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父さんな、ラーメン屋で食っていこうと思うんだ  作者: メモ帳パンダ
そして文化へ

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第53話 火神先生のラーメン教室 後編

「火神社長のスパルタラーメン塾! なんと今日は特別編です! かつての弟子が師匠に挑戦状を叩きつけた!」


 とある駐車場で、いつもの女子アナが楽しそうに進行している。

 俺に『元弟子からの挑戦、いかがですか?』と聞いてくる。俺は答える。


「普通に呼んでくれたら来たのになぁ……って感想です」


「ありがとうございます。火神社長もこの通り気合抜群です」


 俺の発言とは全く合わない返事をするアナウンサー。

 あとで絶対編集されるだろう。

 視聴率のためなら真実なんて気にも留めない。これがこの時代のテレビの特徴だ。


 ここは、美山くんが奈良市の針にオープンした店だ。

 彼は元々奈良にルーツがあるらしいので、里帰りした、って感じだろうか。

 少し田舎だけど、客に困ることはないだろう。

 関西が誇る無料高速道路である名阪国道が通る交通の要所だ。

 この道路は日本のアウトバーンとして有名だ。実質的に速度は無制限――なんて言われることもある。


 噂によるとかなり繁盛しているらしい。

 にもかかわらず、ラーメン屋の再建をテーマとしたこの番組に応募してきた。

 そして、テレビ局は嬉々としてその思惑に乗ってきた。

 まったく、師匠の知名度を広告に利用しやがって。


 俺は最初から独立前提で雇った。だが誤算だったのは、美山くんがあまりに意欲があり有能すぎたことだ。

 最終的には東日本の最高幹部まで上り詰めた。

 面接時の宣言通り、辞めていった。

 遥香ちゃんは少しお冠だ。

 最終的に一千万円プレーヤーになってた彼の膨大な仕事が、こっちに丸ごと引き継がれることになったからな。


 でも、ラーメン業界ってそんなもんだ。

 俺と彼はきっと同類だ。

 この時代の一千万円プレーヤーというのはサラリーマンの終着点のようなものだ。

 それに二十五歳で辿り着いても、俺たちは満足できない。

 人の下じゃ、自分のラーメンは完成させられない。


 ドアを開けると懐かしい顔があった。――美山くんだ。

 少し前までスーツで東京を駆け巡っていた男が、ラーメン屋の店主スタイルで立っていた。


「社長、お久しぶりです! ようやく自信を持ってお見せできるラーメンができました」


「普通に呼んでくれればいいのに……」


 アナウンサーがニッコリ笑って口を挟んだ。


「元師弟同士、バチバチ睨み合っております」


 おい、俺のセリフを編集で絶対改ざんする気だろ。

 もうこのシリーズには何回も出ている。

 音声素材なんて山ほどあるだろうしな。


「ささっ、社長。お座りください」


「うん、ありがと」


 座った後に店内を見回すとガラス張りの製麺室がある。

 自家製麺か。なるほど。

 令和ではちょくちょく見かけたスタイルだが、あまり麺が重視されていないこの時代にしてはかなり珍しい。

 それに製麺機はかなりいいものを使っている。

 というか、『令和』でも試作用として使ってるやつ。

 これ、コスパはかなり悪いが麺の表面処理のレベルがかなりいいんだよなぁ。こだわりを感じる。


 店の雰囲気、清掃、客の動線。どれも文句のつけどころがない。

 まぁ、何十もの新規店の立ち上げの責任者を務め、その運営を任されていた男だ。自分の城をおろそかにするわけはないわな。


「うん、合格。店舗設計は美山くんの十八番(おはこ)だね」


「ありがとうございます。では、まずはラーメンを食べてください」


 しばらく待っていると、美山くんがテボを振り始めた。

 見事だ。俺と同レベル、そして美しい盛り付け。

 『令和』のラーメンより盛り付けが綺麗だ。

 まぁ、それは仕方がない。

 バイトが盛り付けることもあるからウチでは過度なクオリティは要求していない。


 食べなくても分かる。――このスープは本物だ。

 ウチが偽物ってわけじゃない。だが、ウチのセントラルキッチン方式では消えてしまう豚や鶏の揮発性の香りがする。

 もちろん、好みの分かれる香りだ。

 だけど、このラーメンは美山くんの魂が籠もっている。


「仕込みは朝から?」


「朝三時からスープを作ってます」


 一口すする。

 そして、思う。あぁ、弟子にラーメンを超えられてしまったな。と。


 味の層の設計はウチのラーメンを食べ続けてきただけあってそっくりだ。

 特に、丼の中で半乳化気味になったスープが素晴らしい。

 揮発性の香りも相まって、素材が思い浮かぶようだ。

 俺が好きになれない『店主の長時間労働に支えられたラーメン』。

 それは皮肉なことにラーメンの最適解なのかもしれない。


「このラーメンは日本で一番美味しいラーメンかもしれないね」


「ありがとうございます!」


 このラーメンは持続可能じゃないかもしれない。『家族が可哀想だ』『健康に悪い』――そんな批判もあるだろう。

 だが、全てを捨ててでも、ラーメンだけに命を捧げる。店舗数が大きくなるにつれて無くしてしまったものがあるかもしれない。


 アルバイトは全員が全国から集めた弟子で高レベルだという。

 弟子を基本取らない俺の代わりに『令和』の味を知りたい若者が集まったというところか。

 食は文化だ。文化の継承者って意味では美山くんに任せてもいいかもな。


 アナウンサーはニコニコしながら俺たちの話を聞いていたが、口を開いた。


「火神社長がここまで褒めるなんて初めてです。元弟子の店、問題点はないですか?」


「ラーメンの価格設定ですかね。たぶん六百円じゃ赤字が出ますね」


 このラーメンの豚骨の量、相当だ。

 いくら地価が安いとはいえ、この価格では黒字は難しいだろう。

 弟子志望者という安価で高品質な労働者がいたとしてもだ。

 俺の言葉を受けてマイクを向けられる美山くん。


「まあ、そこは何とか……。今はトントンですが、社長譲りの『こだわりの餃子』で何とかしますよ」


 全く、数年前に俺が『原価だけに』拘った餃子を食べさせたことをまだ恨んでいるようだ。

 結局、俺も甘くて、面接時には教えないと言っていたスープの作り方をほとんど全部、美山くんに教えてしまった。

 まぁ、彼のやり方はかなり属人的だ。だから一気に全国展開はできない。

 棲み分けはできるだろう。


「じゃあ、美山くん。体にだけは気をつけて頑張ってね」


「社長、ありがとうございます!」


 固い握手を交わした後、俺は店を後にした。

 扉を閉めたあと、店内から小さくすすり泣く声が聞こえた気がした。

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― 新着の感想 ―
これが未来の天理ラーメンである
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