四十二の巻 報告
[四十二]
連絡先の交換を終えたところで、伊澤はもう1つある霧箱の蓋を開けた。
するとそこには、茶色い八角形の何かと巻物が入っていたのじゃ。
その何かは中心が鏡になっており、周囲には奇妙な紋様が幾つも描かれていた。
我が見る限り、恐らくは魔除けの類の咒じゃろう。
しかし、懐かしい形をしておるのう。
その昔……これと似たやつで丸いモノを見たような気がするが……はて?
幸太郎もコレに関してはよくわからんのか、首を捻りながら見ておるわ。
「これは銅鏡……いや、違うな。八角形で中心に丸い鏡という事は、八卦鏡か? にしては八卦が描かれてないな。何だろう……伊澤さん、これは何なのですか?」
「実は……俺も正確にはわからんのだよ。ただ、言い伝えには、耶摩の力を退ける鏡と云われておる。そして、その姿を映す鏡だともな。何れにしろ、コレと剣がないと、耶摩の悪縁は断ち切れぬと、安倍宿禰とやらはこの古文書に記しておるのだよ」
伊澤はそう言って、箱の中にある巻物を広げたのである。
巻物は所々シミがあり、かなりの年代物じゃった。
ヒョロヒョロとした、ようわからん文字が幾つも書き綴ってあるわ。
とはいえ、幸太郎も困り顔じゃな。
恐らく、読めんのじゃろう。
「伊澤さん……これは流石に、私には読めませんね。古そうな巻物というのはわかるんですけど、達筆過ぎて、何を書いてあるのかサッパリです」
すると伊澤も面目なさそうに、頭をポリポリと掻いたのじゃった。
「なんだ、三上さんもか。実は俺も何が書いてあるのか、サッパリなんだよ。でも、これを読めた先祖が、ちゃんと別の紙に書き残してくれていたんだ。俺が今話してる言い伝えは、そっちの方なんだな。まぁでも、多分、あってる筈だ」
お前も読めんのかい! と、ツッコミ入れたくなるが、誰も読めん巻物というのも厄介じゃのう。
「そうなんですか。ちなみにこの巻物は、古い文献に詳しい専門家に見せてはいないんですか?」
「ああ、見せていない。実を言うと、あまり人に見せるなと云われてるモノなんでな。コレを見せたのはアンタ等と宗厳さんだけなんだよ」
恐らく、耶摩とやらの封印を秘密にしておく為じゃろうな。
「そうですか……ン?」
するとそこで、今まで静かにしていた日香里が手を上げたのじゃ。
「あの、三上さん……私、今の話を聞いていてチンプンカンプンなんですけど、さっきのシチセイケンというモノとコレは、どういう道具なんですか?」
この質問に幸太郎と伊澤は難しい表情であった。
どう言っていいかが、わからんのじゃろう。
程なくして、幸太郎がそれに答えた。
「この2つは恐らく、安倍宿禰という術者が、耶摩に対抗する手段として、後世に伝えたモノなんだろうね。ちなみにだけど、七星剣はその昔、魔除けの御守りとして使われていた歴史もあるんだよ。かの有名な聖徳太子の懐刀である七星剣も、国の重要文化財であるくらいだしね。まぁ今風に言うと、厩戸王と言った方がいいか。それと、もう1つの八卦鏡みたいなのも、そういう類のモノだろうね。まぁ今わかるのはこのくらいかな」
「へぇ、聖徳太子も持ってたんだ。三上さんて凄い物知りですね。勉強になりました」
日香里はそう言って、2つの道具をマジマジと見た。
伊澤はそんな日香里を面白そうに見ておるわ。
「北条さんは道師の見習いか何かかね?」
日香里は滅相もないと両手を振った。
「ち、違いますよ。私にそんな力はないですから。普通の会社員です」
「だが、宗厳さんが寄越したという事は、アンタにもそういう力があるのかもしれんぞ。ま、とはいえ、俺の言う事はあまり信用せんほうがいいがな。所詮、半端な霊能力しか持たん、ジジイの戯言よ」
伊澤はそう言って、豪快に笑ったのじゃった。
足るを知る、潔いジジイである。
「それはそうと伊澤さん……あの祠ですが、毎日行かれるのですかね?」
「いや、週に1回くらいかな。それがどうかしたかね?」
「今日来ていた方々なんですけど……ちょっと気になりましてね」
幸太郎は曇ったような思案顔であった。
恐らく、何か懸念があるんじゃろう。
「ほう……で、何が気になるんだ?」
「今日、あの祠にいた方々の中に、作業服を着た業者風の人達がいたと思うんですけど……なんでいたんでしょうかね。それがさっきからずっと引っかかってるんですよ。ネームホルダーを下げてなかったんで、役場の者でもないような感じでしたし……」
そういえば、2人いたのう。
他の3人が濃いキャラじゃったから、存在を忘れていたわ。
