四十七の巻 怪しい男
[四十七]
ビル管理事務所のクーラーが利いた一室で、幸太郎と指宿は2台のパソコンを使い、監視カメラの映像を確認していた。
時刻は午後5時を回ったところじゃ。所謂、夕方じゃな。
とはいえ、事務所の窓から見える日の光は、糞暑そうじゃのう。
今は夏じゃから、夕暮れ時まで、まだまだ時間が掛かりそうじゃ。
それはさておき、幸太郎達は大変そうじゃな。
同じような映像をずっと見ておるせいか、流石の幸太郎も疲れ顔じゃわ。
なかなか目ぼしいモノが映ってないんじゃろう。
隣にいる指宿も目を擦りながら、じっくりとパソコンのモニターを見ておるわい。
するとそんな時じゃった。
幸太郎は何かを見つけたのか、目を細めたのである。
「ン? これは……」
幸太郎はマウスをクリックし、映像を止めた。
するとモニターには、若い男女が小さく映っていたのである。
それは時間にして、夜8時頃の裏の搬入口付近の映像であった。
幸太郎はそこで画像を拡大した。
やや粗い画像じゃが、男と女の顔が大きく映し出される。
するとそれは、見覚えのある男だったのじゃ。
幸太郎はそこで指宿を手招きした。
「指宿さん……ちょっと見て貰っていいですか?」
「ん、何だい。何か見つかったのか?」
「この男なんですけど……見覚えないですかね?」
幸太郎は映り込む人物を指さした。
指宿はモニターを覗き込む。
「へぇ、コイツか、どれどれ……ん、あ! コイツ、あの優愛とかいう子と一緒にいた奴じゃないか……て事は……」
幸太郎は頷くと耳打ちした。
「だと思います。となると、不味いですね。もしかすると今日、凶行に及ぶかもしれません」
「だよな。どうする? というか、コイツ……一体誰なんだ?」
「とりあえず、管理人さんに確認してみましょう」
幸太郎はそこで、少し離れた事務机にいる管理人のオッサンを見た。
「管理人さん、お仕事中にすいませんが……ちょっとお時間よろしいですかね」
「いいですよ。何ですかね?」
管理人のオッサンがこちらに来た。
幸太郎はそこで、男の画像を指さした。
「ここに映っている男の人って、誰かわかりますかね?」
オッサンはモニターに近づき、目を細める。
「この男ですか。んん、どっかで見た顔だな……誰だったか……あ、そうだ、思い出した。この人は確か、ココの夜間警備をお願いしている警備保障会社の方ですよ」
ほう、このビルの関係者じゃったか。
「へぇ、警備の方なんですか……ちなみに名前はなんて言うんです?」
管理人はそこで、壁に掲げてある掲示物を指さした。
それは、曜日や名前といったモノが綺麗に印字された表であった。
「あそこの壁に、週毎の警備担当シフトが書いてありますよ。あの人は先週だから……加々見さんですね。そこそこ若い方ですよ。確か、30歳くらいじゃなかったかな」
「加々見さんというんですね、なるほど。ちなみに、どんな感じの方ですかね?」
するとオッサンは渋い顔になり、考え込んだのである。
たぶん、知らんのじゃろう。
「うぅん……と言われましてもねぇ。彼がこのビルに配属されたのは、今年になってからなんですよ。たぶん、まだ半年も経ってないんじゃないかな。だから、私もそこまで親しくはないんですよね。ですが、結構、物静かな方だったと思います」
「へぇ……今年に入ってからなんですか。なるほど」
「この人がどうかされたんですかね?」
「いや、そんな大した話じゃないんです。ただ、変な時間に裏の搬入口付近のカメラに映ってたので、気になっただけですよ。お仕事中にすいませんね。ありがとうございました」
「ああ、そういう事ですか。ご苦労様です。では、よろしくお願いしますね」
管理人のオッサンはそう言って、自分の席に戻っていった。
そして幸太郎と指宿は、モニターに映る若い男をジッと見詰めたのじゃった。
「三上君……コイツかな。人外野郎は……」
指宿は小声でぼそりと言った。
「ええ、恐らくは……。指宿さん、この時間帯を中心に、他の日も調べてみましょう」
「ああ」――
*
監視カメラ映像を調べ終えた指宿と幸太郎は、搬入口のあるビルの裏側へとやってきた。
時刻は午後6時頃じゃ。少し日も傾いてきたかの。
しかし、裏側は表とは打って変わり、質素な佇まいじゃのう。陰気な路地裏といった感じじゃ。
おまけに、ここもゴミが結構あるわ。臭そうなところじゃわい。
まぁそれはさておき、搬入口は地下に向かって、コンクリートの坂となっており、その先は無機質な空間が続いていた。
幸太郎達はこの坂を搬入スロープと言っておったのう。
我には急な坂道に見えるが、車が出入りする場所らしいので、そう大した勾配でもないんじゃろう。
ちなみにそこは、監視カメラが設置されている場所でもあった。
2人はカメラの位置を確認し、そこで周囲を見回した。
見たところ、人もそれほど行き交っておらぬので、密談するには丁度いい場所であった。
「さて、三上君、ここなら大丈夫だろ。で、これからどうすると良いと思う? まぁ最終的な判断は斉木さんに任せるけど、たぶん退治する事になるだろうな」
「でしょうね。ですが……問題はどうやってコイツを追い詰めるかです。とはいえ、取れる手段は1つしかないですけどね」
「現場で待ち伏せか……」
幸太郎は思案顔で頷いた。
「ええ。ですが……慎重にいった方が良いかもしれません。警戒させて正体を曝け出さない可能性もありますんで」
「かもな。ちなみにだけど、三上君的に、どんな人外だと思う? そもそもなんで殺人を犯しているのか、それがわからないんだが……」
今の指摘は尤もな話じゃ。
何を目的に殺人を犯しておるのか?
