五十二の巻 貴堂学院へ
[五十二]
「ここが君の部屋だ」
幸太郎はそう言って、自身が住むマンション内の茶色い扉を開いた。
扉の向こうは、4畳程の四角い部屋であった。
窓は1つ。床は真新しい木目の美しいフローリングで、純白の天井と壁となっていた。
壁際には木製の机と椅子、それと本棚にベッドが置かれている。
また、天井には丸型のLED照明器具とやらが付いていた。
今の世でいう、よくある洋室というやつじゃな。
ただ、この4LDKのマンション内で一番狭い間取りの部屋でもあった。
他の大き目の部屋は、沙耶香と幸太郎と日香里が使っているからじゃ。
幸太郎はそこに、優愛を案内したのである。
「え? この部屋を使って良いんですか?」
優愛は驚いたのか、目を大きくしながら、ゆっくりと部屋に足を踏み入れた。
ちなみに今の優愛は、出会った時のような、肌の露出が多いエロい格好ではない。
この部屋に良く似合う、年頃の女子が着るような服装じゃった。
キュロットスカートとかいうやつと、Tシャツを着ているところじゃ。
これは、優愛が実家から持ってきた衣服らしいの。
あの服は輩共から渡されて着ていただけらしく、本来はこういう衣服を好むんじゃろう。
「いいよ。ここの主の意向だから。ですよね?」
幸太郎はそこで、隣にいる沙耶香に視線を向けた。
その後ろには日香里の姿もあり、今はそこから室内を覗き込んでいるところじゃ。
今日は仕事も休みの為、2人共、私服姿であった。幸太郎もじゃがな。
今はもう7月の半ばじゃし、3人共、少々肌の露出がある服装をしておるわい。
とはいえ、沙耶香や日香里は日焼け防止クリームとやらを縫っておるがの。
それはさておき、沙耶香はそれに頷いた。
「ええ、そうよ。三上君の言う通り、ここが貴女の部屋だから、自由に使いなさい」
「ありがとうございます……でも、いいんですか? こんな新しいマンションの部屋を使えるなんて……」
優愛は驚き眼で室内を見回した。
「いいの。気にしないで。と言っても、貴女は夏休み明けから、貴堂学院中等部で寮生活になるわよ。だから、ここには週末くらいしか帰って来れないだろうけどね。でも……帰る場所はあるんだから、帰ってきなさい。ここはそういう部屋よ」
沙耶香はそう言って、優愛に優しく微笑んだのである。
優愛は目頭が熱くなったのか、少し涙目であった。
「あ、ありがとうございます……沙耶香さん。色々と迷惑かけてしまって……」
「気にしなくていいわよ。それと……」
続いて沙耶香は、幸太郎の肩に手を置いた。
「今後は三上君が、貴女の保護者代わりになってもらうからね。何かあったら彼に相談しなさい。三上君は頼りになる男よ。ね?」
そして沙耶香は、幸太郎にウインクをしたのである。
ちなみにこれは、昨夜の取り決めでそうなったのじゃ。
こういう状況になったのは、幸太郎の所為でもあるからのう。
ま、責任払いというやつじゃな。ほほほほ。
「今、沙耶香さんも言ったけど、そういう事になった。不満もあるかもしれないが、よろしくな。というわけで、俺からは君にコレを渡そう」
幸太郎はそこで、優愛にあるモノを差し出したのである。
それは新品のスマホであった。
「これは君のスマホだ。契約者は俺だが、使用者は君になっている。遠慮せず、使えばいいから」
「え? いいんですか? それに、三上さんが私の保護者なんて……嬉しい……」
優愛は、はにかんだ顔でスマホを受け取った。
「三上さん……ありがとう。でもいいの? これ、最近出たムラフォンでしょ? しかも高いモデルだし……」
ようわからんが、巷ではムラフォンとやらが、若者と女に大人気のスマホらしい。
学生の所有率なんばーわんとか言うておったのう。
なんでも、持ってないと学校で仲間外れにされるらしく、別名、村八分フォンとか呼ばれてるそうじゃ。
ある意味、怖い世の中じゃわ。
とはいえ、幸太郎はそういうの気にしとらんので、別のモノを使っておるがの。
寧ろこ奴は、そういう多数派を避ける孤独な人生じゃったからのう。
ちなみに10万円ほどしたらしいが、幸太郎もそこそこ収入を得られるようになったので、このくらいは問題ないようである。
