五十七の巻 予期せぬ客
[五十七]
貴堂宗厳とのやり取りの末、幸太郎と沙耶香は急遽、耶摩蘇村へと向かう事になった。
じゃがその前に準備せねばならぬので、一旦、マンションに戻る事になったのじゃ。
理由は、幸太郎が溜め続けたSPSを全て持っていく為である。
相手は未知の化け物故に、場合によっては、大きな結界を張らねばならぬからじゃろう。
ちなみに今回も、前と同様、日香里が一緒じゃ。
これは貴堂宗厳の指示によるもので、沙耶香も首を傾げる内容であった。
何か理由があるんじゃとは思うが、こればかりは、狸ジジイにしかわからぬところである。
まぁそれはさておき、幸太郎達は今しがた、マンションに着いたところであった。
幸太郎はマンションの玄関扉を開き、中に入る。
沙耶香と日香里もそれに続いた。
じゃがしかし、玄関に見慣れぬ靴が並んでいた為、3人は立ち止まったのである。
「おや……誰か来てますね。しかも、女性の靴です」
「本当ですね。沙耶香さん、今日は誰かが来られる予定だったんですか?」
「いや、そんなのない筈よ。誰かしら……もしかして、母?」
3人は首を傾げつつ、靴を脱いでリビングに向かった。
するとそこで、意外な面々と顔を合わせる事となったのじゃ。
それは千尋と千里であった。
そこには優愛もおり、3人は今、リビングのテーブル席に腰を下ろしているところじゃ。
但し、昨日のようなスーツや学生服姿ではなく、千尋と千里は私服姿であった。
千尋は七分丈のデニムパンツに半袖シャツという出で立ちであり、千里は白いワンピース姿であった。
ちなみに優愛もワンピース姿じゃ。色は黒色じゃがな。
テーブルに飲み物が置かれているところを見ると、3人は雑談でもしておったんじゃろう。
「え? なんで、千尋さんと千里さんがここに?」
沙耶香は予想だにしてなかったのか、それを見るや、キョトンとしていた。
「そうですよ。なぜここに千尋先生と、千里さんが……」
日香里も同様であった。
幸太郎は無言で佇んでいる。
余計な事は言わんようにしておるのじゃろう。
面倒の元じゃからな。ほほほほ。
「お邪魔しております。沙耶香さん、北条さん、そして……三上先生」
千里は席を立ち、丁寧に頭を下げ、お淑やかな挨拶をしてきた。
「あら、沙耶香さんに北条さん、そして三上先生。お早いお帰りですわね。今日はもう、お仕事は終わりですか?」
片や千尋は、椅子に腰掛けたままそう言うと、悠々と飲み物を口に運んでいた。
人の家じゃというのに、堂々としたもんじゃった。
まぁなんというか、厚かましい女子じゃのう。
そこで優愛が申し訳なさそうに頭を下げた。
「沙耶香さん……すいません。さっきインターホンに出たら、貴堂先生が来られてたんで、お通ししたんです。学校の事でお話があると言われたので」
「学校の事?」
千尋は沙耶香に向かい、上品にニコリと微笑んだ。
「ええ、優愛さんの仰る通りですわ。今日はそれで、お伺いさせて頂きましたの」
「そうですか。で、何のお話を?」
沙耶香はイラッとしておるな。
平静を装っておるが、いつもより微妙に口角が上がっておるわ。
「それは勿論、優愛さんが今、どんな所に住んでいるのかを知りたかったからですわ。沙耶香さんから家庭事情はお聞きしておりましたので、凡そは把握しておりますが、今の状況を知っておく必要があると思いましてね。ましてや……仮の保護者である三上先生は、本当の親ではございませんので、それを確認したかっただけです。非常にお若い男性ですしね。世の中、色々とございますから、それの確認とお思い下さい」
千尋はそこで言葉を切り、室内を見回した。
「しかし……まさか、沙耶香さんも一緒に住んでるとは思いませんでしたわ。北条さんも同居しているそうですしね。4人でルームシェアをしているのを知り、安心しました。楽しそうで、羨ましい限りですわ。素敵なお部屋ですし。しかも、お隣さんも不在で空いてますから、騒音も気になりませんしね。良いマンションですわ」
