六十三の巻 総帥への報告
[六十三]
幸太郎と沙耶香は今、貴堂宗厳の別邸となっている屋敷にいた。
2人は前回の部屋に通され、耶摩蘇村の一件の報告をしているところじゃ。
と言っても、殆どの説明は幸太郎じゃがな。
ちなみにこれは、沙耶香の指示によるもの。
『貴方が宗厳翁から受けた依頼なんだから、貴方が報告しなさい』
と、幸太郎に進言したからである。
まぁたぶん、面倒じゃから幸太郎に押し付けたんじゃろうがの。ほほほほ。
さて、説明はそろそろ終わりかのう。
「……耶摩蘇村の件については以上になります。とりあえず、耶摩蘇村の忌まわしい伝承については、これで解決したとみて良いと思います。安倍宿禰という御仁が施した耶摩を消滅させる結界術は完成したと思われますので」
幸太郎は淡々と報告を終えた。
「ご苦労じゃった、三上君。これで一安心じゃ。儂もずっと気にしていたんだよ。伊澤さんもこれで、一族の宿命から解放された事だろう」
「ええ、本人もそう仰ってました。とはいえ、神事は今後も続けていくそうです。あの地から耶摩が消えても、爪痕はそう簡単に消えませんので」
「うむ、それはそうだろうな。1000年もの長きに渡り続いた悪縁だ。そう簡単に切り離せん。しかし、三上君……お主、やはり相当な手練れだのう。沙耶香も満足であろう」
狸爺は沙耶香を意味ありげに見た。
「え? ええ、それは勿論です」
沙耶香は恥ずかしそうに答え、幸太郎を上目遣いで見た。
ほほほ、こりゃアレじゃな。惚れたかもな。
大方、変若水の術を思い出しておるんじゃろう。
狸爺もほくそ笑んどるわ。
「おや……ほう、なるほどの。そうじゃろう、そうじゃろう。堂々としておるしな。儂が見込んだ通りの男だよ」
「いえ……私はそんな大層な者ではありません。疫病神に祟られて不幸になった、ただの大馬鹿者なので……」
幸太郎は渋い表情じゃな。
あんまり嬉しくなさそうじゃ。
まぁ今の状態も不幸絶賛継続中じゃからな。
なんといっても、強力な疫病神に憑りつかれておるからの。ほほほほ。
「謙遜せんでよい。それはそれだ。君が霊的に優秀な事には変わらん」
「それはともかく、日香里ちゃんの事ですが……総帥は幽玄の才に気付いておられたのですか?」
貴堂宗厳はニヤリと笑った。
「まぁそんなところだ。そして今回の件で、日香里は幽玄の才に目覚めたようだな。三上君のお陰だ……いや、あのお方のお陰かもしれんがな」
やけに幸太郎と共に行動させると思うたが、それが目的じゃったか。
「宗厳翁……日香里さんに幽玄の才があると、いつから気付いておられたんですか?」
沙耶香が問いかける。
貴堂宗厳はそれを聞き、この部屋の隣にある庭園に目を向けた。
そして目を細める。
「今は亡き、あの子の祖母……カヤがそうであった。そのカヤが、あの子には幽玄の才があると言っていたからな」
貴堂宗厳はそこで幸太郎を見た。
「幽玄の才は世の奥深くまでモノを見れる才。現世と幽世を見ることができるがゆえ、なかなか大変じゃがのう。カヤも大変だったからな。カヤは言っていたよ……幽玄の才は、強い霊的なモノに遭遇すると目覚める可能性が高いともな……」
日香里はこ奴の孫。
つまり、カヤというこの狸爺の妾がそうじゃったようじゃ。
なるほどの。今の世で言う、遺伝というやつなのかもの。
「日香里ちゃんの祖母がそうだったのですか……。つまり、総帥は疫病神の近くにいれば、その才能が開花すると見ていたのですね。しかし……見えるという事は必ずしも良いことではないように思いますが?」
「三上君の言う通り……普通ならば、知らん方が良いだろうな。ただ……この間、弥生の葬儀の際、日香里に会って考えが変わった。儂は訊いたんじゃよ。『八王島で霊的な体験をして怖い思いをしたと聞いた。霊は怖いか?』とな」
「何と言っていたんですか?」
「日香里は笑っておったわ。あまり怖くはないとの。ついでに、道師にも興味があると言っておった。それならばと思い、三上君の近くに置いたのだよ。あの方もおられるから、才が目覚めるかも知れぬと思ってな。そしたら、その通りになったわい」
狸爺は愉快そうに笑った。
だが沙耶香は不満そうにしておるな。
