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クリスティアナとソイル

「聞きましたか?公爵家と辺境伯家の縁組について?」


「公爵家と辺境伯家ですか?あそこは昔、婚約していましたけど、破談になったじゃないですか。しかもその後2人とも死んでしまっている」


「いえいえ、その死んだ2人とは別の子どもなんですよ」


「別の子ども?公爵家も辺境伯家も上に兄がいますけど、それ以外に子どもはいないはずじゃありませんか?」


「ああ!あなたは領地から王都へ戻ったばかりですから知らないでしょうけど、公爵の弟に子どもがいたことがわかりまして、公爵の養女になったのですよ。そして、辺境伯家でも辺境伯の隠し子が見つかりましてね。正式に辺境伯家に迎え入れたのです」


「なんと!ではその公爵家の養女と辺境伯家の隠し子が結婚するのですか?」


「ええ、そのようですよ」


「しかし、その話は何ともできすぎと言うか・・・不思議な話ですね」


「それは誰もが思ってますよ!でもまあ構いませんよ。中立派の公爵家と辺境伯家が縁続きとなって地盤を固めてもらえるのは、我々貴族としては大歓迎です。帝国にもまだまだ油断はなりませんし、王室のゴタゴタがやっと収まった今、外交の公爵家と防衛の辺境伯家にしっかりしてもらわないと困りますからね」


「まあ、そうですね。真実がどうであろうと大した問題ではありませんな」


 紳士の溜まり場コーヒーハウスでは、そのような会話が頻繁に交わされていた。

 王妃の目論見が失敗に終わり、きな臭い情勢が落ち着いてからと言うもの、貴族たちはホッと胸を撫で下ろしながらもゴシップに飢えていた。そこにこのセンセーショナルな縁組の話題が投げ込まれると、貴族たちはたちまちその話題に飛びついて面白おかしく話を膨らませた。


 しかし、最終的にこの話の真相を追及しようとする者は誰1人いなかった。話題としての面白さはあっても自分たちの利益や保身のためにはそっとしておくのが1番だからだ。


 クリスティアナが公爵家養女となってから1年。2人の結婚式は恙無く執り行われた。




 ソイルの銀髪がまるでキャンバスのように、ステンドグラスを透過した光を色とりどりに映し出している。

 以前なら、花冠をしているみたいで可愛いと感じただろう。しかし、その下にある顔は妖精のような少年ではなく、凛々しい青年だ。最初は痛ましいと感じた顔の傷も、今では勲章のように見える。

 ソイルの花婿衣装は軍服だ。筋肉だるまが多数いる辺境伯領においてはそんなに大きな体ではないが、しっかりと筋肉で覆われた肢体に軍服がフィットしていて勇ましい。昔ならこんな濃い色の衣装を着ようものなら溶けて消えそうな儚さだったと言うのに、今や軍服に負けない存在感だ。

 クリスティアナは静静(しずしず)と祭壇に続く階段を登ると、ソイルの手を取った。


「クリスティアナ、真っ白な花嫁衣装にステンドグラスが映って綺麗だよ。花が散りばめられているみたいだ」


 ソイルが小声で告げた言葉に、クリスティアナはベールの下で微笑した。どうやらお互いに似たような感想を抱いていたらしい。

 花嫁衣装は伝統に則り全身真っ白だ。Aラインのクラシカルなデザインで全身を覆い隠しているが、胸元と腕はレースでほんの少し透けている。公爵夫人が張り切った結果、スカートの裾には白地に白糸で繊細な刺繍がびっしりと施され、胸元とウエストラインには銀糸で刺された異なる意匠の刺繍が光を受けて煌めいている。

 装飾品は一切つけておらず、刺繍とレースのみで演出されて花嫁衣装は実に上品だ。生地に溶け込むような色合いで却って上質さが際立だつ。


 ここは辺境伯家の敷地内にある教会だ。全て石造りの内部は寒々しい印象ながらも、ステンドグラスから差し込む光が柔らかさを添えている。

 クリスティアナとソイルは2人で手を取り合いながら祭壇の前に並ぶと、結婚の誓いを行う。聖職の立ち合いの下、お互いの薬指にキスを送り合い、新郎からの誓いの言葉に新婦が頷く。古くから続く辺境伯家の結婚の儀式だ。


 クリスティアナはソイルの手を取り唇を近づけながら、「そう言えば自分から触れるのはいつぶりだろうか」と考えた。コルトの家で再会した時に抱きしめられたけれども、その後はすぐにまた離れ離れになってしまった。そしてこの結婚式までは会うどころか手紙のやり取りもできなかった。

