六十二の巻 千年の術
[六十二]
妖魔の腕から放たれた4匹の黒い龍は奴の真上を舞い、それぞれがバラバラに散らばりながら、幸太郎目掛けて襲い掛かってきた。
「クククッ、四方八方から攻撃してやる! 如何なその鏡とて、別々の方向から同時に攻められたら防ぎきれまい!」
ほう、考えたのう。
幸太郎は銃をベルトの間に差し、2人をチラッと見た。
「沙耶香さんに日香里ちゃんはここにいて、鏡を使って身を守っていて下さい」
「は、はい、三上さん」
「三上君、一体何をするつもり?」
「妖魔退治です! では!」
幸太郎はそれだけを告げ、一気に妖魔へと駆けた。
妖魔はその動きに呼応するように、腕を動かし、黒い龍の進路を変える。
「出てきたな! 馬鹿め! 耶摩の餌食にしてやる!」
幸太郎はそんな言葉に戸惑う様子もなく、七星剣を手に、奴へと間合いを詰めていった。
進路を変えた4匹の黒い龍は、そんな幸太郎に向かって、物凄い速さで追従する。
幸太郎は脇目もふらずに、妖魔へとそのまま迫った。
すると妖魔は、なぜか苦々しく顔を顰めたのじゃ。
恐らく、幸太郎の接近に対し、黒い龍が間に合わないからじゃろう。
これが意味するところは1つ。幸太郎の予想通り、その場から理由があって妖魔は動けぬようじゃ。
さぁて、どうする? 荼伽とかいう妖魔よ。
幸太郎は間合いに入ったところで、七星剣を上段に構える。
それから、勢いそのままに剣を袈裟に振るった。
じゃが次の瞬間、妖魔は悔しそうに歯噛みしながら、翼を広げ、宙に逃げたのじゃった。
「チッ!」
その時である。
なんと、妖魔が離れるや否や、奴の手から伸びる黒い龍は、跡形もなく、フッと消え去ったのじゃ。
ほほう、そういう事じゃったか。
ようやくわかったぞよ。
こ奴等がなぜ、この場に居続けたのかをの。
宙に逃げた妖魔は、少し離れた場所に降り立った。
その表情は、苦虫を噛み潰したように、悔しそうじゃわい。
「クッ……おのれ、貴様、全部わかっていたのか!」
「ああ、察しはついてたよ。俺はこう見えて霊力の流れには敏感でね。その場から離れたら、この力は使えないと踏んでいた。どうやら、ビンゴだったようだな」
黛愛理沙は険しい表情で下唇を噛み、幸太郎を見ている。
悪巧みの思惑が外れたようじゃな。ほほほほ。
幸太郎は話を続けた。
「黛さん……奴の身体に耶摩の力を宿したのは、アンタだな。その勾玉の首飾りで操ってたのかい?」
「クッ、まさか、バレてたなんて……いや、最初から知ってたのね」
「いや、なんとなく、そんな気がしただけだよ。まぁそれはともかく、耶摩の力はアンタ達程度に操れる力じゃないんだよ。安倍宿禰とかいう優秀な術者ですら、手を焼いたモノだからな。さて……」
幸太郎はそう言って、眼前にある壊れた祠の土台をチラッと見た。
するとそこには、五芒星の結界があり、その中心には細長い穴があったのじゃ。
そして、その穴からは、禍々しい死の気配が噴き出していたのである。
間違いなく、ここが耶摩とやらの源のようじゃ。
完全に力を防ぎきれておらぬところを見ると、安倍宿禰とやらは、これ以上どうにもならなんだのじゃろう。
じゃが、この穴の形が問題じゃな。
さてはこの穴……まぁええわ。
今ので、幸太郎も恐らく、気付いたじゃろうからな。
その幸太郎はというと、今は霊力を練り上げ、七星剣を妖魔に向けているところじゃ。
「じゃあ、次はこっちの番だ」
「来るなら来い、荼伽の力を見せてやるわッ!」
妖魔は吠えていた。
「よし、見せてもらおう。だがその前に……そりゃ!」
すると幸太郎は、徐に、五芒星の中心にある穴に、剣を刺し込んだのじゃった。
一目見て気付いたようじゃな。わかりやすい形じゃからのう。
この剣は恐らく、結界術の最後の鍵なんじゃろう。
幸太郎は続いて、剣の咒・韴霊を行使する。
と、次の瞬間、五芒星の結界は光り輝き、この空洞内に呻き声のようなモノが反響したのじゃ。
そして次第に、周囲に漂っていた死の気配が、霧散するかのように消えていったのである。
なるほどのう。そういう事じゃったか。
つまりこれは、千年以上前に施された結界術が、今ようやく完成したという事なんじゃろう。
「な!? どういう事だ、これは……耶摩のアヴァターラの気配が消えたぞ。グッ……貴様! 一体何をした!」
妖魔が忌々しそうに声を上げた。
「残念だったな……耶摩はたった今、消滅したよ。俺が千年の時を経て、最後のパズルのピースを嵌めたんだからな」
