四十五の巻 雑居ビル
[四十五]
古い雑居ビルの中に入った幸太郎と指宿は、事務所にいる管理人から、怪現象があったという階へと案内してもらった。
案内されたのは1階のばっくやーどと呼ばれる場所と、地下1階の物資搬入口の周辺であった。
そこは関係者以外立入禁止の区域で、一般人の出入りは少ないらしい。
それもあり、人の姿は少ない。というか、殆どおらんのう。静かなもんじゃわ。
おまけに、華やかさが必要ない場所の所為か、壁はコンクリート剥き出しで、尚且つ、薄暗いのじゃ。
これはある意味、洞窟じゃな。
じゃがそんな事よりも、問題はコレじゃろう。
いるのう……無念な幽世の者達が。
しかも、今の世の姿を記憶した魂が、誰彼構わず、必死に叫んでおるところであった。
ちなみに幸太郎は、それらを無視して気付かないフリしてる最中じゃ。
反応してしまうと、寄ってくるからのう。
大変じゃわい。ほほほほ。
「すいませんね、妙な事で来て頂いて。ですが……ここ3ヶ月程、おかしな物音が聞こえたり、悲鳴のようなモノが聞こえたりといった苦情が多いんです。挙げ句の果てには、幽霊が出るとかいう苦情まで来る始末ですよ。そんな事あるわけないのに……困ったモノです」
ファイルを脇に抱えた作業服姿のビル管理人が、疲れたように愚痴を零した。
ちなみに管理人は、中肉中背の普通のオッサンじゃ。
「それは大変ですね。ご苦労様でございます」
指宿は丁寧に頭を下げ、管理人を労った。
オッサンは苦笑いする。
「まぁそれに関しては、気にしないで頂きたい。それはともかく、メーカーに確認したところ、電気や水道と、空調の設備関係に異常はないようなので、あとは建物の構造上の問題か、隣のビルからか、あるいは地面からか、と考えております。どう思われますかね?」
「今は何とも言えないですね。それはともかく、苦情はテナント従業員と、客からも来ていると聞きましたけど、以前はなかったんですか?」
指宿が質問を質問で返した。
管理人は疲れた顔で頷く。
「ええ、なかったですね。私がココの管理を初めて5年目ですが、こんな苦情は初めてですよ」
ふむ、最近になって突然の幽霊騒動か。
それはかなり不味いのう。
まぁとはいえ、幸太郎はもう既に、その異変の原因に気付いておろう。
じゃが……その原因を取り除くのは厄介かもの。
「そうですか……それはちょっと気になりますね。わかりました。一応、ビルの見取り図もありますんで、ここからは我々が調査の方をさせて貰いますよ。ちなみに、マスターキーはありますかね?」
「ええ、持ってきてます。これがそうです。どうぞ、お使い下さい」
管理人は服のポケットから、ジャラジャラと鍵束を取り出し、指宿に差し出した。
「ありがとうございます。では、お借りしますね」
指宿は鍵束を受け取る。
するとそこで、幸太郎が手を挙げた。
「あ、すいません。1つ訊きたいんですけど、このビル内で、監視カメラが設置されてない場所ってわかりますかね?」
管理人は怪訝に眉を寄せた。
「え……監視カメラの無い所ですか? 設置されてる所ではなくて?」
「ええ、無い場所です。もしかすると、外部から侵入者がいるとも限らないので、念の為に知りたいんですよ」
「ああ、そういう事ですか。ですが、私も全部は把握してないので、無い場所と言われると難しいですね。なんでしたら、このファイルの中に、セキュリティ装置の設置図面があると思いますんで、これもお渡ししますよ」
管理人はそう言って、脇に抱えるファイルを幸太郎に差し出した。
「え、いいんですか?」
「どうぞ、お使いになって下さい」
幸太郎はファイルを受け取った。
「すいませんね。ありがとうございます。使わせて頂きます」
「どうぞどうぞ。いやぁ、調査部の方々に早く来て頂けて良かったですよ。では、私はこれで失礼させていただきますね。後は、よろしくお願いします」
そして管理人は、指宿と幸太郎を残し、この場から去って行ったのである。
指宿はそこで幸太郎を見た。
「さて……という事らしいけど、三上君はどう思う?」
幸太郎は顎に手を当て、険しい表情になった。
