四十一の巻 古い剣
[四十一]
幸太郎と日香里は、伊澤の家に上がり、8畳間の座敷へと通された。
そして伊澤は、2人にお茶を出した後、「ちょっと待っていてくれ」と言い、席を外したのじゃった。
さっき言っていた、幸太郎に見てほしいモノとやらを探しに行ったんじゃろう。
また、山田は仕事があるらしいので、役場に帰ったところじゃ。
まぁそんなわけで2人は今、黒塗りの座卓に置かれたお茶を飲みながら、一服をしとるところであった。
「伊澤さんて、数年前に奥さん亡くしてから1人暮らしのようだね。息子さんが1人いるそうだけど、東京に行ったまま帰ってこないと言ってたし……」
「みたいですね。本当は帰ってきて欲しいのかも……複雑です」
「確かにね……。まぁそれはともかく、俺に見せたいモノってなんだろうな。骨董品自慢……なわけはないか」
幸太郎は座敷を見回し、ボソリと零した。
「あの流れで、流石にそれはないと思いますよ。それはそうと……三上さんて、全然物怖じしないんですね。クセのある議員さん達を前にしても、余裕そうでしたし。私、感心しちゃいました」
「色々と鍛えられてるからね……色々と……」
幸太郎はしんみりと答えた。
理不尽な不幸を一杯経験しとるからのう。ほほほほ。
「そういえば、防衛大出身でしたもんね。在学中は結構絞られてたんですか?」
「いや……そういうのとはちょっと違うんだけどね。まぁいいか。そういう事にしておいて」
流石に本当の事は言えぬか。
真相を知っとるのは、沙耶香と宗厳のジジイだけじゃしな。
「ところで、三上さん……さっきの話って本当なんですか? 死に纏わるナニかが、あの場所にあるのかもしれないって言ってましたけど……」
「そういう気がしただけだよ。あくまでも俺の感想ね」
「でも、なんだか気味悪いですね。この村の名前も、耶摩が蘇ると書いて耶摩蘇ですし……」
日香里の言う通りじゃな。
モロな名前じゃからのう。
「確かにね。もしかすると耶摩とは、案外……死神のようなモノなのかもしれないね。それがあの祠に封じられてるのかも……なんてね」
日香里は怖かったのか、息を飲み、脅えたように肩を竦めた。
「ちょ、ちょっと……やめてくださいよ、三上さん。私、普通の心霊現象ならともかく、祟りや呪い系は駄目なんですよ」
幸太郎はそんな日香里を見て、クスリと笑った。
「とりあえず、冗談だよ」
「とりあえずって……三上さんが言うと冗談っぽく聞こえないんですけど」
確かにそうじゃな。
幸太郎は実際、祟られてるようなもんじゃからのう。
しかし、死神か……なるほどのう。
案外、当たらずとも遠からずかもの。
「そうかい? さて……それはともかく、どうやって部長に報告するかな。まさか、こんな場所とは思わなかったよ」
「そうですよね。部長も人が悪いです。三上さんと……一緒に住んでるなんて」
「ん? そっちの話?」
こ奴は本当に、こういうところはアホじゃのう。
「当たり前ですよ! 私、部長に直接問いただしますから!」
「問いただす? って、何を……」
すると日香里は、据わった目で幸太郎を見たのである。
これは恐らく、『お前が部長の言う通り流されてるから、私が直接話しつけるんだよ!』とでも言いたげな目じゃ。
「三上さんは黙っててください……これは私と部長の問題なので……」
「そ、そうなの……ン?」
するとそこで襖が開き、伊澤が入ってきたのじゃ。
伊澤は細長い木箱を2つ、脇に抱えていた。
「すまないね、遅くなって」
伊澤はそう言うと、脇に抱える木箱を座卓の上に置いた。
ふむ、見た感じは桐の箱じゃな。
箱は蓋がしてあり、しっかりと紐で括られていた。
丁寧に保管されているところを見ると、大事なモノなんじゃろう。
「三上さん、アンタにコレを見てほしいんだ」
伊澤は幸太郎の前に、長い方の桐箱を差し出した。
「中を見てもよろしいので?」
「ああ、かまわん」
「では、お言葉に甘えて」