「なんだと!? まさかそんな事……」
妖魔は慌てて、黛愛理沙に目を向ける。
すると黛愛理沙は、悔しそうに歯噛みしていたのである。
この表情で十分じゃわ。
「まさか……耶摩の化身を完全に消滅させる手段を持っていたなんて……」
「なんだってぇ!? あ、あんな事で……耶摩のアヴァターラが消滅したというのかッ!」
妖魔は目をひんむいて驚いていた。
幸太郎は不敵に笑う。
「そう……黛さんの言う通りだよ。この不浄を祓う結界はな、9割方は出来上がっていたんだ。だが、あと一押し足りなかった……だから、その最後の部分を俺が埋めたんだよ」
「グググッ……なんて事だ……オノレェ!」
妖魔は手をワナワナと握り締め、悔しそうに醜く顔を歪ませた。
幸太郎はそこで、黛愛理沙と妖魔に向き直る。
「さて……後はアンタ等の始末だな。やっつけてやるよ。面倒な事に、俺を巻き込みやがって!」
幸太郎はそう言うや否や、すぐさま印を組み、咒を唱えた。
組んだ印から蒼き焔の龍が出現する。
そして、幸太郎は龍を解き放ったのじゃ。
その刹那、蒼き焔の龍は妖魔に直撃する。
妖魔は4本の腕を交差させて受けたが、苦悶の表情を浮かべていた。
「グアァァ! クッ……この炎は……まさか、貴様は……」
炎は妖魔を包み込むように燃え広がる。
「グッ……愛理沙! 手を貸せ!」
「わかったわ」
黛愛理沙は急いで立ち上がり、勾玉の輪を幸太郎に向ける。
そして、何らかの咒を唱え始めた。
じゃが、そこで声が上がった。
「させないわ!」
なんと沙耶香が、こちらに来ていたのである。
恐らく、耶摩の気配が消えたから来たんじゃろう。
それはさておき、沙耶香の手には赤い縄のようなモノが握られていた。
沙耶香は咒を唱えながら、それを黛愛理沙の頭上に素早く投げた。
すると不思議な事に、それは弧を描くように輪になり、黛愛理沙を囲うように地面に落ちたのじゃ。
そして、落ちた赤い縄は仄かに発光し、なにやら嫌な気配を漂わせ始めたのである。
黛愛理沙は苦しそうな表情で動きを止めた。
「こ、これは……不動金縛り……しまった……グッ……」
ほう、なるほどの。
金縛りに遭わせる結界術のようじゃ。
やるではないか、沙耶香。流石は結界専門の呪術者じゃな。
横やりを封じてくれたので、幸太郎も安心した事じゃろう。
ちなみに日香里は、恐る恐る鏡を構えながら、今しがた2人の近くに来たところじゃ。
よう来たわ。なかなか肝が据わっておるのう。
まぁそれはさておき、程なくして、妖魔を包む焔は消えてゆく。
するとそこには、亀のように身体を丸め、焔に耐えた妖魔の姿があったのである。
「へぇ……やるねぇ。まだ少し余裕がありそうだな、アンタ」
幸太郎はそう言って目を細めた。
妖魔は苦しそうに、幸太郎を睨む。
「ググッ……ハァハァ……この炎の術……アズマを手酷く追い詰めたのはお前だな。その昔……アイツは人間の術者に、手酷くやられたと言っていた。そして、そいつは、青い炎の龍の術を使うともな。クッ……お前だったか」
恐らく、数年前に、幸太郎が追い詰めた妖魔の事じゃろう。
我も覚えておるわ。
「アズマ? 知らないね。まぁでも……アンタ達みたいなのと戦うのは、初めてではないのは事実だ。さて……では、止めを刺させてもらうよ」
妖魔は沙耶香をチラッと見た後、ニヤリと笑った。
「クククッ……もう勝った気でいるとはな。お前に1つ良い事を教えてやろう。拳銃というモノはな、弾倉を抜いても、装填されている弾がまだ残っているのだよ」
「装填されている弾? って、まさか!」
幸太郎は目を見開いた。
と、次の瞬間、妖魔は沙耶香に向かい、手を突き出したのじゃ。
「死ね!」
妖魔の手から、沙耶香に向かって黒い何かが放たれた。
「え?」
ソレは沙耶香の中に吸い込まれるように入ってゆく。
するとその直後、沙耶香は意識を失ったかのように、突如、崩れ落ちたのである。
幸太郎は慌てて沙耶香を手で抱き止めた。
妖魔の声が響き渡る。
「グッ……このダーカのロウガが、引かねばならぬとはな。貴様の名は憶えたからな!」
そして妖魔は入口へと駆け、この場から去って行ったのである。
なんか知らんが、優愛の時と同じような展開じゃな。
幸太郎も詰めが甘いのう。また逃がしてしもうたじゃないか。
とはいえ、それもこれも、陰の気を溜め込み過ぎたからかものう。因果な体質じゃわい。
ま、それはともかく、今は沙耶香じゃな。