「確かにいたな。もしかすると、観光事業の工事に関わる奴等ではないのか?」
「でも、下川議員じゃないですが、まだ事業採択はされてませんよ。それに……あの祠にいたという事が引っかかるんです。何も無ければいいんですけどね……」
なるほどの、そういう事か。
確かに、何かありそうじゃな。
「何も無ければって……おいおい、もしかしてあの祠に何かするとでも考えているのか?」
「まぁ有り体に言えばそうです」
伊澤は苦笑いを浮かべ、頭を振った。
「三上さん、幾らなんでも、村長達もそこまでせん筈だ。大体、事業採択されれば、そんな事をせずとも接収されてしまうじゃないか。それは考えすぎなんじゃないのか?」
「ですが……何か別の思惑もあるかもしれませんしね」
「なんだ、その思惑とは?」
「それは……わかりません。ですが、なんとなく嫌な予感がしたもんでね。ま、杞憂に終わる事を願ってますよ」――
と、まぁこんな感じで、幸太郎達は暫し伊澤と話をした後、東京へと帰ったのであった。
幸太郎の予感は意外と当たるからのう。
さてさて、どうなる事やら……。
*
幸太郎と日香里は耶摩蘇村での用事を終え、無事、東京へと帰ってきた。
着いた時刻は夜10時近く。かなり遅い帰りとなったが、沙耶香は会社で幸太郎達をちゃんと待っていた。
しかもその傍らには、あのジジイもおったのである。
スーツ姿で椅子に腰掛ける貴堂宗厳がの。
今回の一件はやはり、このジジイの指金のようじゃ。
予想外の人物がいた為、幸太郎と日香里は驚いておったが、2人は沙耶香の元へ行き、とりあえずの業務報告をした。
沙耶香と宗厳は静かに、2人の報告に耳を傾けておるところじゃ。
「……調査報告は以上になります。先方の伊澤さんは今後、私のスマホに連絡してくるかもしれません。またその時は、部長にその都度、連絡するようにしますので、よろしくお願いします」
「うん、それでいいわ。今日は2人共、夜遅くまでお疲れ様でした。私も宗厳翁のお願いは断れなくてね。突然、遠い所に行ってもらって悪い事をしちゃったわ。ごめんね」
沙耶香は申し訳なさそうに、目じりを下げた。
するとそこで、貴堂宗厳が声を上げたのである。
「三上君に北条さん、遠い所をご苦労だった。ところで……三上君に訊きたいんじゃが……あの祠をどう思うかね? 君の意見を聞かせてくれんか」
「これは私の勘ですが……恐らく、あの祠はなんらかの結界の要になってるように思います。それと……あの耶摩蘇村一帯は、清らかで強い龍脈の流れを感じますので、もしかするとそれを利用して、耶摩とやらを封じたのかもしれませんね」
じゃろうのう。
あそこだけ、周囲の山の気と全く違うからの。
「ふむ、そうだな。儂も同じように考えておる。ちなみにじゃが、君は伊澤殿から古い剣と鏡を見せて貰ったかね?」
ほう、どうやら貴堂宗厳も、アレを見た事あるようじゃ。
恐らく、この男も試しておるのじゃろう。
「七星剣と八卦鏡のような鏡の事ですかね?」
「うむ、それだ。で、剣に力は籠めてみたかね?」
「ええ、一応、籠めてはみました。全力ではありませんので、どの程度の霊剣かはわかりませんが……」
「ふむ……で、どう思ったかな?」
これを訊いてくるという事は、このジジイもそこまで信じておらんのかもの。
とはいえ、無視もできぬのじゃろう。
「確かに、強力な七星剣だとは思いますが、今はまだ何とも言えません。言い伝えでは、あの剣でないと耶摩の悪縁を断ち切れないとの事ですが、情報が少なすぎて、その真意まではちょっと図りかねるところです」
「確かにな。他に何か気付いた事はあるかね?」
「他ですか……そうですね。あそこには、安倍宿禰という者の言葉が刻まれているそうですが……あの内容が事実だとするならば、その者も完全に耶摩を祓う事が出来なかったという事です。それが少々気になっております。耶摩が何なのかわかりませんが、相当に厄介な怪異なのかもしれませんね。あの祠がある一帯だけが、死の気配を感じますし。私個人の意見としては、触れない方が良い祠だと考えております」
その方がいいじゃろうが、そう簡単に行くかの。
面白い事が起きそうな……と言ったらアカンな。
嫌な事が起きそうな気がするのう。
「ふむ、そうか。ま、儂も同じ考えじゃ。あの地は、気安く触れて良い土地ではない。だが、今回ばかりはそうも言うておれんのだよ。公共事業も絡んでおるからな。より、複雑な状況だ。どうしたもんかのう……」
貴堂宗厳は困ったように大きく息を吐いた。
このジジイの力をもってしても難しい案件のようじゃ。
