四十三の巻 新たな住人
[四十三]
幸太郎と沙耶香の住むマンションに、日香里という新しい住人が加わった。
宗厳が帰った後、善は急げとばかりに、日香里も幸太郎達と一緒にマンションに帰ってきたのじゃ。
日香里の行動力は凄いのう。まだ引っ越しの準備もあるというのに。
まぁそれだけ、幸太郎と沙耶香を2人きりにしたくなかったんじゃろうな。ほほほほ。若いのう。
じゃが対する沙耶香は、かなり不満そうであった。
帰って来る車内でも、幸太郎を無言で睨んでいたくらいじゃからの。というか、今もじゃがな。
そして、その幸太郎も、いつもと違う沙耶香の様子に、かなり戸惑っておるところじゃ。
アホじゃのう。幸太郎はホンマに、女子の扱いが下手じゃわ。
ちなみに日香里はというと、今はその真新しくて広い室内を見て、喜んでいるところであった。
「すっご~い! 三上さんと沙耶香部長って、こんな良い所に住んでいたんですね。お部屋も一杯あるじゃないですか! ココにあるのはお洒落な家具ばかりだし。これって部長が選んだんですか? 凄く良いセンスしてますね……素敵です」
沙耶香は口元をヒクつかせながら、それに答えた。
「そういって頂けると嬉しいわね、北条さん。でも、ここは随分と会社から離れてるわよ。いいの? おまけに郊外だし。こんな所に住んでいいの? 貴方、元々住んでるのは、もっと都心に近いでしょ?」
「全然構いませんよ。三上さんと部長の近くにいられますし。すいませんね、押しかけてきた感じになってしまって。もしかして、お邪魔でしたか? てへへ」
日香里はそう言って、挑戦的に微笑んだ。
「いいえ、そんな事ないわよ……歓迎するわ。うふふ……」
沙耶香も負けじと微笑んだ。
おうおうおう……早速、静かにおっぱじめとるのう。
大したタマじゃわ、北条日香里。
沙耶香も笑ってはおるが、かなりキておるのう。
そして幸太郎はというと、部屋の隅で2人のスキのないやり取りを見て、若干萎縮しておるところであった。
居辛そうにしておるわ。
余計な事を言うからじゃ。戯けが。ほほほほ。
「こんな素敵なマンションで、2人と共同生活できるなんて感激です! さて、それじゃあ部長、空いてる部屋を使いますね。どこですかね?」
「その部屋よ……少しだけ物があるけど、好きにすればいいわ」
沙耶香は空き部屋を指さした。
「へぇ、あの部屋ですか。じゃあ、早速、見て来ますね。どんな部屋かなぁ、楽しみ~」
日香里はウキウキと軽い足取りで、部屋へと入っていった。
それを見届けたところで、沙耶香は廊下へ行き、幸太郎を手招きしたのじゃ。
幸太郎は元気なくシュンとしながら、沙耶香の元へと向かった。
沙耶香は微笑みながら幸太郎を待つ。
そして、自分の前に来た次の瞬間、沙耶香は怒りの形相に豹変し、幸太郎に耳打ちをしたのである。
「三上君……どういう事よ! 貴方、北条さんにルームシェアしてる事をなんで話したのッ! お陰で、一緒に住む事になったじゃないッ! んもうッ!」
「す、すいません、沙耶香さん。出発前、送迎の件は言っても大丈夫そうだったので、ルームシェアも言っていいのかと思ってしまって……つい……」
「良いのは送迎の部分だけよ! 一緒に住んでる事まで許可した覚えないわ! その辺は察してよ!」
沙耶香は我慢ならないのか、顔を近づけて、幸太郎を威嚇してきた。
相当、キテおるの。我の予想通りじゃわ。
「そ、そそ、そう言われましても……とにかく、すいませんでした。この通りです」
その剣幕に驚いたのか、幸太郎はそこで思わず土下座したのじゃった。
感情的になっている相手のクレーム処理の手段じゃな。
今は何を言っても無駄だと判断したんじゃろう。
すると、沙耶香はそれを見るや、罰が悪そうな顔をしたのである。
「ちょ、ちょっと……そんな風に謝らないでよ。いいから立ちなさい。早く! 早く立ちなさい! こ、こんな所を北条さんに見られたら、何言われるか……」
早く立ちなさいとな?