これは不味いのう……中に入った耶摩によって、魂が身体から抜かれようとしておるわい。
「沙耶香さん! 沙耶香さん!」
「ぶ、部長!」
日香里は勿論じゃが、幸太郎も流石に慌てておるな。
こんなのは初めてじゃから、無理もないの。
じゃが、こうなってしまっては、死ぬのはもう時間の問題じゃな。
とはいえ……あの方術ならなんとなるかもしれぬ。
よし、進言しようぞ。
「幸太郎よ、変若水の方術を使うがよい」
「しゃ、喋った! 幽霊が喋ってる!」
日香里はギョッとしていた。
今は沙耶香を助けるのが先じゃから、もう四の五の言うとれんわい。
「変若水だって……アレをする術だろ? というか、アレでどうにかできるのかよ」
「さぁのう。じゃがお主しか沙耶香を連れ戻せぬぞ。じゃから、はよやれ。すぐやれ。ブチュウとな!」
「ああ、もう!」
幸太郎は観念したのか、目を閉じて溜息を吐くと、7つの道に気を回し、沙耶香へと顔を寄せた。
そして、意を決した表情で、沙耶香に濃厚なキスをお見舞いしたのである。
「ちょっ、ちよっと三上さん、何をするんですか! もしかして心臓マッサージですか?」
日香里は幸太郎の突然の行動に驚いていた。
ま、無理もないの。
「日香里は黙っとれ! これは今せねばならんのじゃ!」
「ま、また喋った! アナタ、さっきから何なんですか! というか、何で私の名前を知ってるんですか!」
日香里は我を指さしてきた。
こりゃ、無視じゃな。
「知らん」
「知らんって……」
それはさておき、そうこうしている内に効果が表れてきたのう。
この変若水の方術は、死に掛けている者と口で繋がる事で、一気に活力を与える術なのじゃ。
要は、術者の霊力が籠った唾液が、変若水となる術なのじゃよ。
舌を絡ませて、ねっとりじっくりのディープキスというやつじゃが、これが凄い効果があるのじゃ。
ほれ、もう沙耶香の目が開いておるわ。
沙耶香も今の状況に気付いたようじゃな。頬を赤らめておる。
じゃが、まんざらでもないのか、また目を閉じて身を任せておるわい。
しかも、幸太郎の背中に手を回しておるわ。ノリノリじゃな。ほほほほ。
とはいえ、日香里は事態についていけないのか、ポカンとしとるがの。
どうなることやらじゃ。
それから程なくして、幸太郎は変若水の術を解いた。
沙耶香もそこで目を開ける。
「よ、よかった。なんとか死の淵から、沙耶香さんを呼び戻せたようです……」
「う、うん……ありがとう、三上君」
幸太郎と沙耶香は恥ずかしそうに、お互いを見つめ合っていた。
片や、日香里はその様子を見て、なにやら悔しそうにしているところじゃ。
するとその時であった。
「わ、私も……息が苦しい……さっきの化け物にやられたかも……三上さん、助けて……」
なんと日香里は藻掻くようにして、苦しそうに地面に伏せたのである。
こりゃ、アレじゃな。
ただでは引き下がらんという意思の表れじゃろう。
「え? ひ、日香里ちゃんもかい? さっきの攻撃は当たって無くない? 鏡もあるし……」
どれ、我が助け船を出してやろう。
後々の事もあるからのう。
恩を売っておくわ。
「幸太郎よ、日香里にも変若水の術をしてやるがよい」
「え? なんで?」
「そりゃあ、アレじゃよ。念の為じゃ。じゃから、はよやれ! さっさとせぬと後が大変じゃぞ!」
「ああ、もう、わかったよ」
そして幸太郎は、我に言われるがまま、日香里にも濃厚なディープキスをお見舞いしてやったのである。
ほほほほ、沙耶香の額に青筋が立っておるわ。
「ちょっと三上君! なんで北条さんまでそれするの! 多分、大丈夫な筈よ!」
一応、ルームメイトじゃし、弁明しとこうかの。
我は沙耶香にも見えるよう姿を現した。
「沙耶香よ、これは念の為じゃよ。我の指示じゃ」
「え? そ、そうですか。なら……仕方ないですね。それなら……不本意ではありますが……」
沙耶香は我の言葉に観念してくれたようじゃ。
ほほほほ、面白いのう。この恋模様は、なかなかウケるわ。これからも楽しませてもらおうかの。
さて、今回の一件は死者が出た為、少々面倒な事件ではあったが、そこまでの大事には至らなかったのが幸いじゃった。
とはいえ、事後処理がある為、そこは大変じゃろうがな。
金縛りに遭っている黛愛理沙の件もあるからのう。
まぁそれ以外にも、幸太郎には色々と災難が待っていそうじゃから、我は楽しみじゃよ。
さて……次は何があるんかいな。




