三十八の巻 耶摩蘇村
[三十八]
幸太郎は北条日香里と共に沙耶香に言われた隣接県の山間部へと向かっていた。
田畑が続く田舎道を貴堂不動産と書かれた普通車が走り抜けてゆく。
会社を出てから結構時間が経っているが、まだ暫く目的地には着かぬようじゃ。
ちなみに運転は勿論、幸太郎である。
まぁここ最近はSPSという畜霊機のお陰もあり、そこまで不幸は襲って来ぬじゃろう。
意味不明に、オカマを掘られたりする事もなかろうて。
まぁとはいえ、そう過信するのも良くないがの。
「三上さん、さっきからずっと田舎道ですね。今から行く集落って向こうに見える山の中らしいんですけど、そんな所に本当に人が住んでるんですかね? この辺り、誰も住んでない感じなんですけど……」
助手席にいる日香里はそう言って、流れゆく野山の風景を窓から眺めていた。
あまり僻地には言った事がないんじゃろうの。
「心配しなくても、大丈夫だよ。ナビの目的地にもちゃんと耶摩蘇村があったから。それと、会社を出る前に耶摩蘇村役場もネットで確認したけど、今はまだちゃんとあるからね。コレで流石に、ありませんでした、はないよ」
「今はまだ? という事は、消滅する可能性があるんですか?」
「消滅というか、市町村合併の協議をしてる最中みたいだ。過疎化が激しいんだろうね。まぁ今の時代、日本全国津々浦々、どの自治体も、少子高齢化で同じような問題を抱えてるからね」
平和で人が減るとは、世知辛い世の中じゃのう。
人がおらぬようになって、この国が途絶えるような事にならねばいいがの。
「ですよね。じゃあ、今から行く耶摩蘇村も、違う名前になるのかな。でも、なんでそんな所にリゾート計画があるんだろ?」
「沙耶香さんは言ってなかったけど……たぶん、貴堂グループが合併に伴う事業に、一枚噛む予定があるんだろうね。これは俺の想像だけど」
「ああ、それは確かにありそうですね。計画中のリゾート案件て言ってましたし。でも……その地権者の方が懸念してるっていう話が、妙に気になるんですよね。部長から頂いた資料には、その地権者の方が、『耶摩を怒らせると大変な事になる。だから土地は絶対に売らないんだ。それが先祖代々の言い伝えなんだ』って言ってるみたいですけど……三上さんはどう思います?」
本当になんじゃろうのう。
漢字的に不幸そうな名前じゃから、我はワクワクするがの。
「耶摩ねぇ……なんだろうね。村の名前と同じだけど。山の中だから、カッコつけて耶摩と言ってみた……なぁんて、あるわけないか」
それは絶対ない。
「でも、なんとなくですけど、気味悪いですよね。貴堂部長が言うには、その方の話を聞いて、できれば説得してきて欲しいみたいなんですけど……できるのかな、私達に……」
日香里は少し弱気なようじゃな。
まぁ新人じゃし、無理もないのう。
片や幸太郎は、我関せずといった感じで、のんびりしておるわ。
あまり深く考えておらぬようじゃ。
「さぁね……まぁとりあえず、耶摩蘇村に行って、その人の話を聞いてみるしかないよ。ダメそうなら、ダメって報告するだけだし。それに、貴堂部長もそこまで俺達に期待してないと思うよ」
「え? そうなんですか? 私達、期待されてないんですか?」
日香里は驚いた眼で幸太郎を見た。
ほう、そうなのか、幸太郎よ?
