四十八の巻 奪精気
[四十八]
指宿と幸太郎は、周囲に誰もいないのを確認した後、ビルの勝手口へと向かった。
そして、勝手口のドアを静かに開け、搬入口内へと足を踏み入れたのである。
中に入ったところで、幸太郎は念の為、ドアの鍵を内側から掛けた。
これは勿論、これ以上の不幸連鎖を防ぐ為じゃろう。
その後、2人は忍び足で、搬入スロープを降りて行った。
それから程なくして、2人は機械室へと続く通路へ差し掛かる。
じゃがしかし、そこで思わぬ出来事に遭遇したのである。
なぜなら、先の通路の途中で、輩共に拘束される女子達の姿があったからじゃ。
その為、指宿と幸太郎は、通路入り口の壁際に身を隠した。
ほほほほ、色々とあるのう。
指宿がそこで、幸太郎に耳打ちした。
「三上君……どうする? 助けるか?」
「ここで救出となると、妖魔が気付く可能性大です。今は様子を見ましょう」
「だな……ったく、なんて面倒なガキだよ」
そんなチン横キッズ達はというと、今は輩共によって口を手で塞がれ「ンー、ンー」言うておるところじゃった。
飛んで火に入る夏の虫とは、まさにこの事じゃわい。
本当に間が悪い女子じゃのう。
すると、輩共の小声のやり取りが聞こえてきた。
「おい……なんでこんな所に、チン横のガキがいんだよ。あの野郎から金を巻き上げんのに邪魔だ。口と手をガムテープで縛っとけ」
「はい、キタジマさん」
女子達2人は輩達にガムテープで拘束された。
アホなガキんちょじゃわ。
調子に乗って、ここまで来るからじゃ。
「キタジマさん、このガキ共、どうしますか?」
「とりあえず、連れてくぞ。こんな所に拘束したまま放って置いたら、誰かに見つかっちまう。コイツ等は後で、薬漬けにしてヒィヒィ言わしてやれ。お前の好きなキメセクの相手にすりゃいいぞ」
「さっすが、キタジマさん。話がわかるぅ。できれば、あのユアってガキもそろそろやりたいんスけど」
輩の1人がそう言って、ニヤニヤといやらしく笑った。
「アイツはまだ利用価値があんだよ。今はまだ俺達を信じさせとく必要がある。それまで待て。それより、ユアから今、CNTが入ってきた。あのカモ野郎は、この先の機械室にいるみたいだ。行くぞ」
「え? 機械室ですか? また妙なところでヤルんですね、アイツ。そんなところでセックスして気持いいんですか?」
「知らねぇよ。機械に囲まれてガキとヤリたい変態なんだろ」
「うわぁ、レベル高い変態ですね」
「機械室なだけに、奴はセックスマシーンっスよ」
「お前等、馬鹿なこと言ってないで、行くぞ。昼間あったユアのCNTだと、アイツ、結構金貯めてるらしいからな。3000万はあるみたいだ」
「へへへ、それは最高ッスね。行きましょう」
そして輩共は女子達を連れ、機械室へと向かったのじゃった。
これはまた面白い展開じゃのう。
指宿と幸太郎は輩共が見えんようになったところで、通路に足を踏み入れた。
「あ〜あ……いらん手間が増えちまったじゃねぇか。ったく、馬鹿にも程があるぞ、アイツ等……」
指宿は小さく愚痴を零した。
「仕方ないです。もう成り行きに任せましょう。不幸の輪に入ってしまいましたから……」
「不幸の輪? なにそれ?」
「知らない方がいいです。それより、俺達も続きましょう」
確かに、知らんほうが身の為じゃわ。
知らぬが仏じゃな。
「あ、その前に……ちょっといいか?」
すると指宿は、言いにくそうに訊いてきたのじゃ。
何か気がかりでもあるんじゃろうかの。
「何でしょう?」
「三上君てさ……妖魔退治の経験は結構あるのか?」
「まぁ多少はありますよ。それがどうかしましたかね?」
「この前も言ったけど、俺は殆どないんだよ。だから、今回の妖魔退治は三上君がメインでやってもらっていいか? 俺はそれに従うよ」
やはり、逃げたか。
妖魔と聞いて、こ奴はなんとなく、ビビっておる感じじゃったからの。
「え? でもいいんですか? 俺は新人なんですけど」