明らかに「余計な事すんじゃねぇよ』とでも言いたげじゃ。
ほほほほ、面白いのう。
「そういう事情があったのですか。私もわからなかったのです。宗厳翁がどういうつもりで、三上君と組ませてたのかが……。できれば言ってほしかったのですけどね」
やや強い口調で、沙耶香は言った。
そんな沙耶香を見て、狸爺はニヤニヤしておるわ。
「ふぉふぉふぉ、そんなに怒るでない、沙耶香。あの子の力は今後、沙耶香も必要とする時が来るわい。まぁそうは言うても、三上君の事が気になるんじゃろうがな」
「そ、そういう事を言ってるのではなくてですね……」
沙耶香は恥ずかしそうに幸太郎をチラッと見た。
幸太郎も意味がわかったのか、苦笑いしとるわい。
ほほほほ、ウケる。
「まぁとりあえず、日香里についてはそれが理由じゃな。さて……この話はこの辺にしておこうか。ところで三上君……あのお方は今、呼び出せるかな?」
ほう、我に用があるようじゃ。
ならば姿を現すとしよう。
「何か用か、貴堂宗厳」
「おお、お久しぶりですな。お元気そうでよかった」
こ奴はホンマに狸爺じゃのう。
「他人行儀じゃな。言いたい事があるのなら、申せばよかろう」
「ではお言葉に甘えまして……卑弥呼様にお訊ねしたいことがありましてな」
「ほう、で、なんじゃ?」
「その前に、まずお話せねばならぬ事がございます。実はですな……我々、貴堂家は本来の姓ではないのですよ」
狸爺はニコニコしとるが、沙耶香は今の話を聞き、眉がピクリと動いた。
幸太郎も目が鋭くなっておるわ。
ふむ、面白い話をするようじゃ。
「よくわからぬが、事情があるようじゃな」
「ええ……そうでございます。我等は、戸籍上は貴堂と名乗っておりますが、本来は鬼の道と書いて鬼道というのが正しい読みの一族なのです」
鬼道のう。
なるほどそういう事か。
我が使っていた陰の呪術をそう呼ぶ者達がいたな。
「鬼道……懐かしい響きじゃ。で、それがどうかしたかえ?」
貴堂宗厳は表情を変えず、ニコニコと頷いた。
「おお、懐かしいと……それは良い事を聞きました。我等は元は、世の影に生きた鬼の道の一族……つまり、卑弥呼様の末裔なのかもしれません」
「末裔のう……で、何を聞きたいのじゃ?」
「卑弥呼様はタケトリモノガタリをご存知ですかな?」
「タケトリモノガタリ……知らんな。竹泥棒の話か?」
すると3人は表情が固まっていた。
シーンとしておるわ。
ほほほ、どうやら、いらん事を言うたようじゃ。
「ま、まぁ……知らぬのなら、仕方がありませんな。では話を変えましょう。実は、我ら鬼道の一族は、その昔、天武天皇の治世に、ある姓を賜る事になっていたそうです。その姓とは……道師と呼ばれるモノです」
なるほど、そういう事か。
幸太郎の読みは当たっておったわけじゃな。
「それが鬼道家の呪術集団、道師の者になったということかの?」
「ええ、我等は祖先より、そう伝え聞いております。そこでですな……今ほど話したタケトリモノガタリですが、竹を取る翁の物語と書いて竹取物語と読みます。今の世では誰もが知る、有名な御伽噺なのですよ」
「ほう……有名な御伽噺とな。で、それがどうしたんじゃ?」
「実はこの御伽噺……我等の先祖が作り給うた物語と云われておるのです。勿論、これは内密に願います」
何を言いたいんじゃ、この狸爺は。
サッパリわからんわ。
「ようわからんが、何が言いたいんじゃ?」
「つまり、この御伽噺には……ある秘密が隠されておるのです」
するとそこで、幸太郎が口を開いた。
「総帥……それは非常に面白い話ですね。ですが、そんな話を我々にして大丈夫なのですか? 貴堂家の機密事項のように聞こえますが……」
「お、三上君……流石に気づいたか」
「竹取物語は作者不明の平安時代初期の御伽噺ですが……舞台は奈良時代。そして……それに出てくる帝は天武天皇という話もありますからね。つまり……これは何らかの意図があると?」
「三上君は察するのが早いの。まぁ有り体に言うとそういう事じゃ。だが……これから話す事はここだけの話で頼みたい。これは……三上君と卑弥呼様を見込んで話すのだからの」
狸じゃのう。
回りくどい言い方しおってからに。