「宗厳翁、政財界の知り合いに連絡して、今から合併事業を中止なんて無理ですわよね?」
沙耶香の強引な言葉に、宗厳は困り顔であった。
「そんな事が出来るわけなかろう。しかもあの合併事業は、現与党で次期総理と目される西園寺幹事長が絡んでおる。一筋縄でいかぬ一件なのだ。儂も少し抜かっていたわ。まぁいい……とりあえず伊澤殿には、何か策を考えると儂から言うておこう。その間、三上君は伊澤殿の相談に乗ってやってくれんだろうか? 向こうも不安だろうからな」
「わかりました。私でよければ、伊澤さんの相談に乗りましょう。相談に……」
こ奴は言葉の節々に予防線張っておるのう。
面倒そうじゃから、この案件に関わりたくないんじゃろうな。ほほほほ。
「さて、それじゃあ、遅くまで悪かったの。三上君も北条さんも、ゆっくり休んでくれ。儂もそろそろ帰るとしよう」
貴堂宗厳はそこで立ち上がった。
するとそこで、日香里が勢いよく手を上げたのである。
「あの! 私からも話があります!」
日香里もある意味、肝が座っとる女子じゃのう。
ここで、あの話をするつもりのようじゃ。
「何かしら、北条さん。何か気になった事でもありましたか?」
沙耶香はそう言って微笑んだ。
すると日香里は、沙耶香に微笑み返したのである。
「はい、凄く気になっている事があります。総帥は、沙耶香部長と三上さんが一緒に住んでるのは御存知なんですかね? 私、それが気になっておりまして」
するとその直後、沙耶香は微笑んだまま固まったのじゃった。
そして、ぎこちない動きで、幸太郎に視線を向けたのである。
その幸太郎はというと、口を開けてポカンとしておるところじゃ。
「勿論、知っておるとも。それがどうかしたかね、北条さん」
「良いのでしょうか? 沙耶香部長は総帥の曾孫に当たるお方です。嫁入り前の大切な時期に、三上さんという年頃の男性と一緒に住まわれるのは、私もどうかと思いまして、お話しした次第です」
日香里も凄い女じゃな。
ずけずけとモノを言いよるのう。
沙耶香は微笑んでおるが、こめかみに血管が浮いておるぞよ。
意外と怒っておるな。ほほほほ。
「いやいや、それはそうかもしれぬが……まぁ儂としては、別にそうなってもええと思っとるんじゃよ。それは2人次第じゃな。とはいえ、沙耶香の両親は微妙らしいがな。カッカッカッ」
貴堂宗厳はそう言って、豪快に笑い出した。
ちなみに、幸太郎と沙耶香はそれを聞き、少し恥ずかしそうにしておるところじゃ。
対する日香里は据わった目で、ジジイを見ておるわ。お~怖ッ。
というか、この狸ジジイも、なかなか火に油を注ぐ奴じゃのう。
「で、北条さんはどうしたいのかね? 2人が一緒に住むのは反対なのかな?」
貴堂宗厳はニヤニヤと笑っている。
これはワザとやっておるの。確信犯じゃわ。
「はい、反対です!」
「ほう、反対か。では、どうすると良いのかのう?」
「1つ提案があります。道中、三上さんから聞いた話によると、住んでおられるマンションはかなり広いそうですので、私も一緒にルームシェアしたいと思ってます。それならば、沙耶香部長に対する風当たりも弱くなると思いますし、尚且つ、部長のご両親も安心されると思いますよ。どうでしょうか?」
「ほっほっほっ、そう来たか。なるほどの、流石、儂の孫じゃな。よかろう、一緒に住むがよいぞ」
「え、本当ですか!?」
宗厳のあっけらかんとした言葉を聞き、日香里は嬉しそうに胸の前で手を組んだ。
「構わんぞ、住めばよかろう」
「ちょ、ちょ、ちょっと宗厳翁! 何を言ってるんですか!」
沙耶香が慌てて、割って入ってきた。
「別によいではないか? 何か不都合でもあるのかな、沙耶香よ。やはり、三上君とだけで住みたいのか?」
「え、いや、そ、そういうわけでは……で、ですが……幾らなんでも急ですし……」
沙耶香はシドロモドロであった。
日香里は勝利を確信したのか、静かに微笑んでおるわ。
幸太郎はポカンとしたままじゃ。
こりゃ、今晩は荒れそうじゃな。ほほほほ。
「なら構わんだろ。よいではないか。3人で住めばよいぞ」
「はい、総帥!」
日香里だけが元気よく返事をした。
沙耶香は頭が痛いのか、額を押さえている。
また、幸太郎はポカンとしたままであった。
「じゃあ、儂は帰る。三上君、後は頼んだぞ! 頑張れ! 子供を楽しみにしとるぞ!」
そして貴堂宗厳は幸太郎の肩をポンポンと叩き、この場を後にしたのじゃった。
こりゃまた面白くなりそうな展開じゃわ。
さて幸太郎よ、どうするんじゃ。
大変じゃな。ほほほほ。