幸太郎は桐箱の紐を解き、蓋を捲った。
するとそこには、一振りの古い剣が納められていたのじゃ。
幸太郎はその剣を暫し眺め見た。
それは反りのない真っ直ぐとした剣であった。
刀身には、北斗七星を象った破魔の術紋が施されている。しかも、かなり強い部類のモノであった。
ふむ、そういう事か……なるほどのう。
「かなり古い直刀ですね……七星文が描かれているという事は……七星剣ですか?」
伊澤は感心したように頷いた。
「一目見てわかるとは流石ですな。そう……これは古文書によると、七星剣、もしくは破邪剣と呼ばれるモノだ」
「そうですか。で、これがどうかしたのですかね?」
「うむ。実はこの剣には伝承があるのだよ……耶摩は滅びぬ。だがいつの日か、この剣を扱える者が現れよう。その時こそ、耶摩の悪縁が断ち切られるとな。この伝承の真偽はともかく、我等は先代より、その言い伝えを守り続け、この剣を受け継いできたのだ」
ふむ、よくわからんが、この剣でないと耶摩は倒せぬと言いたいんじゃろうな。
しかし……ふぁんたじぃな言い伝えじゃのう。
「へぇ、それはまた、なかなか大変な伝承ですね。ちなみに、なぜ私にコレを見せようと思われたのですか?」
伊澤はそこで、幸太郎をジッと見た。
なんとなくじゃが、品定めをしとるような感じじゃな。
程なくして、伊澤は口を開いた。
「アンタ……道師の者か?」
「え?」
それを聞き、幸太郎は目を大きくした。
日香里も同じであった。
まぁ無理もないところじゃ。
予想外の言葉が出てきたからの。
「どうして、そう思われるのですかね?」
伊澤は幸太郎の反応に納得したのか、そこで微笑んだ。
「その顔……当たりかな。実を言うとな、ついこの間、アンタ等の会社の会長である宗厳さんに、俺は電話したんだよ。そしたら、近い内に、道師を向かわせると言っておったんでな」
むぅ、意外じゃな。
まさかこの男が、あの狸ジジイと知り合いとはの。
「宗厳翁をご存知なのですか?」
「ああ、その昔……ちょっとな。といっても、頻繁に連絡なんぞ取るほどの仲でもないがな。それにしても、はやから来るとは思わなかったぞ。電話したのは1週間前だったからな」
ふむ、なるほどの。
今回の案件……沙耶香ではなく、狸ジジイが幸太郎を指名したんじゃろうな。
あのジジイは何を思うて幸太郎を寄越したんじゃろうのう。
「そうだったんですか……今ので、私が派遣された理由がわかりましたよ。少し気にはなっていたんです。まぁそれは、今は置いときましょう。ところで、何の用で道師を呼ばれたんですかね? しかも、わざわざ役場を通して来るように指示されましたし」
伊澤は大きく息を吐くと、愚痴を零すように話を始めた。
「フン……そりゃ勿論、耶摩の事に決まっとるわ。さっき村長達も言ってたが、伊耶那の社があるあの一帯は、合併に伴う観光事業の場所でもあるんだ。そして……もう幾許の猶予もない時期に差し掛かっておるんだよ。このままだと……あの地はもう接収されるのは避けられんだろう。だが、気掛かりなのは我等が守り続けてきた言い伝えだ。耶摩が何かは知らんが……言い伝えには多くの命が失われるとなっておる。それだけではない。実はあの祠には、秘密があるんだよ」
伊澤はそこで困った表情になり、訴えるような目で幸太郎を見た。
「秘密? と言いますと?」
「言い伝えではな……あの祠が耶摩の封印を守っていると云われている。それは貴堂宗厳にもその昔、一度確認してもらっているんで、まず間違いないだろう」
あの狸ジジイはあそこに行った事があるようじゃ。
ほうほう……コレは面白うなってきたの。
「へぇ……宗厳翁はあの地へ行った事があるんですか。それは初耳です」
幸太郎はそう言いつつ、若干曇った顔をしていた。
恐らく、面倒事が起きそうな予兆を感じ取ってるんじゃろうな。
こ奴は勘が良いからのう。
特に不幸方面はな。
