三十七の巻 新たな案件
[三十七]
神社にて巫蠱師との戦いがあった夜の話である。
夕食を終えた幸太郎と沙耶香は、リビングにてテーブルを挟み、今回の件についての検討をしていた。
此度の戦いは貴堂家のお家騒動に関わる問題でもあったので、幸太郎も詳細を話す必要があったからじゃ。
一応、会社では大体の概要は報告したが、その深い部分には幸太郎は触れなかった。
なぜならば、お家騒動を口外するのを幸太郎が躊躇ったからじゃ。
事実、幸太郎はあの後、須藤と指宿に探りを入れたが、貴堂家の大武會の件は知らない感じであった。
その為、幸太郎は口を噤み、沙耶香に直接報告する事にしたのである。
まぁ要は、沙耶香の立場を考えての配慮じゃ。
「……会社の調査報告書には書きませんでしたが、これがあの神社で遭遇した面倒事の詳細です。あの野上という巫蠱師は、沙耶香さんの配下の道師を削る為に、俺達を襲ったと見て間違いないでしょう。申し込み締め切りまで、まだ少しありますからね。手勢を欠けば辞退すると踏んで……まぁその何と言いますか……御親族の誰かが、それを巫蠱師に依頼したのかもしれません。しかも、巫蠱師……霊的な気配を消す三尸の秘術でした。もしかすると、呪術者を専門とする裏の始末屋かもしれません。どうされますか?」
なんとなくじゃが、幸太郎は問題の対策ではなく、辞退するかどうかを訊いてそうじゃな。
さぁどう出る、貴堂沙耶香よ。
沙耶香は少し俯き加減で、溜息を吐いた。
「やっぱり……私が大武會に出ると決めたからかな。貴方の言う通り……親族の手の者で間違いないと思うわ。そういう事だったのね……腑に落ちない事件だったから、気になっていたの」
沙耶香は残念そうに目を閉じる。
じゃが、薄々そうじゃないかとは思ってたんじゃろうの。
朝、幸太郎を見送る時、心配そうな顔をしておったからのう。
「あの、沙耶香さん……気分が沈んでるところ悪いですが、今まではこういう事はなかったんですかね?」
沙耶香は頭を振る。
「ええ、なかったわ。たぶん、貴方が霊験の間で検定を受けている時、事務局に大武會に出ると伝えたからでしょうね。それで他の親族にも知れる事になったと思うから……」
ほう、という事はもう既に、正式に出る事になっておるようじゃ。
まだ幸太郎しか出る面子も決まっておらぬのに、大胆な女子じゃのう。
面白いわ、貴堂沙耶香。
「ええ!? あの時に伝えてたんですか? まだ俺、返事してなかったのに……」
すると沙耶香は意味ありげに微笑んだ。
「そうよ、悪い? どんな手を使ってでも、三上君には出てもらうつもりだったからね。私の中では、もう決まってたんだから。というか、前の日の晩、SPSをあれだけ満タンにしたの見たら、決心ついたもの」
幸太郎は額に手を当て、オーマイガとでも言わんばかりに頭を振った。
「決心したのも、前の日の晩なんですか……凄い決断力ですね。沙耶香さんが行動派な女子なのを忘れてましたよ。というか、なんでそれが決断の理由なんです?」
「だって……SPSにあれだけ籠め続けるのって意外と大変なのよ。霊力の扱いに長けてないと、まず無理だもの。おまけに、あれだけの量となると、相当な持久力ないとね。あれ見ただけで、私の中ではメンバー入り確定だったんだから。配下の道師の中でも、上位にいるというのがわかったからね。検定で更に驚かされたけど……うふふふ」
沙耶香は手を組み、嬉しそうにそう答えた。
幸太郎の出現は、ある意味では天の恵みとでも思ったんじゃろう。
「何が原因かわかんないもんスね。という事は……辞退はしないんですね?」
「するわけないわよ。絶対に出るんだから。まさか、身内にこんな汚い手を使う者がいるなんて……負けるモノですか!」
沙耶香はそう言って、ワナワナと握り拳を作った。
この様子を見ると、沙耶香にも譲れぬ何かがあるんじゃろう。
じゃが、幸太郎はアテが外れたのう。ほほほほ。
この女子が辞退なんてするわけなかろうに。
「さ、さいですか。ところで……四津谷さんという方の容体はどうなんですか? 会社では、意識を取り戻したとは聞きましたけど……」
「一応、大丈夫そうよ。私も今日の夕方、病院にお見舞いに行ってきたの。本人が言うには、命に別状はないとの事だったわ。毒も蝮の血清が効いて良くなってるみたい。でも、強烈な一撃を貰って、腕の骨が折れたそうだから、今暫くは道師としての仕事は無理みたいね。彼には悪い事をしちゃったわ……貴堂家のゴタゴタに巻き込まれたようなモノだから……」
沙耶香はそう言うと、表情を落とした。
お家騒動が原因じゃから、居た堪れないのじゃろう。
「まぁ起きてしまった事は仕方ないです。ただ……他の皆さんも、知らずに襲われるのは堪らんでしょう。なので、お家騒動の事は、沙耶香さんから皆に話した方がいいと思いますよ。それと、できれば、霊戦技大武會の件もね。じゃないと……沙耶香さんが後々、辛い事になると思いますから」
沙耶香はそれに頷いた。
「やっぱり……そうよね。皆に迷惑かけるものね。わかったわ。明日の朝、配下の道師を集めて言うことにする。ありがとうね、三上君。心配してくれて……」
すると沙耶香は、そこで優しく微笑んだのじゃった。
どうやら嬉しかったようじゃ。
「まぁ俺も、辛そうにしてる沙耶香さんを見たくないですからね。気にしないでください。さて……それはともかく、俺に道師の呪術を教えてもらっていいですかね? 実は今回の巫蠱師との一件で、疫病神の方術を使っちゃったんですよ。困ったことに……」
