テンプレートの脱却
修理が間に合わなかった馬車に代わり、彼はやむなく、令嬢とそのメイドたちを街道の安全圏まで送り届けることになった。背後で、頬を朱に染めてこちらを盗み見る令嬢――エリスの視線が、彼の背中に突き刺さる。
彼はその視線を、皮膚を這い回る不快な虫のように感じていた。
「……あの、お名前を伺っても? 命の恩人様に、どうしても報いたいのです。私、この先の領主の娘で……どうか、私にできることがあれば……いえ、何でもさせていただきますわ!」
エリスの声は期待に震え、その瞳には自分を救ってくれた謎の英雄という、使い古されたテンプレートが投影されていた。彼女の脳内では、すでにこの後の再会と愛の物語が構築されているのだろう。
彼は足を止め、ゆっくりと振り返った。一切の光を宿さない、死んだ魚のような、底知れない深淵の瞳で令嬢を射抜く。
「……お前らに興味はないと言ったはずだ。礼も、報奨も、名乗る手間すら無駄だ。次からは、護衛の質を上げろ。死にたくなければな」
冷徹な一喝。だが、エリスの瞳は恐怖に染まるどころか、さらにうっとりとした輝きを増した。無欲な英雄、不器用な優しさ。どんな罵倒も彼女の脳内フィルターを通過すれば、甘美な囁きに変換される。もはや、対等な会話など成立しない。
彼女たちのような人間にとって、現実は物語を彩る装飾に過ぎないのだ。
「……はぁ。やはりお前の、その貧困な想像力に付き合えるほど、俺の時間は安くない」
彼は溜息とともに、懐から冷徹な「断絶」の意思を具現化させる。
指先を令嬢の額の前にかざし、世界の法則を強制的に書き換える権能を発動させた。
「|逶隕冶??ィゥ髯」
瞬間、エリスの、そして周囲で涙ぐんでいたメイドたちの瞳から、急速に焦点が失われていった。
彼女たちの脳内で急速に書き換えられていた英雄との出会いというデータが、物理的な苦痛すら伴わずに消去されていく。彼がこの世界において、役立つと認めている、存在の上書き――記憶消去。
恩を売る必要はない。仇と思われる必要もない。ただ、最初からそこに存在しなかったことにするのが、一番手っ取り早く、最も合理的な解決策だった。
エリスたちはその場に呆然と立ち尽くし、自分たちがなぜ街道の真ん中で立っているのかすら理解できていない。彼女たちの記憶の中では、馬車が故障し、野盗に襲われそうになったところで、何らかの理由で野盗が逃げ去った……という不自然な空白が生まれている。
彼は、彼女たちが我に返る前に、音もなくその場から消失した。190cmの巨躯が、まるで陽炎のように空気に溶け込んでいく。
「どいつもこいつも、自分の人生を物語か何かと勘違いしていやがる。たまには役立つな、記憶消去は。……さて、次はあの『勇者』共をどうするか、だ」
再び街道には静寂が戻った。
砂を蹴る靴音だけが、等間隔に、どこまでも無機質に、そしてこの世界の住人が決して触れることのできない理を刻みながら、街の方へと向かって響いていた。
いかがでしたでしょうか?
まぁ…雑に終わらせた内容で…反省はしてます…




