五十八の巻 死の呪い
[五十八]
幸太郎達はようやく耶摩蘇村にある伊澤の家に到着した。
今の時刻は午後3時頃。
東京は雨模様じゃったが、この耶摩蘇村は晴れておった。
日もまだまだ高く、暑そうな感じじゃ。
蝉も「ミンミン」と、よう鳴いとるわ。
まぁそれはさておき、伊澤の家に行くと、既に七星剣と鏡の準備は出来ていた。
そして、伊澤もそこで合流し、幸太郎達は山奥の祠へと向かったのである。
ちなみに、幸太郎は止めたんじゃが、千尋達も来るようじゃ。
しかも、こんな事を言うておったからの。
「あら、三上先生。なぜ駄目なのかしら? どのような存在かわからないのなら、尚の事、行ってみなければ、わからないのでは? それと言っておきますが、私は上位の道師と自負しておりますわ。か弱い女性と思って頂かなくて、結構です。それに、同行者の伊澤さんは一般人のようなモノでしょう? なら、我々が行っても問題ないのでは?」と。
なかなか怖いもの知らずの女であった。
幸太郎もそれを聞いて「では、判断は千尋さんに任せます」と返しておったからの。
たぶん、ああ言えばこう言うタイプの女じゃから、説得を諦めたんじゃろう。
沙耶香も幸太郎の肩に手を置き、もう止めとけと言わんばかりに、首を横に振っておったからの。ほほほほ。
まぁそんなこんなで結局、日香里や優愛、千尋達も来ることになり、幸太郎はもどかしい表情をしながら、祠に向かう事になったのじゃった。
面白い展開じゃわい。
その後、幸太郎達は山奥の祠がある山道へと向かった。
そして、山道を暫く進み、途中で一旦、車を停めたのである。
なぜなら、山道の途中に立ち入り禁止の簡易な柵と、規制線のように縄が張られていたからじゃ。
伊澤と幸太郎は車を降り、それらを脇に退かした。
幸太郎は電話で伊澤に、誰も入れないよう細工をして欲しいと言っていた。たぶんそれじゃろう。
「三上さん、このバリケードとロープで道を封鎖をしておいたんだよ。これを見る限り、誰も来てはいない筈だ」
「設置した時のままという事ですね?」
「ああ、たぶんな。しかし……嫌な気配がするぞ。アンタに電話かけた時は、ここはまだそんな気配はなかった筈だ。不味い事が起きてそうなんだが……」
伊澤はそう言って山道の先を恐る恐る見た。
多少の霊感はあるんじゃろう。
ま、当たりじゃがな。
「ええ、急ぎましょうか。恐らく……悪い事は起きてると思いますから」――
*
山道を進んで行くにつれ、不穏な気配は増していった。
それから程なくして、幸太郎達は工事車両が停まっている開けた場所に到着した。
クレーンが付いたトラック車と白い普通車が停まっておるのう。
また、地面には2本の轍があり、祠のある細い道へと向かって続いていた。
これは恐らく、きゃたぴらーとかいうモノで進んだ跡じゃろう。
地面が踏み荒らされておるわ。
恐らく、この機械使って、いらん事をしたようじゃな。馬鹿じゃのう。
じゃが……それよりも問題はこの気配じゃな。
ふむ、さて幸太郎はどうするんかのう。
車を降りた幸太郎達は周囲を警戒しながら、2台の車両に近づいた。
幸太郎はトラックの隣にある白い普通車が気になるのか、中を覗き込んでおるのう。
ちなみに助手席には女性用の鞄みたいなモノがあった。
幸太郎は車のドアを開けようとしたが、鍵が掛かっているようじゃ。
何者か知りたかったのじゃろうが、残念じゃの。
「三上さん……こんな感じだ。アンタに電話した時と比べると、更に寒気がしてくる気配が漂っている。ど、どうするといいんだ?」
伊澤はオドオドしながらそう言うと、周囲を恐る恐る見回した。
他の者達もその気配を感じ取っているのか、かなり険しい表情であった。
「これは……妖気……いや、違いますわ。なんですの、この嫌な気配は……まるで、黄泉路のような気配がしますわね。どういう事ですの? なぜこんな山奥に……」
流石の千尋も、眉間に皺を寄せていた。
ふむ、黄泉路か。なかなか良い線を突いておるのう。
「千尋お姉様の言う通りです。これは……ただ事ではない気配がします」
千里は脅えたように肩を震わせていた。
霊的感覚に優れた者ならば、今のこの地の異変はようわかるじゃろう。
沙耶香に日香里に優愛も、嫌そうに眉根を寄せ、周囲を見回しておるわい。
そんな中、幸太郎は沙耶香に耳打ちをした。
