五十一の巻 事後処理
[五十一]
指宿が斉木から電話を受けてから約2時間後。
沙耶香達はようやく、この機械室へとやって来た。
面子は沙耶香の他に3人いた。
神谷という課長職の男と、主任の斉木、そして日香里であった。
勿論、全員、仕事着のスーツ姿のままじゃ。
しかし、日香里も来たというのが、謎じゃな。
案外、狸ジジイの指し金かもの。ほほほほ。
ちなみに神谷という男は、幸太郎くらいの上背があるガッシリ体型の中年オヤジであった。
年は確か、40代な筈じゃ。
丸坊主の強面で、部下達から陰で極道課長と呼ばれている男であった。
話すと穏やかな男なのにのう。見た目で少し損しておるわい。
まぁそんな事はさておきじゃ。
指宿と幸太郎は今、事の顛末を沙耶香達に説明しているところであった。
沙耶香達はその都度、質問をしながら2人の話を聞いていた。
2人は丁寧に説明しているので、大体の事は把握したじゃろう。
とはいえ、沙耶香は不満顔であったがの。
輩共や女子達をチラチラ見ておるので、それが気になるんじゃろう。
沙耶香も取り逃がした件については納得したが、老化した輩と女子達の事に関しては、少々気を揉んでいるようじゃ。
やはり、一般人に一部始終を見られた事が、都合悪いのじゃろうな。
ましてや、妖魔退治の動画を撮られていたとあってはの。
幸太郎は待機中、沙耶香にメールで詳細を報告していたので、もう全容は把握済みじゃろう。
さて、貴堂沙耶香よ。其の方はどうするつもりかの。見せてもらおうか。
ちなみに女子達は今、指宿と幸太郎の傍におり、シュンとしながら立っているところじゃ。
また、輩共は倒れた場所にて、今も御就寝中である。
「……報告は以上になります、貴堂部長。それで……あの男3人と彼女達ですが……我々の失態でこのような事になってしまいました。大変、申し訳ありませんでした。それで……い、如何致しましょうか?」
指宿は恐る恐る訊ねた。
最後の方は顔色を窺っている感じじゃな。ウケる。
沙耶香は社員達に陰で、冷徹女王と呼ばれ、恐れられておるからのう。
会社では別人のようになるのじゃよ。
とはいえ、そう演じておるだけじゃろうがな。
マンションで幸太郎に見せる姿が、本来の沙耶香なんじゃろう。
まぁそれはさておき、沙耶香は腕を組み、射抜くような鋭い視線を2人に向けた。
その直後、指宿はビクッと身を竦めた。
幸太郎も少し緊張した面持ちじゃわい。
おー怖ッじゃな。
「指宿君に三上君……お粗末ですね。後で始末書を書いてもらいますので、そのつもりでいてください。まぁそれは後にしましょう。で、先程、彼女達は妖魔との戦いを録画していたと言いましたが、本当ですか?」
沙耶香は冷たい口調で問い掛けた。
「はい、実はそうなのです。申し訳ありませんでした。わ、我々の不手際です」
指宿は平身低頭で答える。
「それはもう良いです。指宿君、動画を見せなさい」
「はい、わかりました」
指宿はキリッと背筋を伸ばし、近くにいる優愛に視線を向けた。
優愛は沙耶香の威圧に若干怯んでいる様子じゃ。
今の沙耶香は、有無を言わせぬ迫力があるからのう。
幸太郎はそんな優愛に、優しく囁いた。
「スマホの動画を部長に見せてあげて」
「う、うん、わかった」
優愛は緊張した面持ちで頷くと、スマホの動画を再生させ、画面を前に向けた。
程なくして、沙耶香達から驚きの声が上がる。
「むぅ、これは……」
「へぇ……やるね」
「う、うそ……」
沙耶香は無言だったが、幸太郎を鋭く睨みつけていた。
その目は『貴方……ヒミコ様の方術を使うなって言ったのに、使ったわね。マンションに帰ったら話があるわ! 覚えておきなさい!』とでも言うておるようじゃ。
幸太郎はその気迫を感じ取ったのか、深々と頭を下げていた。
もしかすると、目を合わせられんかっただけかもしれんがの。ほほほほ。
動画を見たところで、沙耶香は大きく息を吐いた。
「三上君……話があります。部屋の外へ来なさい。指宿君と北条さんはこの場で待機です。彼女達を見ていなさい」
「わかりました」
「はい」――
*
幸太郎と沙耶香達は機械室を出ると、少し離れた通路先へと移動した。
