初依頼
陽光が容赦なく降り注ぐ街道を、彼はのんびりとした、しかし一点の無駄もない足取りで歩いていた。190cmを超えるその巨躯は、街道を行き交う人々にとって、歩く災厄そのものに見えた。すれ違う行商人の馬が本能的な恐怖に嘶き、泡を吹いて立ち止まるが、彼はその横を風が吹き抜けるかのように通り過ぎる。
懐の鉄プレートには、彼の体温が微かに移っている。ギルドから下された初依頼という名の、あまりに退屈な選別作業。上位存在から押し付けられた勇者共を導けという命題に対し、彼は心底からの嫌悪を感じていた。
道徳、正義、友情。それら、この世界の住人が後生大事に抱え込んでいる概念は、彼にとっては回路をショートさせる不純物でしかない。
目的地である『原生の森』の入り口に到着すると、そこは異界の入り口のような濃密な死の気配に満ちていた。湿った土と、腐りかけの植物、そして何者かが引き裂かれた後に残した「古い血」の臭いが混ざり合い、肺の奥を刺すような不快感を与える。
一歩足を踏み入れれば、日光は巨大な樹冠に遮られ、視界は粘りつくような緑の闇に包まれた。
茂みの奥から、低級ながらも殺意だけは肥大した『ブラッド・ウルヴス』の群れが姿を現す。
彼らの毛並みは返り血で凝り固まり、その隙間からは寄生虫が這い出している。飢えに狂った獣たちは、新たな獲物――彼を見つけ、その喉を鳴らした。通常、新人冒険者であれば、この一団に囲まれた時点で「死」を確信し、悲鳴を上げることすら忘れるだろう。
だが、彼は表情一つ変えず、ただ無造作に、まるで汚れた空気を払うかのように右手を上げた。
「|邨らч縺ョ讌ュ轤」
詠唱の形式も、魔力構築の溜めも存在しない。
彼の指先が弾ける音と同時に、森の空間そのものが歪んだ。
ブラッド・ウルヴスたちの足元から、超高温の白濁した炎が、音を置き去りにして噴き出す。それは「焼く」という現象ではなく、対象を構成する細胞そのものを瞬時に炭化させ、分子レベルで分解する「存在の消去」だった。
一瞬前まで生への執着で吠えていた獣たちが、悲鳴を上げる暇もなく、黒い塵へと還っていく。肉が焼ける嫌な臭いすら、そのあまりに強大な熱量によって一瞬で消失した。後に残ったのは、焦げ付いた地面と、風に舞う微かな灰の静寂だけだった。
彼は足を止めない。森の奥へ進むにつれ、より強力な魔物が現れる。大樹の影から飛び出してきた大猿の魔物が、その巨大な拳を振り下ろそうとした瞬間、彼はその腕を素手で受け流し、相手の眉間に指を突き立てた。
パシュッ、という乾いた音。
指先から直接流し込まれた魔力が、大猿の体内を内側から爆破し、毛穴という毛穴から黒い煙が吹き出す。
討伐数を確認する必要すらなかった。彼は目につくすべての脅威を、事務的な手際で処理し続けた。
「……情けをかけ、正義を語り、その隙に全滅する。それがこの世界の様式美だと言うなら、俺は一生その部外者でいい」
森の最深部で、依頼対象ではない『森の主』らしき巨獣が姿を現したが、彼はそれを一瞥するだけで、その足元を業火で飲み込んだ。巨獣は断末魔すら上げられず、石像のように固まったまま炭化していった。
焼き尽くされた森に、再び静寂が戻る。彼は灰で汚れた靴を無造作に地面にこすりつけ、街道へと戻る。彼の思考は、すでに次の工程――勇者という名の不純物をどう処理すべきかという、冷徹な思考の渦へと沈んでいた。