それも重要な部分じゃな。が、しかし……幸太郎は既に気付いておろう。
妖魔があそこで何をしていたのかを。
「機械室で何をしていたのか……それは霊の無念な叫びを聴いたので、大体は把握してますよ」
「え? さっき言っていたユッチとイッチという女の子の霊からか?」
幸太郎は物憂げに頷いた。
「恐らく、妖魔はあの機械室で食事をしていたんだと思います。生きながら食われる少女達の無念な叫びが聞こえましたから」
幸太郎はそう言って、薄暗い搬入口へと視線を向けた。
指宿は目じりを下げ、やるせない表情をする。
「やっぱりか……そんな気はしてたよ。俺もあそこで、悲しい霊的気配を感じたからな。でも、血痕とかないから、そこが妙なんだよ。どうやって食べたんだ? 人間を食べるといっても、何かしらの痕跡は残ると思うんだが……」
「それは流石にわかりません。ですが……以前、俺が戦った事のある妖魔は、吸血鬼のように血や体液を吸収し、干からびた肉体を貪り食べるようなのも居ました。だから、無くはない話です」
そういえば居たのう。
幸太郎も倒すのに結構苦労した妖魔じゃな。
名前はなんちゅう奴じゃったか……我も忘れたがの。
幸太郎は確か知っておる筈じゃ。
なんでも、密教の尊格のモデルになった化け物とか言うておったわ。
それはともかく、指宿は舌を出し、嫌悪感丸出しの顔をしておるわい。ほほほほ。
「うっげぇ……なんだよ、それ……最悪じゃんか。というか、三上君て結構ヤバい経験してんだな。ある意味、頼もしいわ」
「不幸体質なんで、そういうのが多々あるんですよ。お恥ずかしい話です」
「まぁつっても、こういう業界に身を置くこと自体、それなりに不幸な事かもしれないけどな。それより、どうする? やっぱり、正体を現すまで、じっくりと待つしかないよな」
「そうするしかないでしょうね。でも俺の経験上、こういう妖魔はニオイに敏感なんですよ。俺達が先に機械室に忍び込んでいると、最悪バレるかもしれません。なので、我々は外で待機して、奴が機械室に入った後、人除けの呪術を施してから処理するのが良いかもしれません。ちょっと手間ですがね」
我も幸太郎の方法が無難じゃと思うの。
以前、こういう妖魔と相対した時、幸太郎はそれに苦労しておったからのう。
ま、それでも最後は、幸太郎がぶちのめしていたがな。ほほほほ。
「ニオイかぁ……なるほどな。こういうのは、三上君の言う通りにしたほうがよさそうだ」
「まぁ何れにしろ、まずは斉木さんに経過報告をしましょうか。最終判断は上司に任せましょう」
「だな。あ~あ……今日はたぶん残業だな、三上君」
「ですね。定時退社は諦めた方が良さそうです」――
*
その日の夜。
今は夜の7時半を回ったところじゃ。
指宿と幸太郎は暗がりの中、ビルの物陰に隠れ、搬入口スロープとやらの付近で静かに待機をしているところであった。
斉木に判断を仰いだところ、やはり、2人で処理をしてほしいと連絡があったからである。
つまりここからは、妖魔退治と相成るのじゃ。楽しみじゃわい。
そういえば、その後、幸太郎もこっそり隠れて、スマホで事の顛末を沙耶香に報告していたのう。
帰りが遅れるという事を伝えたかったんじゃろう。
お嬢様の運転手は大変じゃの。ほほほほ。
まぁそれはさておき、2人の傍らには今、呪術道具が入れられた黒いアタッシュケースが2つ置かれていた。
ちなみにこれらは、会社の支給品だそうじゃ。道師の専用呪術道具らしい。
ケースの中には、我も知らぬ様々な呪術道具が入っておるのじゃろう。
幸太郎は沙耶香から、基本的なモノとよく使うモノは手解きを受けておるので、大体の使い方は把握しているようじゃ。
今日はいよいよ、それを使う事になりそうじゃな。
我はそれも楽しませてもらうとしよう。
「三上君……今日も8時頃に来るかな? 別の日の8時頃にも、アイツ映ってたし」
指宿が小声で幸太郎に話しかけた。