まぁよかろう。面白そうじゃから、話に付きおうてやるとしよう。
「ほうほう、そういう事か。ならはっきりと申してみよ」――
*
耶摩蘇村での出来事があった数日後の話じゃ。
今日は会社が休みであり、幸太郎と沙耶香に日香里と優愛は、ゆっくりとマンションで朝を迎えていた。
幸太郎達も耶摩蘇村の一件では、色々と厄介な事後処理続きで大変であったが、最終的には貴堂宗厳が方々に根回しをして、なんとか事なきを得たようじゃ。
とはいえ、死人も出ている上に、黛愛理沙という国会議員秘書をめぐる対応が厄介だったらしいがの。
じゃが、それに関してはもう、幸太郎達の預かり知らぬところでの話になっておる為、どうする事もできぬようじゃ。
強いて言うなら、幸太郎が触ってしまった黛愛理沙の拳銃じゃが、それも貴堂宗厳によって話がつけられておるとの事であった。
幸太郎曰く、もう貴堂家に任すしかないそうである。
まぁそんなわけで色々とあったわけじゃが、ようやくこのマンションに、いつもの日常に戻った感じじゃな。
で、4人は今、リビングで朝の一時をゆっくりと過ごしておるところじゃわい。
「三上さん……今日はどこかに出かける予定はないのですか?」
日香里はそう言って、コーヒーとやらが入ったカップを口に運んだ。
幸太郎は首を横に振る。
「今日はここでゆっくりしたいかな。最近、色々とあって俺も疲れたからね」
「確かにそうですよね。でも……」
日香里はそう言って我を見た。
「もう1人の方にお礼も言いたいんですよね。この間の件で」
あれから話はしておらんからのう。
まぁ我は別に話したくもないがな。
「はい、そこまで、北条さん。あ、そうだ。北条さんはどこかに出かけて来てもいいわよ。今は用事もないし」
沙耶香はそう言うと、済まし顔でコーヒーを飲んだ。
「そうですか。でも…三上さんと出かけないと意味ないですもんね」
「へぇ、そうなの……」
穏やかなやり取りじゃが、2人の間に火花が見えるわ。
ほほほ、ピリピリしとるのう。
ウケる。
「あの……三上さん、学校にはもう来られないのですか?」
沙耶香と日香里が火花を散らす中、優愛が幸太郎に訊ねた。
「それは……沙耶香さんに訊いて」
幸太郎はそこで沙耶香に話を振った。
優愛は沙耶香に視線を向ける。
「沙耶香さん、三上さんは来ないんですか?」
「残念だけど……彼はウチの優秀なエージェントだからね。大叔父様には悪いけど……断るつもりよ」
「ええ……ダメなんですか」
優愛は肩を落とした。
日香里は嬉しそうじゃわい。
「三上さんは貴堂不動産の社員だからね」
「悪いね、優愛ちゃん。俺は沙耶香さんの部下だから、指示がないと動けないんだよ」
「そうなんですね……残念ですぅ」
「ごめんね。あ……」
すると、幸太郎は何か思い出したのか、そこで沙耶香に視線を向けた。
「そういえば、沙耶香さん……総帥がこの間、このマンションに何かが届くとか言ってたんですけど、何か聞いてます?」
「何も聞いてないわよ。高齢の宗厳翁の事だから、耄碌して忘れてるんじゃないの」
「言いますねぇ……沙耶香さん」
幸太郎も苦笑いじゃな。
「このくらい、全然いいのよ。私達も苦労してるんだから。ったく……」
沙耶香は日香里の事が尾を引いとるのう。ほほほ。
「それに……ん?」
と、沙耶香が言いかけた時じゃった。
この部屋の呼び鈴がなったのである。
「誰かしら?」
沙耶香はそこで、壁にあるルームモニターへと向かった。
するとそこには、この部屋の玄関前で佇む千尋と千里の姿があったのじゃ。
沙耶香はモニターの通話ボタンを押した。
「え、千尋さん……おはようございます。今日はどうしたのですか?」
「おはようございます、沙耶香さん。今日は引っ越しのご挨拶で参りましたの」
「え? 引っ越し……どこに引っ越しされるのですか?」
「それが、この隣に引っ越しする事になりましたの。ですから、そのご挨拶です」
幸太郎と日香里と優愛は目を大きくしながら、顔を見合わせる。
そして、沙耶香の驚く声が響いたのじゃった。
「え……隣……エエエッ!?」と。
ほほほ、この隣に千尋達が引っ越して来るようじゃ。
これは面白い事になりそうじゃわ。