「全然いいよ。ジャンジャン行ってくれ。俺は君の補佐に徹するからさ」
指宿はホッとしたのか、テンション高くそう言った。
ちょい情けないぞ、指宿。
「わかりました。指宿さんがそれでいいなら。では行きましょうか」
「ああ」――
そして指宿と幸太郎は、輩共の後を追うように、通路を忍び足で進みはじめたのである。
それから程なくして、2人は輩共に追いついた。
輩共は今、機械室の扉の前に着いたところじゃ。
指宿と幸太郎は先程と同じように、通路の曲がり角の陰に隠れ、その様子を窺っていた。
するとそこで、輩共は機械室の扉に手を掛けたのじゃった。
「あの半グレ、中に入るつもりのようですね。流石に、今度は鍵かかってると思うんですけど……え?」
じゃが幸太郎の予想に反し、輩共はすんなりと扉を開いたのである。
そして、輩共はチン横キッズ達を拘束しながら、中へと入っていったのじゃ。
ほう、そこも鍵を掛けておらぬのか。
という事は……これは罠なのかもの。
幸太郎もそれを察したのか、顎に手を当て、思案顔になっていた。
輩共が中に入ったところで、扉はゆっくりと閉められる。
その直後、カチャリと鍵のかかる音が聞こえてきたのじゃ。
どうやら、自ら逃げ道を絶ったようじゃな。アホじゃのう。
指宿と幸太郎はそれを見届けたところで、曲がり角から姿を現した。
「三上君……妙じゃないか? これだけ用意周到な奴が、鍵を掛けないなんて……」
指宿もこの違和感に気付いたようじゃな。
さて、どうする幸太郎よ。
ちょっと妙な展開になってきたぞい。
「恐らく、尾行されているのを知っていたんでしょうね。だから、ワザと鍵を掛けなかったんだと思いますよ」
「って事は……つまり、これは罠か?」
「かもしれません。何れにしろ、とりあえず、ここに人除けを施しましょうか。誰か来る可能性がありますんで」
「ああ」――
*
指宿と幸太郎は通路に人除けの呪術を施した後、機械室の扉の前へやってきた。
ちなみに人除けの呪術は、術紋が描かれたシール状のモノを壁と床に貼るだけであった。
大きさはハガキくらいのモノで、簡易な人除け結界との事である。
指宿は虫除けパッチならぬ、人除けパッチなどと言うておったがの。
何れにしろ、便利なものよ。
まぁそれはさておき、指宿と幸太郎は扉に耳を近づけ、とりあえず、中の様子を窺った。
中から小さな声が聞こえてくる。
「おやおや、お客さんだね。よく来てくれた半グレ君達。歓迎するよ」
「ああん? 歓迎だと、バカも休み休み言え! おい、テメェよ……その女はなぁ、俺の妹なんだよ。流石に見過ごせねぇなぁ。妹に手を出されちゃよぉ」
「ククク……なるほど、美人局ってやつか。だが、残念だね。俺はそんなの構やしないんだよ。おまけに、チン横のガキまで追加で持って来てくれたのか。ありがたいねぇ……今夜は御馳走だな。おかわりもあるし」
「はぁ? お前さ、なに調子こいてくれちゃってんの。お前、キタジマさんの妹に手を出して、タダで済むとでも思ってんのか、コラッ! 殺すぞ、ボケッ!」
「おい、アニキの妹に手を出して、そのままでいられると思うなよ! このロリコン野郎!」
「アホな半グレ君だねぇ。しかも、ご丁寧に鍵までしてくれてありがとうよ。コレで心置きなく、食事が出来るというモノだ。礼を言うよ。さぁて……では頂くとするかね」
「はぁ? 何言ってんだ、テメェ……って、え! う、うわぁァァァ!」
「バ、バババ、バケモノダァァァ!」
「ウギャァァァ! た、助け! ギャァァ!」
「キャァァァ!」
どうやら正体を現したようじゃの。
幸太郎は指宿を見た。
「正体を現したようです。行きましょうか、指宿さん」
「あ、ああ」
指宿はゴクリと生唾を飲み込む。
コイツは確実にビビっておるのう。ちょいと不安じゃわ。
まぁそれはさておき、幸太郎はそこで鍵使って解錠し、扉を勢いよく開けた。
そして2人は、機械室へと足を踏み入れたのである。
さぁ戦じゃ!