それもこれも沙耶香のお陰じゃな。
満タンのSPSは1本30万円で、全霊連が買い取ってくれるそうじゃからな。
幸太郎も金額を聞いて、目を大きくしてたわい。
既に10本以上は納品してるからのう。
但し、半分は貴堂不動産が手数料で取ってく為、実質、1本15万円だそうじゃ。
まぁそうは言っても、幸太郎は今回の失態のツケで、満額を受け取る事は出来ぬようになったから、手放しで喜べないじゃろうがな。
ある意味、これも不幸の力なのかものう。ほほほほ。
「これはお詫びの品だよ。君を妙な世界に引き込んでしまったからな。本当に、すまなかった」
幸太郎は頭を下げ、素直に謝った。
すると優愛は、滅相もないと手を振ったのである。
「そ、そんな事ないよ……私、三上さんと逢えて良かったって思ってる。今の私があるのは、三上さんのお陰だもん。それに……」
すると、優愛は恥ずかしそうに俯き、幸太郎を上目遣いで見たのじゃった。
こりゃアレじゃな。
そういうことか。ほほほほ。
「ん、どうしたの?」
と言って、幸太郎は優愛に優しく微笑んだ。
まぁこのアホウは気づかんわな。
優愛はそんな幸太郎を見て、もどかしそうに首を振った。
「やっぱ……なんでもない」
「なんか気になるなぁ……遠慮せず言ってよ。ん?」
と、そこで、日香里が幸太郎に顔を近づけ、耳打ちしたのじゃ。
「ちょっと三上さん……優愛ちゃんはまだ来たばっかですよ。そんなに突っ込まないほうが良いんじゃないですか?」
優愛は2人がヒソヒソ話している姿を見て、何とも言えない微妙な顔つきじゃった。
これはちょっと妬いてそうじゃな。
「あの、三上さん……やっぱ、今言う。話があるから、ちょっとこっちに来て」
優愛は部屋の隅に行き、幸太郎を手招きした。
「ああ、そういう事ね。あまり聞かれたくないのか。はいはい」
幸太郎は何でもないように、そこへと移動した。
「三上さん、ちょっと耳を貸してください」
「用心深いね……わかったよ」
幸太郎は前屈みになり、優愛に耳を近づける。
そして、優愛は幸太郎の耳に両手を当て、声が漏れぬよう注意を払いながら、小さく囁いたのじゃ。
「三上さん……誤解してると思うから言っておくね。私……まだ処女だから。それを伝えたくて」
幸太郎はそれを聞くや、眉根を寄せ、怪訝な表情になっていた。
想定外の言葉だったんじゃろう。
というか、今の話の流れからすると、全く関係のない話じゃな。ほほほほ
「は? それって、どういう……」
優愛は口に人差し指を当て、恥ずかしそうに「シー」と言った。
「お、おう……」
幸太郎は意味がわからんのか、ポカンとしておるわい。
ちなみに、沙耶香と日香里は、優しく微笑みながらそんな2人を見ておるところじゃ。
なんじゃろうな、この温度差は。ウケる。
しかし、幸太郎は意図を読めんみたいじゃな。アホじゃのう。
この女子は、まだ未使用品じゃと言いたいんじゃよ。
上げちゃってもいいさ。そう言っとるんじゃ。
つまり……お主に惚れてしもうたんじゃな。
こんな子供にまで、その気にさせるとはのう。ほほほほ。
厄落としをした幸太郎は、女子にようモテるわい。
本人は不幸が長かったせいで、全然気付いておらんがな。
惜しい男じゃのう。
「沙耶香さん、北条さん、そして三上さん……これからよろしくお願いします」
優愛はそう言ってニコニコと満面の笑みを浮かべた。
「ええ、よろしくね、優愛さん。まぁ色々とあったけど、これから頑張りなさい」
「よろしくね、優愛ちゃん」
「ああ、よろしくな、優愛ちゃん」
まぁそんなわけで、このマンションにまた女子が増えたのじゃった。
面白い生活になりそうじゃ。
*
優愛が幸太郎達と過ごし始めて1週間後の事である。
幸太郎は今、貴堂学院中等部に来ているところじゃ。
勿論、幸太郎の他にも同行者がいる。
沙耶香と日香里、そして、優愛と七海と葵の5人であった。
今日は学校の見学と、学院長への挨拶も兼ねての訪問らしい。
その為、幸太郎達は皆、スーツや制服を着ていた。
元チン横キッズの女子達も、親の了解も得られたので、正式に挨拶に来たというわけじゃ。
ちなみに3人の女子達は、貴堂学院の制服を着ている。