それを聞き、沙耶香は眉を寄せた。
「え? そうなの? 調査報告書には呪符で対応したと書かれてたけど……」
幸太郎は苦笑いを浮かべ、頭を振った。
「すいません、実は粉飾しました。調査報告では指宿さんにお願いして、呪符で対応した事にしてもらったんです」
「ちょ、ちょっと、大丈夫なの? 彼、結構、チャラいんだけど……」
沙耶香は嫌そうに渋い表情であった。
この顔が、指宿の信用度を表しておるのう。
「一応、指宿さんには内緒という事で、了承してもらいました。ですがその代償として、取引を持ち掛けられましたが……」
「と、取引って……何を?」
「霊的な修行の仕方を教えてと言われたんです。まぁ断るわけにもいかず……とりあえず、そいういうわけでして……すいませんでした」
幸太郎はそこで、深々と沙耶香に頭を下げたのじゃった。
もう謝罪以外にないからのう。
「んもう、しょうがないわね。でも、念を押しておきなさいよ。彼、結構、危なっかしいのよ。今は須藤さんとコンビ組んでもらってるけど、須藤さんも扱い辛そうにしてるから」
幸太郎はしんみりと頷いた。
「まぁ確かに……そんな感じの方ですね。というわけで、早急に、呪術を教えて頂けるとありがたいです。せめて術具系だけでも」
「わかったわ。でもその代わり……」
「その代わり?」
すると沙耶香は、少し恥ずかしそうに幸太郎を見たのじゃ。
「その……朝もしてもらったけど、アレをしてほしいの。今日は、ちょっと長めに……」
「ああ、道を刺激するやつですか。良いですよ。沙耶香さんも管理職だし、疲れ溜まりますよね」
「う、うん、そうよ。疲れが溜まるのよ」
どうやら沙耶香は、アレの味を占めてしまったのかものう。
いや、それだけではないか。ほほほほ。
*
翌日の早朝、沙耶香は配下の道師を集め、事の次第を話した。
ちなみに配下の道師は10名程度で、それほど多くはないようじゃ。
以前、沙耶香も言っていたが、呪術者というのは少ないのじゃろう。
まぁそれはさておき、沙耶香の話を聞いた道師達はかなり驚き、そして動揺を隠せないようじゃった。
じゃが、貴堂家の問題と知り、大体の者は納得したようじゃ。
そして中には既に、そういったお家事情を知っている者もおったのじゃった。
考えてみれば、皆、貴堂グループの一員であり、尚且つ、貴堂授法院にて登録されている同門の道師である。
そういった噂は嫌でも耳に入ってくるのじゃろう。
とはいえ、天主帝釈霊戦技大武會に、沙耶香が出るという事までは知らなんだようじゃがな。
しかし、配下の中から面子を見繕うのはなかなか大変そうじゃのう。
我の見立てでは、そこまでの呪術者は2人くらいしかおらぬように見えたからのう。
どうするつもりなんじゃか。
まぁそれは貴堂沙耶香の考える事よ。
我はそれを楽しませてもらうだけじゃからな。ほほほほ。
さて、それはまぁ終わりにして、今日はこれからまた面白い仕事が幸太郎を待っていそうじゃぞ。
幸太郎は今、沙耶香に呼ばれて会社の別室におるところじゃ。
そこには北条日香里もおり、今は案件の説明を受けているところであった。
「……とりあえず、今言った感じなんだけど、まぁ要は、地権者の話を聞いて、できれば説得してきてほしいという事なのよ。前々から話に上がっていた案件なんだけど、良い機会だし、貴方達にお願いするわ。三上君と北条さんで、一度現地に行ってきてもらえるかしら? 私も立場上、地権者の方の話は無碍にできないのよ。それに、まだ計画段階のリゾート事業の下見みたいなモノだから、そんなに困った事も起きないと思うしね。新人の貴方達でもいけると思うわ。まぁ目的地の耶摩蘇村は田舎だから、ちょっと退屈かもしれないけどね」
ほう、田舎か。
恐らく、この案件は幸太郎の体質も若干考慮に入れてるかものう。
まぁ他にも思惑がありそうじゃがな。
「はい、わかりました、貴堂部長。先方の話を聞いてきます」
日香里は元気に返事をした。
じゃが、幸太郎はそこで手を上げた。
「あの、貴堂部長、1つよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょう?」
「目的地が車で3時間は掛かる場所なので、帰りが結構遅くなりそうですけど、大丈夫なんですか?」
「ん、大丈夫とは?」
「いや……その、帰りが遅くなるという事は……私の送迎も遅れるという事ですし」
2人がルームシェアをしているという事は、まだ誰にも言っておらぬので、幸太郎も遠慮した言い方じゃった。
沙耶香は意味を察したのか、そこで微笑んだ。
「ああ、それの事ね。大丈夫よ、気にしないで行ってきてくれる。私は仕事をしながら待っているから。それと、斉木君にはもう言ってあるから、貴方には調査部として行ってほしいのよ。いい?」
「わかりました。では、行って参ります」
「じゃあ、お願いね」――
さて、次は何が待ち受けておるのかのう。
計画中のリゾート関連の案件らしいが、その現地の者の話というのが気になるのう。
沙耶香が言うには前々からあった案件らしいが、新人とはいえ、道師である幸太郎を行かせるという事は、そういう事情も微妙にからんでそうじゃ。
沙耶香はそういう目利きはしっかりしておる女じゃからの。
ほほほほ、楽しみじゃわい。