「と、思うよ。だから、俺達新人に行かせてるんだろう」
「どういう意味ですか?」
日香里はそう言って首を傾げた。
「簡単な話だよ。だって、貴堂グループが市町村合併事業に乗る算段してるという事は、合併特例債による公的資金投入で、国の事業にもなるって事なんだよ。つまり、公共事業だ。後はわかるでしょ?」
それを聞き、日香里はポンと手を打った。
「あ……そういう事か。なるほど……説得できなくても問題ないんですね」
幸太郎は頷いた。
「そ。この法治国家の日本において、個人は法律に逆らえないんだよ。その事業が採択されたら、幾ら個人が反対しようが、そんなのお構いなしに、最終的には強制代執行になるんだから。つまり、その地権者の方が何言ったところで徒労に終わるって事さ。まぁとはいえ……俺に行かせるという事は、沙耶香さんの直感に、何か引っかかるモノがあるんだろうね。俺的には、そっちの方が気になるよ」
幸太郎は気怠そうに、そう零した。
我は楽しみじゃがな。
「引っかかるモノ……と言いますと」
「道師である俺も一緒に行かせたという事は……つまり、そういう事だよ」
すると日香里は、嬉しそうに目を輝かせたのじゃった。
この女子もなかなか変わっておるわ。
「やっぱり、ソッチ系って事ですよね。やだもう、なんだかワクワクしてきちゃった、私」
幸太郎はそんな日香里を横目に、大きく溜息を吐いた。
「そう? 俺からすると、すっごくテンション下がる話なんだけどね……。ちなみに、日香里ちゃんて民間伝承とかって好きなのかい?」
「ええ、好きですよ。私、ホラーな話って大好きですもん。あと、スパイ映画とかも」
「アクティブなの好きなんだね、日香里ちゃんて。俺はどっちかというと苦手かなぁ……」
こ奴の場合、苦手なレベルを超えておるじゃろうな。
本音は大嫌いと言いたいんじゃろうの。ほほほほ。
「またまた、そんな事を言って。道師がそんな事を言っても、説得力ないですよ」
「そう言われると、俺も辛いんだよね。でも、ホラーな展開は、あまり好きじゃないんだよ。もう既に、早く終わらせて帰りたい気分だし」
「そうなんですか? 陰陽師みたいな事を出来るのに、勿体無いですね」
「全然、勿体無くないよ。誰かにこの境遇を渡せるなら、のしを付けて渡したいくらいだから」
幸太郎は真面目な顔でそう言った。
「またまた、冗談言って」
じゃが日香里は、そう言って無邪気に微笑んだのじゃった。
幸太郎からすると痛い笑いじゃろうな。ほほほほ。
「冗談? とんでもないよ。本当だって!」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。それより、話変わるんですけど……三上さんて貴堂部長の送迎をしてるんですか? なんか会社でそんな事を言ってましたけど……」
「ああ、そうだよ。というか、俺は今、部長とルームシェアしてるんだよね。おまけに、運転手もしろと言われてるんだよ。だからさ」
するとその直後、日香里の顔は、みるみる暗い影を落としたのじゃった。
ほほほほ、幸太郎よ。お主、かなり余計な事を言ったかものう。
沙耶香は恐らく、送迎はOKじゃが、それは言うてほしくないと思うがな。
「え? 今、ルームシェアって……ど、どういう事なんですか!?」
「どういう事って……まぁそういう事というか。貴堂部長の手配でそうなったんだよ」
「え、貴堂部長が? あ、あの、もしかして……2人だけでですか?」
「うん、そうだよ。郊外だけど、広いマンションだし、結構快適な所なんだよ」
幸太郎は世間話のように言っておるが、後が大変じゃな。ほほほほ。
「そ、そんなぁ……それじゃ、部長と2人で同棲してるって事じゃないですか。なんでそんな事に……」
日香里は泣きそうな表情で、そう零した。
さぁどうする幸太郎よ。って……こ奴は全然、この状況を分かっておらんな。
全くの自然体じゃ。
なんじゃ、おもしろくないのう。
「同棲? それは誤解だよ。俺と部長は、そういう関係じゃないから。それに……貴堂部長も、今色々と実家が居辛いらしくてね。そういう事になったみたいだ。俺もよくわかんないんだけどね」
