六十の巻 化身
[六十]
貴堂宗厳とも連絡を取り合って、細かい打ち合わせをした後、幸太郎は洞穴へと向かった。
但し、1人ではない。同行者が2人いる。
それは沙耶香と日香里であった。
最初、幸太郎は難色を示したが、沙耶香には上司として同行させてもらうと言われ、貴堂宗厳もそれを了承した為、一緒に向かう事になったのである。
まぁそんなわけで、沙耶香は同行するのじゃが、なぜ日香里まで同行する事になったのかというと、これも貴堂宗厳からの指示だったからじゃ。
幸太郎が貴堂宗厳に、日香里が黒い影が見える事を伝えたからこうなったのじゃが、まぁなんにせよ、色々と疑問が残る人選であった。
そして、あの鏡は今、黒い影が見える事もあり、日香里に持たせているのである。
要は呪いの解除役を任せたわけじゃが、幸太郎は気付いておるじゃろうの。
なぜ、宗厳のジジイが、日香里をこの場に同行させたのかを。
恐らく、日香里はあの世とこの世を見れる幽玄の才を持っておるのかもしれぬ。
宗厳はそれを知っておった可能性が高い。
さて、どういう事なんじゃろうのう。
日香里の才を既に見抜いていたという事に他ならぬからの。
次に会う時は、詳細を教えてくれるじゃろう。
ちなみに、他の者達はあの結界で待機しているところじゃ。
沙耶香の話じゃと、指宿や須藤が予備のSPSを持って、暫くするとあの場に到着するとの事であった。
それが届き次第、ここへの道を霊的結界で封鎖してほしいと、沙耶香は千尋にお願いしたのである。
千尋や千里も一緒に行きたそうじゃったが、渋々それを承諾しておったわ。
恐らく、貴堂宗厳が関わる案件故に、少し引いたのじゃろう。
とはいえ、後が色々と大変そうじゃわい。ほほほほ。
まぁそれはさておき、幸太郎達は今、洞穴の前に着いたところじゃ。
辺りの様子は、先程と何も変わりないようじゃな。
相変わらず、嫌な気配が漂っておるわい。早くケリを付けぬと不味いかもの。
しかし、日香里はさっきから、やけに我の方をチラチラ見てくるのう。
もしかして、我が見えておるんかいな。
幽玄の才が本当にあるならば、見えておるかもしれぬな。
ふむ、これは厄介じゃぞ。
「三上君……来たわよ。どうするの?」
「俺が先頭を進みます。沙耶香さんは日香里ちゃんと自身の身を呪術で護りながら付いてきて下さい。俺もできるだけ、2人を御守りしますから」
「わかったわ。頼もしいわね、三上君。でも、無理は禁物よ」
「勿論です」
幸太郎はそこで日香里に視線を向けた。
「それと日香里ちゃんは、黒い影が来たら、その鏡で祓ってほしい。いいかい? というか大丈夫? 宗厳翁はああ言ってたけど、無理はしなくてもいいよ。なんだったら、今からでも結界に戻るかい?」
「だ、大丈夫です。私、頑張ります!」
日香里は緊張した面持ちで頷くと、鏡を胸の前にぎこちなく構えた。
沙耶香はそうでもないが、日香里は緊張した面持ちでゴクリと生唾を飲み込んでおるわい。
ちょいと心配な挙動じゃな。
本当は怖いんじゃろう。
幸太郎も不安そうに見ておるわ。
まぁその内に慣れるじゃろうがな。
「そうか。でも、無理はしないでね。とりあえず、何かあったらすぐに知らせて。俺も対応を考えるから」
「はい、わかりました」
幸太郎は沙耶香に目配せをした。
「では行きましょうか」
沙耶香は頷く。
「ええ」
「あ、あのぉ……」
するとそこで、日香里がおずおずと手を挙げたのじゃった。
日香里は首を傾げながら我を見ていた。
こりゃ完全に見えておるな。
「何、北条さん? やっぱり帰りたくなった?」
「違います、部長。その前に、報告があるんです」
「報告? 何かしら?」
「三上さんの隣に……若い女の人の霊が見えるんです。これは大丈夫なんですかね? 姿を見た感じだと、古墳時代の女性の霊と思われるんですけど」
その直後、幸太郎と沙耶香の表情はピシッと固まった。
暫し沈黙の間が訪れる。
程なくして、幸太郎は不自然な作り笑いをした。
「と、突然、何を言うんだい、日香里ちゃん。そんなのいないよ。おかしな事を言うなぁ」
「そ、そうよ、北条さん。そんなのいるわけないわ。いきなり、何を言うのよ」
沙耶香も少し動揺しているの。
無理もないわい。
どうやら、死の気配と交わった事により、幽玄の才が完全に花開いたようじゃ。
厄介な女子じゃわ。
「う、嘘じゃないです。私、見えるんですよ。どことなく卑弥呼っぽい感じの姿をした女性の霊です。これ……大丈夫なんですか。なんか、微妙に怖い気配がするんですけど……」
「気のせいだよ。さ、そんな事より、問題は洞穴だよ。行くよ」
なんでもないように、幸太郎はサラッと流した。