つまり、要約すると、幸太郎がロリコン変態野郎じゃないのか? という疑惑を調査しに来たんじゃろう。
で、変態犯罪者ではなく、ホッとしたと言いたいわけじゃな。
ほほほほ、残念じゃが、こ奴はロリコンとやらではないぞよ。
案外、ゾーン的には、沙耶香のような気の強い女子じゃろうな。
我が思うに幸太郎は多分、今の世で言う、M気質の男じゃわい。
女王様にシバかれたい性癖があるのかもしれんのう。
ン? という事は、変態野郎は間違っておらぬかもの。
ほほほほ。まぁ我の勝手な憶測じゃがな。
とはいえ、それは今現時点での話じゃ。
これから先、幸太郎も新たな世界に目覚めぬとも限らぬからのう。
現に沙耶香と生活するようになってからというもの、禁欲生活続きじゃからな。
今までは、うつ伏せ気味の奇妙な体勢で、我に見えぬ位置から発射させておる事もあったが、今後はどうするんじゃろうのう。
摩擦レスが続いとるからな。
ちなみに幸太郎はなかなかのデカ〇ンじゃ! 我も驚いたわ。
こんな状況では、発育途中の若い女子に魔が差す可能性は大いに……ン? おっと、しまった。
幸太郎が我をめっちゃ睨んどるわ。
心の声が少し漏れ出てしまったようじゃ。ほほほほ。
「そう言って頂けると嬉しいですわ、千尋さん。それはそうと、問題が解決されたようなので、私も良かったです。誤解されてらしたようなのでね。しかし……三上君の教師の件は、まだ保留案件ですよ。三上君も、今から先生と言われると、少々辛いかと」
沙耶香はそう言って、不敵に微笑み返した。
目に見えぬ火花がバチバチ散っておるわい。
2人の隙のないやり取りを見て、他の者達も固唾を飲んでおるぞよ。
最初に授法院で会った時もそうじゃったが、あまり馬が合わぬ2人なんじゃろう。
面白いのう。
「ええ、確かにそうですわね。ですが、先生とは敬いの敬称です。つまり、そういうことですわ、沙耶香さん」
「そういう事でしたか。もう教員採用という心算になっているのかと思いました。ところで、今日はそれを確認しに来られただけですかね?」
「ええ、1つはそうですわ。ですが、まだありますのよ」
沙耶香はそれを聞き、半眼になっていた。
もう面倒臭くなってきたんじゃろう。
「へぇ……それは気になりますね。しかし、今は急な出張業務が入りましたので、後日、改めて聞かせて頂きますわ」
沙耶香はそこで、幸太郎に視線を向けた。
「三上君、SPSの準備お願い。急ぎ、車に積んでくれる? あるだけ全部よ」
「ココにあるだけで足りますかね?」
「後で指宿君と須藤さん達が追加分を念の為に持ってきてくれるから、それは気にしないで」
「了解です」
続いて沙耶香は、日香里に目配せする。
「それと、北条さんも支度を整えておいて。もしかすると一泊するかもしれないから。三上君もよ」
「はい、用意しときます」
「わかりました」
そして2人は、慌ただしく、準備に取り掛かったのである。
幸太郎は自分の部屋の鍵を開け、中へ入ると、まずは数本のSPSを両手で抱え、部屋を出た。
優愛はそれを見るや、席を立ち、幸太郎に駆け寄った。
「三上さん、私も手伝う」
「そう? じゃあ、少し頼むよ、優愛ちゃん」
「はい、任せてください」
幸太郎はそこで2本のSPSを優愛に渡した。
SPSの重さはそれ程ではないらしいが、長い筒な為、結構嵩張るからのう。
ちなみに、その様子を見ていた千尋と千里は、ポカンとしているところじゃ。
「あら……こんなに沢山のSPSを持ち出すという事は、何か、大きな霊的災害でもありましたの?」
千尋はそう言って怪訝に眉を寄せ、沙耶香を見た。
沙耶香は渋々頷いた。
「ええ……西の方で少々面倒がありましたのでね」
「へぇ、西ですか。それは大変ですわね。ちなみに何があったのかしら?」
「それは現場に行ってみないと、なんとも。ですが……場合によっては、緊急事態の通達が出るかもしれませんので、一応、言っておきますわ」
するとその直後、千尋と千里はギョッと目を見開いたのであった。