そこは、人除けの結界が施してある場所であった。
そして、沙耶香はそこで、厳しい視線を幸太郎に向けたのである。
「さて、困った事になりましたね、三上君。一般人に見られてしまうとは。ですが、起きた事は仕方ありません。今回は曰く付きの相手だったようなのでね」
言葉を選んで喋っとるのう。
マンションでの砕けた雰囲気は、全くないわい。
まぁ今は仕事中じゃから、立場上、仕方がないんじゃろう。
幸太郎は頭を下げた。
「貴堂部長、申し訳ありませんでした。しかし……あまりにも異常事態が続いた為、やむを得ず、人命を優先しました。あの場で妖魔退治を実行した責任は、私の独断行動にあると思います」
そこでスキンヘッドの神谷が腕を組み、低く唸った。
「むぅ、だが……あの化け物は間違いなく、荼吉尼衆だ。また厄介なモノを引き当てたな君達は」
「神谷課長の言う通りですね。全霊連から送られてきた荼吉尼衆の画像と、同じ妖魔でした。まさか、今回の件に絡んでいるとは思いませんでしたよ」
斉木はそう言って、困ったように首を捻った。
「ああ、確かにな。それはともかく、三上君……君は本当に、なかなかの凄腕だな。授法院の道師が驚いていただけあるよ」
「ええ、あの検定結果は本当のようです。頼もしい新人ですよ。流石は、貴堂部長が見つけた逸材です」
神谷と斉木は感心していた。
これを聞くに、幸太郎はなかなかの注目キャラになってるんかもの。
面白くなりそうじゃわい。
幸太郎は気まずそうに頭を下げた。
「そう仰られると嬉しいですが……結局は取り逃がしてしまいましたので、私としては面目ないところです。申し訳ありませんでした」
「今回は相手が荼吉尼衆だ。仕方がないだろう。それよりも、この後どうするかだ。貴堂部長……どうされますか? 敵はこの傾奇町に、まだ紛れている可能性がありますが」
神谷が沙耶香に訊ねた。
すると沙耶香は、問題ないとばかりに、首を横に振ったのである。
「神谷課長、それは心配ありません。もう既に手は打ってありますのでね」
神谷と斉木は眉を少し上げた。
「という事は……もう、魔滅の者達が動いてるという事ですね」
と、斉木。
沙耶香は頷く。
「ええ、そうです。後は彼等に任せましょう」
ほう、何やら面白い会話をしておるのう。
話の感じからして、恐らく、道師の別動隊が動いておるんじゃろう。
以前、沙耶香が言っていたやつじゃな。
なんでも貴堂家には、魔滅の者と呼ばれる妖魔退治専門の集団がいるそうじゃ。
ちなみに魔滅とは、節分にも関係する言葉と幸太郎が言っていた。
なんでも節分の豆まきは、豆を魔滅と掛け、鬼や疫を追い払う説もあるそうじゃ。
我もそれを聞いた事で、ようやく、節分という行事の意味がわかったのである。
鬼に豆って意味がわからんからのう。
元は追儺という宮中の儀式らしいが、後世のヤマトの地には、妙な風習があるもんじゃわい。
と、話が逸れたの。戻すとしよう。
沙耶香はそこで腕を組み、機械室の扉に視線を向けた。
「さて……今、問題なのは、あの半グレ老人達と、彼女達の対処です。斉木主任……例の件はどうなっておりますか?」
「もう授法院の方は準備が出来ているそうです。今から向かいますか?」
「ええ、お願いします。もう時間も遅いので、早急に事を進めますよ」
「わかりました」――
さて……次は何が始まるんじゃろうのう。ほほほほ。
*
目まぐるしい傾奇町での一件の翌朝。
今日は休日という事もあり、幸太郎達が住まうマンションには、緩やかな時が流れていた。
いつもならば、食事の用意で慌ただしい幸太郎も、少し遅めの朝食支度となっていたからじゃ。
今は朝の8時を回ったところ。
本来なら、もう会社へと向かっている時間じゃが、今日は静かなものじゃった。
これは沙耶香の指示によるもので、昨夜は夜遅くまで残業だったからである。
早い話が、いつもより長く寝かせろというやつじゃな。
まぁそんなわけで、沙耶香と日香里はまだ起きてきてはおらぬ。
そんな中、幸太郎はハーフパンツにTシャツというラフな姿で、黙々と朝食を作っているのである。
とはいえ、やや眠そうにしておるがの。
まぁ無理もない話じゃ。