「沙耶香さん……どうします? かなりヤバ気な気配を感じます。このまま皆で現場に向かいますか?」
「そうは言っても、千尋さん達は多分来るわよ。何か良い考えない?」
「とりあえず、以前、教えて頂いた道師の術具に、『除魔香』というのがあったと思うんで、それを使いますか? 何もせずに向かうのは少々、危険な気がします。特に霊能に慣れてない面々がいるんで」
幸太郎はそう言って、優愛と日香里をチラッと見た。
「確かにね。でも除魔香は、ちょっと香りが強いから、私はあまり好きじゃないんだけどね。ン?」
2人がそんな風にヒソヒソ話をしていると、女子達はそれを不満そうに見ていったのじゃった。
「沙耶香さんに三上先生……こんな所で密談はやめてもらえませんこと。何かあるなら、はっきり仰ってください」
千尋の言葉を聞き、千里と日香里と優愛はウンウンと頷いていた。
まぁこれは2人が悪いのう。
沙耶香は咳払いすると、そこで千尋に微笑んだ。
「すいません。少し三上君の意見を訊いていたのです。それで今から、除魔香を焚いて進むという事になりましたので、準備にかかりたいと思います。よろしくお願いしますね」
それを聞くなり、千尋は首を傾げた。
「除魔香ですって……アレは主に悪霊の集団に対する術具ですわよ。ここには悪霊の気配はないと思いますが?」
「悪霊はいませんが、それに少し似た気配を微妙に感じるんです。だからですよ」
と、幸太郎。
千尋は品定めするように幸太郎を見ていた。
「悪霊に似た気配……よくわかりませんが、貴方は何かを感じ取ってるようですね。霊的感覚S判定の三上先生がそう言われるのなら、とりあえず、従っておきましょうか」
千尋は悪びれた様子もなくそう言った。
刺々した言い方する女子じゃのう。
貴堂家は癖が強いのが多いんかもの。ほほほほ。
「ええ、お願いします。では、準備をしますんで、暫しお待ちください」――
*
除魔香を香炉で焚きながら、幸太郎達は祠へと歩を進めた。
香炉を持っているのは幸太郎である。煙たそうにしておるわい。
かなり強い香りがするらしく、袖で鼻を覆う者が多かった。
松ヤニが焦げたような香りとは、幸太郎の弁じゃ。
ちなみにじゃが、今回行くにあたり、幸太郎は使い慣れた術具鞄を持ってきていた。
恐らく、不測の事態に備えての事じゃろう。
道師の術具も持ってきてはいるが、咄嗟の判断で使用ができるほど熟達してないからのう。無理もない話じゃて。
まぁそれはさておき、参道は重機の移動で踏み荒らされ、以前見た美しい苔の絨毯は見る影もなかった。
伊澤はそれを目の当たりにし、「まさか村長達がこんな事をするとはな……残念だ」と言って、溜息を吐いていた。
やるせない思いなのじゃろう。
「あんなに綺麗な苔の道だったのに……こんな事をするなんて」
日香里も悲し気にその様子を見ておるわ。
幸太郎達はそんな荒れた参道を進み、程なく、祠へと到着した。
しかし、そこも以前の面影はなく、荒れた場と化していたのじゃ。
祠は土台ごと壊され、見るも無残な姿に変わり果てている。
柱や梁に壁であった物が、地面に散らばっていた。
夜中に作業をしていたのか、明かりが灯ったままの照明機器が幾つか確認できる。
そして、その手前には、パワーショベルという大きな重機が鎮座していたのである。
恐らく、これで祠を破壊したに違いない。
しかし、今問題なのはそこではなく、祠の奥にある岩壁じゃろう。
なぜならそこには、不気味な洞穴のようなモノが、ぽっかりと開いていたからじゃ。
これは面白いのう。そういう事じゃったか。
「酷い有様ね……でも、コレを動かしていた作業員がいないわ。どういう事かしら……家に帰ったとかは、流石にないわよね」
と言って、沙耶香は重機に視線を向けた。
ガラス張りの操縦席はドアが開けっ放しになっており、中は無人であった。
「だと思いますよ。恐らくこの重機は、夜に持ち込まれたんでしょう。伊澤さんが来る前に破壊して、そのまま撤収するつもりだったんじゃないですかね」
幸太郎はそう言うと、祠があった場所へと近付いた。
他の者達も幸太郎に続く。
だが少し進んだところで、幸太郎は慌てて、それを制止したのである。
「待った! 皆……それ以上は来ないでください」
なぜなら、洞穴の入口で作業服を着た2人の若い男が倒れていたからじゃ。
「み、三上さん……あそこに人が倒れているぞ! それに、この洞穴は一体……」