女子が言うと、卑猥に聞こえるのう。
我も今の世に毒され過ぎたか。ほほほほ。
まぁそれはさておき、幸太郎はそれを聞き、慌てて立ち上がった。
「すいません。でも、もうこれぐらいしか、俺にはできませんよ」
「そんなんじゃなくて……もっと他の事で返してよ」
「他の事?」
「例えば……タオとか……密着するやつとか……霊力を刺激するやつとか……その色々あるじゃない」
沙耶香は小さくそう言うと、恥ずかしそうに幸太郎を見たのじゃった。
ほほほほ、なるほど、そういう事か。
この女子は素直じゃないのう。
というか、沙耶香が言うておるのは、全部同じ行為じゃがな。
「へ? あ、ああ、アレですか。あんなので良いんですか? アレなら幾らでもしますよ」
するとその時じゃった。
「アレってなんですか?」
なんと2人の近くに、日香里が来ていたのである。
というか、幸太郎が立ち上がるあたりからいたのじゃが、2人のやり取りを無言でジッと見ていたのじゃ。
怖いのう。ほほほほ。
沙耶香もドキッとしたのか、ちょっと焦り顔じゃわ。ウケる。
「北条さん!? な、何でもないのよ。ちょっと仕事の話してただけだから」
沙耶香はそう言って幸太郎をキッと睨んだ。
その目たるや、『言ったら、どうなるかわかってるんでしょうね?』とでも言わんばかりの眼力じゃ。
こりゃ、幸太郎も軍門に下るしかないじゃろう。
「そ、そうなんだよ。ちょっと今日の仕事の件でね」
日香里は半眼で2人を見た。
何かを怪しんどる目じゃな。
面白いぞよ。この女子もなかなか勘の良さそうな感じじゃしな。
「ふぅん……じゃあ、私も混ぜてくださいよ」
沙耶香は白々しく、ポンと手を打った。
「それもそうね。リビングで話しましょうか。さ、三上君も北条さんも向こう行きましょ」
そして沙耶香は、そそくさとリビングのテーブルへ向かったのじゃった。
幸太郎と日香里は、それに続いた。
なかなか大変そうじゃな、沙耶香よ。
しかし、沙耶香には悪いが、これはこれで面白いわい。
日香里が来た事で、更に賑やかになりそうじゃ。ほほほほ。
*
翌日の早朝。
幸太郎はいつもの調理作業をしていた。
今日の献立は、味噌汁とごはん、それと卵焼きと焼き鮭に漬物といった感じの和食のようじゃな。
こ奴は今までが基本的に自炊じゃったから、手慣れたもんじゃわ。
そして、朝食の用意が整ったところで、幸太郎は女子達を呼びに向かったのじゃ。
その後、着替えを終えた女子達がリビングに現れた。
「わ、凄いですね。これ、三上さんが作ったんですか?」
日香里は驚いた目で幸太郎を見ていた。
「まぁ一応ね。でも、そう大した物は作れないよ。本職の料理人じゃないから」
幸太郎はそこで、2人の椅子を引いた。
沙耶香と日香里は椅子に腰を下ろす。
「でも彼、意外と何でもこなせるのよね。私も嬉しい誤算だったわ。彼となら、ずっと一緒に住んでも良いと思ったくらいだもの」
沙耶香はそう言うと、日香里に微笑んだ。
「へぇ、そうなんですか。意外ですね、私も今、同じ事を思いましたもの」
日香里も負けじと笑顔で言い返す。
ほほほほ、朝っぱらから、静かな女の戦いじゃのう。
2人共、笑顔なのに全然和やかでないわ。
面白いぞよ。
ちなみに幸太郎は、我関せずといった感じで、椅子に腰掛けたところじゃ。
こ奴は、2人から静かに発せられる嫌な陰の気を感じてる筈じゃがのう。
明後日の方向見ながら、見て見ぬフリをしとるわ。
確かに、触らぬ神に祟りなしかもの。
「では頂きましょうか」
「はい、頂きます」
「い、頂きます……」
とまぁこんな感じで、幸太郎だけが息苦しく、食事は始まっていくのじゃ。
「三上君の味付けって好きなのよね。上品で」
「奇遇ですね、私もです。三上さんて、料理の腕も結構あるんですね」
「ま、まぁ自炊歴は長いですからね。2人のお口に合ったようで良かったです」
なんというか、面白い朝食風景じゃわ。
「それはそうと、三上君。今日は指宿君と一緒に行動してくれるかしら?」
「え? 指宿さんとですか?」
ほう、今日はチャラ男とか。
それはそれで面白いかものう。
「ええ……部長、今日は私とじゃないのですか?」
日香里は残念そうに、そう零した。
「残念ながら違うのよ。貴方には、私のお手伝いをしてもらう予定よ、北条さん。それと昨晩も言ったけど……ここで部長はやめてもらえるかしら」
沙耶香はニコリとしながら返した。
内心、イラッと来てそうじゃな。ほほほほ。
「すいません、沙耶香さん。気が利かなくて」
「ココでの掟よ。くれぐれもお願いね。さて、三上君、とりあえずそういう事だから、よろしくね。ちなみに言っとくと、これは斉木君の手配だから、私じゃないわよ。一応、建前上、貴方は斉木君の部下だからね。後は彼に従ってね」
幸太郎は若干嫌そうな顔をしたが、そこは部下として頷いた。
「指宿さんとですね……わかりました。ちなみに、須藤さんはどうされたのですか?」
「今日はお休みよ。昨日、直接連絡があったわ。彼女の表情が暗かったから、もしかすると……お家騒動の事が尾を引いたのかもね。まぁしょうがない事なんだけど……」
立場的にどうもならんが、沙耶香も少し辛いところじゃの。
「そうですか。ところで、話は変わるんですけど……耶摩蘇村の一件は沙耶香さんもご存知だったんですか?」
沙耶香は残念そうに頭を振った。
「ううん……実は初めて知ったのよ。ただ、宗厳翁から、『儂からの依頼とは三上君に言わんでほしい』とお願いされたものだから、あんな言い方になったの。ごめんね」
恐らく、ジジイが直接言うと身構えると思ったんじゃろう。
狸じゃのう、あのジジイは。
「そうだったんですね。ところで、なぜ日香里ちゃんと俺が行く事になったんですかね? 沙耶香さんの考えですか?」
「違うわ……それも宗厳翁からの指示よ。というか、私が聞きたいくらいだもの」
ほう、日香里を同行させたのは宗厳のようじゃ。
これは色々とありそうじゃな。
日香里も今の話を聞き、キョトンとしておるわ。
「え? 総帥の指示なんですか? 偶然、三上さんと一緒になったと思ってました。なんでだろ……」
「それが違うのよ。私もなんで? と思ったんだから」
幸太郎は日香里をチラッと見た後、そこで思案顔になった。
こ奴も何か引っ掛かっておるようじゃ。
あの狸ジジイは無意味な事はせんからの。
さてさて……何があるのやら。