昨夜はここに帰って来てからというもの、SPSで厄抜きしておったからのう。
そのお陰かはわからぬが、眠いのに気分良さそうな顔はしておるわい。
ちなみに昨夜は、沙耶香の運転でマンションに帰ってきた。
理由は勿論、幸太郎の不幸体質を懸念しての事じゃ。
とはいえ、漏れなく不幸が襲っては来たがの。
信号に悉く引っかかり、更には、前の車が3台ほど立て続けに事故ったりしていたので、沙耶香もドン引きしておったわ。
沙耶香も不幸の力を目の当たりにし、「ぶ、無事、帰れますように……」と、小さく念仏唱えていたくらいじゃ。少々、肝を冷やした事じゃろう。
不幸の力を侮るでないぞよ。ほほほほ。
まぁそんな話はともかくじゃ。
それから暫くすると、沙耶香と日香里がダイニングへとやって来たのじゃった。
ようやくお目覚めのようじゃな。
「おはよう、三上君」
「おはようございます、三上さん」
幸太郎は2人に微笑んだ。
「おはようございます、沙耶香さんに日香里ちゃん」
2人はパジャマではなく、部屋着であった。
沙耶香は青いデニムパンツとやらと、落ち着いた色の半袖シャツを着ている。
手にはタブレットパソコンとやら持っていた。
また、日香里はスポーティな居服を着ていた。ハーフパンツとやらにTシャツという出で立ちじゃ。
今の幸太郎と同じような感じじゃな。
「昨夜は遅かったのに、貴方は早起きね、三上君」
沙耶香はそう言って、テーブルの椅子に腰掛けた。
「本当ですよね。でも三上さんて、学生時代から朝早そうですもんね。防衛大だし」
日香里は背伸びをしながら、近くのソファーに腰を下ろした。
「日香里ちゃんの言う通りかな。ずっとそういうルーティンが続いてるんで、少々寝不足でも、同じように目が覚めてしまうんですよ。それはそうと、朝食はもうちょっと待ってください。もうすぐ用意できますんで」
「ああ、気にしなくていいわよ。ゆっくりやってちょうだい。私はここでちょっと調べ物でもしてるから」
と言って、沙耶香はタブレットパソコンを操作し始めた。
じゃが、何かを思い出したのか、沙耶香はそこで手を止めたのである。
「あ、そういえば言い忘れてたわ。今日は後で、授法院に行くわよ。勿論、北条さんもね」
「授法院? もしかして、彼女達の件ですか?」
と、幸太郎。
沙耶香は頷く。
「ええ、そうよ。昨夜の検査結果だと、中等部特科クラスに編入の方向で、話を進める事になると思うわ。推薦人として私も行かなきゃいけないのよ。誰かさんの所為でね」
そう、昨夜は貴堂授法院で色々とあったのじゃ。
実はそこで、女子達に霊的素質検査とやらを行ったからである。
それがやや良い結果だった為、貴堂学院中等部に転校の話が出ているのじゃった。
昨夜の話じゃと、本人達は了承しているので、後は家族を説得するだけとの事じゃ。
妙な方向に話が進んでゆくのう。
「そうですか……それはよかったです。霊能に目覚めると、普通の生活は大変でしょうからね」
幸太郎は少し安堵していた。
自分が蒔いた種じゃからのう。
少し負い目があるんじゃろう。
「けど……あの今井優愛さんて子、ちょっと可哀想な境遇みたいね」
沙耶香はややしんみりとした表情であった。
「そうなのですか?」
「あの子……今の両親と血が繋がってないのよ。今の母親は死んだ父親の再婚相手で、優愛さんは連れ子なのね。で、その本当の父親が死んだ後、優愛さんの母親はまた再婚するんだけど、その父親との間には実子が1人いるのよ。まぁだから……家では要らない子扱いされてたようなのよね」
沙耶香は同情しておるのか、少し俯き加減であった。
「そうですか……」
家に居場所がないとは、まさに、この事じゃな。
まぁ今の世では、良くある話なのかもしれぬが。
日香里はそれを聞き、口元を押さえ、驚いていた。
「ええ、本当ですか? 優愛ちゃん、可哀想……」
「まぁそういうわけで……両親を説得するまで、彼女をここに泊めようと思うんだけど……いい? というか、1週間後には夏休みが始まるから、長い間、彼女をここに置く事になるかもしれないけど……」
沙耶香はそう言って、2人を探るように見た。
すると、幸太郎と日香里は快く頷いたのである。