 シーズクリフだったソイルの印象は、クリスティアナの中では14歳で止まってしまっている。結婚式の段取りを覚えようとしていた時も、想像に出てくるのは14歳の妖精のようなシーズクリフだった。背だってカルラだったクリスティアナより低かったのに、いつの間にか見上げるほどに大きくなってしまった。目の位置も手の位置も手の大きさも、その手を取った時に感じる手の皮の厚さにも、クリスティアナは戸惑った。


 元々のカルラとシーズクリフには3年の歳の差があるのだが、お互いに辻褄を合わせた結果、クリスティアナもソイルも19歳の同い年になってしまった。最初にそれを聞いた時は老け顔と童顔で言い通すしかないかと思っていたが、こうやって並んでみると同い年でも全く違和感がない。


 クリスティアナが、ふわりと薬指へ誓いのキスを終えると今度はソイルの番だ。そっと手を取られてるのにその力強さが伝わってくる。手袋越しで体温なんてわかるはずがないのに、口付けられた部分が熱い。


 ここまでの道のりはソイルが考えて整えてくれた。ならば、それに報いるべく誓いを立てようとクリスティアナは決めていた。そしてクリスティアナは、こちらを見つめてくる紫の瞳の更に奥を覗き込むように見つめてその両手を取った。


「ソイル、私と結婚してください」


 新郎が言うべき言葉を新婦が言い出し、立会人の聖職者もギョッとしている。

 言われたソイルも呆気に取られている。


 誓いの言葉は花婿が言うのが慣例であり、妻となる者をこれから守り添い遂げるという決意表明だ。だが、クリスティアナはソイルの傘の下にずっと居るつもりなんてなかった。自分だって傘をさしたかった。


「今も昔もあなたがいたから私がいます。微力な私ではあなたを守れないかもしれない。あなたの力にはなれないかもしれない。それでも、ずっと側にいることを誓います」


 ソイルに、その奥にいるシーズクリフに向かってクリスティアナとなったカルラは誓う。

 ソイルや周りに助けられてばかりで何もできなかった自分だけれども、もう隠れて逃げているだけはごめんだ。それに、これからする事を考えると自分の意思で結婚したことを参列者に表明した方がいい。


 すっかり図体はでかくなったソイルはドキマギしながら顔を赤くしている。なんとも男前なプロポーズをされて、思わず俯いた顔から上目遣いでクリスティアナを見つめながら、こくり。と小さく頷いた。こういう顔をすると、記憶の中のシーズクリフだ。


「私も・・・誓います」


 そう言った後にソイルが小さく「ずるい」と呟いて唇を尖らせたのを見て、クリスティアナは満足そうに微笑んだ。

 そんな2人に聖職者が結婚が成ったことを宣誓する。


 参列者たちは型破りな宣誓を面白がっているようだったが、それも今のうちだろう。

 本番はこれからなのだから。


 誓いを終えるとソイルはそっと新婦のヴェールを上げて、その顔を露わにした。

 全身、公爵夫人が取り仕切った花嫁衣装だが、ヴェールだけは実の母であるアーラが手ずから作ってくれた。花嫁衣装の精緻な模様に比べれば素朴だが、このヴェールに覆われるとクリスティアナは安心することができた。

 ケイティだった時は全身を布で覆って我が身を守った。今はこのヴェールがクリスティアナの盾だ。だが、今その盾もなくなり、やっとクリスティアナはその身を曝けだす時が来た。これから、騙していた大切な人たちに認めてらもわなければいけない。


 2人の間を隔てていた布がなくなり直に目が合うと、ソイルとクリスティアナは微笑みあった。その顔は共謀者の覚悟の顔だ。

 2人は体の向きを変えると、参列者に向き合うように並んだ。

 かすかに騒めいていた教会内が一斉に息を飲んだのがわかった。


 辺境伯家跡取りソイルと公爵家令嬢クリスティアナの結婚式は、辺境伯家のしきたりで執り行われていた。よって、参列者は両家の人間及びに辺境伯家家臣一同だ。他の貴族などは呼ばれない。領地の結束がどこよりも固く貴族のしがらみを嫌う辺境伯家らしいやり方だ。


 参列者たち、つまり辺境伯家家臣はヴェールの下から現れた顔に言葉を失った。長い年月を経て子どもらしさが影を潜め、大人びた表情をするようになっていたが間違いなかった。家族のように親しみ守ってきた少女に違いなかった。