上が白いブラウスで下が紺のチェック柄のスカートというやつじゃ。
幸太郎曰く、制服の種類はブレザーとかいうらしいの。
今の世は色んな服があるものじゃよ。
しかし、それにしても幸太郎は、女子達にえらく懐かれたもんじゃのう。
「三上さん、今日また逢えて嬉しい!」
葵はそう言って、幸太郎の腕に手を回した。
「へぇ、葵ちゃん、髪の色を黒にしたんだな」
と、幸太郎。
以前会った時は、青く染めていたが、今は真っ黒じゃわい。
「だってココ、校則厳しいんだもん。それに、お嬢様学校だから心機一転でリセットしてみたの」
その様子を見た優愛は、不満そうに頬を膨らませた。
「ちょっと葵ちゃん、いきなりなの。じゃあ、こっちは私ね」
優愛は反対の腕に手を回す。
「ええ、私の場所ないじゃん。じゃあ、後ろから行こッ」
そして七海は、幸太郎を後ろからハグをしたのじゃ。
「おいおい、めっちゃ歩きにくいんだけど」
幸太郎は苦笑いじゃな。
女子達は嬉しそうに幸太郎に纏わりついておるわ。
心なしか、沙耶香と日香里が、ちょっとイラっとしておる気がするわい。ほほほほ。
ちなみにこの貴堂学院は、沙耶香の親戚が運営しているそうで、今から会う学院長とやらも、よく知っている者らしい。
とはいえ、狸ジジイの息子達の1人らしく、少々蟠りがあるかもとの事じゃ。
まぁそれはさておき、貴堂学院は今、夏休みが始まったばかりで、校内に生徒の姿は見かけなんだ。静かな学び舎であった。
ただ、全くおらぬというわけではなく、部活動や補習を受けている生徒もいるとの事じゃ。
そんな静かな校内を幸太郎達は進んでゆく。
すると程なくして、職員室と書かれた引き戸が見えてきたのじゃった。
沙耶香は、その職員室の戸を引いた。
「失礼します」
職員室の中は、かなり広かった。
机の数も30脚は優に超えるじゃろう。
つまり、それに近い数の教員が、この中等部に在籍しておるに違いない。
中にいる教員達は、机に向かってパソコンやら書類に目を通しておる者ばかりであった。
とはいえ、今は夏休みという事もあり、ややまばらな感じじゃ。
本来はもっといるんじゃろう
するとそこで、席を立ち、こちらに近づいてくる女がいたのじゃ。
それは、身嗜みを整えたスーツ姿の女であった。
「沙耶香さん、ようこそお越しくださいました。お待ちしておりましたよ」
なんとその女は、いつぞや貴堂授法院で出くわした者だったのじゃ。
「チヒロさん、今日はよろしくお願いします」
沙耶香は清楚な佇まいで一礼した。
女は沙耶香の後ろに控える同行者達を流し見ると、笑みを浮かべた。
「いえいえ、こちらこそ。では沙耶香さん、学院長室に案内しようと思いますが、その前に、後ろの方に挨拶をさせて頂いてもよろしいですかね? この間の話では、優愛さんの保護者代理の方になるそうなので」
「ええ、構いませんわよ」
「ありがとうございます。では」
そして女は、幸太郎に名刺を差し出したのである。
「私はこの貴堂学院で、主観教諭を務める貴堂千尋と申します。沙耶香さんとは古くからの仲ですので、以後、お見知りおきください」
幸太郎もそこで名刺を出した。
「私は貴堂不動産・土地調査部の三上幸太郎と申します。よろしくお願いします」
女は品定めをするように幸太郎を見ていた。
恐らく、この女も幸太郎の検定結果を知っておるんじゃろう。
「貴方のお噂は聞いておりますよ。よろしくお願い致しますね、三上さん」
そこで日香里が声を上げた。
「千尋先生、お久しぶりです。私も三上さんと同じく、貴堂不動産の土地開発事業部に勤めております。今日はよろしくお願いします」
「北条さんも、もう社会人なのね。でも、この間は色々と大変だったわね。あんな結果で残念だったわ。お悔やみ申し上げます」
女は表情を落とし、頭を下げた。
「いえ、それはもういいんです。残念でしたが、私も……ようやく踏ん切りがつきましたんで」
「そう……でも無理はしないでね。さて、では学院長室に案内しますわ。ついて来て下さい」――
そして幸太郎達は、千尋の後に続いたのであった。
さてさて、お家騒動とやらの一旦を垣間見れるかのう。
我はそれが見たいわ。ほほほほ。