「指宿さん……厄介な気配がします。ちょっと不味い事態が起きてるかもしれません。短期間に多数の幽霊騒動というのが、よくないです……」
指宿も面倒臭そうに周囲を見た。
「かもな。さっきから複数の嫌な霊の気配を感じるんだよな。俺の勘だと、ここ最近、この近辺で死人が出てるな。やだなぁ……もう」
指宿も霊の気配には、そこそこ敏感なようじゃ。
まぁ見た目はともかく、一応は呪術者じゃし、当然か。
「でしょうね。無念系の霊は死んだ場所に括られますし……嫌な予感がします。とりあえず、このセキュリティ装置の設置図面を見て、死角の領域を調べた方がいいかも知れません。そこに何らかの痕跡がある気がしますんで」
「ん、どうしてだ?」
指宿は首を傾げた。
こういうのはやはり、幸太郎の方が判断が早いのう。
「もしかすると今回の一件……このビルの中で起きた、連続殺人が原因の可能性があります」
指宿はその言葉に、ギョッとして息を飲んだ。
幸太郎も遠慮せんと淡々と言うのう。
「れ、れれ、連続殺人だって……どうしてそう思うんだ?」
「以前、そういう現場を何回か見た事あるからです。それらは全て、こんな感じの陰の気が漂ってました。なので、俺個人としては、それがどうしても過ってしまうんですよ」
「おいおいおい……勘弁してよ。もしかして俺、とんでもないババを引いたのか。警察案件かよ……最悪じゃんか」
指宿は額に手を当て、溜息を吐きながら嘆いていた。
コイツを見てると不安になるのう。
未熟な頃の幸太郎みたいな感じじゃわ。
「それはわかりませんが、何れにしろ、それも頭の中に入れておいた方がいいと思いますよ」
「そうか……じゃあとりあえず、三上君の言う通り、セキュリティ図面を見て、その死角とやらを調べてみようか。はぁ……変なモノが出てきませんように」――
*
監視カメラの死角を見つけた幸太郎と指宿は、地下にある機械室へと向かっていた。
幸太郎が図面を見たところ、そこには監視カメラの類が設置されてなかったからである。
その為、2人は今、そこへと向かっているのじゃが……近づくにつれ、無念な霊の気配が強くなっていたのじゃ。
こりゃ幸太郎の勘は当たりじゃな。
指宿も険しい表情をしておるわ。
こりゃ大変じゃのう。一体、何が起きておるのやら……。
2人は程なくして、機械室と書かれた扉の前に辿り着いた。
それは重厚な両開きの銀の扉じゃった。
材質は金属じゃろうの。重たそうな扉じゃわい。
幸太郎が取っ手を回そうと手を掛けたが、ビクともしなかった。
どうやら、鍵が掛かっておるようじゃ。
「鍵が掛かってるね。ところで、三上君……この霊気はヤバいな。この奥で、死人が出てるかも知れない。どうする……俺が開けるかい? そ、それとも、君が開けるか?」
指宿は恐る恐る、幸太郎に訊ねた。
たぶん、自分で開けたくないんじゃろうな。
神社の時もそうじゃったが、コイツは意外とビビりじゃからの。
中の凄惨な殺人現場をイメージしとるに違いない。
「俺が開けますよ。こういうのは慣れてるんで。鍵を貸してください、指宿さん」
「あ、ああ、助かるよ。じゃあ、お願いな」
指宿は鍵束を幸太郎に差し出した。
鍵束を受け取った幸太郎は、そこから機械室と書かれた鍵を見つけ出し、それを鍵穴に向かわせた。
「では開けます」
「どうぞどうぞ」
幸太郎は無造作に鍵を回す。
すると、カチャリという小さな音が響いた。
そして幸太郎は取っ手を回し、扉を開いたのである。
扉の向こうは、暗い不気味な部屋となっていた。
低く唸る音と、機械のモノと思われる小さな表示灯がチカチカと光っている。
じゃが、ここに人の気配はないようじゃ。
他の気配は結構あるがの。
「では行きましょうか、指宿さん。壁にスイッチがあると思うんで、まずは電気をつけましょう」
「お、おう……でも殺人犯とかって、いないよな?」
「大丈夫ですよ。生きている者の気配は感じませんから」
幸太郎は動じた様子もなく、悠々と機械室に足を踏み入れた。
「だろうね……俺もさっきから嫌な霊気を感じまくりだもんよ。やだなぁもう……斉木さんもなんで俺達に行かせたんだ、ったく」