「皆の者!この度はソイルとクリスティアナの結婚を認めてもらい嬉しく思う!」


 まだ誰もが困惑と驚愕から立ち直れていない中、辺境伯であるハノンの声が響き渡った。


「皆も知っての通り、辺境伯家と公爵家の縁組は一度破談となった。そして不幸が重なり、我が妹カルラと公爵家次男シーズクリフは亡くなってしまった」


 ハノンの低い声が、石造りの教会に反響してよく響く。漣のように湧き起こっていたざわめきもぴたりと収まった。


「しかし、ありがたくも両家は再び縁続きとなる機会を得た。ソイルもクリスティアナも市井での暮らしが長く何かと不慣れな事も多い。そなたたちが戸惑うことも多いだろう。だが、どうかこの2人を暖かく見守ってもらいたい。私はソイルとクリスティアナを、シーズクリフとカルラの生まれ変わりのように思っている」


 生まれ変わり?あの2人の生まれ変わりだと?

 ハノンの声が少しの残響を残し、やがて消えていく。静まり返った教会の中、参列者全員の視線を浴びながらも、ソイルとクリスティアナは凛と立ち参列者たちの視線を受け止めている。


 ああ、そう言うことか。

 家臣一同は納得した。いや人によっては納得できないまでも理解した。そこに立つ2人は以前とは様相が変わってしまったもののよく知る2人に違いなかった。

 約5秒、家臣一同は思案した。が、良くも悪くも脳筋と言われる辺境伯領の人間は細かいことを考えるのが苦手だ。理屈より感情で生きている。ならば、答えは一つだった。


 すっ、と1人、また1人と辺境伯領の人間達が右腕を胸の前に当てていく。手の平をぴんと伸ばしたその腕は剣の形を模している。本来は剣を自らの胸に押し当てることで忠誠の意を表す仕草で『あなたのためには自らの剣で心臓を切り開くことも厭わない』が由来だ。

 男も女も次々に姿勢を正し、腕を胸に当てていく。辺境伯領においてこの敬礼の重さを知らない者など居はしない。それでも、全員が迷わずに腕を胸に当てた格好で静止している。


「ハノン様のお言葉、しかと心得ました。我ら辺境伯に仕える家臣一同、誠心誠意ソイル様とクリスティアナ様に仕えることを誓いましょうぞ!」


 筆頭家臣の言葉に、おう!と家臣一同が呼応する。クリスティアナはまるで教会が揺れたような迫力を感じた。

 クリスティアナは参列者一人一人の顔を見つめていく。その顔に浮かぶのは先ほどまでの客人に対する眼差しではなく、よく見知った『お嬢』に対する眼差しだ。


 ー細かい事や難しい事はわかりませんが、お嬢が幸せならいいんです。


 そんな声が聞こえてくる気がした。


 クリスティアナはソイルと、手と手を取り合って今度は柔らかく微笑み合った。

 これはこれで、元の鞘に収まったと言うものなのかしら?思っていた未来とはだいぶ変わってしまったけれども、それでもあなたが隣にいて、家族が笑っていて、領地のみんなが祝福してくれるなら、私は幸せだわ。


 カルラとしての生を終えてから3年。クリスティアナは初めて、まともに呼吸ができるようになった気がした。



 式が終わった夜。ソイルは恨めしそうにクリスティアナを見つめていた。

 なんでそんな顔をしているのか、心当たりが大いにあるクリスティアナは悪戯が成功した子どものようにくすくす笑っている。


「なんで、誓いの言葉を言っちゃうの?ぼ・・・俺が言う言葉なのに」


 ソイルの一人称は僕から俺に変わっていた。なんでも船乗りをしてた時は周りに合わせて「俺」と言っていたし、これから辺境伯になるにあたっては男らしさが必要なのだそうだ。


「だって、ソイルにばっかり色々とさせちゃったし、ソイルはいつも強がるから悔し・・・いや、申し訳なくって」


「悔しかったって!そこで負けず嫌い出さなくてもいいでしょ!?男の役割だよ!」


 途中で言い直したクリスティアナだが、ソイルは聞き逃さなかったらしい。

 でもクリスティアナだってここは引けない。何でもかんでもソイルに責任を負わせて背負わせるような事はしたくない。


「男も女も関係ないよ。ソイルが私のために頑張ってくれた様に、私だってソイルのためにできることはするし、責を負う。それに、自分の気持ちをちゃんと伝えたいと思ったの」


 クリスティアナは笑っていた顔をスッと正すと、力強い瞳で続けた。


「ソイルには私のために大変な思いをさせてしまった。だから、これからは私が全力で幸せにするから」


 クリスティアナの真っ直ぐな瞳に耐えきれず、ソイルは顔を手で覆うとそのまま仰向けにベッドへと倒れた。

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