「では……同棲ではないんですね?」
「違うよ。だから、ルームシェアさ。まぁ綺麗な女性と1つ屋根の下で暮らすから、俺も目のやり場に困るところはあるけどね」
「ちょっと! なんですかそれ! そんな言葉、三上さんから聞きたくない! フン!」
そして日香里は、プイッと幸太郎から目を背けたのであった。
女心がわからん奴じゃのう。
でも、ウケるわ。ほほほほ。
「あのぉ……日香里ちゃん? どうしたの急に?」
「なんでもないです! そんな事より、三上さんは前を向いて運転してください! フン!」
「なんか怒らせたみたいだね……ゴメンよ」
「私の気も知らないくせに……」
「へ、私の気?」
「だから、何でもないの!」――
とまぁそんなやりとりをしつつ、幸太郎の運転する車は耶摩蘇村とやらへ進み続けるのじゃった。
*
耶摩蘇村役場に着いた幸太郎と日香里は、そこで担当の者と会い、目的の地権者の家へと向かった。
ちなみに役場の担当者は40代の男で、頭がかなり後退した奴じゃった。
どこにでもいそうなオッサンじゃな。
しかし、耶摩蘇村とは、かなり山間の村じゃのう。
緑豊かで静かなんじゃが、結構高い位置にあるせいか、不思議と外界と切り離されたかのような場所であった。
家の数も数百件程度で、住んでいる者も老人が圧倒的に多い。
今流行りの、過疎化に悩む限界集落といった感じじゃな。
近い将来、消えゆく運命なんじゃろう。
まぁそれはさておき、幸太郎達は役場の担当者に村内を案内され、その地権者の所に今しがた着いたところじゃ。
そこは神社の敷地内にある、古い木造家屋であった。
どうやら地権者とやらは神主のようじゃの。
「ちょっと待ってくださいね。中にいると思いますんで」
役場の担当者はそう言って、玄関の呼び鈴を鳴らした。
程なくして、玄関戸が開かれる。
するとそこから、年経た白髪頭の男が姿を現したのじゃ。
男は中肉中背で、私服姿であった。
忙しい風でもないから、たぶん、中で休んでたんじゃろ。
「誰かと思えば、山田さんか。今日はどうしたのかね?」
「伊澤さん、お休みのところ悪いね。実は東京の方から、例の件で貴堂不動産の方が来られてるんだよ」
幸太郎と日香里はそこで一礼し、男に名刺を差し出した。
「初めまして、伊澤様。私は貴堂不動産・土地開発事業部の北条と申します。今日は先だっての件でお伺いさせて頂きました。よろしくお願いします」
「同じく、貴堂不動産・土地調査部の三上と申します。今日はよろしくお願い致します」
男は名刺を受け取ると、怪訝な表情で2人を見た。
「貴堂不動産だと……という事は、あの土地の件か?」
伊澤という男の表情が曇った。
役場の担当者が頷く。
「ええ、そうなんです。それで伊澤さん、この方々をですね、現地に案内してほしいのですよ。こちらの三上さんは土地調査が専門らしいので、お願いできますかね?」
「山田さん、言っておくが、あそこだけはダメなんだよ。古くからの言い伝えでな。昨夜もあの土地の事で村長が来たが、ダメなものはダメなんだ。ったく、あの村長の態度には怒りが込みあげてくるわ! 問答無用で祠を壊すような事を言っておったからな。信じられんわ!」
昨夜は村長とやらと、デッドヒートを繰り広げとったようじゃな。
面白いわい。
と、そこで、幸太郎が前に出た。
「伊澤様、調査とはなっておりますが、そんな大層なモノではございません。まぁ簡単に言いますと、どういう感じの所なのかを見たいだけなんです。それとできれば……その耶摩という言い伝えの事も、もう少し訊きたいので、お願いできませんでしょうかね? お時間は取らせませんので」
伊澤という男は幸太郎をジッと見た。
幸太郎は穏やかな表情で、男を見返しておった。
すると程なくして、男は観念したかのように、大きく息を吐いたのじゃった。
「ふん……仕方がない。まぁ悪い人ではなさそうだしな。だが、案内はするが、売るかどうかは話が別だからな」
「はい、それで結構でございます」――