「私は良いですよ。というか、そうしてあげて下さい。なんか可哀想で……」
「俺も構いませんよ。ですが、他の2人はどうするんです?」
「今は授法院に3人共いるけど、他の2人は一旦、家に帰るよう説得するつもりよ。それに、向こうの親御さんにも了承を得ないといけないから。まぁ彼女達がどうしても家にいたくないなら……別の方法を考えるわ」
今の世は、色々と根回しが必要なんじゃろうの。
我が生きていた頃のようにはいかんようじゃ。
「確かに、相手が未成年なだけに……しなきゃいけない手続きが結構ありますからね。ところで……昨夜、彼女から、今の父親は区議会議員と聞いたんですけど、本当なんですか?」
「ええ、本当よ。半グレ達は彼女を信じ込ませて悪事に加担させ、それをネタに父親を揺すろうとしてたんでしょうね。ま、因果応報で、ああなっちゃったけど」
輩共は優愛を利用する算段じゃったが、バチが当たったのう。
「アイツ等は、一括払いで不幸の精算が来ましたからね。恐らく、疫病神の仕業ですよ」
「本当に誰の仕業なんだか……」
沙耶香はそう言って、半眼で幸太郎を見た。
というか、我じゃな。ほほほほ。
「あの後、警察に引き渡したと聞きましたけど、知り合いが彼等の姿を見たら驚くでしょうね」
「彼等は身元不明の徘徊老人として引き渡したから、後の事はどうでもいいわ。まともに話せる状態でもないしね。自業自得よ」
沙耶香は冷たく言い放った。
ああいう輩が嫌いなんじゃろうな。
「そうですよ! 私も自業自得だと思います。あんな悪人、あのくらいの目に遭って当然ですから」
日香里も嫌いなようじゃな。
握り拳を作って熱く語っておるわ。
すると、そこで何かを思い出したのか、日香里はポンと手を打ったのじゃ。
「あ! それはそうと、三上さん。昨夜の話を聞いて、気になっていた事があるんです」
「何がだい?」
「あの子達に眠らせる呪術を使ったら、霊力に目覚めたとか言ってたんですけど……本当ですか?」
すると幸太郎は、渋い表情になったのじゃった。
自分もよくわからぬ現象じゃろうから、無理ないわい。
「うぅん……まぁその可能性もあるかもしれないというだけだよ。他の要因もあると思うから。で、それがどうかしたの?」
「なら……私にもそれをしてください! というか、してほしいです!」
あぐれっしぶな女子じゃのう。
そうきたか。面白いぞ、北条日香里。
「え? 本当に? たぶん、暫く幽霊が見えるようになるよ。それでも良いの?」
「良いです! お願いします! というか、今してください!」
日香里はやる気十分のようじゃ。
ガッツポーズとやらをしておるわ。
なら答えねばなるまい。
「そ、そう……でも……後で文句は言わないでね。自己責任という事で」
「はい、わかってます。それでお願いします!」
「知らないよ、本当に……」
幸太郎はそう言って調理の手を止め、タオルで濡れた手を拭く。
そして、日香里に近づき、素早く人差し指で『ちょっと睡魔閃』を額に見舞ったのである。
その直後、日香里は意識を手放し、幸太郎に抱きかかえられたのであった。
グッスリじゃわ。ほほほほ。
起きてどうなるかじゃな。
「み、三上君……今、何したの?」
「これが昨夜言ってた、不幸流陰気呪術・ちょっと睡魔閃です。術の理は、高練度の霊力を指先から脳天に、一瞬で打ち込む。ただそれだけです。まぁ要は、瞬間的な霊力操作の呪術ですよ」
幸太郎はそう答えながら、日香里をソファーに寝かせた。
「そ、そう……凄いわね、貴方。初めてみたわ……」
沙耶香は素で驚いておるわ。
恐らく、こういう呪術を初めて見たんじゃろう。
「あ!? ということは……今ならアレができるじゃない! 三上君、アレしてよ。タオを刺激するやつ!」
沙耶香は日香里が寝ているのを見て、嬉しそうにそう言った。
してほしゅうて、たまらんのじゃろう。
「ええ! 今ですか?」
「今よ。早くしないと、北条さんが目を覚ますじゃない。さ、早く!」
「はぁ、わかりました。なんか朝から忙しいな」
「文句言わないの。待ってたんだから」
そして日香里がスヤスヤ眠る中、沙耶香の喘ぎに似た声が、室内に小さく響いたのじゃった。
幸太郎も大変じゃのう。ほほほほ。