「あの男は凄い霊力の持ち主だからな。俺のような半端者とはわけが違うんだよ。そんな奴が、あの祠には手出ししない方が良いと言っていたんだ。今日のアンタのようにな……」
なるほどのう。
しかし、あのジジイの真意が見えぬな。
何ゆえ、幸太郎を向かわせたのじゃろうのう。
そこが謎じゃわ。
「そうですか。ですが……私は会社から、あの土地の調査をしてきて欲しいとしか聞いておりませんので、どうする事もできませんよ。それ以上の事はするつもりはございません。ですので……土地を売れなどという事を気安く言うつもりもございませんので、そこはご安心下さい、伊澤さん」
幸太郎の奴、もうトンズラモードになっとるな。
このままいくと面倒は確実じゃから、そうなるのもわかるが、これは意外と尾を引くかもの。
我の勘がそう言うとるわ。ほほほほ。
伊澤はそんな幸太郎を見て、苦笑いを浮かべた。
「ま、三上さんの気持ちもわかるよ。何も起きておらぬ以上、今はどうする事も出来んだろうからな。だがその前に、1つだけお願いを聞いてくれるだろうか?」
「お願い? まぁ対応できる範囲でなら、良いですよ」
「そんなに難しいお願いではない。この剣に霊力を籠めてほしいだけだ。いいかな?」
幸太郎はそこで剣をチラッと見た。
これは何かを察した顔じゃな。
「まぁその程度ならいいですけど、なぜなんです?」
「そんな大した理由ではないよ。ただ単に、道師として、どのくらい腕があるのか見たいだけだ」
「ああ、そういう事ですか。わかりました。では……」
幸太郎は剣を手に取り、練った陰の気を適当に籠めた。
するとその直後、七星剣は白い光を発したのじゃ。
「す、凄い、剣が光った! 三上さん、どうやったんですか?」
日香里はこういうのを初めて見たのか、かなり驚いていた。
「どうって、気を籠めただけだよ。でも、この剣なら、大概の悪霊は祓えるかもね。凄い剣かもしれない……」
うむ、なかなか強力な破魔の剣じゃな。
幸太郎が全力で力を籠めれば、もっと強い破魔の力を出せるじゃろう。
というか、あの方術を使えば、更に凄い力を与えられそうじゃわ。
「ほう……なかなかやるの、三上さん。大したもんだ、若いのに。俺のような弱い霊力じゃ、そこまで力を出せないからな。だが……それでは耶摩は祓えんかもな」
伊澤は少しがっかりしている風じゃった。
恐らく、言い伝えとやらに、目安となる基準でもあるんじゃろう。
というか、幸太郎はそれを察してそうじゃがな。
「三上さんとやら……アンタ、それが全力か?」
「まだ出そうと思えば出せますけど、疲れるんでやめときます。というか、そんなに驚くほどは籠めれないと思いますよ。なので、私ではご期待に添えない気がしますね。不甲斐なくて、ごめんなさい。他あたって頂いたほうがよろしいかと存じます」
そして幸太郎は、潔く深々と頭を下げたのであった。
見事に逃げおったわ、こ奴。
「そうか……残念だな。宗厳さんが寄越した道師だから、かなり力を持ってるとは思ったんだが……まぁいい。ついでだ。アンタの携帯電話の番号を教えてくれるか?」
幸太郎はそれを聞くや、凄く嫌な顔をしていた。
警戒しとるのう。
「え……なぜなんです。できれば、会社を通して頂けるとありがたいんですが……」
「そんなの面倒じゃないか。何かあった時の連絡先くらい教えてくれてもいいだろう?」
「何かあった時って……私はなんでも相談室ではありませんよ」
「だがなぁ……宗厳さんは、やって来た道師に、直接連絡すればいいと言っておったぞ」
「なッ!?」
さぁどうする、幸太郎。
狸ジジイは既に手を回しておるぞ。ほほほほ。
幸太郎はかなり嫌そうじゃったが、程なくして、大きく溜息を吐いたのじゃった。
「ここで宗厳翁の名前ですか……仕方がないですね。では番号を言いますよ。ちゃんと控えてくださいね」
「おう、わかった。さぁ言ってくれ」――
そして幸太郎は渋々ではあったが、この伊澤という男と連絡先を交換したのであった。
さてさて、面白うなってきたわ。




