三十六の巻 剣の咒
[三十六]
幸太郎と指宿は、周囲にいる3匹の猿の出方を窺っていた。
猿共はジリジリと前や横へ移動し、徐々に間合いを詰める。
ちなみに、前方にいる猿は指宿を狙い、後方にいる2匹の猿は幸太郎に照準を合わせておる感じじゃ。
ふむ、どうやら野上は、幸太郎の方が厄介と踏んでおるな。
「フフフ……我がショウキの動きに、お前達は付いて来れるかな。フンッ!」
野上の腕と指が動く。
するとその直後、3匹の猿達は物凄い脚力で飛び上がり、木の枝を伝って素早く移動し始めたのじゃった。
猿達は幸太郎と指宿の周囲を回りながら、攻撃の機会を窺っている感じじゃ。
うむむ、こりゃ厄介な動きじゃのう。
凄腕の猿回しじゃわ。
三尸の術に、いらっしゃ~い、といったところじゃ。
「おいおい、嘘だろ……なんて動きだよ……ど、どうしよう、三上君」
指宿もギョッとしておるわ。
じゃが、対処の仕方がわからぬところを見ると、指宿は本当に、妖魔退治の経験がないんじゃろうな。
ちなみに指宿は、懐から呪符を取り出し、身構えておるところじゃ。
片や幸太郎は、構えはせず、立ったまま猿を見据えておるところじゃった。
じゃが、何もしておらぬわけではない。
幸太郎は静かに陰の気を練っておるのじゃ。
7つの道に気を通しておるのが、我にはわかる。
しかも、すぐに対応できるよう、片手で既に印を切っておるわ。
ふむふむ、そういう事か……幸太郎の奴、あの咒を使うつもりじゃな。
確かに、我の方術の理を見せず、素早くこ奴等の対応をするには、それしかないかもの。
如何に三尸蟲が宿っておるとはいえ、所詮は蛇や獣。咒は通じるじゃろう。
じゃが、かなり強い陰の気を練らねば成らぬから、そう何度も使える咒ではないぞよ。
一度で確実に仕留めないと、後が辛いかものう、幸太郎よ。
ほほほほ、まぁよいわ。
さて、見せてもらおうかの。
「指宿さん、動きに惑わされないでください。あの猿達は、飛び道具の類は無いようです。目的は俺達ですから、その時を見定め、呪符を使うんですよ」
「か、簡単に言わないでくれよ。こんな動きする化け物に、どうやってタイミング合わすんだよ。ン?」
するとその時であった。
猿達は木の上で動きを止め、こちらを見下ろしたのである。
それは不気味な行動じゃった。
微動だにしない死骸の猿が、こちらを見ているのじゃからのう。
「動きが止まった……なんだ、一体……なんで?」
指宿はそう言って息荒く、猿を凝視していた。
暫し、そうやって時が過ぎてゆく。
恐らく野上は、幸太郎があまり隙を見せぬ為、一旦動きを止め、攻撃する機会を探っておるんじゃろう。
「な、なぁ、三上君……こんな時に訊く話じゃないけど、さっき言ってたサンシって……古代中国の道教や、青面金剛を本尊とした庚申信仰の三尸の事か?」
ほう、指宿はそこそこ知識はあるようじゃな。
今の庚申信仰とやらは、以前、幸太郎に三尸の話をした時に出てきたわ。
幸太郎は我に憑りつかれてからというもの、オカルト関連の知識とやらを調べまくってたからのう。
無論、我とオサラバしたいが為じゃがな。
「それは古代中国が由来の三尸説ですが……今言ってる三尸は人によって産み出されたモノと考えてください。名前は同じですが、別物です。たぶん、この術者の一門に伝わる秘術なんでしょう。霊的気配がないので……もしかすると、呪術者を相手とした裏の仕事を請け負う奴等なのかもしれません」
「じゃ、じゃあ……人為的に創り出した三尸って事? ガチでヤバい呪術者じゃないか……なんでそんな術者が俺達を狙うんだよ」
指宿はそう言って、ゴクリと息を飲み込んだ。
完全に腰が引けておるわ。
「話は終わりです。来ますよ!」
するとその直後、野上は人形を操るかのように手を広げ、指を動かしたのじゃった。
「三上とか言ったか……お前、どこでその話を知った? いや、お前が何者かはどうでもいい。まずはお前からだ! ハッ!」
その言葉と共に、2匹の猿が木を蹴って飛び上がり、幸太郎の頭上へと瞬く間に到達した。