*
機械室の中は予想通り、凄い状況であった。
今の世で言う阿鼻叫喚というやつじゃな。阿鼻教官じゃないぞよ。
それはさておき、凄い妖魔が1匹おるわい。
なんと、手が4本ある人型の化け物が、3人の輩共を掴んで、今まさに、精気を抜いておるところだったからじゃ。
その妖魔は、全体的に蝙蝠を大きくしたような化け物であった。
黒い体毛に覆われ、背中には蝙蝠のような羽が生えておる。
顔も特徴的じゃ。
鼻はブタのようであり、大きな口には虎のような牙が生えていた。
しかも、吊り上がった赤い目がキモいのう。
極めつけは左右に2本づつある4本の腕じゃろう。
その手には、輩共3人が首を握られて捕らわれておるのじゃ。
3人はかなり精気を喰われたようじゃな。
輩共は若かった筈じゃが、もう既にその面影はない。
髪は真っ白になり、顔は皺だらけとなっていた。90歳くらいの老人といった感じじゃ。
そしてユアという女子は、そんな妖魔を見て腰を抜かしたのか、地べたにへたり込み、頭を抱えながら、気が触れた様に絶叫していたのである。
「イヤァァァァ! キャァァァァ!」
しかし、なかなか凄い光景じゃのう。
とはいえ、見た事ある妖魔であった。
コイツは以前、幸太郎がぶちのめした妖魔と同じ種族じゃな。
「おいおいおい……や、やべぇ、化け物じゃないか! 半グレがジジイになってんじゃん。エナジードレインしてくんのかよ……」
指宿はそう言って、顔を強張らせていた。
おまけに及び腰じゃな。
漏らすなよ、指宿。
片や幸太郎は、無言で化け物を見据えているところじゃ。
と、そこで、妖魔はこちらに視線を向けた。
「おやおや、また餌が来たぞ。グハハハ」
妖魔は喜んでおるわ。
するとその時じゃった。
幸太郎の足元から「ンー、ンー」という声が聞こえてきたのである。
そこにいたのは、手と口をガムテープで拘束された女子達であった。
女子達も妖魔を見て腰を抜かしたのか、身動きできずに青褪めた顔をしておった。
無理もない話じゃ。
幸太郎はそこで女子達の額に指を当て、『ちょっと睡魔閃』をした。
すると女子達は、事切れたように横たわったのである。
まぁ今はこうするしかないじゃろうの。
「え!? 今、何したんだ?」
幸太郎の術を見るや、指宿は驚きの声を上げた。
「とりあえず、眠らせました。指宿さん……この子達を霊障壁の結界で守ってもらっていいですか?」
「それは良いが、アレは強力だけど、5分くらいしか張ってられんぞ」
「それでいいです。上手くいくかどうかわかりませんが、早めにケリを付けてみます」
「えっ! 三上君1人でするのか? 大丈夫かよ……」
「以前、戦った事がある妖魔なんで、何とかなると思います。では……お願いしますね」
それだけ告げ、幸太郎は妖魔に近づいたのである。
妖魔はそこで輩共から手を離した。
3人の輩は地べたに横たわる。
輩共は死に掛けの老人のような姿となっていた。
手足を動かしてはいるが、起き上がる事はもう出来まい。
因果応報じゃのう。
妖魔はそこで幸太郎を睨んだ。
「貴様、ちんけな呪術を使えるようだな。何しに来た? まさか、俺を退治しにでも来たのか?」
「ああ、そうだよ、化け物」
幸太郎は淡々と答えた。
「クククク……人間の呪術者風情が俺を倒すだと……調子に乗るなよ。俺はダーカだ! その辺の妖魔とはわけが違うんだよ!」
ダーカ……漢字で荼伽と書く化け物じゃろう。
コイツ等は、人に紛れる能力があるからのう。
「知ってるよ。荼伽……荼枳尼と呼ばれる女の鬼がいるが、それの男版の事だろ? ヒンドゥー教では、女神カーリーに仕える人を食う鬼神だったな。そして、真言密教では奪精鬼として閻魔天の眷属とされている荼枳尼天だったか」
妖魔は目を細めた。