とはいえ、幸太郎も珍しく動揺しとるのう。ウケる。
「三上君の言う通りよ。気のせいだわ。行くわよ、北条さん」
幸太郎と沙耶香は、そそくさと洞穴へ身体を向けた。
「えぇ、本当に見えるのに……それに2人共、何か変ですよ。いつもの三上さんと部長らしくないです」
日香里は納得いかんようじゃな。
後が大変じゃわ。
「北条さん、今はこっちに集中しなさい。これは上司命令です」
「確かにそうですね……わかりました。後にします」
沙耶香は強引に流れを変えたの。
奥の手の強権発動じゃな。
しかし、幽玄の才か。思わぬ伏兵が現れたのう。
吉と出るか、凶と出るかはわからぬがな。
ほほほほ、こりゃまた面白い展開じゃわ。
*
幸太郎達3人は作業員達の亡骸を横目に、洞穴へと足を踏み入れた。
中は真っ暗闇な為、幸太郎達は懐中電灯を使い、慎重に中を進んでゆく。
何やら臭うのか、3人は嫌そうな表情になり、袖やハンカチで鼻を覆っていた。
生きておる者達は大変じゃのう。
まぁそれはさておき、洞穴の幅は人が同時に2人通れる程度で、上もそこそこ高い。
幸太郎のような上背の者でも、問題ないくらいじゃ。
なので、そこまで狭い洞穴ではない。といっても、広くもないがの。
また、洞穴の壁面は、人為的に削り取られたような岩肌となっていた。
湿度が高いのか、瑞々しい灰の色をしておる。
恐らく遥か昔は、金や銅を採掘する鉱山だったのじゃろう。
「嫌な気配も最悪だけど……それにしても、カビ臭い洞窟ね。長い間、ずっと閉ざされてたんだわ」
沙耶香は鼻をハンカチで覆いながら、小さくそう言った。
「でしょうね。もしかすると、千年ぶりかもしれませんし。ですがそれよりも、この死の気配の方が問題ですよ。一般人がこの気配に触れたら、すぐにあの世行きです。この鏡がなければ、我々もどうなっているかわかりませんしね」
幸太郎はそう言って、日香里が持っている鏡をチラッと見た。
鏡はそんな話をしている間も、眩い閃光を発しておるわ。
日香里は緊張した面持ちで、その言葉に頷いた。
「そうなんですよ。さっきからカメラのフラッシュのように、鏡が光りまくってるんです。これがなかったらと思うと、ゾッとしますよ。入口の作業員さん達みたいになっちゃうんですから」
あの黒い影はすぐ、3人に纏わりついて来るからのう。
そして、その度に、日香里が持っている鏡が、眩く発光するのじゃった。
コレがないと確かに、洞穴の奥へは行けぬかもしれぬのう。
恐ろしい状況じゃわい。
それにしても、一体何なんじゃろうな、この鏡は。
じゃが、嘗てこのような鏡をどこかで見た記憶があるのじゃよ。
まふつの鏡……じょうはりの鏡……ええい、なんじゃったか忘れたが、そんなような名前じゃった気がする。確証はないがな。
とはいえ、この気配は洞穴の奥から発せられておるのは、まず間違いあるまい。
さて、何が出てくるんじゃろうのう。楽しみじゃわ。
そんな洞穴の中を暫し進んで行くと、明かりが灯された空間が見えてきた。
明かりは人工的なモノのようじゃ。
程なくして幸太郎達は、そこへと辿り着く。
するとそこは、自然に出来たと思われる大きな空洞だったのである。
広いのう。家が建ちそうなほどじゃ。
空洞の奥には、地面に置かれた投光器と呼ばれる照明器具が置かれていた。
そして、その更に奥には、破壊された祠があり、そこに黒い気配を纏わせる若い男が1人佇んでいたのである。
「三上君……奥に誰かいるわ。気を付けて」
「ええ、部長」
「み、三上さん、女の人が倒れてます」
日香里はそう言って、男から少し離れた場所を指さした。
するとそこには、若い女が倒れていたのじゃ。
女は目を閉じ、グッタリとしているが、呼吸はしていた。
身体がわずかに上下しておるわい。
ちなみに、前方にいる男と女はスーツ姿であった。
しかし、女の方は見た事があるのう。
黛愛理沙。確か、そんな名前じゃった気がする。
男の方は初めて見るの。プロレスラーのようなガタイをした長身の大男じゃ。
背も幸太郎より少し高い。190cmはあるじゃろう。
やや長めの黒髪を整髪料で後ろに流し、鋭い眼力でこちらを見ている。
また、幸太郎のようにクールビズという格好をしていた。
一体、何者なんじゃろうのう。
大男は仁王立ちで腕を組み、幸太郎達を見据えている。
さてさて、どうなるんかいな。
「待っていたぞ、貴堂家の道師よ。まずは貴様等を血祭りにあげてやろう」
「はぁ? 待っていた? 誰だよ、アンタ」
幸太郎はそう言って怪訝に眉を寄せた。
本当に知らんからのう。
「俺はこの地に封じられた死神、耶摩のアヴァターラを宿した者……残念だったな。封印は解かせてもらったぞ」