そんな愚痴を零しながら、指宿も後に続いた。
幸太郎は入り口の壁にあるスイッチに手を伸ばした。
その直後、この場は一気に明るくなり、機械室の中身が姿を現した。
おうおう、よう見えるわ。中は結構広いのう。
この機械室は通路同様、なんの飾りっ気も無いコンクリート壁の部屋であった。
でかい箱のような装置や、大小様々なパイプにダクトといった物が、壁や床を走っていた。
ふむふむ、なるほどのう、そういう事か。
これは人がおらんはずじゃわ。
機械が壊れでもせん限りの。
じゃが、無念な霊は結構おるのう。それも、ここ最近殺された者ばかりじゃ。
さて、幸太郎よ……お主はどうするつもりかな。
「三上君……どうだ? 何かいるか? まさか……し、死体とかってあったりする?」
「いや、人の死体は見当たりませんね。ですが……ここで殺人が行われてる気がしますね。なんとなくですが……」
「でも、何の形跡もないぞ。殺人があったなら、何かしらの痕跡が残りそうなもんだけど。まぁとはいえ、嫌な気配が充満してるのは事実だな。なんなんだ一体、霊の気配も強いし」
指宿はそう言って、周囲に目を向けた。
幸太郎はある箇所をジッと見つめているところじゃ。
そこは機械が多いこの部屋で、唯一、開けた場所であった。
いくつもの霊がそこで、呪詛の如く、同じ事を訴えておるわ。
幸太郎は今、それに耳を傾けているところじゃ。
流石の幸太郎もその訴えを聞き、真顔になっておるわ。
もう大体の真相は見えたの。
じゃが……大変じゃぞ。
相手は人ではないようじゃからな。
幸太郎はそこで指宿に振り返った。
「指宿さん……外に出ましょう。監視カメラの映像を管理人さんに言って見せてもらった方がいいです」
「監視カメラの映像? いきなりどういう事だよ……話が見えんぞ」
「この殺人犯は、人ではないかもしれません。人の皮を被った化け物の可能性があります」
指宿はそれを聞くなり、目を見開いた。
「な、なんだって……ということは妖魔の類か?」
「ええ……恐らくは」
「妖魔だって……嘘だろ、おい」
「俺はその可能性もあると思います」
幸太郎の淡々とした受け答えを聞き、指宿はゲンナリとしていた。
「おいおいおい、本当かよ。三上君が言うと、なんだか本当にそんな気がしてきたぜ。まぁいい……とりあえず、行こうぜ。場合によっては斉木さんに連絡入れないといけないし」
「ですね」――
そして2人は、この場を後にしたのであった。
*
機械室を出た2人は、上への階段へと向かって歩を進めた。
するとそこで妙な2人組と出くわしたのである。
それは年端もいかぬ若い女子達であった。
見たところ、ここに来る時に外で会った、あの女子のような感じじゃ。
衣服はあそこまで大胆なモノじゃなく、可愛い系のモノじゃがな。
それはさておき、女子達は驚いたのか、そこで口元を手で押さえた。
「や、やばっ、見つかった!」
「やっぱり人がいるじゃない! 刑事よ!」
女子達は慌てて、くるりと方向を変える。
するとその時じゃった。
「待って! 君達に聞きたい事がある! ユッチとイッチって、君達の知り合いか?」
なんと幸太郎が、女子達を呼び止めたのである。
女子達はそこで立ち止まり、恐る恐るコチラに振り返った。
その表情は、かなり驚いておる感じじゃ。
ほう、知ってるようじゃの。
「三上君……ユッチとイッチって、何?」
指宿が首を傾げながら、小声で訊ねた。
「後で話します」
幸太郎は女子達に向かい、ふれんどりぃに微笑んだ。
「どうやら知り合いのようだね。ちょうどよかった。君達に訊きたいことがあるんだよ。捕まえたりしないから安心して、俺達は刑事じゃないよ」
女子達はそこで顔を見合わせた。
「き、訊きたい事って、何?」
女子の1人が答えた。
「ここじゃ色々とアレだから、外に行こうか。君達もその方が話しやすいだろ?」
女子達はヒソヒソと密談を始めた。
程なくして、話が纏まったのか、女子達は首を縦に振ったのである。
「わかったわ……でも、私達も色々訊かせて貰うからね」
「ああ、いいよ。じゃあ、とりあえず、上に行こうか」――
ほほほほ、面白い展開になってきたの。