伊澤も洞穴の存在は知らなんだようじゃな。
とはいえ、妙じゃのう。
邪気が強くなるかと思うたが、なんも変わらん。
寧ろ、ここの方が邪気が少ないくらいじゃ。
どういう事じゃ、はて……。
「やはりこの祠は、魔除けの結界の要だったようですね。この祠が、奥の何かを守っていたんでしょう」
「三上先生、守っていたって……何をですの?」
と、千尋。
「耶摩……でしょうかね。それはともかく、彼等の容体を確認しましょう」
幸太郎はそこで、洞穴の前で倒れている男達に近づき、身体を揺さぶった。
しかし、動きは堅い。
こりゃカチカチじゃな。完全に死んどるわい。
じゃが、男達の死に顔が解せんのう。
白目を剥いて、大きな口を開け、絶叫しているかのような顔じゃからな。
余程恐ろしいモノを見たんじゃろう。
「2人共、死んでますね。しかし、凄い死に顔だな……」
「し、死んでるって……」
「うそ……」
同行者達は息を飲んでいた。
とはいえ、沙耶香と千尋と千里は硬い表情じゃったが、さほど驚いた様子はない。
こういったモノを見慣れておるんじゃろう。
それはさておき、幸太郎は冷静に遺体を確認していた。
「見たところ、外傷はないですね。触った感じだと、硬直が全身に及んでるんで、死後半日以上は経過してますね。ですが、それよりも……」
幸太郎は納得がいかんのか思案顔であった。
というか、死体見ても眉一つ動かさぬ幸太郎が、ここでは異質じゃな。
「三上先生……何か気になる事でもあるのですか?」
千里が訊いてくる。
「ああ、この死に様がね……どうにも腑に落ちないんだよ」
沙耶香がそこで、恐る恐る幸太郎の隣に来た。
「何が気になるの、三上君? って……何、この死に顔……」
流石の沙耶香も生唾を飲み込んでおるわ。
千尋もそこで幸太郎の所に来た。
「あら、本当ですわね。凄い死に顔ですこと。この男達は、洞穴の中にいたナニかに殺されたのでは?」
「そうかもしれませんが……普通、こういった状況の死体には、無念な魂の気配が多少はあるんですが、それがまるでないんですよ。妙だと思いませんか? ン?」
するとその時であった。
洞穴から黒い霧のようなモノが現れ、幸太郎に纏わりついてきたのである。
いや、幸太郎だけではない。その黒い霧は、他の者達にも纏わりついたのじゃ。
「三上さん! 黒いナニかが、皆に纏わりついてます!」
日香里は身体を小刻みに震わせ、脅えたようにソレを見ていた。
「北条さん、急にどうしたの?」
沙耶香はそんな日香里を見て、首を傾げていた。
「部長……私達に……黒い霧のようなナニかが、纏わりついてるんです。ど、どうしましょう?」
「え? 黒い霧のようなナニか……見間違いじゃなくて?」
どうやら、沙耶香には見えておらぬようじゃ。
「何もないですわよ、北条さん」
「お嬢ちゃん、本当かね。黒い霧なんてどこにもないぞ」
「私も見えないです」
「私もです」
他の者達も同様であった。
どうやら日香里には、黒い霧が見えているようじゃな。
「え、そうなのかな……でも見えるんですよ。皆の周囲に……」
日香里も自信がないのか、もどかしい表情であった。
「北条さん、目の錯覚ではありませんの?」
「ですがお姉様、なにか嫌な気配が近くに感じますよ。もしかすると妖魔の類が近くにいるのかもしれません」
千里は何かを感じ取っておるようじゃが、肝心の部分が見えておらんようじゃな。
しかし、これは不味いのう。
対応を誤れば、この男達と同じ運命を辿ることになるぞよ。
さぁどうする、幸太郎よ。
これは一筋縄でいかぬ相手じゃぞい。
とはいえ、幸太郎はどうやら、敵の正体に気付いたようじゃがな。
こ奴の顔がそう言うておるわい。
「三上君、どうしたの? そんな怖い顔をして……」
真顔の幸太郎を見て、沙耶香は首を傾げていた。
「沙耶香さん……いや、皆さん……そこから動かないでください。それと、日香里ちゃんが今言ったのは間違いじゃないです。どうやら俺達は、死の呪いに掛かってしまったようですから」
「え……死の呪い!? 三上君、死の呪いってどういう事よ!」
「し、死の呪いですって!?」
この中ではどうやら、幸太郎と日香里だけが見えておるようじゃな。
さてさて、なんなんじゃろうかの、この黒い影は。
幸太郎は死の呪いといったが、さてさて……。




