、まぁ大体の経緯は聞きました」
「ならば、理解できるだろう」
「私のような凡夫にはわからない……というのが正直なところですかね。まぁ立場が違うので、何とも言えませんが。名家なので、色々とあるでしょうし」
冷めとるのう。
内心、どうでもいいんじゃろうな。
清十郎と朔耶はそんな幸太郎を見て、キョトンとしておるわい。
「なるほど……君はそこまで我等の争いに興味がなさそうだね。まぁいい。話は以上だ。沙耶香さんに宜しく言っておいてくれ。何れ、相まみえる事になろうからな。では失礼するよ」
清十郎はサッと背を向けた。
「四津谷さんに三上さん……次は戦いの場でお会いしましょうか。では」
朔耶も優雅に翻す。
そして2人は車に乗り、この場を後にしたのであった。