「緊急事態の通達ですって……」
「き、緊急事態という事は……Sクラス霊的災害の可能性があるのですか?」
千里はそう言って、蒼い顔をしていた。
そういえば以前、霊的災害の話を沙耶香が言ってたのう。
全霊連では霊的災害を4段階に区切っており、それらは上から順にS・A・B・Cとなっておるそうじゃ。
しかも、A以上の霊的災害は全霊連にて、複数の術者で対処する案件となっているそうである。
Sとなると大人数になるんじゃろう。
ちなみに、荼吉尼衆の案件はAクラスのようじゃな。
今の世は細かい指針があるんじゃのう。
「可能性があるだけよ、千里さん。そうなると決まったわけじゃないから」
千尋は真顔になり、立ち上がった。
「沙耶香さん……どこに向かわれるのですかね? 差し支えなければ、教えて頂けるとありがたいのですが。今後の為にもね」
沙耶香は腰に手を当て、しょうがないとばかりに口を開いた。
「そうね。最後は宗厳翁の判断になるけど、とりあえず、今言っておきますね。場所は……」――
*
幸太郎達は準備を整え、マンションを後にした。
時刻は昼を回ったところじゃ。
3人は途中、コンビニに寄っておにぎりやサンドイッチ等の簡単な食料を買い、車内で食べながら移動した。
あまり悠長に事を構える暇はないからじゃろう。
マンションから耶摩蘇村までは、2時間以上掛かるからのう。
ちなみに運転手は幸太郎じゃ。
今は厄落とし済みの綺麗な状態じゃから、不幸もそこまで気にせんでいいじゃろう。
まぁそれはさておき、幸太郎の運転する車は、今しがたETCゲートを抜け、高速道路へと入ったところじゃ。
この間と同様、ここから先は、暫く高速道路を進む事となるようじゃな。退屈じゃわい。
ハンドルを握る幸太郎は、そこでバックミラーをチラッと見た。
そこには黒い乗用車が映っている。同行者の車じゃ。
形は沙耶香のようなSUV車じゃな。
「沙耶香さん……良いんですかね? 千尋さん達も来ちゃいましたけど。まだ緊急事態の通達は出てないですし……」
幸太郎はそう言って、助手席で足を汲む沙耶香をチラッと見た。
「好きにすればいいわ。ああ見えて、千尋さんはやり手だから。教育者としても、呪術者としてもね」
「そうですか。ですが……」
すると幸太郎は次に、バックミラーに移る後部座席に目をやったのである。
後部座席には日香里の他に、もう1人乗っているからじゃ。
「優愛ちゃんを連れてきて良かったんですかね……」
「そうですよ。優愛ちゃん、まだ子供ですし……」
「もうこうなった以上、しょうがないわ。とりあえず、いざとなったら千尋さんに任せるつもりだから」
優愛はシュンと肩を窄めた。
「すいません、沙耶香さん。突然、私も行くなんて言い出して……。でも、1人は……寂しいんです。すいません……皆さん」
今までの居場所がない境遇を思い出したんじゃろう。
所謂、トラウマというやつじゃな。
「良いのよ、気にしないで。その代わり、私達の言う事は聞きなさい。良いわね?」
「はい、わかってます」
沙耶香はそこで、幸太郎に視線を向けた。
「それはそうと三上君……もし封印が破られていたとして、どうするつもり?」
「それは流石になんとも。どういう化け物かすら分からないのでね」
「そうね……私もどう対処していいかサッパリだわ」
沙耶香は腕を組み、溜め息を吐いた。
中途半端な言い伝えのみじゃからな。
無理ないわい。
「仰る通りです。ですが……安倍宿禰なる者が残したという2つの切り札……それを試してみる価値はあると思います。さっき伊澤さんに、それらの用意をお願いしたので、まずはそれに期待しましょうか」
七星剣と八卦鏡のような鏡じゃな。
安倍宿禰とやらが云うには、その2つが無いと、耶摩の悪縁は断ち切れんそうじゃからな。
しかし、剣はともかく、なんで鏡なんじゃろうかのう。
妙なモノを後世に残したもんじゃわい。
まぁそれはともかく、面白うなってきたの。
さて……一体、どんな化け物が封じられておるのやら。