「フン……そんなモノは人が勝手に作り上げた下らぬ妄想だな。我等は人に紛れ、人を喰う鬼神の種族よ。その力は、人が神と崇めるくらいにな。お前等は餌なんだよ」
幸太郎はそこで七つの道に気を通し、霊力を練り上げながら、手で印を結んだ。
「そう……だから……退治させてもらう」
そして幸太郎は、小さく咒を唱えたのであった。
「退治だとォ! なめるな人間風情がッ! 灰にしてやるわ!」
妖魔は大きな口を開け、大きく息を吸い込む。
次の瞬間、口から強烈な紅蓮の炎を吐きだしたのじゃ。
しかし、それより早く、幸太郎の咒が完成した。
結んだ手印から、青き焔の龍が出現したのである。
蒼き焔の龍は幸太郎の前で壁になり、渦を巻く。
その直後、奴の炎がそれに到達した。
壁にぶち当たる水の如く、炎が散ってゆく。
じゃが、それだけであった。
奴の炎は完全に塞がれ、幸太郎に到達する事はなかったのである。
「馬鹿な! 防いだだと!」
そして、次の瞬間、幸太郎は腕を突き出し、驚く奴に向かい、焔の龍を解き放ったのじゃ。
焔の龍が妖魔に襲い掛かり、奴を火達磨にした。
「ウギャァァァ! こ、この炎はァァァ……」
妖魔は苦しそうに藻掻いていた。
熱かろう。この焔は邪悪な存在を焼くからのう。
じゃがこれで終わりではない。
幸太郎は既に、次の行動に出ておるぞい。
陰の気を全身に巡らせて身体を強化させ、素早く間合いを詰めた幸太郎は、奴の鳩尾に向かって掌底を打ち込んだのじゃ。
岩をも砕く、陰の破勁よ。
「ゴフッ」
その刹那、妖魔は奥の壁に激突し、コンクリートの床に突っ伏したのであった。
程なくして、妖魔はヨロヨロと起き上がってきた。
青き焔は消えかかっていたが、皮膚は焼け爛れ、焦げ焦げであった。
肩で息をしとるわい。
「ガァァ……ハァハァハァ……貴様……ただの呪術者じゃないな。さては、かなり高位の呪術者か。まさか……こんな呪術者に目を付けられていたとは……グッ」
もう一押しじゃな。
かなり、力が弱っておるぞ。
間髪入れず、止めを刺すがよい、幸太郎よ。
焔の咒をもう一発食らわせれば、この妖魔はもう死滅するぞ。
よっしゃあ! いったれぇ!
じゃがその時であった。
「チッ……ならば!」
「キャァァ!」
妖魔の手が伸び、地べたにへたり込むユアという女子を掴んだのじゃ。
そして妖魔は、自分の元にユアを引き寄せたのであった。
ユアは怯えた表情で、全身を震わせていた。
「ハァハァハァ……さて取引だ。俺を追い詰めるつもりなら、このガキは、今この場で殺す。死なば諸共よ。ハァハァハァ……さぁどうする?」
妖魔は息も絶え絶えに、交渉を持ち掛けてきた。
必死じゃな。
「俺はこのままお前を退治する。任務を遂行するのみだ」
幸太郎は奴の交渉に付き合うつもりはないようじゃ。
弱みを見せるとつけあがるからの。
「グッ……そうか。なら、これならどうだ! フン!」
その時じゃった。
なんと妖魔は、幸太郎に向かって、女子を投げつけてきたのである。
これには流石の幸太郎もギョッとしておった。
予想外の行動だったんじゃろう。
その為、幸太郎は妖魔から目を外し、ユアという女子を受け止めるハメになったのである。
アチャーじゃな。
妖魔の悪態が聞こえてきた。
「グッ……この場は一旦引いてやる。ハァハァ……クソッ、憶えておけ!」
そして妖魔は素早く入口のドアを開き、一目散にこの場から逃げ出したのであった。
してやられたのう、幸太郎よ。
判断が甘かったの。
女子を無視すれば良かったんじゃろうが、流石にそういうわけにもいかんか。
お主もやはり人の子じゃわい。
とはいえ……実に恐ろしきは、不幸の輪じゃろうの。
まぁしかし、なかなか面白い見世物であった。
また次回に期待じゃな。ほほほほ。