首に巻き付いた蛇も、そこで大きく顎を開く。
噛まれたら大変じゃな。
じゃが、野上とやらは油断しとるのう。
安易に攻めすぎじゃ。
我が弟子に、このような単調な攻撃は効かぬぞえ。
「なッ、三上君!? ヤバい、逃げろぉ!」
指宿が叫ぶ中、幸太郎は両の手で剣印を組み、霊力を一気に練り上げた。
それと同じくして、猿共が幸太郎に覆いかぶさるように襲いかかる。
じゃがしかし、次の瞬間、猿共の身体に、蒼白い閃光が幾つも走り抜けたのじゃ。
するとその直後、2匹の猿の身体はバラバラに切断され、ボトボトと地に落ちたのじゃった。
幸太郎はそこで手の剣印を解いた。
「なッ!? 馬鹿な!」
それを見るや、野上は大きく目を見開き、その手を止めた。
と、その時じゃった。
なんと、切断された猿共の身体から黒い煙が立ち昇り、急速に萎んでミイラ化していったのである。
どうやら三尸が抜け出たようじゃの。
「チッ……あの一瞬でショウキ2体を切り刻んだだと! なんだ、その呪術は! 一体、何をした!?」
うむ。間合いといい、行使した瞬間といい、見事じゃわ。
今の方術は、剣の咒、韴霊。
練り上げた陰の気を剣印を以って解き放つ、霊力の刃の咒じゃ。
本来は霊剣を用いて行使する咒じゃが、無くても出来ぬわけではない。
但し、難点があるがの。
霊剣無しじゃと、一度に多量の陰の気を使う上に、間合いが狭い為、遠くの敵には使いにくいからじゃ。
今回のように受けに回れば、手の内を見せず、こういう事が出来るが、まぁこれも幸太郎の計算の内じゃろう。
無理にこちらから仕掛けなんだのが、功を奏したようじゃな。
「すげぇ……三上君……君、凄い術使えるな。今何したんだよ……全然わからなかった……どうやって猿を切り刻んだんだ? なんとかスイチョウケンみたいだぜ」
指宿も結果はわかろうが、方術の理まではわからぬようじゃな。
上手く隠せたようじゃ。これで良かろう。
というか、なんとかスイチョウケンて、一体なんじゃ?
「指宿さん、まだ1匹いますよ。気は抜かないでおきましょう」
「お、おう。そうだった」
指宿は呪符を片手に猿を見据えた。
さて、これで形勢が変わったの。
さぁどう出る、野上とやら。
野上は苦虫を噛み潰したかのように、顔を顰めていた。
「チッ……聞いてないぞ。こんな得体のしれない道師がいるなんて。おい、三上と言ったな。お前、何者だ!」
「だから、さっき言っただろ。ただの不幸な男だよ。昨日付けで、土地開発事業部に配属された新人だけどな」
「し、新人だと……クッ、こんな奴を仲間に引き入れていたのか。俺とした事が、油断した」
するとそこで、野上は手を動かし、猿を自分の所へと戻したのである。
形勢が変わったので、手を変えるのじゃろう。
幸太郎はそこで野上を指さした。
「さて、自称野上刑事とやら……アンタに訊きたい事がある。やられてからでは言えないだろうからな。四津谷さんと須藤さんの身に一体何をした? 返答次第では、俺も本気にならせてもらうよ……そう、本気にね」
幸太郎はそう言って、静かに野上を睨んだ。
なかなかの迫力じゃわ。
じゃが、これは恐らく、幸太郎なりの駆け引きじゃろう。
さっきの剣の咒で、かなり強い陰の気を練った影響があるからの。
まだまだやれるじゃろうが、須藤を庇いながら相応の手練れと戦うには、いかな幸太郎とて骨が折れるじゃろう。
ましてや、知らぬ呪術を沢山使われれば、そう易々と対処は出来ぬからの。
じゃが……今の奴には効果があるじゃろうな。
確実に幸太郎の術に驚いておるからのう。
「チッ、本気だと……クソ……こんな面倒な道師が、あの女の元にいたとはな。フン、ならば仕方ない……面倒そうな奴等だから、この場はコレで行くとしよう」
野上は懐から、握り拳大の奇妙な黒い玉を3つほど取り出した。
それから続けて、ズボンのポケットを弄り、そこから何かを取り出したのじゃった。
ふむ、何をするつもりじゃろうの。
見たところ、黒い玉からは霊的な気配は感じぬが……はて?