「耶摩のアヴァターラ? なるほどね……つまり、お前は封じられていた死神の化身を手に入れたという事か」
ふむ、アヴァターラとは化身という意味のようじゃな。
しかし、死神の化身のう。
なんじゃそりゃ、じゃな。
「そういう事だ。この力は強力だ。ふふふふ、見ろ、死神である耶摩の力を」
大男はそう言って手を真上に掲げた。
すると次の瞬間、奴の手から黒い龍のような何かが現れ、蜷局を撒くかのように、男の身を包み込んだのじゃった。
こりゃ、凄いのう。
今までの黒い気配とは段違いの強さじゃわい。
これに触れた者はたちまち、魂を抜かれてしまうじゃろうな。
確かに死神じゃわ。おー怖。
「三上君、コレって……大丈夫なの……今までの気配と全然違うわよ。何よ……この気配……」
流石の沙耶香も息を飲んでいた。
ちょっとビビっておるな。
「やだ……こんな事って……」
日香里もその力のヤバさがわかるのか、身体を震わせ、肩を窄めておるわ。
じゃが、幸太郎は眉一つ動かしておらぬのう。
この力を見ても怯まんようじゃな。
流石は不幸の体現者じゃわい。
奴が死神の化身を宿しておるなら、幸太郎は疫病神の化身を宿しておるようなもんじゃからな。ほほほほ。って笑っとる場合じゃないな。
「確かに、ヤバい死神の力を手に入れたもんだ。しかし、何者か知らんが、わざわざ一般人を誑かして封印を解くなんて……必死な事するねぇ。自分で封印を解けないところを見ると……さてはアンタ、人外か?」
その言葉を聞き、大男は目を細めた。
「お前……なんかイラつくな。無理して余裕をぶっこきやがって。まずはお前からぶっ殺してやろうか? あ?」
大男はそう言って、右腕を動かした。
するとその直後、黒い龍は壁へと向かい、物凄い勢いで突進したのじゃ。
黒い龍は壁面の一部を深く抉りながら、破壊していった。ガラガラと音を立てて、破片が地面に降り注ぐ。
ほうほう、魂を抜くだけじゃなく、破壊活動もできるようじゃな。
こりゃ手強いぞよ。
じゃが、幸太郎はそれを見て、鼻で笑っていた。
「フン、脅しか? やるんならやれよ。それと……そこで寝たフリしてるアンタもだよ。いい加減起きたらどうなんだい? 黛愛理沙さんだっけ? もうバレてんだよ」
程なくして、黛愛理沙はムクリと起き上がってきた。
騙せるとでも思うていたんかのう。
いつぞやの巫蠱師と、同じような手口を使いおってからに。
「え!? 三上さん、どういう事ですか?」
幸太郎の言葉に、日香里は驚いていた。
気付いてないようじゃな。
流石に沙耶香は気づいておるがの。
「北条さん、これだけ死の気配が強いのに、何の手立てもなく、生きていられるわけないからよ」
日香里はポンと手を打った。
「あ、そういう事か。え? という事は……黛さんて犯人なんですか!?」
ちょい天然なところがあるのう、日香里は。
気の抜ける女子じゃわい。
「そうだよ、日香里ちゃん。それはともかく、やはり……犯人は貴方でしたか。自保党幹事長の公設第二秘書・黛愛理沙さんでしたっけ? 初めて会った時からずっと、妙だと思っていたんですよ。役人が来るならともかく、国会議員の秘書が来るような場所ではないんでね」
と、幸太郎。
黛愛理沙は不敵に微笑んだ。
「もう少し時間を稼げるかと思っていたんですが、案外早くバレてしまったようですね。流石は貴堂家の道師といったところでしょうか。しかも、貴堂宗厳の曾孫である貴堂沙耶香まで連れてくるとは思いませんでした。まぁある意味、好都合ですがね」
沙耶香の眉がピクッと動いた。
イラっとしたんじゃろう。
「初対面ですが、私の事をよく御存知のようですね。それにしても余裕ですね。もしかして……その力があれば、我々など敵ではないとでもお考えですか?」
沙耶香も負けじと言い返した。
黛愛理沙は愛想よく微笑んだ。
「ええ、欲しいモノは手に入れられたのでね。少々、無理をした甲斐がありましたよ。ですが……その前に、障害は取り除かねばなりませんがね」
黛愛理沙は、そこで大男に目配せをする。
大男は頷くと、威嚇するかのように両手を広げ、2匹の黒い龍を手から出現させた。
その直後、黒い龍は幸太郎達にいつでも飛び掛かれるよう、弓のようにしならせ、顎を大きく開いたのである。
「沙耶香さんと日香里ちゃんは俺の後ろへ来てください。それと日香里ちゃんは、鏡をアイツ等に向けておいて」
「わかったわ」
「はい、三上さん」
2人は幸太郎の背後に移動する。
幸太郎は七星剣を手に添え、それを見据えていた。
しかし、動じん奴じゃのう。流石は我が愛弟子じゃわい。
それはともかく、面白くなってきおったぞよ。ほほほほ。




