停滞と腐敗の予兆
予定の10分は、とうに過ぎていた。
二つの太陽は、互いの領域を侵食し合うように空を白く焼き、地上の水分を容赦なく奪い去っていく。大気は熱に歪み、視界の端で陽炎が不気味に蠢いている。
彼はゆっくりと上体を起こした。寝そべっていた場所に、押し潰された草の形をした、色濃い影が残る。190cmを超える巨躯が垂直に立つだけで、そこには周囲の風を遮断し、物理的な威圧を伴う一種の結界が生じた。
「……さて」
低く、地鳴りのような声で一つ呟き、彼は服についた草の種を乱暴に払う。
指先で弾き飛ばされた種が、熱せられた土の上に落ちる。この過酷な双太陽の下で、その種が芽吹くことは二度とないだろう。彼にとって、この世界に存在するあらゆる生命の営みは、その程度の無価値な連鎖に過ぎなかった。
丘の下を見下ろせば、土埃に煙る街のシルエットが蜃気楼のように揺れている。そこには、再びあの「腐敗」が待っているのだ。
正義を履き違えた子供たちが、己の無力を嘆いて喚き散らし、欲にまみれた大人たちが、その無力を利用しようと打算で動く。それらを勇壮な『冒険』という名の極彩色の絵具で塗り潰し、現実から目を背ける。
彼にとって、街とは巨大な茶番の舞台であり、そこにうごめく人々は、自分の役割も理解せずに踊り続ける出来の悪い人形にしか見えなかった。
街へと戻り、ギルドの門をくぐれば、そこには試験を生き延びた連中が醸し出す、異様な熱が充満していた。
酒の臭い、安っぽい香水の香り、そして拭い去れない血の鉄錆。
彼が姿を現した瞬間、喧騒が波が引くように収まり、幾つもの視線が彼に突き刺さる。恐怖、羨望、そして熱狂を孕んだ狂信的な眼差し。あの試験後、彼が施した巻き戻しの奇跡を目の当たりにした者たちにとって、彼はもはやただの新人冒険者ではなく、何らかの信仰の対象に変貌しつつあった。
「……目障りだ」
彼は低く吐き捨て、受付へと歩を進める。
アリアが、呆れたような、それでいてどこか冷や汗をかいているような複雑な表情で彼を迎えた。
「戻ったわね。あんたが外で寝そべっている間に、街の噂は大変なことになってるわよ。……『一指で森を灰にする死神』だの、『死者を蘇らせる光の化身』だの。おかげで私の仕事は、あんたへの面会を断るだけで一日が終わるわ」
「好きに言わせておけ。どうせ奴らは、理解できないものに都合のいい名前を付けたいだけだ」
彼は事務的に依頼完了のプレートを投げ出し、数日の宿泊費と食事代を引いた残りの報酬を受け取る。
それからの数日間、彼はあえて何もしなかった。
ギルドの二階にある、薄暗い一角の席を占領し、ただ黙って眼下の人間たちを観察する。それが彼ののんびりとした休息の形だった。
一階のフロアでは、あの試験で絶望を味わった勇者・聖夜たちが、再び活動を開始しようと必死に足掻いているのが見えた。
聖夜は、あの日彼から受けた拒絶反応の激痛から、完全には立ち直っていないようだった。剣を握る手が微かに震え、時折、自らの身体を確かめるように不自然な動作を繰り返している。その瞳には、かつての輝かしい理想ではなく、泥沼のような劣等感と、彼に対する拭い去れない恐怖が澱のように沈んでいる。
「……あんな折れかけた刃を研ぎ直して、何になる」
彼は、グラスの中の安酒に映る自分の顔を眺めた。
聖夜たちの傍らでは、ギルドの重鎮らしき男たちが、彼らに甘い言葉をかけている。勇者という看板は、この街の経済と士気を支えるために、どうしても修復され、再び祭り上げられなければならないらしい。
その光景は、壊れた玩具を必死に接着剤で繋ぎ合わせ、さも新品であるかのように偽装する子供の遊びと大差なかった。
うむ…やっぱり少し設定がぶれてるなぁ…と思い前回などを直しました。