「俺の予想だと、たぶん来ると思いますよ。奴が映ってたのは、非番の週なんでね。それと、さっき管理人さんにシフトの確認したら、夜の8時に事務所で警備担当と引継ぎがあるらしいです。そこで、この搬入口にシャッターが下りるそうですね。そして、ここの出入り口を塞いだ後は、暫くはこちらに警備に来ないそうなので、奴は恐らく、その隙に乗じて行動を起こす筈です。恐らく侵入は、あの脇にある勝手口からでしょう。ご丁寧にも、警報システムを作動させないよう、センサーに細工してありましたからね」
指宿はそこで腕時計に目をやった。
スマートウオッチというやつらしく、見やすく光っておるわ。
今の世は便利な道具が多いのう。
「なるほどね……じゃあ、もうそろそろだな。今日は疲れる1日になりそうだよ。ン……言ってる傍からシャッターが降りてきたな」
丁度そこで、カタカタという歯車の回るような音と共に、金属製のシャッターが下りてきていた。
シャッターは程なくして地面に到達し、搬入口は完全に塞がれた。
さて、ここからじゃな。
来ると良いのう。
指宿と幸太郎は物音立てずにジッと待った。
10秒、20秒、30秒と時が過ぎてゆく。
辺りからは表の喧騒が小さく聞こえてくる。
華やかなネオンとやらの灯りが、空をぼんやりと明るくしていた。
このビルの向こうでは、眠らない街の宴が始まっておるようじゃな。
そんな雑然とした雰囲気の中、2人はジッと辺りを窺い続ける。
そして暫くすると、2つ人影が搬入口の方へと近付いてきたのであった。
それは勿論、あの男と優愛とかいう女子であった。
2人はシャッター横の勝手口の前で立ち止まった。
すると程なくして、2人の会話が小さく聞こえてきたのじゃ。
「ちょっと待っててくれるか、優愛ちゃん。今、鍵を開けるから」
男は周囲を確認した後、鍵を差し込み、ドアを開いた。
「さぁ行こう。この奥に凄く良い場所があるんだよ。快適だし、防音も完璧だしね。美味しいモノも沢山用意してあるよ。全部、俺の奢りだ。さぁそこで楽しもうか。最高に気持ちよくなろうぜ」
「うん……」
2人はそんなやり取りをした後、建物の中に入っていった。
指宿と幸太郎はそこで顔を見合わせた。
頃合いじゃな。
「三上君、行こうか」
「ええ……あ、待った!」
幸太郎はそこで、搬入口の反対方向に視線を向けたのである。
するとなんと、腕に刺青を入れた輩達3人が、そのドアへと向かっていたのじゃ。
ほほほほ、残念じゃな。一足遅かったのう。もう鍵が掛かっておる筈じゃわい。が、しかし……なんと輩達はすんなりとドアを開け、忍び足で中へと入っていったのじゃった。
鍵を掛けてないんかぁい!
「ア、アイツ等……というか、鍵掛けてないのかよ。でも、これは予想してなかった。どうしよ?」
指宿は困惑気味に幸太郎へ振り返った。
「どうもこうも……こうなったら仕方ないです。とりあえず、俺達も行くしかないでしょう」
「だな。仕方ない……ン? おいおいおい……嘘だろ……」
すると、その直後であった。
今度はなんと、昼間の女子達が現れ、勝手口の方へと向かっていたのである。
そして、さっきの輩達と同じく、忍び足で中へと入っていったのじゃ。
面白いぞよ。ほほほほ。
「こ、今度はチン横キッズかよ! なんなんだよ、この展開は! 怒涛過ぎるやろ……」
幸太郎も頭が痛いのか、額に手を当て、溜息を吐いていた。
「最悪だ……この傾奇町に来て、ずっと嫌な予感はしてたが……また不幸連鎖起きるレベルまで陰の気が溜まってきたのかよ」
さぁて困ったのう、幸太郎よ。
泣き言言うてる場合ではないぞよ。
今はSPSで厄払いなんぞ、出来ぬからの。というか、もう遅いわい。
マンションに帰るまでお預けじゃ。
それはともかく、中は差し詰め、蠱毒の壺じゃのう。
幸太郎には悪いが、面白うなってきたわい。
さぁ宴の始まりじゃ。ほほほほ。