ちなみに、この突然の行動を前に、幸太郎と指宿は若干身構えていた。
得体の知れぬモノが出てきたので、警戒しとるようじゃ。
野上はそこで下品に笑った。
「フハハハ……コレは我が一門に伝わる秘伝の玉。その力……とくと見るが良い!」
野上はそう言うと、手に持った何かで火を起こし、玉に火を着けたのである。
そして、それを我等の前に放り投げてきたのじゃった。
玉から伸びた導火線が、バチバチと火花を上げておるわ。
こりゃ爆弾かもしれぬな。ヤバいぞよ。
「ば、爆弾だァァァァァ!」
指宿は目を見開き、絶叫していた。
じゃが、幸太郎はなぜか、顔を顰めていたのじゃった。
「え、コレって、まさか!?」
するとその直後であった。
なんと、モクモクとした白い煙が3つの玉から勢いよく噴出し、瞬く間に視界が悪くなっていったのである。
じゃが、それだけであった。
一向に爆発は起こらなかったのじゃ。
ふむ、どうやら煙幕のようじゃな。
と、そこで、遠ざかる野上の大きな声が、この場に響き渡ったのである。
「フハハハ、土地開発事業部の道師達よ! 今日のところはこれで引いてやろう。あ、そうそう、その女は眠らせただけだから安心しろ。本当は四津谷と同じく、病院送りにしてやるつもりだったがな。じゃあな! 追いかけてくんなよ! あばよぉ! 馬鹿野郎ども! フハハハ」
ふむ、そういう事か。
どうやら一杯食わせられたようじゃな。
しかも、なんと逃げ足の速い奴じゃ。
「え? どういう事? もしかして俺達、ハメられたのか?」
指宿はこの状況に付いて行けぬのか、ポカンとしておった。
「でしょうね……やられたようです。あの巫蠱師、トンズラしましたよ」
「おいおいおい、なんなんだよ、この展開は……」
程なくして煙幕は晴れてゆく。
じゃが2人は気を抜かず、暫しそこで周囲を警戒した。
似たような術者がいるとも限らんからの。
そして、周囲に危険がないのを確認したところで、2人は肩の力を抜いたのじゃ。
指宿はそこで黒い玉に近寄り、恐る恐るソレを手に取った。
じゃがその直後、指宿は目を見開き、驚きの声を上げたのじゃった。
「コ、コレはァァ! ま、まさかッ!」
幸太郎は驚く指宿に駆け寄った。
「どうしたんですか、急に……その煙玉を知っているんですか?」
「ああ、知っているとも……こ、これは……これは……」
指宿は信じられないモノを見るかのように、煙玉を凝視していた。
ふむ、これは何かありそうじゃ。
「これは? なんなんです……」
幸太郎も眉根を寄せ、訊き返した。
すると指宿は、幸太郎に驚き眼を向け、恐る恐る口を開いたのじゃ。
「み、三上君……この煙玉……ひゃひゃ……ひゃ……100均の煙玉じゃないかぁぁぁ!」
それを聞き、幸太郎はガクッと肩を落とした。
「はぁ!? そ、それは驚くとこなんですか?」
「驚きだよ! あんな高度な呪術使う巫蠱師が、100均て……セコすぎだろ!」
ちょっと何言ってるか、意味がわからぬぞよ。
「いやいやいや、そういう巫蠱師もいるんじゃないですか? 普通に生活してると思いますし。俺だって、しょっちゅうお世話なってますよ」
「ええ? だって、裏の呪術者なのに100均って、超かっこ悪いじゃないか!」
「いや、かっこ悪いとか、今そういう話する状況じゃない気がしますけど……」
やっぱり、こいつはアホじゃ。
幸太郎も呆れておるわ。
「いやいや、100均に命かけたらダメだよ。めっちゃダサい呪術師じゃんか。全然イケてないよ」
コイツの方がよっぽどダサいが、今は放っておくとしよう。
まぁそれはさておき、その後、幸太郎達は須藤を起こし、この神社から無事撤収する事ができたのであった。
いや、なかなか面白い余興じゃったわ。ほほほほ。




